学校の授業で一番困ることはなんだろうと考えたことはないか。
それはこの間のような数学の時間だろうか?
いや違う。あの授業は最悪寝たふりをしていれば勝手に終わるから問題はない。
だったらなにが一番困るだろうか。
「それじゃあ好きな人とペアを決めたら報告しにきてね〜」
はーい!っと教室に元気よく声が響き渡る。
今は美術の授業中だった。
そしてペアを組んでお互いの肖像画を描く相方を探している。
一学期の美術の時間は丸々使ってパートナーになった人の肖像画を描くことになっている。それを去年から知っていた僕はこの時間が近づくに連れてお腹が痛くなっていた。
どうしようか悩んだ挙句、とりあえず席を立って美術室内をうろつく。
男子生徒に声をかけようと試みたがすでに残りの男子生徒はペアを組んでいるのか僕の方を申し訳ない視線を送って、そのまま先生の方に向かってしまった。
……………………………終わった。完全に孤立した。周りの女子生徒とも次々とペアを組みどんどんコミュ障だけが残っていく。
もう思考を放棄して席に戻ろうとしたときに一人で後ろのストーブに座っている不良少女と目があった。
昨日のあれから気まずくて今日は話せていなかった。お互いにジロジロ様子を見合っている。
美竹さんのあの視線はささっと声をかけてこいと言っているようにしか見えない。
正直言って僕もこのままだと困るから彼女と組むのが何かと都合が良い気がする。
自分の席に戻ろうとした足を不良少女のいる方へと進める。すると視線をそらされてそっぽを向かれる。
「あ、あの美竹さん。ペアって決まった?」
「いや、まだだけど」
声をかけられた美竹さんは赤いメッシュをクルクルと指でいじっている。
「…………よかったら一緒にやらない?」
「うん。いいよ」
思ったより簡単に了承してくれた美竹さんにほっと一安心した。ここで断られたら僕は一人で鏡とペアを組んでやることになっていたはずだから助かった。
それからは美竹さんと一緒に先生のところに報告しにいって大きめの画用紙を受け取った。
「どこでやる?」
基本的に美術室の中にいるならどこで描いても大丈夫なことになっている。クラスメイトを席を移動して自由な場所で伸び伸びとやっていた。
「あそこ………いい?」
美竹さんが指定してきた場所はさっきのストーブの近くだった。やっぱり僕たちみたいな日陰者は隅っこが落ち着く。彼女もそうなのだろう。
「うん、いいよ。じゃあ道具持ってくるね」
いったん自分の席に戻り必要な物と椅子を持ってストーブの前に行く。
「大庭はモデルと描き手どっちからやりたい?」
「えっと、僕はどっちでもいいから美竹さんが好きな方でいいよ」
「いや、あたしもどっちでもいいし…………」
「「………………」」
これもコミュ障あるあるの一つではないだろうか。お互いに遠慮してしまって結局押し問答になってしまう。
ここは少しでも男らしく僕が決めた方がいいのかな。少し悩んだ挙句口を開いた。
「じゃあ、僕が描き手をやるから美竹さんモデルでもいいかな?」
「わかった」
やっと一歩前進した。美竹さんは椅子に座ってちょこんと手を膝の上に置いている。
緊張しているのか体がガチガチだった。
「えっと………美竹さん、もっと楽な姿勢でいいよ」
「う、うん」
返事はしてくれたがまるで体の緊張が解けていない。そうだ僕が指定したポーズの方がいいかな。その方が気が楽になるかもしれない。
「美竹さん、足を組んで遠くを見つめるようにして」
「え、なんで?」
「その方がいい絵が書ける気がするから」
「まあ、いいけど」
渋々と言った感じで足を組んでくれた。
………………不良オーラがました気がするが気のせいだ。
そこからはただ静かに美竹さんと画用紙を見比べて描いていった。
美竹さんの顔よくよく見てみると綺麗な顔をしているなぁ。いつもは眼力とオーラがすごいから怖い印象だけど。
今はクールでカッコよく見える。
あれから時間は経って休憩時間になった。
美術の時間は二時間連続している。今は一時間が終わったところだ。
休憩時間に僕は一人で席に座ってスマホをいじっていた。
………………そしてなぜか隣の席で美竹さんもスマホをいじっている。ちなみに彼女の席はこの授業では僕の隣ではない。
これは指摘しない方がいいのだろうか。
チラチラと少し美竹さんの方を盗み見ていたら視線が合う。
「なに」
「い、いやなんでも」
「そう」
このやりとりもすでに3回目だ。なぜ彼女が自分の席に戻らないのかは聞かなくてもわかる。
美竹さんの席は違うグループの人たちがすでに使っており、帰れる環境ではなくなっているからだ。
仮に帰れたとしてもあの中で一人で過ごす勇気は少なくても僕にはない。
「ねえ」
そんなことを考えていると美竹さんに声をかけられる。
「は、はい。なんですか」
「さっき描いてた絵、どのくらい進んだの?」
「ま、まだ全然」
「ふーん、ちょっと見せてよ」
「い、いいですけど」
自分の絵を誰かに見せることは初めてではないだろうか。
「ど、どうぞ」
恐る恐る美竹さんに途中までの画用紙を見せる。
「………………うまい」
「そ、そうですか」
これでも家ではやることがなくてイラストを描いている。
僕は根っからのインドア派なので家ではゲームかイラストを書くことのどっちかしか基本はしていない。その作業中に音楽をかけて気分を上げているから音楽も趣味と言えるのかもしれない。
こう考えるとほんと僕って引きこもり気質だな。
「大庭、漫画家になった方がいいよ」
「い、いや僕の絵なんてそんなうまくない…………………です」
「十分うまいでしょ」
やけに美竹さんが褒めてきてくれるけどここまで言われると裏があるようにしか見えない。
少しの沈黙が支配する。なんだろうこの気まずい時間。
「大庭はガールズバンドって知ってる?」
「ガールズバンド?」
いきなり美竹さんがそんなことを聞いてきた。
ガールズバンド。
単語自体の意味は知ってるけど。でも最近テレビでもネットでも話題になっているというのを見た気がする。
「一応名前ぐらいは」
「そう………………ロック以外は聞かないの」
「基本的に聞いてるのはロックですけど」
「他のジャンルは?」
他のジャンルか。美竹さんに言われて考えるけど特にこれといって思い浮かぶものがない。中学生の頃はアニソンも聞いてたけど最近のはよくわからない。
ましてやガールズバンドというジャンルは聞いたこともない。
………………いや待てよ。
口下手な美竹さんがわざわざ聞いてきたってことは何か裏があるに違いない。ここで素直に興味がないと答えたら東京湾に沈められるかもしれない。
「えっと、基本的には聞かないですけど。そのガールズバンドってやつは少し興味あります」
「ほんと⁉︎」
「は、はい………」
あ、あの美竹さんが目を輝かせている。それだけガールズバンドが好きなのだろう。
人間誰しも自分の好きなものに好意を持たれることは嬉しいはずだ。それはあの美竹さんも例外では内容だ。
そのときタイミングよくチャイムが鳴り響いた。
それと同時にクラスメイトたちが一斉に作業に戻った。僕たちもストーブ前に戻ってさっきの続きを始めた。
そこからは会話はなかったけど、美竹さんがさっきよりもいい表情だったのは僕の気のせいじゃないと思う。
大庭椿
コミュ障高校生。
家ではゲームをしているかイラストを描いている。
ネットで自分が書いた画像を上げているがフォロワーがいないので誰も見てくれない。
美竹蘭
大庭が思ったよりイラストがうまくてびっくりした。
基本的にロックしか効かない大庭がガールズバンドに興味があると言ってくれたのが少し嬉しかった。
でも、自分が歌っていることがバレるのは恥ずかしいのでバンドを組んでいることは大庭には言っていない。