結局あれから救助隊の人たちが来て僕たちはドクターヘリに乗せられて近くの総合病院に運ばれた。案の定僕の右腕は骨折だった。そして今は他に異常はないか検査入院をすることになった。
美竹さんの方はこれといった怪我はなく1日の検査で家に帰ってしまった。そして僕が骨折したことを知ると胸ぐらをつかまれて大声でバカ‼︎、と怒られてしまった。しまいにはあたしのせいでとか言い出した美竹さんをうちの母親が全部俺が悪いから気にするなと慰めていた。
いや、確かに美竹さんが僕のせいで落ち込むならその方がいいけどいくら何でも息子の目の前で言わなくてもいいと思うのは僕だけだろうか?
そして今は一人でベッドの上に座っている。入院してから4日経つけれどそろそろ暇すぎてすることがない。
ご飯だって別に体調が悪いわけじゃないのに病院食だし。そろそろジャンキーなものを胃にたらふく入れたい時期だ。
平日の午前中からこんなことを考えているなんて相変わらず引きこもり気質は継続しているようだ。
ドクターヘリで運ばれた次の日には先生たちがやってきてホッとしていた。それもそうだ林間学校中に生徒が流されて消息不明なんてことになったら僕だったら神経が張り詰めている気がする。
その日の午後には美竹さんのお母さんが来て美竹さんを抱きしめていた。
お母さんは美竹さんがそのまま大人になったような雰囲気でとても綺麗でカッコよかった。性格も似ていて少しコミュ障気味な感じがした。
僕にも散々お礼を言ってきて逆にこちらが恐縮してしまうほどだった。その後は僕の母となんか仲良くなってたし。僕の母親は自分から人に絡みにいくタイプで何であの母親から僕みたいな陰キャが生まれたのか不思議でならない。
そしてあの日から美竹さんとも会っていない。何でも聞いた話ではもう普通に学校で授業を受けているそうだ。僕も来週からは普通の生活に戻れるから早く戻りたい。
僕がいないから美竹さんはクラスでは相変わらず一人だと思うし。
って何を考えているんだ。美竹さんが一人なのは僕がいたとしてもだろう。
そんなことをだんだんと気温が上がってきた病室の中で一人で考えていた。
「…………ん」
眩しい夕日が顔を照らして目を擦りあくびをした。
気がつくと時間はもうすぐ日の入りを指していた。スマホも水没してやることがないから相変わらず暇だった。
お昼から飲み物を飲んでないから自販機に行こうと引き戸に手をかけた瞬間目の前が開いた。
急なことにびっくりして腰を抜かしているとそこにいたのは久しぶりに見た赤いメッシュだった。
「み、美竹さん…………」
「何してんの大庭?」
手を貸してもらって起き上がる。
久しぶりと言っても二日合わなかっただけだが、それでも彼女の顔を見たのは久しぶりに感じた。
乾いていた喉も気がつくと無くなっていたので、仕方なくベットに腰を下ろした。
そしてわざわざ横に腰を下ろしてくる。お見舞い用の椅子がそばにあるのになぜ僕の隣に座ってくるのか。
「えっと、美竹さんあっちに椅子が」
「別にあたしがどこに座ってもいいでしょ…………それとも大庭はあたしが隣だといや?」
「そ、そんなことないけど」
「そっか」
僕の返答が嬉しかったのか少しだけ口角が上がった。他人なら気がつかないぐらいの変化だが僕はそのわずかな変化も解るぐらいにはなってきた。
ガサゴソと背負ってきたリュックを漁るとプリントを数枚渡してくる。
黙って受け取るとそれは今日の授業のノートのコピーだった。
「これって」
「どうせ大庭はあたし以外に頼れる人いないんだから」
それは美竹さんもでしょ。とは言わずに素直にお礼をして受け取っておく。
「後これ」
まだあったのか次に渡してきたのはチョコレートだった。しかもこれはショッピングモールの中にあるチョコレート専門店の一番苦いビターチョコだった。
あまりの苦さに普通の人は頼まないと有名なやつだ。
「あ、ありがとう」
僕はどちらかと言うとホワイトチョコレートの方が好みだがそんなことを言ったらこの板チョコが目の前で粉砕されるかもしれない。
「食べて」
「え?」
「今、ここで、食べて」
ズイっと顔を近づけてくる。
「わ、わかった。わかったからそんなに近づかないで」
「あっ…………」
この距離は無自覚だったのか顔を赤くして離れてくれた。
丁寧に包装を外し本体を取り出すと見た目は至って普通の板チョコだ。
意を決してかじるとあまりの苦さに体が一瞬硬直する。
「どう?」
「お、美味しいよ」
何とか咀嚼して飲み込むと震える口角を無理やり上げて笑いながら答えた。
「ほんと!?」
「うん…………本当」
「よかった。これで大庭がホワイトの方が好きとか言ったらどうしようかと思った」
「そ、そう。僕はビターの方が好きだからね」
「あたしも。そっか大庭もビターの方が好きなんだ」
あまりに嬉しそうに微笑んでいる美竹さんを前にホワイトが好きだとは答えられなかった。これからはゲームのお供に食べていたホワイトチョコはビターチョコになるだろう。
苦手なビターだったが美竹さんの嬉しそうな顔を見ていたら少しは美味しく感じるかもしれない。
そう思って齧るとあまりの苦さに体が硬直した。
そしてその日からから美竹さんは毎日放課後僕のお見舞いに来てくれるようになった。
今日の授業はどうだったとか。昨日のドラマのこととか。僕の見舞いのせいで朝起きるのが辛いとか。
そんなことを毎日日が暮れるまで喋っていく。
あの遭難した日から美竹さんと一緒に話していると何だか僕も安心するようになった。
時計を見るといつも美竹さんがやってくる時間は過ぎているのに今日はまだ来ていなかった。
そして一時間近く経っても来なかった。今日はこないなとテレビのリモコンを手にとった瞬間。ドアの向こうが少し騒がしいことに気がついた。
耳を澄まして聞いて見ると。誰かが言い合いをしているのが聞こえる。そしてその声は僕がここ最近一番聞いている声にそっくりだった。
もう片方は男だろうか。やけに低い声だ。
「美竹さんどうした…………の」
終わった。僕はこのまま東京湾に沈められる。直感的にそう思った。
ドアを開けたところにいたのはイカにも裏社会のドンをやっていそうな強面の男がいた。
「君が大庭くんかい?」
「ヒャ、ヒャい」
名前を呼ばれて思わず声が裏返る。こ、怖すぎる。まるで常時、覇王色の覇気を放っている感じだ。
「こ、こんな廊下だとアレなんでよかったら中に」
「そうか。ではありがたく入れてもらおう。蘭、彼から入れと言ったんだこれで文句はないだろう」
「…………勝手にすれば」
「…………」
そしていつものようにベットに腰を下ろすと隣に美竹さんが座ってくる。それを見た瞬間、覇気の威力が上がった気がする。
「み、美竹さん。今日はあっちの椅子に」
「やだ。別にいつもこうだからいいでしょ」
「いつも…………」
ま、まずい、このままじゃ本格的に東京湾行きだ。
「ゴホン。とりあえず大庭くんとりあえず娘を助けてくれて感謝する」
そう言って頭を下げてくる。
ん、娘?
「何?」
美竹さんの顔を見るとあまり似てない気がする。でもこの威圧感は美竹さんそっくりだ。
もしかしなくても美竹さんのお父さん?この前お母さんは来たがまさかお父さんまでくるなんて。
「い、いや。僕の方こそ美竹さんにはいつも助けられてますから」
「そうか。そう言ってもらえてよかった」
「い、いや」
「それで大庭くん。蘭とはどう言う関係なのかな」
さらに威圧感が上がった気がした。
「と、友達ですよ」
「友達か。ここ最近蘭がやけに帰ってくるのが遅いから心配していたんだが毎日ここに来てるのかい」
「は、はい。毎日授業のプリントなど持ってきてくれます」
「そうか、わかった。それじゃあ私は今日はこの辺でお邪魔させてもらうよ。これ以上いると蘭に噛み付かれるからな」
「ふん…………」
「ああ、それと大庭くん」
「ま、まだ何か」
「退院したら今度は二人で茶でも行こう。知り合いがやってるいい店がある。そこでイロイロと聞きたいこともあるからな」
そう言うと今度こそ病室を後にした。
終わった。
僕はどうやら知らず知らずのうちに東京湾ルートに進んでいたらしい。
「それで大庭…………」
今日は美竹さんの話がまるで頭に入ってこなかった。
そのことが気がつかれると頬に軽いビンタをくらった。
大庭椿
入院した男子高校生
病院は退屈で仕方がなかったようだ
ご飯も病院食で味が濃いものが食べたがっていた
味覚はあの多趣味な風紀委員に似ているらしい
美竹蘭
入院しなかった女子高校生
大庭がいない学校はどこか退屈だったそうだ
モカたちと一緒にいる時もどこか上の空だったそうな
放課後になるといつもより浮き足だった足取りでどこかに向かうところをひまりが確認している
お母さん
蘭がそのまま大人になったような見た目
蘭の帰りが遅いからどこに行っているのかと尋ねると大庭のところとぶっきらぼうに答えた
その瞬間何かを察したのかそれからは何も言わなくなったそうだ
お父さん
最近やけに蘭の帰りが遅くて心配していた
妻に相談しても大丈夫よ、と微笑みながら答えるだけでますます不安になった
ある日部屋に蘭を呼びなぜ帰りが遅いか聞くとお父さんには関係ないでしょと言われて落ち込んだそうだ
妻に頭を下げて理由を教えてもらい病室に行くと運悪く蘭と鉢合わせたらしい
そして娘が見たことのない表情で大庭の隣にいるのを見て複雑な感情になったそうな