ストーリー オブ ザ 球磨   作:ヤングコーン

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子供が嘘をつくのは自立心かららしいですよ。
人はありのまま生きていけない事を知るから、外面を作るんです。
付き合う人の種類の数だけ外面を作るんです。
やがて求められる人格に合わせて自身の本心から外面が外れなくなったら…。
それはとても怖い事だと思いませんか。
偶像は伸びていくんです。夕方になると影が伸びるように、己の身の丈以上に。


17話 独り歩きをする偶像

地霊温泉事務所、私がこいしさんを連れてきたものでさとりさんはとても驚いていた。とにかく役員室の隣の部屋に寝かせた。

 

「すみません、うちの妹が」

 

「いえ、私もさとりさんのアドバイスにとても助けられましたので」

 

私達は近くのソファに向かい合う様に座り、彼女の用意してくれたお茶を飲んだ。温かいお茶が内部から体を温めてくれるようだ。私は一息をつく。

 

「携帯電話、持ってるものとばかり思ってました」

 

「ああ、その件に関してはいつどうしようかと思ってはいましたが中々手がつかず…」

 

「いえ、別に構いませんよ。私の思い込みによるものなので…。それで、今日こちらにお呼びした理由なんですが1つはにとり雑貨店のスポンサーになりたいと思って連絡しました」

 

ついにだ…。今までは様々な問題点があってつく事はなかったが、ついに…。私は息をのんだ。

 

「本当は私から出向いてこのお話をしたりするべきだったんですが、何分手が離せなくて…。にとりさんもこちらには呼べませんし、それでこちらにお呼びして話す事となってしまいました」

 

「いえ、恐悦至極です」

 

さとりさんは机のボタンを押すと、机の中からパソコンがニュッと出てきた。スリープモードを解いてカチカチと操作を行う。そしてとあるデータを開いてこちらに見せた。

 

「手続きに関してはこちらの方で形式を作ったので、まずはこのデータをにとりさんに送ります。後にご確認の上、返事を下さい。何か不明な点があればその都度ご連絡を」

 

「わかりました」

 

ボタンを押すとまたパソコンが机の中に消える。どうなってるんだろう、この机。彼女はスリッパをパタパタとさせて棚の方に向かう。棚から何か箱を取り出すとそれを以てこちらにやって来た。一体なんだろう。

 

目の前でパカッと箱を開けてみせると、中にはかっこいいデザインのカーキ色の携帯電話が入っていた。これは…。

 

「この間、市場に行ったときに買ったものです。気に入っていただければよいのですが」

 

「いえ、でもこんな…受け取れません」

 

「これからの時代、素早い情報の収集と連絡は商い事の生命線になります。謙遜は結構な事ですが、状況に応じて貪欲であるべきだと思います」

 

そういうと彼女は携帯電話のニューモデルが載ったカラープリント雑誌を持って来た。わお…こんな値段じゃとても庶民は手が出せない。それほど大きな新報を届けるわけでもないチルノに射命丸さんが普通に貸しているものだから、ここまでの値段だなんて思わなかった。

 

型落ちしててもこの値段…。

 

「外界から持ち込まれたこの携帯という機器は、まだまだ研究も完全でなく広く多く出回ってはいないんです。その研究と開発も兼ねて、利用プランそのものは安めに設定してあるものの機械そのものの値段は跳ね上がっています」

 

一部の購買層に高く売れればそれでいいというわけか…。そういえばにとり雑貨店もその経営方針上は薄利多売ができず厚利少売なっているのだが、確実売れるとなればこんな風に大胆な値段設定ができるものなのか…。

 

値段設定による需要と供給…薄利多売と厚利少売…。ああ、凄く今更ながらちゃんと高校に行ったり大学に行きたりして勉強してみたかったなぁ。学校生活はいじめの事があったり、勉強に興味がなかったりして殆ど嫌な時間を過ごしただけだった。

 

もしいじめなんてなくて、この事に打ち込みたいって思える何かがあったなら…今頃はどこで何をしていただろう。変わらなかっただろうか。チルノと出会えなかったら、学業には打ち込めても人付き合いは壊滅的だっただろうか。

 

たらればの事を考えていても何も分からない。きっと今があるだけなんだろう。私は考えるのをやめた。

 

「ちなみに、妖怪山の天狗や河童にはかなり割引が設定されていますね。名義貸しなどで安く取り引きする方法もあるみたいですが…お勧めはしないです。…割と頑張って選びました」

 

「ご厚意に感謝します」

 

ここまでされて謙遜で受け取れないなんてできっこない。私は言葉に甘えて受け取ることにする。

 

携帯のプランについては冊子で説明してくれた。プランの変更、名義変更自体は電話でできる。支払いボックスは各所にあり、支払い期限を過ぎれば自動的に通信がストップするようになっているようだ。冊子の内容はそれほど複雑ではない。

 

内容を把握したのちに電話をして名義変更の手続きを行った。

 

何から何までお世話になって申し訳ないのではあるが、私からもちょっとした菓子折りとプレゼントを持って来た。さとりさんは菓子の包装紙を丁寧に開く。

 

「黄身時雨ですか…。今度、地霊殿をインストールする時に食べさせてもらいますね」

 

「地霊殿をインストール…?」

 

「うふふ、なんでもないです」

 

うーん…、これ以上聞くと眠りを覚ます恐怖の記憶(トラウマ)で眠る事になりそうな気がするのでやめた。

 

それから私は持って来たプレゼントを渡した。テーブルポットだ。さとりさんは物珍し気にそれを見ている。

 

「これは…」

 

「テーブルポットです。魔法瓶の構造を真似してみたもので、中に冷たい物を入れたり温かい物をいれたりして蓋をすると他の入れ物に入れた時より冷めにくかったりぬるくなったりするのを遅くできます」

 

「ふうん…ありがとうございます、使わせていただきますね」

 

さて、とりあえず今日の用事はこんな所だろう。

 

「今日は本当にありがとうございました。もうどんな言葉で感謝すれば良いのか…。またの機会にお役に立てればと思います。それでは、さとりさんも忙しいでしょうしこの辺でそろそろ…」

 

「あ、あの…この後用事とかあります?」

 

「いえ…、こちらはまだしばらく改装工事とか諸々あるので少し時間に余裕がありますが…」

 

「少しばかり時間の方をいただいても…」

 

 

 

 

 

…ここは役員室の隣…、こいしさんが今寝ている部屋と更に隣の部屋。そこにあるそこそこの大きさのベッドで私はさとりさんと色んな話をしていた。私は感情が乏しいと思っていたが、さとりさんが言うには心の中はそうでもないらしい。

 

やはり立場というものもあってさとりさんと接する時は緊張する。心が読めない相手なら悟られないように心がける所だが、むき出しになった心じゃ隠しようがない。

 

途中まで自分を取り繕う方法とか機嫌を損ねない方法とか複雑な事を考えたりしていたが、最終的には下手な事を考えずいっそ素直にあるままに話す様にしていた。日常的な事とか、近況とか、悩みごととか、色んな事を話した。

 

今は添い寝をしているような状態で、向き合って話し合っている。

 

「時々、自分が分からなくなるんです。皆から頼られるには嬉しいんです。でも、私が頼りたいって思った時…誰に頼ればいいんだろうって。皆が求める『さとり』から、本当の私が剥離していくんです。でもその皆が私に見る『さとり』も紛れもなく自分で…」

 

さとりさんの言う事は今の私には分からない。それでも、大きなプレッシャーに苦しんでるようだった。激動の時代、痛みの伴う変化が起こっている。その中で、どんな人間や妖怪にも多くの悩みを抱え蠢いているのかもしれない。

 

私はただ彼女の吐き出したい気持ちを受け止める。時に意見して、時に共感して。

 

「時として思うんです。もし、皆が私に求めるのは『さとり』という偶像で、本当の私じゃなかったら…。その偶像が壊れてしまったら、私は皆に失望したり…嫌悪の目を向けるのではないかと」

 

「さとりさん…」

 

「球磨さん、私には分かってしまうんです。知った方がいい事も、知らない方がいい事も。レスポンスが返って来るんです、正確に。あなたは私が好きかと問えば、相手は答える間もなく事実だけ頭に伝わってくるんですよ」

 

下手な慰めは通じない。言葉だけ取り繕った、感情の伴わない言葉も。だから私は下手な言葉で返すことができない。心を読むという事、その能力を得る事により周りにどんな視線を向けられるのか。それらの事は当人にしかわかりえない。

 

だから知った口もきけない。

 

「球磨さん、あなたはとても都合の良い存在なんです。誰との繋がりも薄くて、頼り頼られる事の利害が一致してて…、私を癒してくれる。だからそんなあなたに付け込んでしまう。どうです、私の事が嫌いになったでしょう」

 

彼女は自嘲的に笑った。彼女は私に嫌われる事で「やっぱり嫌いになった」と安心感を得たいんじゃないか。私はそんな風に思えた。石橋を叩いて砕く。崩れたのを見て「やっぱり壊れた」と安心感を得たい。気持ちは少しも分からなくはなかった。

 

かつて異変を起こした時、誰とも分かり合える事はないだろうと考えていた。だから理想郷が必要だった。だけど違った。チルノと出会って変わった。

 

「私がさとりさんに抱く気持ちは私から言葉にする必要がありません。この空間にあなたの偶像なんていりません。ありのままを吐き出してください」

 

私が今の弱っているさとりさんを見て、助けたいなどと思い上がっているのは確かだ。でも、今のさとりさんに対する感情を何と呼べばいいのか分からない。もしかしたら自らの利益のためにこうしているのかもしれない。あるいは純粋な気持ちからなのかも分からない。

 

だから、今はこれが精一杯の回答だ。

 

「私もどうしたらいいのか分からないんです。助けてください…」

 

「善処します」

 

涙目になっている彼女を少し強く抱きしめた。

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