誰だって何かを始めると時は初心者なんです。
それを恐れていたら何もできなくなる。行動あるのみ。
という見切り発車でマッハGO!してると限界が来ました。
そして窮地に現れる天使の鴉天狗の射命丸さん。
厳しい言葉を言いながら面倒を見てくれる様はまさに姉御でございますねえ。
一生ついて行きます。
「にとりさん…お願いします携帯電話を持ってください」
私は床に倒れながら言った。視線の先にいるにとりさんは首を横に振る。
「嫌だ」
にとりさんが携帯電話を持ってくれないので、にとりさんへの用事の電話は全て私に掛かって来る。まるで動く相談窓口だ。そろそろ発狂しそう。私は作業をするにとりさんの肩を揺さぶった。
「お願いしますよぉー!もう電話の着信音を聞くのも嫌なんですー!」
「いーやーだー!用があるんなら直接言えばいいし、会いにくればいいじゃないか!固定電話もあるし。なんてったってそんなものを買わなきゃいけないのさ」
「私が忙殺されるからですよ。携帯電話を持ってくれないと、近いうちにサンディエゴに飛んで(自主規制)する事になりそうです」
「(自主規制)だなんてやめろよ…レーディングが上がっちゃうだろ」
私が揺さぶるのをやめて床に倒れても、お構いなしに作業を再開するにとりさん。ぐぬぬ、ここまでしても聞く耳を持たないか。こうなったら、何が何でも携帯電話を買ってもらおう!!
私はにとりさんの脇をくすぐった。
「わきゃーっ!!くけけけけけっ!!やめい、やめんか!!くしししっ!!」
必死の抵抗の末、往復びんたをもらった。お互いに息切れしている。
もう駄目だ、使うまいと思ったが私は懐からソレを取り出した。
「ででーん!これなーんだ!」
取り出したのは辞表だった。
「今までお世話になりましたダッシュ!」
全てを投げ出して逃げようとする私の腰にめがけてにとりさんがタックルを仕掛けてくる。
「ふぎーっ!辞表なんて認めんぞー!貴様はここで骨を埋めるんじゃ―!!」
「ひぃーっ!光をも吸い込む本物の黒ォーッ!!」
改装工事は終わり、無事に電気が通るようになったあの時より1日も休まずに連勤。私たちの身心にかかる負担は日に日に大きくなっていた。その結果、こんな奇妙奇天烈なやりとりがずっと続いている。
逃げようとする私と、追いかけるにとりさんと私はもう何が何だか分からなくなるほどもみくちゃになって、ついに川に落ちた。
私は水中から体を起こした。にとりさんを探すと、川に流されて行っている。
「ちょ、どこへ行くんですかにとりさん!この後、予定が3件もあるんですよ!」
「もういい…しばらく川の流れに任せて行きつく先まで流れてやる」
「やーい、河童の川流れ~」
「言うに事欠いて貴様、許せん!!」
体を起こして川の底にしっかり足で踏んで川の中をざぶざぶとやって来たにとりさんと体中を濡らしながら殴り合う。そこに射命丸さんが困惑気味でやって来た。
「なにやってんです2人とも…」
「見てわかりませんか、肉体言語を交わしておるのです」
「私とお前は、戦う事でしか解り合えない!」
「いや、そこは弾幕勝負でしょうよ…」
私達は電気ストーブの前で一緒に火にあたっていた。射命丸さんが淹れたコーヒーを一緒に飲む。それから彼女は私達のスケジュール表を見て呆れかえっていた。
「河童は開発バカ、半妖は商魂バカ…。あなた達スケジュールの管理1つできないんですか!」
叱られた…。
「いいですか、あなた達はしばらくそこで風邪をひかないように縮こまってるのが仕事です!いいですか!!」
射命丸さんは言いながら机に向かって鉛筆やら定規やらを動かしている。時々パソコンに向かって何かを打ち込んだりもしている。キーボードを叩く速度が凄まじい。トンプソン・サブマシンガンは銃声をタイプライターの打鍵音に例えてシカゴ・タイプライターだなんて呼び名があったりするがあのタイピングはまさにマシンガンだ。
私とにとりさんはほぼ同時のタイミングでコーヒーを飲んだ。
「すみません、殴ったり悪口を言ったりして…」
「いや…正直、ここ最近の出来事では一番楽しかった。悪態をついたり、殴り合ったりできる友達は素晴らしいな」
「全くです」
喧嘩が関係の決裂じゃない。それも含んで関係が続いていけるという事。お互いに喧嘩を覚悟で意見を言い合えるという事。それはきっと素晴らしい。上司と部下という関係の中に、新たな進歩を感じた。
それにしても、日ごろはおちゃらけている射命丸さんがあんな風に怒るだなんて思わなかった。
「それにしても、射命丸さんはどうして怒っているんでしょう」
「さあ、換羽期なんじゃないか?」
「そうやって鳥をバカにして!」
射命丸さんが風車を私達に投げた。一本ずつデコに刺さる。すごく痛い。というか私はまだ何も言ってない。
しばらくすると射命丸さんが紙を持って来た。どうやらスケジュール表を書いててくれたらしい。おおお…予定を詰め過ぎず空き過ぎず…。凄い、こんな賢い組み方があるだなんて思わなかった。
にとりさんも驚いている。
「これが天狗のスケジュール管理術なのか…」
「バカですか?あんた達のスケジュールの組み方がアホなだけですよ。全く、過労死チャレンジでもしてるんですかあんたらは」
ううう…いつになく厳しい言葉。いつものおちゃらけた射命丸さん帰って来て…。
それから目についた仕事もテキパキこなしてる。果てには店のレイアウト、商品の並び替えまでこなす。まるで店が生まれ変わったようだ。
「いいですか、物には売り方があるんです。同じ物を売るにしたってこんなに魅力の伝え方が変わるんですよ。ほら、入り口から入って改めて中を見てください」
言われた様に客になったつもりでにとり雑貨店に入る。おおお、どこに何があるか一目瞭然。にとりさんも驚いていた。
中にはどこに行ってたかわからないものや、こんな見せ方をするだけでこうも違って見えるのかと思うものまで沢山あった。私たちは作る側だが、商品を選ぶ側とは物がこんな風に見えるものなのか。
「私たちはビジネスパートナーなんです。倒れられたら困るんですよこっちも」
そう言いながら彼女はポーチから複数の本と複数の紙、そして新聞を取り出した。
「さすがに天狗の町を社会科見学とはいきませんから、この参考書で我慢してください。足りない知識はこっちのプリントにまとめました。そしてこれは新聞。ここ最近仕事浸りで見てなかったでしょ」
早苗さんと一緒にいる事が多くなってからはあまり見かけないと思っていたが、私たちのためにここまでしてくれていたのか…。ようやくやる事が終わって一息つこうとしたのか、彼女はキッチンに行って腰を抜かした。
どうしたのかと思ってにとりさんと一緒に行くと、ただキッチンがあるだけだった。
「あんたらどうやって生活してるんですか…。球磨さんがいる以上は食べ物は必要ですけどこれは…。いよいよめまいがして来ました。悪い事はいいません、従業員を増やしてください」
「だそうですよにとりさん」
「時間に余裕がなさ過ぎて一周して忘れてたな。金には余裕があるし雇うか」
他に話がある事と、今回お世話になったお礼もあってにとりさんと射命丸さんはお食事処に出かけて行った。キッチンのこの不始末は生きていくのに食料が必要な私の責任なので、ここは全力を尽くして掃除に当たりたい。
外にある少し前まで動いていた発電機を窓越しに見る。まだ使えるからいつかしっかり修理するつもりだけど、今は使わずじっとしている。あれにもお世話になったなぁ。
あらかた片付け終わると、改めて射命丸さんからもらったスケジュール表の確認と参考書を眺めたりしてみる。新聞も後で目を通しておかないとね。
私はレジの近くにある営業終了のランプのスイッチを押した。これで今頃、人里に許可をもらって建てた看板のイラストのランプが光る。これが点灯すると今日はもう販売しないとお知らせできるのだ。
ただし、人間の里からにとり雑貨店まで片道3㎞遠路はるばる来たのに門前払いとはできないのでランプ点灯から1時間前後ぐらいは応対することになっている。
店から出てあたりを見渡すが、お客さんの姿がない。にとりさんたちも出かけている事なので、私は店の奥の居間で少し昼寝をすることにした。