「伊丹は良くできた子だねぇ。うちの子なんて…」
「うちの子にも見習ってもらいたいもんだ。あはは」
いとこがやって来た。伊丹は嫌いだ。私よりも年下なのになんでもできて、やって来るたびに両親からこうして褒めそやされている。そして、そのついでと言わんばかりに私はけなされる。だからこいつが来る日は私はできるだけ誰の目にもつかない所にいた。
例えそれが謙遜であろうと、本音であろうと…聞こえてくるお父さんとお母さんの私への悪口は大いに傷ついた。
遠くから伊丹が見えた。彼女は私に気が付くと、にっこり笑って手を振った。私は無視して部屋に籠る。布団の中でうずくまっていると彼女はやって来て部屋に入る。
「ねえねえ、球磨ちゃん。遊ぼうよ」
「嫌だ。あっちへ行ってよ」
「球磨ちゃん、こんなのが好きなんだ。男の子みたい」
「ほっといてよ」
「変なの」
伊丹は私に飽きた様で部屋から出て行った。しばらくするとお母さんが来た。
「球磨、伊丹ちゃんと遊んであげなさい。あなた年上でしょ?」
「あの子嫌い」
「もう…」
…起きた。懐かしい夢だ。今でも嫌いないとこ、伊丹の夢。
「随分うなされていたな。大丈夫か?」
にとりさんがこちらを見ながら言った。
「すみません、起こしてしまいましたか」
「お前の健康が大事だ。お茶でも淹れようか」
「いえ、このまま寝ます」
「ちょっとこっち来い」
にとりさんが手招く。私はにとりさんの所へ行くと、掛布団を一緒にかぶった。そして私の背中をさすって、あやしてくれる。
「辛い時は何でも言うんだぞ」
「はい。頼りにしてます」
「おう」
とたとたとたとた…。聞きなれない駆け足の音が聞こえるかと思えば、のれんを潜ってやって来たのは早苗さんだった。その手には大きめの紙袋があった。彼女は店の中にやって来ると紙袋をどさり、と近くにおいて電気ヒーターに当たった。
「あー。外は寒くなってきましたねぇ」
「だなぁ、防寒対策をしなきゃ。球磨も風邪気味だよ」
「すみません。衣替えのタイミングっていつもよくわかんないんですよね」
私はマスクをしてはんてんを羽織っている。けほ、と席をすると早苗さんが紙袋から何かを取り出して私に渡してくれた。新聞に包んであるそれはずっしりと重くとても暖かい。
これは…サツマイモだ。
「あんまり美味しいんで、皆の分も買って来ちゃいました。今年は作物の心配もありましたが思ったほど値上がりはしませんでしたね」
「食品の値上がりについて報道すると関心を寄せられるんですが、農家の方々から『値下げももっとしっかり載せてくれ』って注意されてしまいましたねー。広告をつけてくれれば喜んでやるんですが」
射命丸さんが奥からひょこっと現れる。早苗さんはギョっと驚いた。
「なんで鴉天狗がいるんですこんな所に」
「この人たちが得意分野以外はてんで駄目なんで、いっそ第2の作業場としてここにして仕事をしてるんです」
なるほど、と納得したようだ。早苗さんはにとりさんにまたサツマイモを1つ、射命丸さんにも1つ取った。紙袋の中身はなくなったようでごみ箱に入れた。
「あれ、あんたの分ないじゃないですか」
「里で1つ食べてきましたしねぇ。ここ最近何を食べるのもおいしくて、ちょっと心配なんです」
「そこに体重計ありますよ。測っていきます?」
私は体重計を指さした。早苗さんはおそるおそる乗ると、ホッとため息をついた。私は少しやせすぎらしいのでもっと食べるようにしている。妖怪はいいな、食べても食べなくても生きていけるだなんて。そんなのチートだ。
射命丸さんがお茶を取りに通りがかる。あれ、今眼鏡してた?
「射命丸さんも眼鏡するんですか?」
「ファッションですけどね。いい感じのが売ってたんで買っちゃったんです。金さえくれれば今度、天狗の里でいい感じのファッション眼鏡買ってきますよ」
「いいんです。これ気に入ってるんで」
「あ、球磨ちゃん私その眼鏡かけてみたい」
早苗さんが頼んで来るので、眼鏡を貸した。わお…意外に似合う。凄い真面目ちゃんに見える。他にかけてみたい相手がいるようなので、私は貸し出しした。あの眼鏡、いくらでも作れるしね。私は夢の世界から眼鏡を生成してまたかけた。
早苗さんが「神奈子様にもかけてもらおう」と言いながら出ていくと、射命丸さんも新しい新聞のネタ探しに出て行った。
開店時間も迫り、お客さんも少しずつ見えて来た。そういえばさとりさんに地霊温泉のポスターもらってたな。私はレジをにとりさんに任せて店内に地霊温泉のポスターを張った。こっちには守屋神社の催し事のお知らせを…。
固定電話に電話がかかってきた。にとりさんが応答している間は私がレジを担当する。
「うん、うん分かった。…球磨、ちょっと工場の方でトラブルがあったから店は頼んだ」
「トラブルですか?」
「大した問題じゃないと思う。すぐに戻るよ」
にとりさんは荷物をまとめると出かけて行った。最近は客入りもほどほどの数に空いてきたので楽だ。もう少し手が空いたら意見箱を見たりしようか…。ふと、外を見ると天気が曇ってきた。ああ…この匂い、一雨くるかもしれないな。
お客さんが来ない間を縫って外に干した洗濯物を家の中の物干しざおに干しなおした。
雨が降ってくると、傘を持参してない客が帰れずに困っている。傘も人間の里から取り寄せて置いておくべきかもしれないなあ。私は家具スペースから椅子と机を持って来て、まだ空きスペースになってる場所に並べて簡易的な休憩所を作った。
そこでしばらくお客さん休んでもらう事にする。何もなしじゃつまらないのでお茶を出していたら、「コーヒーください」という注文まで来て、「カフェ店じゃないですよここー」と言い返してコーヒーも持っていった。
「ああもう、雨が降るなんて聞いてないよぉ」
ミスティアさんがやって来た。遅れて幽谷さんがやって来る。
「風情があっていいじゃないか。たまには雨に降られてみるもんだよ」
「響子!さっさと前に行って!私が雨に打たれてるでしょ!」
えっと…誰だっけ。
「おい、そこの眼鏡。私の名前はリリカ・プリズムリバーだ」
さとりさんはともかく、ト書きを読んでツッコミを入れてくるのはやめてほしい。
リリカさんは雨に打たれても濡れる様子はないが、気持ちの問題なのかもしれない。珍しい3人が来たな。彼女らは休憩所を見つけるとそこで腰を掛ける。私はカウンター前に座って次のお客さんを待つ。
しばらくすると雨が止んだ。その隙にダッシュで数人のお客さんが店を出た。どうせまた雨が降るだろうと踏んで出ないお客さんもいる。
…しばらくすると雨が降って来て、1人戻ってきた。
皆退屈していると、ここでライブさせて欲しいと例の3人から頼まれた。特に断る理由もないので、許可すると休憩所で歌を歌い始める。鳥獣伎楽の原曲アレンジだ。
CDか何かにすれば売れないか考えたが、収録環境や音楽再生機器の普及の事を考えるとまだ頭の隅に置いておくぐらいにしておく事にした。
にとりさんが帰って来た。休憩所とライブに驚いていたが、とりあえずカウンターに戻って来る。タオルを渡して今までの経緯について話した。
工場でのトラブルもそれほど大した事ではなかったらしい。一緒にライブを見ている。
「叫んでばかりと思ったら、あんな歌も歌えるんだなあいつら」
「リリカさんの演奏がいい感じにバランス調整してる様にも聞こえますね」
「ああね」
気が付くと、にとりさんも私と同じようにカウンターで頬杖をついていた。何となく顎を支える腕を変えると、数テンポ遅れてにとりさんも同じように動く。…わざと、じゃなさそう。私がにとりさんの動きに似てしまったのか、にとりさんが私の動きにつられているのか…。
わざとため息をついて見せると、にとりさんもため息をついた。
「にとりさん、今…あの曲を収録して売れないか考えてませんでした?」
「んあ?まあな。人間の里の店に音楽再生機器を無料でやれば、鳥獣伎楽の人気も上がってこっちの収入にもつながるんじゃないかって考えてた。再生DISKと音楽再生機器…生産コストに対して見合う利益でるかな」
そこまで考えてなかった。なるほど、店内BGMか…。
「にとりさん、にとり雑貨店で流すなら?」
「はは、なんだよ急に。そうだなぁ…この店で流すなら…」
「「ジャズ」」
何となく可笑しくてお互いに笑った。