これが世間でいう若さってやつなんでしょうか。
あるいは経験や時間がこうした情熱を奪うんでしょうか。
私は物事に集中すると融通が利かない事があります。
もっと冷静に、複眼的に物事を見なければ…。そんな風に思います。
気が付くとにとり雑貨店の前にいた。私は鍵を使って中に入った。にとりさんは眠っていてる。私は眼鏡を静かに外して砕いた。そして店内に入った。射命丸さんが台所から出てきた。眠そうに眼をこすっている。
「あれ、起きてたんですか射命丸さん」
「喉が渇いてしまいまして。…珍しいですね、球磨さんが眼鏡を外したままだなんて」
「はい。もういらないかなって」
射命丸さんがしばらくこっちを見ていると、小走りでやって来て私の顔をまじまじと見つめた。
「へぇ…いい目をする様になったじゃないですか。どっかの大妖怪に何吹き込まれました?」
「え、いえ…まあ、そんな感じです?」
彼女はぽんぽんと私の肩を叩くとプライベートテントの中に入って行った。私ももう眠いので敷布団を敷いて眠った。
今日は客入りが多くない。改装工事直後が多過ぎただけで、落ち着くとこんなものかもしれない。にとりさんはカウンターの後ろ側でパチパチと部品を組み立てたりしている。やっぱり昨日の紫さんのあれ、受け取っておくべきだっただろうか。
お金の面はもうそこまで困っていないけれど、やはり知識や部品はまだまだ欲しい。でも…あれは本気だったんだろうか。昔話に出てくる妖怪は金品で人間をだまして、実は木の葉でしたとかそういうのも多いけれど。
…いや、私の判断は間違ってなかったはず。これから先の課題は自分たちでどうにかしていくべきだ。
「にとりさん、にとりさんにとって正義ってなんです?」
「何だ急に改まって」
「別に大した事じゃないんですが、どう考えてるのかなって」
「正義ね…。卑怯者が最後に辿り着く所さ。自身の行いを正当化するためのね。そんなものどこにもありやしない。あるのはエゴと、体のいい建前だけ」
語調は淡泊なものだったけれど、そういうにとりさんの表情はどこか割り切れないものだった。にとりさんなりに思う所があるのかもしれない。コーヒーを以ててくてく歩く射命丸さんが通りかかった。
「何です急に哲学なんて語りだして。らしくないですよ」
「心がぬかるんでる気がしまして。踏み固めたいというか」
「ぬかるんでるなら踏み固められないでしょ」
「それもそうですね」
何か一つ言い返したかったが全くその通りなので、話をそこで区切った。射命丸さんはプライベートテントの中に入って行った。しばらくレジをこなしてるとひょっこりと顔を出す。
「聞かないんですか、今さっきのを私に」
うずうずしてる様子だった。
「聞いて欲しいんですか?」
「そんなじゃないです」
そう言って頭をひっこめた。見えないはずのテント越しに視線を感じるので、私は射命丸さんの方を向いて尋ねる事にした。
「射命丸さんにとっての正義ってなんです?」
「私です」
まあ予想はしてた。それが言いたかったのね。満面の笑みで戻って行った射命丸さんを見届けると、何となしに時間確認に携帯電話を確認する。新着のメールが届いている。えーっと、チルノとさとりさんからだ。チルノから送られてきたのは写真で、言葉は添えてない。写真をダウンロードすると、子連れイノシシの写真だった。
こうして写真だったり見る分にはちょっと可愛いけれど、襲われた時の事を考えると怖い。そういえば、最近里の方に降りてきてるって話を聞いたな。畑への被害が少ないといいけれど。
とりあえず「見かけても近寄らないように」と返信した。
次はさとりさんからだ。えーっと、新しい石鹸の商品の試験販売を行いたい事と感染症予防の注意喚起ポスター制作にあたってのイラストやアイデア募集だった。石鹸に関しては既に色々と持ち掛けられて並べてあるのだが、まあこれから在庫がなくなりかねないからあって困る事はないか。
参考用に添付された注意喚起のポスター、前にも地霊温泉で見かけた作風だけど誰が描いてるんだろう。私はこれでいい気もするけど…。私は絵心ないしなぁ。
「にとりさん、感染症予防の注意喚起のポスターのイラストとアイデア募集があったんですけどどうします?」
「んあ?ちょっと待ってろ、描いてやる」
そういうと筆ペンを取り出してざら紙にサラサラと描いてみせた。おおお…すごく味のある作風だけれど…古い。一応写真撮っておこう。
「気に入らなきゃそこの鴉天狗に頼んでみろよ」
「文々。新聞の四コマは私描いてないですよー」
ううん…。とりあえずここは1つ私も書いてみる事にした。こうしてこうして…いや全然だめだ。とりあえずにとりさんの描いたイラストを案の1つとして送っておこう。
あれから様々な工夫を凝らすも、人間の里では病が増え続けた。意識改善が上手くいってないとは思えない。私が見る限りでもしっかり手洗いうがいをしている。予防はしているのに病人は増える。確かに病に関する妖怪も人間の里に増えてきつつあるが、病人に引き寄せられた様子なので主因となっているというのは説得力に欠ける。退治もされてるし。
旧地獄の一部の妖怪に疑いがかかったり、人間の里で妖怪を人間の里の外へ追い出そうとする動きもわずかながらあった。今の所は理性ある人間や聖さん達の働きかけもあって過激な妖怪への迫害などはないが、このまま続けばどうなるともわからない。
水質検査は既に問題なかったが、永琳さんは水回りについてを疑っていたようだ。人間の里に視察に出かけた所、まず目を付けたのは共同井戸の手押しポンプの取っ手。次に家庭訪問を行って食事の準備や日頃の仕草などを観察し、細かな点についてレポートにまとめた。
一部の衛生観念の低い人物があたりのものに触れて回る事でせっかく手洗いうがいしても手が汚れてしまったり、また一部の習慣に関しても見直しを検討する必要があるなど様々な案が出た。また、「自分は大丈夫」と既に病気にかかっているのに特に治そうとする意識もなく病気をばらまいている人もいた。
以上の結果に関して妖怪への信頼が落ちている今、信仰を集めている面々に一新された注意喚起などを行っていただく様に呼びかけた。豊聡耳さんや聖さんも快諾してくれている。後は徐々に落ち着くのを祈りばかりだ。
しかし、複雑な気持ちだ。これで解決してしまったら今回妖怪に向けられた疑惑の目線は完全に人間側の不注意や衛生面の不徹底…風評被害もいい所だ。でも、これで解決しなかったら本当にこれからどうしたものか頭が痛い所でもある。どう転んでもすっきりしない。
「永遠亭の方々には感謝してもしきれませんね…。しかし、人間の里の人間も酷いですよ。別に悪態をつかれたとか、石を投げられたりとかしてないですけど白い目で見られました」
私はため息をついた。正直、人間の里の家に帰りたくない。
「そういうなよ球磨。人間は私達より弱いんだ。解決の兆しもない不安に対しては、どこかにそれをぶつける矛先を見つけたがる。実際に人間に対して恐れを集めなきゃいけない私達は恰好の的なのさ。事実、一部の妖怪も流行り病に付け込んでるし一概には言えんよ」
「そんな事言って…にとりさんは悔しくないんですか?」
「慣れたもんだよ。昔はもっと酷かったね。最近はまだマシな方さ。これだけ長生きしてると『またか』ぐらいに思えてそんなに感情も揺れ動かん。でもあれぐらい利己的な人間の方が商売はやりやすい。賢く生きるなら、利他的ではいられない。球磨も今のうちにしっかり学んでくといい」
にとり雑貨店が不便さを知ってて人間の里から少し離れているのにもそういう理由があるんだろうか。確かにこういう諍いが起きた時に人間の里の中心でどっかりと店を構えていられない気がする。でも、にとりさんの意見には賛同できなかった。
意識改善を行えば…妖怪への正しい理解が深まれば…。色んな考えが頭に巡る。
「今回の様な事態は避ける方法があるはずです。具体的な言葉は浮かびませんが、もっとなにか…」
「お前がそう思うのなら、私はお前の気持ちを尊重するし軽んじたりしない。だが私の言う事も頭の隅に置いておけ」
「わかりました」
私は気を取り直して、に両頬を両手でバシッと叩いて気合を入れた。