未知の生き物に追われていたら、見知らぬ人に助けられて…。
その人、私のいとこと同じ名前みたい。
失踪後、大掛かりな捜索があって見つからなかったなら…、もしかしてここへ来たのかも。
私は覚悟を決めてここでいとこを探す事にした。
ザッザッザッザ…。私は必死に走った。ここは一体、どこなの…。草木をかきわけ、安全な場所に向かって走る。でも、そんな場所は一体どこにあるというのか。具体的な行先の分からない全力疾走は体力を激しく消耗させた。
未知の存在が私の後ろまで迫っている。その獰猛な爪が、鋭い牙が私を引き裂かんと追っている。
「助け、助けて…」
叫ぶ余裕はない。意味もなく小声でそう言いながら走った。
やがて、開けた土地にやって来た。月が見える。こんな状況だというのに、そこからの風景は私の心を奪った。そして、月明かりに照らされて誰かが座っていた。こちらに気付いたようで、立ち上がる。
その人は虚空から銃の様な、斧の様なものを取り出すと目にもとまらぬ速度で後ろにいる何かを瞬時に倒していく。時に弾を放ったり、直接切ったりしている。背後に一体の敵が出現する。
「危ない、後ろ!」
私が叫ぶと、背後の敵に気が付いたようで振り向きざまに弾を放った。
やがて片付くとこちらにやって来た。
「間に合って良かったです。お怪我はありませんか?」
見た目は中世的でわかりづらかったけれど、声は女性の者だった。
「は、はい。ありがとうございます。助けていただいて…」
「…あなたは……人間の里の者ではありませんね。もしや、ビル街の並ぶ所より来られたのでは?」
「はい?…あの、ここは一体…」
「夜は妖怪も妖精も多くいます。ここは1つ、私を信じて何も言わずついてきていただけませんか」
えっと…。悪い人ではなさそう。それにさっきの…この人の言う所によると妖精や妖怪に遭ってしまえば私の命もあぶない。今は彼女の言う事を聞くのが賢明だと思った。私はうなずいて彼女のあとをついて行った。
その後、まるで舞台のセットの様な場所に連れていかれると服を渡された。正直、ちょっとダサくて着たくなかったけど言われたとおりに着た。
それから彼女は私に少しのご飯を分けてくれた。それを食べると、渡してくれたちょっと変わった歯ブラシと水で口をゆすいだ後に寝た。
翌日、朝早くから起きると彼女はすぐに私をどこかへ連れていくつもりみたいだった。
「まだちょっと眠いです」
「すみません。急ぎ用なもので…。しかし、あなたの元居た世界の事…どうしましょうね」
「親には1人で1週間旅に出るって言ってあるので大丈夫ですよ」
彼女は勇敢だと私を褒めてくれた。別に私のこの旅は勇敢でも何でもない。半ばは自暴自棄の行為だったともいえる。親の事だって、返信は待たなかった。
そろそろ相手の名前が知りたい。私は彼女の名前を聞く事にした。
「あの、名前を伺ってもいいですか?」
「球磨って言います。漢字はこう書きますよ」
彼女はその辺の枝を拾うと、砂の上に書いて見せた。
「球磨さんか…。私のいとこと同じ前ですね」
「珍しい偶然があるもんですね。あなたのお名前は?」
「伊丹って言います」
球磨さんは手荷物を落としてしまった。それから私の方を向く。何を考えているのかは分からなかったけど、その表情は普通ではなかった。どうしたんだろう。
私は落した荷物を彼女に渡すと、にっこりと笑って見せた。
「すみません。早起きは慣れてないもので、ぼーっとしてしまいました」
「いえ、いいんです。昨日は守ってもらって…本当にどう感謝していいか…」
「持ちつ持たれつ。よくある事です。…実は、私もここに来たのは最近でしてね」
球磨さんは色んなことを話してくれた。ここに来たときは同じように追われていた事。人間の里という場所に来てから、可愛い小傘の妖怪に追われた事。河童の里という場所で沢山勉強した事…。
自分が偏狭だったばかりに多くの人に迷惑をかけてしまった事、多くの出会いが自身を変えた事。いっぱい話してくれた。それを話す彼女はどこか楽しそうで、嬉しそうで、悲しげで…。感情豊かな人だと思った。
でも、ただ1つの事は言わなかった。それは、ここに来る前の話。
「あの、球磨さんはここに来る前はどんな人だったんですか?」
「ははは。伊丹さんは人の話をよく聞く人なんですね。でも私、ちょっとしゃべり疲れてしまって…。今度は伊丹さんの話を聞いてもいいですか?」
「すみません、ついつい聞き入っちゃって…。何だか、球磨さんとは初めて会った気がしなくて」
「…初めてじゃ、ないと思います。私達は…」
「え?」
「あ、いえ何でもないです!」
変な球磨さん…。私は元来た世界での生活を話した。生まれはお金持ちで、習い事とか沢山して来た事。お友達は沢山いたけれど、お父さんとお母さんはちっとも構ってくれなかった事。
進学高校は自由に選ばせてもらえなかった事…。
「おかしいですよね!娘の成長なんて見てこなかったし、授業参観だって、運動会だって来なかった。なのに、将来の事は親の都合で勝手に話を進めちゃうんですよ?あはは…」
球磨さんは指で私の目元を拭いてくれた。気が付かなかった。笑い話にするつもりが、泣いていたなんて。
「私、子供の頃にいとこと良く会ったんです。その子が球磨って人だったんですけど…。とても鈍臭くて。最近の流行なんか分かっちゃいない!勉強もできなくて、『うちの子も伊丹ちゃんみたいならな』って実の両親にさえ言われる始末で!」
「……………」
「なのに、なのにいつも両親が彼女の傍にいるんです。気を引くような事をしたわけでもなく。勉強でいい成績を取る事も、賞を取ったわけでもないのに。当たり前のように…」
球磨の事を喋る彼女の両親は、謙遜のために彼女を貶める様な物言いをしていたが、その愛はそれを語る表情や声色からしっかり伝わってきた。とてもかわいい愛娘なんだと。あの子のために作られたブサイクな人形、あの子の趣味の茶碗、シャツ。私は球磨が憎かった。
私の両親は、私の誕生日の日にさえまともに祝ってくれなかった。
「なのに、あの子はまるで自分だけ不幸なんだって顔をしてて…大嫌いだった。…あの子と合わなくなって数年、失踪事件を聞いて思い出した。親からの虐待の事とか死んだ事とか…後から知った。あの子も、私の知らない所で沢山、たくさん悩みを抱えてたんだって」
球磨さんは私の肩に手を置いた。ただ前を向いて歩く彼女の横顔からは、感情を読み取れそうになかった。温かい。私は少し彼女との距離を詰めた。
「私、球磨に謝りたいんです。自分だけ不幸だって思ってたのは私だった。友達になってほしいって。会いたいって、そして目撃情報があった山を歩いていたら…ここに来てしまったんです」
気が付くと、鳥居の前にやって来ていた。ここは…神社。
「会えますよ、きっと。それに…その人だってきっとあなたに会いたがってます」
「そうかな…。そうだといいな」
私は精一杯の笑みを作った。
「誰、その子」
「伊丹って言うみたいです。外来人みたいですよ」
球磨さんはニコニコとしながら言う。外来人…。同じ日本人にそう言われた事はなかった。球磨さんは巫女服の女性に何かを説明している。彼女の名前は霊夢さんなんだとか。霊夢さんはどうも何か腑に落ちない様子だった。
結界がどうとか、こうとか。
「霊夢ダックってやつなんじゃない?」
空間に穴が開くと、この世の者とは思えないオーラをまとった女性が現れた。彼女の名前は八雲紫という大妖怪らしい。迂闊な言葉喋らないように念を押された。
「レームダックもレイムダックも散々ネタにされてうんざりだわ。私は気を緩めたりしてないって」
「だといいけれど」
紫さんは私の方を向いた。じっ…と、まるでガラスケースの中身でも見るように覗き込む。
「YOUは何しに幻想郷へ?」
「あの…何か良く分からないうちに来ちゃって…」
「…あなたが望めば今すぐに元来た世界に帰してあげるわ」
皆の視線が私に集まる。私は…。
「探してる人がいるんです。その人が、ここにいるかもしれなくて…。だから、まだ帰りたくありません」
紫さんはふうむ、と扇を広げて口元にあて考える。何を考えているか分からないが、考えた所で分かりそうにもないので深く考えない事にした。霊夢さんが探している人物の事を聞いてきたので、私から知ってる情報を話す。
名前の時点で指を差されたのは私をここに案内してくれた球磨さんだったが、本人は否定をしている。私もうなずいた。私の知っている球磨って人は、もっと芋臭くてあか抜けない人だった。不思議と、球磨さんは私を返したがっているように見えた。
「いいですか、伊丹さん。わずかながら幻想郷とあっちの世界は時間の流れが異なります。ここで過ごす3日が、向こうで半日だったり1週間後だったりするのです。ここにいるという確証がないのなら、帰るべきです」
「申し訳ないけれど、ここで帰らない道を選択したら最低でも1か月はここに滞在してもらう事になるわ。今回の結界の件は目に余る。調査と強化をする必要があるの」
「大丈夫です。何とかしてみせます」
球磨さんはまだ何か言いたげだったけれど、諦めたようだった。
「ようこそ、幻想郷へ」
紫さんはこの地、幻想郷へ歓迎してくれた。ここで何が待ち受けているのか…。気になる。両親の事も気にならいないわけじゃない。でも、私が失踪して心配してくれるならそれはそれで心配してもらいたい。もし気にもならないのなら、また失踪してみてもいいのかもしれない。
何にせよ、私はここでいとこを見つけたかった。
博麗神社という場所を後にすると、球磨さんの元でお世話になる事になった。