射命丸さんもやって来たけどダブルパンチで空気が重い。
この雰囲気をどうにかすべく私は物真似芸を始めたが、
そこに本人が登場して…。
「新人、いくらなんでも遅かったんじゃないか?」
「すみません、実はかくかくしかじかで…」
「なるほど、それは難儀だったね。実際に挨拶は済ませておいた方が良かっただろうし」
「以後、気を付けます」
それから、私は昨日の作業の続きに入る。にとりさんはその場で寝転がったまま少しも動こうとしない。ただ虚な目で天井を眺めるばかりだった。
お茶を用意したり菓子を出したりするも手をつける様子がない。気になって今の作業が手につかず話を聞いてみる事にした。
「あの、具合が悪いんですか?」
「いや…。ここの所、本当に売り上げが伸びないんだ。それで開発意欲が削がれてて」
「お客さん、しばらく見ないですね」
「なんでだー…。カッパコインだって踏み倒されかねない。このままじゃ、開発意欲どころか開発費も枯渇してしまう。くそう、人の良心につけ込む奴の尻子玉、片っ端から引き抜いてやろうか」
「この間、詐欺まがいの事して怒られてたって聞きましたよ?」
「あー、あー、聞こえない。…金がないんだからしょうがないじゃん。皆その恩恵を受けるクセに、科学者や技術者をぞんざいに扱い過ぎなんだよ。何さ詐欺の1つや2つ…」
私もため息をついてにとりさんの隣に寝転がった。彼女は私の方を向いた。
「働きに来てるんだから働け」
「にとりさんが働いてくれたら再開します」
「日が暮れちまうよ…」
そう言いながらそれ以上の事はお互いに喋らなくなった。しばらくするとにとりさんは寝息を立てる。これからについて話そうと思ったのだが、仕方ない。私は近くの膝掛けを彼女に被せた。
作業を続ける気も起こらず、店で商品棚の整理や動作チェックや部品の在庫を確認する。そこに誰かがやって来た。射命丸さんだった。
「いらっしゃいま…射命丸さんですか」
「あまり残念がられると私のピュアハートがチクチクしちゃうんですけどね。射命丸フラッシュしときましょうか?」
「やめてください」
「射命丸フラッシュ!」
パシャリ。フラッシュが眩しかった。
「ははは、眼鏡が光ってらぁ」
「そのカメラ、壊れたら修理してあげませんからね」
射命丸さんは笑いながら新聞紙を置いた。彼女は一息着くと椅子に腰をかけて店内の商品を眺めている。何だかお疲れの様子だったのでお茶を用意するとそれを飲んだ。
「…そういえば聞きましたよ。水面下の異変、起こしていたのはあなたらしいですね」
「はい、そうですね。何ならインタビューにお応えしましょうか?」
「今となっては過ぎた事ですが、一応お願いします」
相変わらずネタ集めも苦労しているらしかった。一通り質問に答えると、机にぐったりと突っ伏した。
「ああ!…当たり障りのない問答。失言1つない。いっそまた異変起こしません?」
「マッチポンプですか?」
「私はあなたが嫌いです」
変な人だ。それきり向こうでぐったりしてるにとりさんを見て起き上がった。
「ははは、見て下さい。向こうでにとりさんがぐったりしてますよ」
「射命丸さんもさっきまでぐったりしてたじゃないですか」
「ああ言えばこう言う。あなたは私ですか」
えぇ…。
彼女が私にそう言う様に、私も射命丸さんの事が苦手かもしれない。私達の会話がうるさかったのか、にとりさんは目を覚ましてこちらを向いた。
「おい、そこの鴉天狗。用がないなら帰れ」
「おおお!何と心ない言葉!繊細な私のハートがズキズキしちゃいます!もしかしたら私がお客さんかも知れないんですよ?」
「何が欲しいんだ」
「私の心にぽっかり空いた穴を塞ぐ物…ですかね」
キリッとした顔で答える射命丸さん。にとりさんは背伸びをして庭に回った。
「球磨、モルタル作るからそこの砂利を持って来て。そこの20kgの袋の」
「そこのお二方、本当に作るのやめてくれません?ちょっとー、お二方ー」
ボケたり突っ込んだりする気力もお互いになくなり、皆カウンターの椅子に座ってぐったりとする。そしてまるで打ち合わせでもした様に一斉にため息をついた。
にとりさんが机を叩いて顔を起こした。
「何が『はあ…』だ!お前の所は儲かってるだろ!」
「ネタがなきゃ新聞は書けないんです。最近はペースアップで配ってるし、ペースを落として解約者が続出した時の事を考えると怖いんですよ」
「新聞なんか書かなくても金には困ってないでしょ」
「あなただって発明品なんて作らなければこうして儲からなくても生きて行くには困らないでしょ。新聞記者は私のライフワークです。あなたにだって分かるでしょう」
言い返す事ができず黙り、また机に突っ伏すにとりさん。ダメだ。時間の経過と共に空気が重くなって行く。転職すればいいだけの私は2人より気持ちが軽いのであまり悩んでないとは言えない。
何かこの空気をどうにかせねば…。私は立ち上がった。
「今からチルノの真似をします!」
2人の注目を浴びながら私は風呂釜の中に入る。
「ああ…いい湯だなぁ」
長い沈黙が訪れる。遅れてにとりさんが笑い出した。つられて射命丸さんも笑い出す。
「いやいやいや、今の可笑しい所ありました?ふふふふ」
ケラケラと笑うにとりさんを指差して笑う射命丸さん。にとりさんはついに床に転げ落ち、それでも笑っている。
「あの、何かすみません」
「あはは、あは、あは、くだらないけど…くぷぷっ、そこがいい…ひひ、あはあは…」
「笑わないでくださいにとりさん。ふふ、面白くもないのに笑っちゃうじゃないですか、ふふふ、ははは」
よし、ウケてる。ここは次のネタを…。そうだな、確かチルノが教えてくれたあのネタをやろう。深呼吸よし、やるぞ…。
私はビシッと両腕を水平に上げて叫んだ。
「ただいまの時刻9時15分!」
にとりさんが笑い過ぎてむせている。そんなにとりさんを見て射命丸さんが笑っている。あの重い空気はなんとかなった様だ。
…トントン。
肩を叩かれた。現れたのはルーミアさん。チルノが教えてくれたさっきのネタの元ネタの妖怪だ。彼女は首を横に振り2人の前に立った。
「ただいまの時刻大体3時45分!」
本人登場からの迫真の声とポーズのキレにますます笑い転げる2人。今度は射命丸さんがむせている。ルーミアさんは両腕を上げてVの字を作る。
「ハンドルを持つ手10時10分!」
「も、もうやめ…ふひひ…」
にとりさんは助けを求める様にルーミアさんにしがみつく。ルーミアさんは右腕を上に、左腕を下に向けて直立する。
「6時」
急に冷めた声で言うので思わず私も笑ってしまった。
「どうも、ありがとうございましたー」
ルーミアさんはお辞儀をして去って行った。