ここでの生活もすっかり慣れてしまった気がする。とはいえまだ3日目で不慣れな事もたくさんあるけど。ここには、がさつだけれど非常に情に厚いにとりさん、軽口の絶えない姉御肌の射命丸さん、常識に囚われない早苗さん、暮らしを教えてくれる球磨さんがいる。
誰も私の在り方に口出しをしない。行いへの責任は自分で負う代わり、その考え方は尊重される。それが私は嬉しかった。
今日は休み。今日は魔法の森に行った。迷ったら出られない様な気さえしたけれど、球磨さんは何故かあの森の中を方向感覚を狂わされる事なく歩ける。時々、妖怪や妖精に苦戦もしたりしたけど無事に帰ってこれた。
私達は茶屋で団子を食べていた。
「あなたの探してる球磨さん、ここにはいないもかもしれませんね」
「…いえ、きっとどこかにいます。何故だかわからないんですけど、確信に近い何かを感じるんです」
「そうですか…。でも、ここに来てもう5日目。連絡1つなしじゃ、親御さんも心配しておられるのでは?」
「してませんよ。いてもいなくても同じなんです。今頃、私の代わりでもこさえてるんじゃないですか?」
私は笑ってみせる。そして静かに団子を1つ食べる。私はもしかしたらもう、球磨がどうとかじゃなくて…ここから離れたくないのかもしれない。
「球磨さんは、私に帰って欲しいですか?」
「いえ、そんな事は…」
「そんな風に聞こえるんです」
彼女は返す言葉に困って黙ってしまう。ちょっときつく言いすぎてしまっただろうか。分かってる。彼女は私の両親の事を知らないから、きっと心配しているんだと勘違いしているんだ。
でも、私にはわかる。あの2人は絶対に心配はしていない。今頃、大好きな仕事の事で私の事など頭の隅にもないだろう。
だから、私もここで暮らすにあたって両親の事なんて少しも考えたくない。忘れ去りたい。
「私にも、ロクでもない両親がいました。父は酒に溺れて家族に暴力をふるい、母はそんな父の事を想い、死ぬまで慕い続けました。みじめでしたよどちらも」
「球磨さん?」
「あんな風な人間になりたくないって思いました。利己的に生きる事のみが幸せへの追求で、恋愛なんて自分を不幸にするだけだって」
彼女はため息をつきながら目元を抑えた。もしそうなら、やっぱり彼女は…。
「ずっと死ねばいいのにって思ってました。父も母も。…血筋だからでしょうか。血の繋がりがある他に何の縁もなくて、感情もなかったはずなのに。会えなくて辛い時がたまにあるんです」
彼女は目元にあてていた手をどける。すると、何かがチカッと光って見えた。振り返ると、私が昔見たあのダサくて大きな丸眼鏡がかけてあった。間違いない。
目の前にいる球磨は、いとこの球磨だった。
「私の両親にはもう会えない。でも、あなたの両親は生きている。自分の気持ちを態度で示して、親と真剣にぶつかりあうべきだと思います。このまま別れるなんて、きっとお互いに辛いだけですよ」
それから、また沢山の事を話してくれた。自分の父が妖怪だった事や自分が半妖である事。能力についてとか、もう元の世界に変える気がない事。自分が稚拙だった事も。
酒に溺れるまで、自身を愛してくれた父親の愛を。父の事を気にかけながらも、必死に我が子を支えて愛していた母の愛を。それを見下して、馬鹿にしていた自分の愚かさを嘆いていた。
私はその話をただ聞いていた。球磨はただ項垂れるの両肩を掴んだ。
「もし、もう何もかもがダメだと思ったらまたここへおいで。そしたら、一緒に暮らそう」
「本当に…本当にまた会える?」
球磨はうなずいた。眼鏡を取る。
「もし、向こうの世界に自分の居場所がなくなったなら…私が、伊丹のい場所になってあげるから」
「約束だよ」
「もちろん、約束する」
異変。それは妖怪側が起こし、人間が解決するもの。近頃問題になっていた結界についての問題は、球磨さんが作る夢の世界が影響しているとの事だったらしい。これを利用すれば出入りが簡単になるが、外との隔たりが弱くなるので良い事ではない。
今回はこれを利用して、私が迷い込んで来た方角の一部の箇所に負担を集中させ、突破口を開くつもりらしい。空間を広く大きくする事で負荷をかけると同時に外界へのゲートを1人分開く時間を稼ぐ算段だ。
私を元来た世界に帰すためにひっそりと準備していたらしく、もう穴は充分に広がっていた。私はもうすぐ帰れる。私が帰らないと駄々をこねたらどうするつもりだったのか聞いた所、その時はその時に考えるつもりだったらしい。
にとりさんがぜえぜえ言いながらやってきた。
「おい、球磨。別れを惜しむ気持ちはわからんでもないがもう時間がないぞ」
直に霊夢さんがやって来る…。
「しばらくはどうしても会えないんだよね…」
「うん。私の夢の世界への対策とか強化とか色々兼ねてしばらくは出入りは厳しくなると思う。でも、ここは完全に隔離された世界じゃない。外とのつながりはいつまでも残り続ける。それはきっと遠い先の事になるけど、君がここへ戻りたいと思えばまた来れるはず。…両親と上手くいったなら、ここへの思いは胸に仕舞い込んで2人を大切にして欲しい」
「…うん、わかったよ」
球磨は私を抱きしめてくれた。そして離れる。ゲートに向かう最中、手を振る球磨とにとりさんを何度も振り返った。霊夢さんがやって来たのが目に入ると、私は涙をぬぐって走ってゲートの先へ走って行った。
きっとこれが今生の別れじゃない。寂しかったけど、私はそんな気がした。
元来た世界に戻ると、山の麓にいた。確かに元の世界に帰って来た。私はただぼんやりと遠くを眺めた。私はスマホの電源を入れた。充電はできたから、向こうでの写真はそこそこ残っている。
辛くなった時はこれを見て思い出そうと思う。
私は親の人形にはならない。自分の意志を示す。自分なりの形で親と向き合う。電源が入ったスマホを見ると驚いた。向こうで5日間はすでに過ぎていたのに、こっちではまだ2日しか経っていなかった。
ああ…こんな事ならまだもう少し向こうにいればよかったかな。なんて思う。だけど、もうしばらくは戻れない。私は覚悟を決めて山を下りて行った。
ー後日。
異変も2回目。まあ瞬殺だった。結界に関与する事なのでまあ怒りもごもっともで、今は毎日こうして神社の掃除なり雑巾がけなりしている。
退治され終わると、射命丸さんが取材に真っ先に駆け付けて来た。何というか、異変を起こすのを知っていたかの様だった。夢の世界の事と結界の関係の事、とっくに見抜いていたのかもしれない。
たまににとりさんと竹ぼうきでちゃんばらをして、バレて拳骨されたりした。
伊丹の前では強がったが、博麗神社の周りにいる妖怪は私にとっては未だに手強く気軽に行ける場所じゃない。早苗さんが博麗神社にある分社へのワープ先に私たちが利用できるように設定してくれたので、何故か行ける。
早苗さんにどうして私達もワープできるのか聞いた所、「ホンニャラホニャララ」という事なので、あまり深く追求しない方がいいんだろう。
それにしても掃き掃除が進まない。この竹ぼうき、もう買い替え時なんじゃ…。
「じゃーん、これなーんだ」
にとりさんが何か持って来た。あれは…手荷物タイプの小型送風機だ。掃除が面倒だったにとりさんはついに作り上げたらしい。カチッとボタンを押すと木の葉とかがブワーッと押し出されてラクラクと集まる。
これは便利だ。
にとりさんが私の分もくれたので、一緒になって葉っぱを集める。そこに霊夢さんがやって来た。
「こら、ズルをするなズルを」
どうして神社を竹ぼうきで掃除するのかと言うありがたい説教を聞かされた。まあ、そういえば小型送風機で掃除してる神社とか寺ってみませんね。はい。
「いいじゃないか。もう年末なんだぞ。皆自宅でこたつで温まってる時期なんだ。こっちだって早く帰りたいんだよ」
にとりさんは文句を言う。霊夢さんはため息をつくと、残りの所を終わらせた。
「あんた達もしばらく目立つ行為は控えておきなさいよね」
「「はい」」
「それじゃ、よいお年を」
そうして私たちは博麗神社を後にした。
店に帰ると、大ちゃんがカウンターで手を振っていた。本当はカウンター仕事はチルノがやる予定だったのだが…今、チルノは隣のホールで演歌を歌っている。CDを作るための音声収録スタジオを作っていると、それが射命丸さんにバレて発表された。すると、音楽に関係する妖怪や人間が集まった。
スタジオ完成まではまだ期間があるので、ここでライブをしたり集客したりしてPRしている。様々な音楽の方向性への追及からホリズムリバー楽団が歌に合わせて搬送したりもしている。私はにとりさんと相談して今後はカラオケを作ったりできないかも話を進めている。
「球磨、ぼーっとしてないで仕事するぞ。従業員が1人減ったから忙しいんだ」
「はい、今行きます」
今年は人生で最高の年末だ。来年もきっといい年になる。これからすべき事、やりたい事を胸に今年最後の仕事に精を出すのだった。
…終わり
途中途中、忘れいてた設定とか回収し忘れた伏線とか思い出したりして、シナリオがごてごてしてしまって綺麗に追われませんでしたが何とか最終回を迎える事が出来ました。拙筆ながら、ここまで読んでいただいた方に感謝です。ご愛読ありがとうございました。