一足先に人間の里で紹介された物件も見学していた。
それから狂い柳という集合場所で待つもにとりさんの姿は一向に現れない。
射命丸さんがあたりの雑草を抜いているうちにようやく現れたかと思えば…。
朝の7時頃。人間の里で人の行き交いもぼちぼち多くなって来ている。小さな妖精はささやかな悪戯の準備を終えて去っていく姿が見える。何が妖精を悪戯に駆り立てるのか。
わざわざこんな朝早くから、人を脅かしたりからかったりするためだけに工夫している様はプロ意識なのかもしれない。
「妖精って何で悪戯が好きなんでしょうね」
「そういう気質なんじゃないですか?球磨さんがたまに変な事を言って私を困らせたくなるのと同じですよ」
「すみません。何だかリアクションが面白くてつい」
「悪戯も程々にしてくださいね。球磨さんもほら、眼鏡」
何の事かと思えばかけていたはずの眼鏡がない。遠くで妖精が私を指差してにしし、と笑っている。やれやれ。私は井戸の近くに置かれた眼鏡を拾ってかけた。ちゃんと手に届く範囲においてあるのは良心的なのかもしれない。
「似合ってませんよ、その丸眼鏡。見えるんだったら外せばいいじゃないですか」
「この眼鏡、親の形見なんです。ここに来る前までは視力が悪かった私のために、まだまともだった頃の両親がこの丸眼鏡を選んでくれたんです。クラスメイトにはダサいって笑われましたが、気に入ってるんです」
「えっ!そ、そうだったんですか。えっと、その…よく見るといいデザインですね!」
「すみません。今の嘘です。年末のお年玉で買ったクソみたいな福袋に入ってたしょーもないジョークグッズの1つですこれ」
「球磨さん、一遍あなたを麻縄で縛り上げてもいいですか?」
やがて昨日紹介してもらった売り家についたので、見学をする。この家は雰囲気がいい。私はこの家に惚れてしまった。そうしているうちに管理人の方がやって来たので、話をした。とにかく入居者が欲しいとの事だったので良い条件も揃えてくれた。後はチルノと話をして、近いうちにここに移ろうと思う。
まだ時間には早いが2人で狂い柳の元へ向かった。何だか嬉しくて足取りが軽くなる。
「あんないい条件の家があるだなんて。どうして管理人さんはあんなに親切なんでしょうね」
「2人目の入居者には告知義務がないからじゃないですかね」
ベンチに座ってにとりさんを待つ。射命丸さんはしばらく一緒に座っていたけど途中で近くの川で平らな石を拾って水切りをしたりしていた。勢い余って遠くにいた妖精にヒットしたのが見えた。彼女は何もなかった様な素振りで戻ってくる。
「博麗の巫女の言う異変、どう思います?」
「どう?」
「何か心覚えとか。最近変わった事とか」
「私が起こしてる異変の間、ずっと引きこもってましたからね。外の出来事は皆さんの方が詳しいのでは?」
「まあ、それもそうですね」
霊夢さんの言う異変、本気で私が何か絡んでいると考えているんだろうか。昨日からやけに私に張り付いているのもそれが理由なのかもしれない。
私は自分だけの理想郷が欲しかった。でも、チルノと関わって野望も潰えて。外の暮らしも今は気に入っている。異変を起こす理由も関与する理由もない。
「本当は、異変に関わってるのは射命丸さんなんじゃないですか?」
「え、私がですか?…ああ、この間言ってたマッチポンプのためってやつですか?」
「いえいえ。あなたはいつも真実を暴く側にいるだけに、今度は暴かれる側になるために異変を起こした!なんてのはどうですか?」
「私はいつだって暴く側ですよ」
射命丸さんの携帯がメールを着信した。前に見た型番、どうやらチルノからのようだ。ファイルを開くと猫の寝顔が映し出されている。射命丸さんはチルノの持っている携帯メールアドレスの方へ『私は犬派です』とだけ書いて送っていた。
私は足をぶらぶらとさせながらにとりさんを待つ。
「来ないですね、にとりさん」
「道草でも食ってるんじゃないですか?この辺の雑草を抜いてあの河童にあげると喜ぶかもしれません」
言いながら本当に雑草を抜き始める。本当に食べさせる気なんだろうか。袋いっぱいに雑草が集まる頃、ようやく向こうから大きな荷物を持ったにとりさんが見えてきた。某ターン制コマンドバトルRPGを彷彿とさせるその荷物の多さだ。転んで会心の一撃をたたき出しそう。
「わあっ!」
にとりさんが転んだ。その際に射出された様に高速でそろばんがカバンから飛び出してきて私のデコに直撃した。ダメージを数値に換算すると65535ダメージ、私は倒れた。
気が付くと木陰に入ったベンチの上で寝かされていた。少し離れた場所でにとりさんが商品の実演販売をしている。割と売れてる様だ。射命丸さんは町民と話している。
そうだ、確かにとりさんが転んだ拍子に飛び出して来たそろばんが頭に直撃したのだ。
今日はあちこち行きたいのでにとりさんには荷物を軽くして欲しい。私はもう少し寝たふりをしようと心に決めた。
すると急にニュッ!と紫色の傘が目の前に飛び出して来た。そして目の前でバッと小気味良い音を立てて開き目が生え口が生え舌が生える。その舌が私の顎先から髪の先までレロン、と舐めあげた。
そして傘の持ち主が傘を腕で支えながら、両手の指で自分の口を広げながら舌を出してベロベロた動かす。
「ひゅ〜〜ベロベロばあ!」
ああ、この妖怪は確か多々良小傘さんだ。幻想郷に来てすぐ分からない事が多かった頃、私にここでの生活のいろはを教えてくれた恩人…。
事あるごとに驚かそうとしてくる事と、驚かないと落ち込み方がかなり面倒と言う事以外はとても親切でとても心優しい妖怪だ。
「うわぁぁあああああああ!!!!!」
私は大声で叫んで驚いて見せた。その叫び声でにとりさんが飛び上がって驚いていた。
「あははー!球磨ちゃんって本当に驚かし甲斐があるんだー。しばらく顔を見なかったから、驚いてくれないかもって不安だったよー」
細かい事にツッコミを入れるとキリがないので、言いたい事はグッと堪えて久しぶりの再会を素直に喜んだ。
「ごめん、ちょっと離せない用事があって人間の里には来れなかったんだ」
「いいんだよ。球磨ちゃんが元気そうで良かった。とてもいい驚きぶりだったよ。あんまり怖がったりして嫌いになっちゃ嫌だからね」
嫌いになんかなる訳ない。
起きた事がバレてしまったので、私はにとりさんの実演販売を手伝う事になった。にとりさんが商品を紹介し、私がタイミングを見計らってボケや茶々を入れる。
商品も売れたがまるで漫才の様だと客から投げ銭も貰った。
荷物も軽くなり、儲かって上機嫌になったにとりさんは嬉しそうに後片付けをする。
「お前やるじゃないか。初めは余計な事ばかり言われて腹が立ったけど、そのおかげでこんなに儲かるだなんて」
「正直、私も驚きました」
これで人間の里には用事がなくなった。今日は販売戦略について考えるために休日をもらっていたが、それとは別に行きたい場所がいくつかある。準備を整えると射命丸さんを呼んでから魔法の森を目指した。