永遠亭から鈴仙さんと言う妖怪がやって来て咲夜さんを診ている。皆が集まれば安心して寝てもいられない、と言う咲夜さんへのレミリアさんからの取り計らいにより別室に集められた。
紅美鈴さんは「門番がいないと咲夜さんも気が気じゃないですよね」、と門へ戻り、パチュリーさんは「咲を元気付けるいいジュースの作り方を調べて来る」と図書館へ行き、フランさんは「ハイセンス!」と言いながら地下へ戻って行った。
カチ、コチ、カチ、コチ…。部屋に時計の音だけこだまする。
「マジでハイセンスって何だよ」
レミリアさんが呟いた。まあ気にはなるけど。
そうこうしてると鈴仙さんがやって来た。
「過労だね。身体的な疲労より精神的な負担が大きいみたい。あの人のバイタリティを考えても最低3日ぐらいは休ませて養生させるべき。薬は後からウサギを寄こすからお代もそっちに支払って」
「分かった。助かるよ」
「最近の旧地獄の温泉は人間向けにもサービスが充実して来てるって聞くけど、まあ気になったらこれを見て」
そう言って鈴仙さんはパンフレットを置いた。隣で射命丸さんはメモ帳にペンを走らせている。チラッと見てみると「かく言う彼女もかなりお疲れのご様子」と書いてあった。
「後から読ませてもらうよ。それから、あんたの師匠に『切れたゼンマイ、首折る切り株』と伝えておいて。今日はありがとう」
レミリアさんは診察代を払う。鈴仙さんは首を傾げていたが、何も聞かずに帰って行った。
それからレミリアさんはこちらにやって来て向かいの椅子に座る。
「今日は咲夜がお世話になったわね。私とした事が、もっと気を配らなくてはならないものを…。本当に申し訳ないのだけれど、今は客人をもてなす用意ができないの。私からこのお礼をするから、どうかまた日を改めてここへ来て欲しい」
「いえ、お礼だなんて…」
「でも、ここへは何か用があって来たんでしょう?」
「はい、まぁ…」
「この後は予定も立て込んでて、咲夜もあの様子だから相手できそうにないの」
そんな会話をしているとドアがノックされた。中に入ってきたのは咲夜さん。
「心配には及びません。お嬢様のお手を煩わせる事も」
そう言いながら私達にお茶菓子を用意してくれた。
「今から行く所だったの。仕事はいいから休みなさい」
「後生ですお嬢様。お嬢様のおそばで仕えさせていただく事は生きる喜び。此度の件は自身の至らぬ所によるもの。どうか…」
レミリアさんは頭を抱えている。過ぎた忠心も考え物だ。
「それでは、咲夜さん不在のわずかな間だけ私をここで働かせていただけませんか」
突然の申し出に皆の注目が集まる。
「申し出は嬉しいけど…、不在の穴を埋められるほどの事は出来ないわ」
咲夜さんはため息をつきながら言う。
「ご尤も。しかし、枯れ木も山の賑わいと申しましょうか…。これ以上あなた様の身を案じて気を揉むご主人のお顔を見るのは貴方様もお望みではないはず。この球磨、くたびれたボロ雑巾の様になるまで働く所存です。使ってくれませんか」
「お、おい何を言い出すんだ球磨。務まる訳ないぞ。やめとけって」
にとりさんが止めてくる。確かに勢いでは言ってみたものの、そもそも生きてここを出られるかもわからない。とはいえここまで来てすごすごと引き下がるわけにはいかない。ここに張り付けば私が聞きたいことを聞き出すチャンスもあるかもしれない。
金回りの事情なんて話したい相手はいないはず。それでも聞き出さなければならないと分かってて様々な所を当たるつもりでいた。この動向が吉と出るか凶とでるか、それでもここは乗り出す他ないと感じたのだ。
咲夜さんは何も言わずレミリアさんの方を向く。
「お前の手となり足となるそうだ。使ってやってくれないか」
レミリアさんが何かを察したように言った。
「は、はあ…。お嬢様がそうおっしゃるのでしたら」
「ええい、ままよ!球磨が働くんだったら私も働く!誰かに使われる事は気に食わんがそいつは私の部下なんだ。手に塩かけて育てた部下を壊されてたまるか」
「えぇ…。言っておくけどここでやる事はほぼあなたの不得意分野よ。分かってる?」
「構わん。やる事をやるだけさ。不出来な部下を持つと上司は大変だなぁ…」
にとりさん…。目の奥がジワリと熱くなった。
「ぐすん、何という感動。1人のメイドの身を案じ半妖と河童が紅魔館のバイトをやるだなんて感動で目頭が熱くなってしまいます。これは何としても書き留めて記事にせねば。と言う訳でバイトはしませんがここでお二方の行く末を見守ってもいいですか?」
「帰れ鴉天狗」
レミリアさんが言った。
「帰れ鴉天狗」
咲夜さんが言った。
「私、咲夜さんの状態異常の第一発見者なんだけどなぁ!だってあり得ないですよ。何で私が紅魔館で働かなきゃいけないんです?あなたは吸血鬼といえどたかだか500歳。何が悲しくて下手にでにゃならんのです!」
「おい鴉天狗、帰れ」
にとりさんが笑顔で言った。
「わああああああん!!!球磨さん助けてください!皆が虐めるんです!こんなのないですよ!どうして世間はジャーナリストに冷たいんですか!この向かい風、鴉天狗としては遺憾です!大変遺憾です!あなたもそう思いますよね!そうですよね!」
「射命丸さん…、お引き取り願えますか」
「ちっ…。やだなあ、どうかと思いますよこの剣呑とした雰囲気。私はちょっと場を和ませようと気の利いたジョークを言っただけじゃあないですか。どうぞどうぞ、メイド服を着た私にメロメロになりやがってください」
皆に聞こえるほど大きな舌打ちをした後に半ばヤケクソで言葉を続ける射命丸さん。そんな姿勢に思わず胸が締め付けられて苦しい気持ちになる。なのに、このどうしても熱くこみ上げる気持ち。もしかしてこれがうわさに聞く恋なんだろうか。
「射命丸さん、私はあなたの事が好きです」
「球磨さん、私はあなたの事が嫌いです」
「嬉しいです」
思いは告げられたので、結果的にそれが玉砕に終わっても特に問題はありません。さて、ここでバイトとなれば準備からになります。私は咲夜さんに案内されるままに、メイドとしての仕事のイロハを教えてもらうことになりました。
脱衣所。人は少な過ぎず多過ぎず。人と妖が別々に入る銭湯。人と妖が共に入れる銭湯。私は細かい拘りがないので妖や人が一緒に入る銭湯を選んだ。久しぶりに来たメイド服以外の服。今となってはあの服以外を着る方が自分じゃないように感じる。
あの服が私の忠心の象徴。そんな風に思えるのだ。お嬢様のそばにいたい。その気持ちは変わらない。なのに、寿命や身体ばかりかこの精神さえ仕える事の障害となりえるのか。私は悲しくてならなかった。
「お嬢様…、今いずこで何を思うのか…」
…ぽちゃり。上を向いたままの私のデコに水滴が落ちてきた。
しばらく浸かっていると誰かがやって来た。
「おやあなたは…」
半人半霊…白玉楼の…。
「蛋白…」
「魂魄妖夢です」
寸鉄殺人…。意味は違うが今の言葉の発声トーンの真剣さはその四字熟語を思い出させた。
「隣、いいですか?」
「ええ」
一緒に温泉に浸かる。ただそれだけの事。しかし、この行為はとても尊い事の様に思える。色んな事が思い馳せられる。日ごろの事、これからの事。ただ湯に浸かるというだけの事がこんなに心に多くの潤いをもたらすだなんて。
ただ一つの事に心を囚われれば、何気ない事の変化には疎くなる。
…バシャッ、カポーン。ひたひた…。
「何という奇遇」
声に振り替えればそこにいたのは鈴仙。
「先日はどうも」
「どうも」
彼女は髪の毛を湯につけないようにしつつ、床にもつけないようにするのに大変そうだった。あのウサミミ、可愛いとは思っていたけれど以外に難点も多いそうだった。何とかタオルでなんやかんやいい感じに巻くとゆっくり湯に浸かる。
しばらく何を話すでもなく浸かっていた。沈黙を破ったのは妖夢。
「まさかお二方とここで会う事になるとは思いませんでした」
「休む事も仕事のうち。よく休み、よく遊ぶ事もこなして見せなさいと言われの」
「想われてますね」
「ねえ、あんたのご主人から『切れたゼンマイ、首折る切り株』って師匠に伝えるように言われて。それを伝えたら急に休む様に言われたんだけどこれどういう事??」
「待ちぼうけ…。私とあなたを重ね合わせて、これを機に休ませてはどうかって伝えてあるのよ」
「はあ…」
再び沈黙の時間が戻って来る。初めは不満そうだった鈴仙も次第に温泉の魅力に取りつかれて行ったようで、段々と沈んでいく。私は彼女の首の根を掴んで引き上げた。
「はい、私は元気です!!」
慌てて彼女は叫んだ。
「永遠亭も大変なんですね…」
妖夢が同情している。
「ううう…やり甲斐はあるしとても楽しい所なんだ。ただ身体が持たないだけで」
気持ちはすごく分かる。
「そういえばあなたはどうしてここに?」
妖夢自体は割と見かけない事もないのだが、いつも忙しそうにせっせとどこかしこに赴いている姿を見るくらいだ。こんなにゆっくりしている所は見たことがなかった。
「幽々子様が、旧地獄に売られている鷹の爪を買って来いだなんて言うんです。行けば分かるって言われたんですけど…。古明地さとりさんに聞いたらゲラゲラと笑われて…、一度お風呂に入って来なさいって無料券もらったんです。もう訳わからないですよ」
私と鈴仙は顔を見合わせる。
「鷹の爪ならお土産コーナーに売ってあったけど…」
「ええっ!?」
「唐辛子の品種の1つだよ」
「ああ…、ああっ!そういう…いや違うんです、知らなかった訳じゃ…。ああもう、どうしちゃったんだろ私」
「「妖夢、あなた疲れているのよ」」
「うぐぐぐ、お二方に言われたくありません…」
どうやらここにいる皆は集まるべくしてここに集まったようだ。あの幽々子とか言う亡霊も本気で唐辛子1つをお使いさせるためだけにここへ寄越したとは思えない。まあ、つまりそういう事なんだろう。
私達は同じ天井を眺め続ける。
カポーン…。