高校からの帰り道。
夕焼け空の下を舞花とほのかはレッスン場へと向かっていた。
「妊娠したぁ?」
ほのかの横を歩く舞花がすっとんきょうな声をあげる。
「うん……。妊娠した生徒がいるらしくて。だから臨時で全校集会が行われたんだって」
「ふぅん。でも出席する必要なかったかなぁ。早くレッスンに行っちゃえばよかった」
「何言ってるの舞花。大事な内容だったでしょ。私は聞いてよかったと思ってるよ」
「避妊が大事っていうだけの話だったじゃん。放課後に1時間も使って話すことかな」
「ダメだよ、舞花。いざって時にちゃんとした知識が無かったら大変だよ」
「はいはい。分かってるって」
「ちょっと、私は舞花のことを心配して言ってるんだよ」
「大丈夫、大丈夫」
デリケートな問題にも関わらず平然とした態度をとる舞花。
そんな舞花を見て、ほのかの頭には一つの疑問が浮かぶ。
「…………舞花って……」
「ん?」
「舞花って……もう経験済み……だったりするの?」
「……え?」
「その……セックスとかってしたことあるのかなって……」
「えぇ……いきなり何なんだよ」
「いや、だって舞花けっこうモテそうだし。もう経験してるのかなぁ、って」
ほのかは目を逸らしつつも、知りたいという欲望を正直にぶつけていく。
「別に、経験無いよ。ほのかはどうなのさ」
突飛な質問に対して多少の驚きはあったものの、舞花は恥じらうそぶりも見せずに答える。
「そ、そうなんだ。私も……無いよ」
思ったより素直な舞花の返答を聞き、ほのかの肩の力が抜ける。
その素直さへの返礼としてか、聞かれてもいない自らの経験の有無まで吐露してしまう。
「そっかー」
「うん……」
お互いに性交の経験が無いという事実が明らかになったが、ここからどう話を膨らませていいのかは二人にも分からず、何とも言えぬ沈黙が訪れる。
「あ、舞花ちゃん、ほのかちゃん」
と、そんな沈黙も束の間、後ろから呼びかける声に二人は振り向く。
陽菜が小さく手を振りながら近づいてきていた。
「あ、お、おつかれ陽菜。陽菜もちょうど学校終わったんだね」
妙な空気を振り払おうと、ほのかはぎこちない笑顔で陽菜を迎える。
「うん。……なんだか二人して難しい顔をしてたけど、何の話をしてたの?」
ほのかのぎこちない笑顔はそのまま固まってしまった。
「え、いや、えっと……」
口ごもるほのかの隣から、舞花のハッキリとした声が飛ぶ。
「陽菜ってセックスしたことある?」
舞花が陽菜に問う。
「………………」
舞花の真っすぐな瞳に射抜かれ、陽菜は固まってしまった。
「陽菜?」
「セッ……ク……えええ~~~?!」
質問の意味を理解した陽菜は夕焼け空の赤みに負けないぐらい顔を紅潮させる。
「ちょっと舞花! 単刀直入すぎ!」
「別にいいじゃん。ウチらの仲なんだし。さっきだってほのかの方が先に聞いてきたんじゃん」
「うっ……それはそうだけど……」
「いや~、考えてみると気になっちゃってさ~。陽菜、教えて教えて~!」
好奇の目を輝かせる舞花。
「(確かに気にはなるけど……陽菜は……経験無さそう……)」
ほのかも申し訳ないと思いながら、陽菜の答えを待ちわびていた。
「…………ある……よ」
「へぇ~、そうな―」
「えええ!? そうなの!?」
「うわっ! ほのか声でか」
「え、いや、でも一人だけ! 一人だけだよ!」
ほのかのリアクションの大きさにたじろぎながら、必死に弁解をする陽菜。
「い、いつ頃のこと?」
前のめりになるほのか。
「中学3年生の頃……。あっ、今はもう違うよ! 結構すぐに別れちゃったから」
「はえぇ、知らなかったなぁ。何だか意外な一面が知れて面白いな!」
「お、面白くないよ~。何でそんなこと聞くの~?」
今までになかった話題を素直に面白がる舞花。
陽菜は恥ずかしがってその場に座り込んでしまいそうだった。
性交経験の有無を問うに至った訳を、学校で行われた全校集会の内容からさかのぼって、ほのかが陽菜に説明をする。
「そう……だったんだね。大事なことだよね。うん」
「でしょ? 舞花はいまいち真剣に考えてないみたいだけど」
「考えてるってば」
「陽菜はその……ちゃんと避妊してた?」
少しためらいながらも、唯一の経験者である陽菜へとほのかが質問をする。
「え、うん。もちろんしてたよ」
「じゃあ今日の集会で先生が言ってた……なんだっけ、あれ使ってたんだ」
「……コンドームでしょ、舞花」
「そう、それそれ」
「ううん。私は低用量ピルを使ってたの」
「え? ぴ、何?」
聞きなれない単語に舞花が首をかしげる。
「そっちなんだ……。ピルだよ、舞花。今日の集会でも紹介されてたのに。やっぱり真面目に聞いてなかったんだから」
「えぇ? そんなやつ言われてたかな?」
「女性が飲むことで避妊効果があるお薬のことだよね。陽菜」
「うん。避妊の効果もあるけど、私の場合は特に生理痛をやわらげるために使ってたの」
「へぇ、いいじゃん。生理痛が軽くなるなら、私も使ってみたいかも!」
早速、舞花が興味を示す。
「でも、副作用とか実際どうなのかな。学校でもそこまで詳しくは教えてくれなかったんだよね」
「人にもよると思うけど、体が慣れるまではだるさや軽い吐き気とかがあるみたい」
「陽菜はどうだったの?」
「確かに使い始めのころは軽いだるさとか頭痛とかあった気がするけど、それも最初だけ。周期は安定するようになったし、生理前にイライラしたり変に落ち込んだりすることも無くなったから、私は使ってよかったと思ってる」
「そうなんだ。それなら……私もちょっと興味あるかも」
「あ、でも、飲み始めると身長が伸びなくなっちゃうみたい」
「え、そんな副作用があるの? ……って、身長の伸びはさすがに止まってるし関係ないか」
「陽菜詳しいな~。自分で調べたの?」
「ピルのことは……その……付き合ってた人に教えてもらったんだよね」
「へぇ、優しい人じゃん。……どうして別れちゃったのさ」
「え……そ、それは……」
「気になるな~! 教えてほしいな~!」
「やめなよ舞花。陽菜困ってるから」
「ほのかだって気になるでしょ。それにほら、いろんな人のいろんな経験を聞くことで、演技にも深みが増すって! 桐香先生も言ってたじゃん!」
「いやまぁ……それは確かに言ってたけどさ……」
「え、え~っと~。……あ! 私より志穂ちゃんの方が経験豊富でいろいろ知ってると思うよ! 志穂ちゃん大学生なんだし。志穂ちゃんに聞いてみようよ!」
苦しくなった陽菜はこの場にいないグループ最年長を矢面に立たせる。
「志穂? ……あぁ確かに。志穂ってそのへんの経験どうなんだろう。……気になるな」
「あ、そういえば私、亀井さんのエサを買ってから帰らなきゃいけないんだった! ごめん、先行ってて。 また後でね~!」
舞花がまんまと誘導されている隙に、陽菜はそそくさとその場を立ち去っていく。
「(陽菜……思いっきり志穂になすりつけて逃げていった……)」
「よし! レッスン終わったら志穂に聞いてみよっ!」
ほのかは陽菜の露骨な演技に肩を落とし、舞花は志穂の知られざる一面に期待を寄せて肩を揺らしていた。
≪後編へ続く≫