英国雀鬼伝 生き残った男の子 作:ギャグなんてこりごりだ
「なるほど、確かに英雄殿は勇敢な打ち筋をなさるようだ。それゆえに、その捨て牌はたやすく、絡めとられる」
魔法使いの雀卓がハリーの切った赤五筒に雷を落とした。これがスネイプの当たりだ。
ハリーに親満が直撃した。
「グリフィンドール、12000点減点」
スネイプの皮肉げな笑みよりも、落胆と失望の視線のほうがよほどハリーには苦しかった。結局そのまま半荘でハリーは一度も上がれず、下家のマルフォイがスネイプのアシストで安い手を上がり続け、ハリーは点棒のほとんどを持っていかれてしまったのだ。
グリフィンドール生を代表して臨んだ寮対抗杯。マクゴナガルとのコンビ打ちだったにも関わらず、ハリーはほとんどローズを覚えずに挑んだ結果、惨敗となった。
「元気出せよハリー。確かにあの単騎待ちは出ないと思ったけど、ドラ白暗刻を抱えられたのは完全に持ってる流れだって!」
「うん。でも……上がれなきゃだめなんだろ、ロン」
ここでのロンとは上がりのことではない。ハリーの貴重な、裏切っていない友人である。
ハリー・ポッター、生き残った男の子。かつて闇の雀鬼の中で最も悪辣とされたヴォルデモート卿の最後の卓で、赤ん坊だったハリーがヴォルデモート卿の上がり牌を握っていたことで彼を敗北させた、魔法界の英雄。
しかし、彼の才能はまだ開花していなかった。
「いい、ハリー。切る牌の効率をしっかり考えなきゃだめよ。河の読み方にもちゃんとパターンがあって――」
「でも、君はそれでこの間パーキンソンに筋引っかけを食らったじゃないか!」
「ロンは黙ってて。とにかく、ハリーのアベレージを上げないと、このままじゃ……」
「――おう、お前さんら、何しちょる?」
ハグリッドの大声に3人は肩を跳ねさせた。
今はホグワーツの森番をしている彼もかつては名うての雀士だった。剛力を活かして全ての牌を白に変えてしまう魔法を駆使して戦っていた彼は、ある日を境に雀荘から出禁を食らってしまったらしい。今はハリーたち雀士の卵の保護者だ。
4人集まればやることはひとつだ。ハグリッドの小屋で雀卓を囲みながら、ハリーは愚痴をこぼした。
「それで、寮対抗杯がピンチなんだ。僕のせいで。……あたらないなあ」
「そりゃそうだ、ハリーは待ちがちいと狭すぎる。だが、まあ、先生方から点棒を取るのは難しい。俺のころもトムが……いや、なんでもねえ」
「トム? トムって、漏れ鍋の?」
漏れ鍋は魔法界とマグル界を繋ぐ雀荘で、ハグリッドはそこでならお酒を飲んだり煙草を吸ったりすることができる。麻雀はできないそうだ。
ハグリッドは肯定とも否定ともつかない唸り声を上げた。
「んむ、んむ。ああ、ハーマイオニー、そいつだ」
「えっ、嘘! どう見たって索子染めの河よ、それ!」
「手牌が見えるまで役を読んじゃいかん、ちゅうことだ。ピンピンロク」
ハグリッドの小屋に置かれている雀卓は古いモデルで、ほぼ手動卓だし、当たりのエフェクトも出せない。ハリーたちは牌を混ぜながら話を続けた。
「どうにかしてスネイプから一気にでかい手を上がれないかなあ」
「そりゃ難しい、ひどく難しい。なんてったってスネイプはサマ打ちも得意だからなあ、ちょいと小細工を入れようもんなら」
ハグリッドが首打ちの仕草を見せて、ハリーはすっと血の気が引いた。グリフィンドールのゴーストであるほとんど首なしニックは昔、どうしても負けられない勝負でイカサマに手を出したのがばれて処刑されたのだ。
とはいえ、魔法界では「イカサマは気づかないほうが悪い」という不文律がある。ハリーはまだまともにイカサマができないが、それでもマクゴナガルから少しずつ燕返しのコツを教わっていた。
「あーあ。魔法で簡単に片付くと思ってたよ。手牌が全部ドラになる魔法とか」
「馬鹿言っちゃいけねえ。そんなもん、それこそ賢者の石しか――」
ハグリッドはそこまで言いかけて、しまったという顔をした。
「ハグリッド、賢者の石って?」
「俺はなにも言っちょらん。手牌がすべて赤く光る魔法の石がホグワーツの禁じられた廊下の先に隠されているなんて、一言も言っちょらんぞ!」
ハリーはロンとハーマイオニーに目配せをして、早い手を上がり続けて卓を片付けた。
帰り道、賢者の石について語り合っていると、ハリーの額に刻まれた傷痕が痛んだ。
「ハリー! 大丈夫かい、医務室に行ったほうが」
「違うんだよ、ロン。これはヴォルデモート卿が怒ってひっくり返した雀卓の角でできた傷なんだ。この傷が疼くということは……ヴォルデモート卿が近くにいるんだ」
「それはおかしいわ、ハリー。例のあの人は自分のしかけた血液麻雀であなたのお父さんに負けて死んだはずよ」
ハーマイオニーの指摘は正しい。しかし、ハリーの中に芽生え始めた雀士としての、いや、雀鬼としての本能が叫んでいるのだ。ヴォルデモート卿がいる。
ハリーがそれを伝えると、ロンとハーマイオニーは慌てはじめた。
「それって大変よハリー! だって、例のあの人が賢者の石なんて手にしたら、イギリス中の雀荘が荒らされちゃう!」
「そんなことになったら、魔法界は終わりだ……」
ハリーは決意した。
「僕たちが使おう。ヴォルデモート卿から賢者の石を守るんだ」
「やろう」
「やろう」
そういうことになった。
夜になり、ハリーたちは談話室を出ようとした。そこにちょうどネビルがいたので、ハリーたちはネビルも連れていくことにした。彼は臆病だが、祖母譲りの冷静かつ果敢な打ち筋で大きな当たりから逃げ続けるのが上手い。
禁じられた廊下に辿り着くと、そこには一索の鳥がいた。地下に続く扉の上に留まっていて、ハリーたちに鋭い視線を向けている。そしてその足元には雀卓と木の看板があった。
「私は空飛ぶ当たり牌。見事撃ち落とせば道が開かれる……つまり、君で上がる手牌を作った人は先に進めるってこと?」
鳥が肯定するように鳴いた。
つまり、4人はこの雀卓で一索を上がり牌にした手牌を完成させねばならないのだ。
ハーマイオニーの的確な指示と読みのおかげで4人は地下へと進むことができた。
次に待ち受けていたのは山のように積み上げられた麻雀牌だった。ハリーは登って乗り越えようとしたが、ロンがハリーを引き留めた。
「待って、ハリー。これはたぶん……上海だ」
「上海?」
「知らないのかい? 上から同じ2つの牌を消していく競技だよ! きっとこれをクリアしないと先に進めないんだ……ここは僕に任せてくれよ!」
上まで登って上海を始めたロンを置いて3人は先に進んだ。
その先に待ち受けていたのは一冊の本だ。
「すごい、これって……行方不明になった美少女雀士の何切る問題集よ! きっとここに先のヒントが隠されているはず……」
何切る問題に熱中しているハーマイオニーをそっとしておいて、2人は先に進んだ。
そして、そこには2つの人影があった。ターバンを巻いた怪しげな男、クィレル。そしてその隣に立っている霞のような、ゴーストよりも薄い何か。
「ハリー・ポッター……また会ったな」
「お前が、ヴォルデモート」
「そうだ」
朧げなヴォルデモート卿は頷いた。
「赤子だった貴様が俺様の上がり牌だった八筒を父親に渡されて握りこんでいたせいで、俺様はこのようなみじめな姿になった。しかし、忠実な配下であるクィレルの助けによって懐かしのホグワーツへと帰ってきたのだ。俺様は嬉しいぞ、ハリー。雀卓を倒した勢いで赤子の額にぶつかって泣きはじめた時は肝が冷えたからな」
「御託はいい。始めよう。勝った奴が賢者の石を手に入れる」
4人は部屋の中央に置かれた雀卓を囲んだ。
「ルールはお前に任せよう、ハリー」
「半荘、ありあり。25000持ちの30000返し、トビで終局。親の聴牌は、連荘」
「よし、いいだろう」
東一局。ネビルの置きサイをヴォルデモートが膝で崩した。
「おっと、ぶつかってしまったようだな。ほう、俺の親か」
わざとらしく肩をすくめてみせたヴォルデモートは、自摸牌を指でなぞった。
「おやおや。今日はついているようだな。ツモ、天和だ」
ハリーは舌打ちしながら点棒を投げた。明らかな積み込みだが、見抜けなかったハリーが悪い。
二本場、ハリーは集中力を研ぎ澄ませ、ヴォルデモートの目を見た。かつて、偉大な雀士であるダンブルドアがハリーに教えてくれたのだ。
「――瞳にサマ手が見えてるぜ、ジジイ」
「ッ!」
ハリーの杖から放たれた閃光がヴォルデモートの手を貫いた。キャタピラの途中で動きが固まる。
「サマバレ。ホグワーツローカルの温情で16000点オールの罰金だ。点棒を寄越しな、モグリサマ師のヴォルデモートくん?」
「クソガキ……ッ!」
冷静さを欠いた雀鬼など、ハリーでもたやすく討ち取れる。
問題はクィレルだ。先ほどから一言も言葉を発していない。ハリーの読みではヴォルデモートが用意したアシストだが、動きがない。
東二局、クィレルの親番。イカサマの気配もなく、順当に進行していく。八巡目でハリーの手はホンイツドラドラ。満貫確定だが、ここでハリーの欲目が出た。
「立直!」
裏ドラが乗ればもっと大きな一撃になる。闇の雀鬼と長く卓を囲むのは賢明とは言えないという言い訳はあるが、単に大きい手を上がる快感に酔っているだけだった。
しかし上がり牌は出ない。ハリー以外全員ノーテンで流局となった。
大きい手が流れるとハリーの打ち筋は乱れる。
東3局、ハリーの親番だ。配牌は無残そのもので上がりが見えてこない上に字四。ぶっこ抜きしかない。
「ハリー」
ネビルがハリーの名を呼んだ。
ネビルが視線で示すままに目を向けると、クィレルがじっとハリーの左手を見ている。まるでハリーのイカサマを予測しているかのようだ。
ハリーはこの局での上がりを諦めた。
そして東四局、ネビルの親番だ。
「立直」
クィレルがダブリーをかけた。
これでは降りるも何もあったものではない。大きい手を上がられたら。
ハリーは冷や汗をかきながら切り続けた。
「ロン」
ここでのロンとはハリーの親友のことではない。ヴォルデモートの捨て牌がクィレルの当たりだったという宣言である。
「なっ……クィレル、貴様! ダブリーで字牌が待ちなぞ読めるわけがないだろう! ローズはどうした!」
「闇の帝王。あなたにはうんざりさせられる。闇の雀士と聞いて期待してみれば、ただのマナーの悪い麻雀狂いだ。賢者の石は私がいただく」
クィレルの手は字一色。ヴォルデモートはハコテンだ。
ヴォルデモートは爆発四散した。
「クィレル先生!」
「先生? 私の牌効率の授業をまともに受けたこともないオカルト不良どもに先生と呼ばれる筋合いはない。賢者の石は私の――」
「それはいかんのう、クィリナス」
突如として天井から降りてきたダンブルドアが、クィレルに冷たい視線を向けた。
「クィリナス。君の一人爆弾は実に見事じゃった。一人で字一色を積み込む雀鬼はそういないじゃろう。しかし、それだけに儂はずっと君を見ておった」
「馬鹿な……」
「イカサマの指摘をするのは同卓の者でなくともよい。そうじゃの、クィリナス。半荘戦の勝者は君じゃ。しかし、賢者の石を授与されるのはあくまで認められた勝者でなくてはならん」
ダンブルドアはハリーとネビルにウィンクをした。
翌朝、ハリーは賢者の石を使ってホグワーツローカルルールである赤一色を上がり、マルフォイを飛ばしてグリフィンドールを寮対抗杯の優勝に導いた。
「ハリー、君は最高だ!」
グリフィンドール生に胴上げされながら、ハリーは胸の奥に渦巻き続ける疑問に蓋をした。
ダンブルドアはどれほど強いのか。