突撃する前に、足軽の亡骸から、旗と槍を貰い受け走り出す。
藤吉郎を殺した敵であろうと、憎しみのない敵を殺すことは出来ない。だから、対峙した敵を失神させていく。
来る敵を槍で薙ぎ払い、敵が繰り出してくる槍や刀は、紙一重で避けたり、槍の柄で受け流したりして、右拳を顔面に叩き込んでいた。
だがいくら鍛えていて卓越した技術を持とうとも、初めての戦場 初めての殺し合いは、精神的に疲労を加速させて行った。それでも歯を食いしばり、敵を殺さずに無力化させて行く。そんなのが小一時間、状況が変化する。戦況が織田軍に有利になったのだ。
「はぁ……はぁ……クソ!」
「皆の者!勇気を奮い起こせ、あとひと押しだ!」
軍馬に乗った鎧武者が、前線に来て味方を鼓舞するように叫びをあげた。
敵前線を崩す絶好の機会と見た、騎馬隊の突撃が始まる。
「足軽ども!誰か本陣へ戻り、ご主君をお守りせよ!」
他の足軽は、敵の首を一つでも取ろうと夢中で誰も本陣に引き返そうとしない。
(俺一人でも戻るしかないな)
指示通りに本陣に向かい走り出す。ふと騎馬隊を指揮する武者を仰ぎ見た。立派な鎧兜を身につけていたが、女の子だった
(……は?いや待て、何で女の子がこんなところにいるんだよ?)
ふと見て気になったが、それを気にしている余裕はない。槍を構えて織田軍の本陣にへと向かう。余程の乱戦だったのだろう、すでに大将を守る近衛兵達も前線に上がっているらしくがら空きだ。
さらにそのがら空きの本陣に今川方の決死隊の急襲。織田信長、絶対絶命の危機である。
(藤吉郎さんに続いて織田信長まで死んだら洒落にないぞ!間に合ってくれ!)
足に込める力を強め、さらに全力で走る。そして間一髪のタイミングで、大将の兜へと飛んできた槍を、自分の槍で叩き落とした。
(間一髪……!危ねぇな、でも間に合ったからよし!)
大将・信長と顔合わせしている暇なんてない。大将を守るために立ちはだかり叫ぶ。
「織田家に仕官するため、素浪人・加藤和正、ここに見参!!」
「新手の織田兵だ!」
「たった一人だぞ!先にやってしまえ!」
大将を討ち取る為には立ちはだかる和正を除かねばならない。今川兵はいっせいに和正に襲いかかる。
「来るなら来い!全員相手にしてやる!」
槍を構え迎え撃つ。本陣が狭く、敵は多いが、それだけで殺られる和正では無い。突き出される槍を最小で払い、蹴りを入れて一人を仰向けに倒す。
「こいつ、強者だ!」
「強いぞ!囲むしかないぞ!」
四方から突かれたら流石の和正も危ない。その時破裂音を立てながら足元から煙幕が広がる。
(五右衛門か!いい援護だ!)
五右衛門の仕業だと理解し、その煙幕を利用して敵を気絶させる。煙幕が晴れる頃には、攻めてきた敵は全員気絶して伸びていた。
(ふぅ……すっごい疲れたな……)
人を傷つけた嫌悪感で思いっきり気分を落として頭を抱える。そんなことをしていると、背後から馬が駆けてくる蹄の音が響いてきた。
「ご主君、今川軍は退却をはじめました!ご無事でしたか!」
さっき騎馬隊を率いて突撃していた勇ましい女の子武将だった。この時代の女の子はそんなにも勇猛なのかと見ていた和正。
「な、なんだ貴様はっ?あ、足軽の分際であたしをジロジロと!?」
「あ?あ、ああ。わりぃわりぃ、女の子なのに勇猛果敢に攻め込んでいたからな、何処から力が出てるのかなとな……」
「き、気安いぞ!手打ちに!」
「やめなさい、六!そいつは私の命を救ったんだから、褒美を挙げなきゃ」
「なんと、それはまことですか?」
「ええ。槍で刺されそうになったところを助けてもらったわ。槍術も並のものじゃなかったし、私もよく見えなかったけど、そいつは妙な術を使って今川勢をまとめて倒したわ」
「……そ、そうでしたか。ぎょ、御意」
そんな会話を聞きながら、それは五右衛門のおかげだと言いたいが、面倒くさい事になりそうだと内心に秘めた。後で褒めようと考えているところだ。
(取り敢えず士官するしかないよな。ここではいバイバイするわけに行かねえし)
「信長さま、ぜひこの俺を足軽として……」
言葉は続かなかった。顔を上げる前に、顔面めがけてわらじばきの足の裏が飛んできた。
「いっ!」
「はあ?誰よ、信長って?私の名前は、織田信奈よ。の・ぶ・な」
「は、はああああ!?」
「何よ何なのよあんたは? これから仕えようとしている大将の名前を間違えるなんて、バカじゃないの?」
和正は言われながら「確かに」と内心思った。事前に五右衛門に聞くと言う事も出来たかもしれない。だが、武将が女の子だなんて普通は思わないし、名前も変わってるなんてもっと思わない。
和正は踏まれながらも、大将の顔を見上げる。
茶色がかった髪は、でたらめな茶筅に結っていた。甲冑などは、着ていない。頬とおでこは煤で真っ黒。湯帷子を片袖脱ぎにし、腰に巻いたわら縄に、太刀と脇差を差し、火打ち袋とひょうたんをぶら下げ、そして腰と足に覆う袴の上に虎の皮を腰巻きのように巻いていた。
左肩にはやたら獰猛そうな鷹、右肩には種子島と言う鉄砲を担いでいた。
不良……、この時代だとかぶき者、尾張のうつけ者の衣装そのものだった。それ以上に女の子だ……
「わ、悪かった!名前を間違えても……悪かった!」
謝罪をして足をどけてもらう。踏まれた顔を袖で拭い一息つく。
「で、あんたの名前は?」
「加藤……。加藤和正、未来から来たただの高校生だ」
「はぁ?未来?こうこうせい?何言ってるのよあんた?」
自己紹介してしまったと思う和正だが、まぁ訂正するのが面倒だから聞かないことにしよう。
「姫様、この男無礼です。斬りましょう」
と軍馬から降りてきた女子武将が信奈に耳打ちした。
「六?確かに斬るのは簡単だけど、あいつは私の命を救ったそして腕前もそれなり以上にある。無用な戦で男手が欲しいところだもの」
「……ううむ。それもそうですね。確かに、今の姫さまに男手が必要です」
「それではこいつを連れて、今すぐ出立よ、六」
どうやら、何とかまとまったらしい。和正はこれから先見えない真っ暗さに頭を抱えたい気分だが、そういうわけもいないだろうなぁと思った。
信奈は馬に乗り、和正の首には縄がかけられていた
「なんだこれ?」
嫌な予感を感じながら、信奈の方を見ると同時に馬に乗った信奈に引きずられる
「ほら、走りなさい!あんたは走ってついてくるのよ!」
「ちょっと待て!何処の世界に首に縄つけて走らせる奴が居るんだ!ぐぐぐ、し、絞まる」
「全く口数が多い奴だ、斬りましょう」
ンな事で斬られるのは勘弁だ!叫びながら、並走した。人間の火事場の馬鹿力は馬鹿にできないんだなと、走りながら思った和正は案外余裕があるのかもしれない。
「今川軍が邪魔したせいで、すっかり遅れてしまったわね。ほらあんた、さっさと池の水汲み上げなさい」
「はぁ?」
肩で息をしている和正は、空を仰ぎながら呼吸を整えていた。
柴田勝家は、池の周辺に足軽を配置していた。村人が信奈に近づかないように警備しているのだろう。
「池の水を汲めってどういう事だよ。そのひょうたんにはもう飲水はねぇのかよ」
「まだあるわよ!ほら、ひょうたんを持ってみなさい。腰にぶら下げて歩くと、結構重いのよ」
「おうっ」
矢継ぎ早に顔面めがけて、水の入ったひょうたんを投げつけられた。それを和正は器用に全部受け取る。
「それ、一個でもなくしたら首を刎ねるわよ」
「俺の命はこのひょうたんより軽いのかよ」
ひょうたんを忌々しげに見ながら、信奈の顔を見る。
「ほらほら、とっとと水を汲むの!」
「汲み上げたら、足軽として雇ってもらうぜ?」
「ハイハイ。汲み上げたら、ね」
信奈からひしゃくを受け取り、靴と靴下を脱ぎズボンの裾をあげて、水を汲み出す。
「どのくらいすればいいんだ?」
「全部よ。池の底が見えるまで」
「ばっかじゃねぇのか!?こんなもんで汲み上げても終わんねぇよ!バケツ何杯分あると思ってんだよ!」
「はぁ?ばけつって何よ?いいからとっととやりなさいよ」
「なんの意味があってこれをやるんだよ!こんな無意味な作業させられたら頭がおかしくなるわ!」
「ふうん。あんた、本当にこの辺の者じゃないのね」
信奈は面白そうなものを見る目で、、椅子に腰をかけてひょうたんに唇をつけながら、説明し出す。
「この『おじゃが池』にはね、龍神が住み着いているって噂があるのよ。それで、これまで村人たちが池に人柱として乙女を沈めてきたわけ」
その話を聞いた和正は目に見えてその話に眉を顰める
「くだらない迷信を信じる村なんだな」
「まったくよ、神だの仏などなんているわけないのにね。そんなもの、人間の頭の中に住み着いているだけの気の迷い、要は幻よ」
「合理主義者だな」
戦国の話、ゲームで聞いて見ていたイメージ通りに思えてくる。
「まったく、世の中バカばっかりでイヤになっちゃう。ほら、六の隣に線の細い美少女が立ってるでしょ?あれが今年の生贄、人柱なわけ」
信奈の指さす先に、幸薄系ヒロインと言っても差し支え無い美少女が立っていた。和正は手を止めてその少女を見る。
「あの子が、今年の犠牲者か……勿体ないな……」
「そうよ。だから私が、この村の愚民どもに教えてやるのよ!池の底に龍神なんて棲んでいないってね。でも、そのためには池の水を全部汲み出す必要があるでしょ?けど、今川の連中に邪魔されたせいで、大勢の男手を使って汲みあげられたんだけど……」
「仕方ねぇな」
「あんたも、一人じゃ無理だろうしね」
流石に無理難題と分かっているから、やめるように信奈は声をかけようとした。しかし、和正から帰ってきた言葉は
「仕方ねぇから。俺一人でもやるか……」
そういい和正は再び手を動かす。
「ちょ!何を!」
「こんな下らない迷信のために死人が出るなんて馬鹿げてる。そんなの俺が否定してやる!」
無謀だが、和正はひしゃくで水を汲み出す。一人の少女が死ななくてもいいようにするため。