作業を開始して何時間が経っただろうか?退屈していた五右衛門は土遁の術と水遁の術を駆使して、池の水の一部を川に流すと言う作業をやってくれたとはいえ、池の水の半ばは和正が己の腕でかきだした。日が落ちて、月が昇る頃、浅瀬と言うに相応しいほどに水はなくなっていた。
「すっごいわね……あんた……この根性、只者じゃないわ……」
信奈も思わず感心する。それほどの働きをしたのだ。池の水はそこが見えるほど少なくなると、そこに居たのは大きい鯉が数匹いた程度。滝を登れば龍になるかもしれないが、生憎とここは池であり、滝はないので鯉止まりだ。龍神はこの池に存在しないことが証明された。
「……はぁ……はぁ……疲れた…もうこんなことしたくねぇ……」
仰向けに倒れながらそんな事を呟く和正。意地になったのか、迷信で死ぬのが許せなかったのか、ただ和正はひゃしゃく一本と腕でなんとかしたのだ。
「みんな見たかしら?この鯉が、アンタ達が拝んできた龍神の正体よ!人柱なんてくだらない儀式は今後永久に禁止するわ!」
村人たちはどよめきながらも、驚いたや信奈様の言う通りだったと言って、それぞれの家に帰った。この試練を気合いだけで乗り越えた和正は
「よく頑張ったわね、和正。あんたに救われた娘が、直接お礼を言いたいそうよ。はい。連れてきたわ」
「本当にありがとうございました、加藤和正さま」
疲れ果て死にかけの和正は、取り敢えず体力回復に努めていた。直接お礼を言いに来たというのを聞き、上体を起こして話を聞く。
「私は今宵、婚約しているお方と祝言をあげます。本当にこのご恩は一生忘れません」
「祝言をあげるのか、そいつはめでたいな!俺も何とかしたかいがあったものだな」
「はい。本当にありがとうございました。織田の姫さまとあなたのおかげです。私、幸せです!今すぐあの方と祝言をあげます!」
「ああ、そうしたほうが……いい。掴んだ幸せ、絶対に離すじゃねえぞ!悔いにないように生きろよ!」
「はい!あなたが与えてくださった、ただ1度きりの人生、後悔のないように生きます!それでは、失礼します」
そう言うと、娘はその場を離れる。和正は祝言をあげると聞いて言葉だけだが、祝った。めでたい話だ、苦労したかいがあったと天を仰いだ。
「本当によかったわね!わたし、こんなふうに人に感謝される経験ってあんまりなかったのだけど、良いことしたあとって気分いいわね」
和正は内心「いや、あんたは何もしてないだろ……」と言いそうになったが、ぐっと飲み込み
「ああ、そうだな。すげー疲れたけど、すげー達成感あるな……」
「約束通り、あんたを足軽にしてあげるわ!感謝しなさい!取り敢えず、改めて名前聞くわ、名前は?」
「一応未来からきた、加藤和正。これからよろしくな、姫さま」
タメ口ではあるが、挨拶をする和正。
信奈一行は北への街道をゆるゆると行軍していた。
「どうしてあたしがお前の面倒を見なければならないんだ」
「仕方ねぇだろ?姫さまがそう言ったんだし。しかし、あいつも忙しいなぁ。合戦やって、村の龍神居ない証明してな……」
「お、お前なぁ!姫さまを『あいつ』呼ばわりとはなんだ、斬られたいのか?」
勝家は器用にも、乗っている馬の足で和正を蹴るが、意に返さない和正。
「なあ勝家。これからどこに行くんだよ?龍神退治の次は何を退治するんだよ」
「おい。このあたしをこんど呼び捨てにしたらその時は」
「うおっ!槍を向けるな!」
槍を手馴れた感じに避けていく和正。避けながら馬を引っ張る。それもそうだ、和正は元の時代では日本でも一二を争う槍術の使い手であり、剣術、体術も高い練度を誇っている。武の天才と言われているが、本人は努力もきっちりしてきたから、天才と言われても……という感じだ。
勝家はため息をつきながら
「まったく、馴れ馴れしい奴だ。われらは今より美濃の蝮に会いに行くんだ」
「美濃の蝮……ああ、斎藤道三か。じゃあ正徳寺にでも向かっているのか?」
「どうして正徳寺まで分かったんだ!?何処から得たんだ!」
勝家は驚き和正を問いただす。和正は興味なさげに答える。
「俺は未来から来たからな、歴史でもゲームでも重要な出来事だからな、覚えているんだよ」
「未来?また奇妙なことを……」
「信じたくないなら信じなくてもいいんだぜ?証明できるもんなんて、こんなもんしかないしな」
和正はそう言って、ポケットからiPhoneSEとタッチペン。そしてボールペンをポケットから出す。
「南蛮カラクリか?こんな板みたいなもんで何が出来るんだ?」
「遠くの奴と会話したり、計算したり、色々な」
和正はそう言い、それらをポケットに仕舞う。
そのあとも会話は続き、今回の会談の目的は妹を貰い受け、縁戚関係を結ぶこと、戦国時代の口約束は宛にならない、縁戚関係を結ぶことで正式な同盟が成立する。
この世界では姫大名というのがあり、第一子が姫であればその姫が家督を継ぐというものである。差異があるものの大体のところは、歴史の勉強やゲームで仕入れた知識と合致している。信奈は昨年亡くなった父親から家督を継いだばかりだと言う。
「せめて尾張の内側が信奈さまの下に一つになれば、対抗できるかもしれないけどさ……これがまとまってないんだよなぁ……はぁ」
「勝家。あんまり悩むと、目尻に小皺がよるぞ?」
「呼び捨てにするなとさっき言ったろう!あ、あたしは十八だ、目尻に小皺なんかよってないっ!」
ぶんぶんと馬上から槍を振り下ろしてくる。和正はそれを華麗に躱して行く。ムキになる勝家だが、ムキになるほど当たらない。
「取り敢えず、信奈が置かれている状況がヤバいと言うのが分かった。国内で揉め事しているもんな」
「うるさい。どうして姫さまの恥をこんなやつに漏らしてしまったんだ、あたしは………」
槍を向けながら両肩を落とす。なら喋らなければいいじゃねぇか、と和正は思った。
「そろそろ正徳寺に着くぞ。お前は信奈さまのもとへいけ。片時も目を離すなよっ」
勝家に言われた和正は「分かった」と頷き、信奈の方へ歩いていく。
「和正やっときたわね。ほら、ひょうたん持ってなさい」
「はいよ」
ひょうたんを受け取る和正。
「……姫さま、道三どのはすでに本堂へと到着されているとの由」
小姓らしき小柄な少女が、信奈に拝礼しながら報告した。和正は今日は小さいこと縁があるなぁと空を見上げながらふと思った。
「和正、あんたは足軽だから本堂に上がってきてはだめよ。犬千代と一緒に庭で侍ってなさい」
犬千代と呼ばれた小姓の少女がこくりと頷いた。
(……この女の子が、前田利家なのか……)
どう見ても幼女に近い少女である犬千代を見て、和正は頬を引き攣らせる。
「犬千代。蝮が妙なことをしようとしたら、即座に斬るのよ!」
「・・・・・・御意」
「いざと言う時は和正、貴方も道三を斬りなさい」
和正と犬千代にそう言った信奈は、犬千代に脱いだわらじを手渡し、本堂へと向かっていった。
(いよいよ歴史的にも有名な会談か……やべぇ少し震えてきやがった)
本堂では美濃の蝮・斎藤道三が自分の席に腰を下ろしていた。歴戦の戦国大名らしく堂々としている。だが、重大な会見だというのに軽い着流しの服装で現れて扇子をぱちぱちと開いたり閉じたりしているあたり、気の抜けっぷりが見て取れる。
それから約一時間が経つころ……
「美濃の蝮!待たせたわね!」
突然、信奈が本堂に姿を現す。道三は、口にしていたお茶を噴いた。和正は驚いていた。
(……へぇ……なんとまぁ)
「う……うおおおおおっ?な、な、な……なんていう……美少女っ!?」
道三が驚き、唸っている間に、信奈は優雅な足取りで本堂の中に進み、道三の正面へと腰を下ろした。
「わたしが織田信奈よ。幼名は吉だけど、あんたに吉と呼ばれたくないわね。美濃の蝮!」
「あ、う、うむ。ワシが斎藤道三じゃ……」
道三は年甲斐もなく照れてしまい、まともに信奈の顔を見れてない。
「デアルカ」
女の子らしい声で信奈が言った。ひとしきり慌てた道三をしばし楽しんだ後、信奈の表情が引き締まる。
「蝮!今のわたしには、あんたの力が必要なの。わたしに義妹をくれるわね?」
始まるは信奈と道三の話し合いを和正は黙って見ている。これから仕えようという信奈の夢を見定める。
話は妙な方向に行き始めた。
途中までよかったのに、今は開戦するか!みたいな感じになっている。美濃を貰うという話が、美濃を盗ってやるになっていた。
「では、開戦か」
「望むところだわ」
和正は誰にも聞こえないように小さくため息をして。
「捻くれるの大概にしたらどうなんだ?斎藤道三ともあろうものが、美濃の未来が分からないわけじゃねぇだろ?」
和正がそのような事を口走るとは思ってもいなかったのか、信奈は固まり、道三は目を細める。
「和正!黙りなさい!」
「座興じゃ、言わせて見ようぞ」
信奈が一喝するが、道三がそれを制すし和正に向く。和正は立ち上がり道三に近づく。
「坊主。まことにワシが何を考えているか、わかるのか?」
「ああ、ここでの会見は有名な話だからな。覚えているんだよ」
「ふむ、しかし、デタラメを抜かせば、小僧であろうと我が小姓・十兵衛がそなたを斬るぞ」
「ああ、それでも構わねぇ」
「バカっ!詫びなさい!和正!」
和正は引く気は無い。ここで引くのなら最初から出張るつもりは無い。ここで道三を素直にさせないと、戦争になれば今の織田家じゃ勝てない。
「じゃあ言うぜ?道三、あんたはこのあと家臣達に『ワシの子供たちは、尾張の大うつけの門前に馬をつなぐことになる』てな。違うか?気づいてるんだろ?自分の子供では信奈に敗れて美濃を奪われることは!」
「和正!?あんた……あんたなんて言うことを!」
信奈の顔色が青くなる。
「なんと?」
道三の表情も凍りつく。道三が開戦の方向に持っていったのは最後に一戦交えて、有終の美を飾るつもりだったからだ。
「こ、小僧!貴様、我が心を読んだかっ? いかなる術を使ったっ?」
「術なんか使ってねぇ。ただ知っていただけだ。俺は未来から来た……それ故に知っているだけだ」
「未来――――そのようなことが……」
道三は黙り込む。和正はそのまま続ける。
「アンタは信奈に美濃を譲る。帰ったら『美濃譲り状』をしたためるつもりだ。現段階なら迷っているだろうが、聡明なアンタなら必ず書く」
「しかし!美濃の蝮として、信奈どのと潔く一戦交えたいというのも我が本心!」
「自らの夢まで捨てて有終の美を飾るつもりか!これまでの人生を無駄にしてまで!ここで譲れなきゃ今までの人生が全部無駄になる!それはアンタが一番分かっているはずだ!その夢も息子では無く、信奈じゃないと引き継げない!だが、ここまで意固地になってんのは……美濃の蝮ともあろうものが、お人好しぶりを見せるのが沽券に関わることを気にしてんだろ。老いたと笑われるから言い出せない。違うか?違うなら反論聞くぜ?」
道三はしばらく刀の柄に手を置いてわなないていたが、息を漏らして。
「……織田家に侍なしとは、謀られたのう。儂の完全な負けじゃのう」
「えっ?蝮?」
道三は苦笑しながら和正を見る。
「まさか……未来から来た男とはのう……」
「ああ、俺も驚いている。今から約460年先だ。そこでは、斎藤道三は戦国時代で名を残す程の人物だ。この時代が好きな奴は大抵アンタのこと知っている」
「ほほう、儂は後世まで名を残せたのじゃな。そなた名は?」
「加藤和正。今は主君織田信奈に使える足軽の一人だ」
「そうか、いい臣下を持っておるようじゃの。小僧!貴様のおかげで、この蝮、最後の最後に素直になることが出来たわい!儂の夢を信奈に……義娘に受け継いでもらう!」
信奈は道三と和正の顔を交互に睨みながら、唇をへの字に曲げた。
「この場で『譲り状』をしたためよう。儂はそなたに、我が娘に美濃を譲る。娘に美濃を譲るのは父として当然のこと」
「デアルカ……」
こうして道三は信奈に美濃の譲り状をしたためた。尾張と美濃の同盟はなり、美濃を譲る約束が取り付けられた。和正は外に出て段差に座り大きく息を吐いた。
「あ〜〜緊張したぁ……」
一歩間違えれば死。それがこの時代、そんな時代に投げ込まれた和正は帰る道を探す。帰る方法はこれから探すにしても、とりあえずは生きるために、信奈の夢に力を貸すかと空を見上げる。口は悪し、暴力的なところもあっていつ死ぬか分からないが、この時代じゃどこも一緒と思い笑う少年がそこには居た。
「いい拾い物をしたわね。蝮とも上手く行ったし……相応の手柄考えておかないと」
和正に聞こえない程度にそう言葉を漏らす信奈がそこには居た。