恋人未満な九歳差   作:黒マメファナ

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隠せない本音

 レジ業務は暇な時はとんでもなく暇だ。退屈で、何もしてないくらいなら納品とか発注とか、事務で幹人さんの手伝いをして、それで晩御飯を……ってダメだ。

 また、幹人さんのことを考えた。自然と幹人さんの家に行くことを考えてる自分に嫌悪感が湧いてきた。

 バイトも、正直顔を合わせたくない。いつも通りの幹人さんを見てると、あたしの妄想じみた考えが事実だって突き付けられているようで、キツい。

 

「やめよっかな……バイトも」

 

 元々このバイトだって、幹人さんの状況を知って助けになればと思って応募したようなものだし。ここにいる意味もないんじゃないかって思う。同時に、あたしの生活の半分以上が失われていくような感覚が、辛い。

 でも、あたしがこの気持ちを持ってることが幹人さんにとって邪魔なら、あたしはもう、あそこにはいられないから。

 

「暇そーだね~、美咲ちゃん」

「……喜多見さん」

 

 そんなあたしの前に喜多見さんが現れた。いつも通りにこにこ、というよりはヘラヘラって言ってもいい、あんまり真面目じゃない態度なのに妙に圧力の感じる瞳であたしを射抜いてきた。

 

「サボっちゃダメですよ、納品しないと」

「納品はしなきゃだけどさ、それより美咲ちゃんかなーって」

「……あたし、ですか」

「そ、今日全然元気ないからさ」

 

 幹人さんじゃなくて喜多見さんが来たか。

 夜まで入る数少ない同性のバイト。だから喜多見さんはあたしのことをよく見ていてくれた。もともと納品とかレジ業務とかの指導をしてくれたのは基本的に喜多見さんだったし、だから一番最初に幹人さんとの関係に気づきかけてたのもこのヒトだった。

 ──ヘラヘラにやけながらさ、美咲ちゃんって宮坂さんのこと好きなの? って訊かれた時にはどうしようかと思ったよ。

 

「ケンカ中?」

「……え、いや、ケンカじゃないですよ」

「そう? だっていつもだったら視線でイチャイチャしてるのに」

「そんなことしてません」

 

 してない。して、ないよね? そもそも視線で会話なんてしてないし、あたしが残業した方がよさそうだって思った時に幹人さんが必死に睨んで帰れってオーラを出すくらい……って心当たりあったね。イチャイチャしてるつもりは全然なかったんだけど。

 

「カレシできたの?」

「できてませんよ」

 

 幹人さんはカレシじゃないってば、という意味を込めた一言。その内心が伝わったのか喜多見さんはほらやっぱり、と少しだけ怖い顔で笑ってきた。なに、幹人さんと何かありましたか? なんか出てくるの遅かったし、もしかして幹人さんが何かやらかしたとか? セクハラ? パワハラ? モラハラ? 

 そんな風に訝しんでいると、喜多見さんは急に笑いを堪えるように口許を抑え、その場にしゃがみこんだ。どうでもいいけどそれ、吐きそうになってるようにも見えますね。

 

「ふっ、ふふ……! ホント、美咲ちゃんってめんどうな性格してるけど面白いよねぇ」

「貶してますか?」

「褒めてるんだよ~」

 

 絶対嘘だ。めんどうな性格してるけど面白いって、それはあたしの中では褒め言葉に分類しないんですよ、驚くほど褒められてる実感ないし嬉しくもなんともないです。そんなことより、カレシってどういうこと? というか幹人さんと何の話したらそういう話になったんですか? 

 

「……み、えっと、宮坂さんがなんか言ってたんですか?」

「いや、あはは、美咲ちゃんがカレシでもできたかもーって弱ってたから」

「……は?」

 

 何を勘違いしてるのあのヒト。カレシ? 何がどうなってその話になったの? そう問いかけたい気持ちでいっぱいになった。

 だから幹人さんは何も言わないの? だから追いかけてこないで、あたしを放置してるの? ん? あれ、幹人さんがカレシができたと勘違いしてるってことは、幹人さんはあたしのこと、迷惑だなんて思ってないの? 

 

「ねね、今日さ、うちに泊まりに来ない?」

「……え?」

 

 唐突に喜多見さんはそんなことをあたしに言ってきた。お姉さんに話聞かせてよ、なんていたずらっぽく言う喜多見さんにあたしは疑念が絶えない。まって、幹人さんどこまで話したの? というかどういう流れでその話になってるの? 

 

「その辺も知りたければ、うちに来てください」

「……ずるい言い方ですね」

 

 ホントにその言い方はずるい。あたしはずっと、喜多見さんを羨んでる部分があるのに。今年21歳の喜多見さんと幹人さんの年齢差はあたしより遥かに縮まった五歳差。夫婦ごっこどまりの九歳差にもどかしいのに、幹人さんはいつも言うんだ。

 ──あと()()()()()()()()()()()って。幹人さんが許容できる歳差は、五歳差。だからあたしは喜多見さんが羨ましいし、どこかで妬んでるのに。

 

「今日はズルしてでも聞きたいからだよ~」

「……あたしの話なんて大して面白くないですよ?」

「面白いよ~」

 

 苦笑いをする。美咲ちゃんの恋バナーとにやける喜多見さんは、恋バナ好きでした、忘れてました。

 逃げ場はないだろうと察したからわかりました、と頷いた。どのみち、幹人さんの家には帰れないし、喜多見さんが知ってることがあるなら聞きたい。逃げ出したあたしが言うのはなんだけど、いざこうやって帰らなくなって、まるで胸に穴が開いたみたいな空虚さがあるから。やっぱり依存してるなって自嘲したくなった。

 ──これじゃ感傷を押し付けてるだけって言われて当然だよね。

 

「それじゃあレジ代わるね」

「……納品は?」

「あ……ごめんね」

 

 はぁ、と溜息をついた。普段は結構しっかりとしてるヒトなんだけど、まぁ、今日くらいはいいですよ、とあたしは喜多見さんとレジを代わった。

 ──そのあとに幹人さんのことを散々聞かされたあたしは、不覚にも泣いてしまうんだけど、それはまぁ……恥ずかしいから割愛させて。ただひとつ言っておくとばーかばーかって言いたくなった。言いたい、ホントに、絶対次顔を合わせたらばーかって言いたい。言ってやる。

 

「仲直りしたら今度は美咲ちゃんの料理食べてみたいなぁ」

「それじゃあみ、宮坂さんの家に行けば食べますよ」

「幹人さん、でしょう?」

「呼べないんですってば!」

 

 いつもは妹や弟がいるせいかな、喜多見さんはお姉ちゃんみたいな安心感があった。ぎゅっと抱きしめてくれて、大丈夫、大丈夫だよ、なんて子どもみたいにあやされて、あたしはうとうとと眠りにつきかけていた。

 

「ね、美咲ちゃん?」

「喜多見さん……? なんですか?」

美幸(みゆき)って呼んでよ」

 

 それが喜多見さんの名前を指すことはわかっていた。けど、いいんですか? と問いかける。喜多見さんはもちろん、仕事中に呼んでもいいし、バイトが終わったら呼んでほしいなって思うなって微笑んだ。

 

「私は美咲ちゃんの味方で……宮坂さんの味方だから」

「……ダメですよ、みきとさんはあたしを女として見てませんって」

「……そうだね」

 

 肯定された。やっぱりそうなんだろうなって思った。けど、それはあくまで強くそう思い込んでるだけって可能性もあるよ、と喜多見……美幸さんは精一杯のフォローをしてくれる。

 いいんだ。幹人さんがあたしを置いていってしまうわけじゃないと知ることができたから、思い込んでるその九歳差の壁を壊せるのは、あたしだけだから。

 

「美幸さん」

「んー?」

「あたし、まだ夫婦ごっこを続けます……幹人さんに、想いが届くように」

「その意気だよ、美咲ちゃん」

 

 今まで誰にも言ったことのなかった、幹人さんを好きだって想い。それを美幸さんに話しただけでこんなにも心が軽くなった。ヒトに怪訝な顔をされるだろう夫婦ごっこのことを話して、否定しなかった美幸さんに……あたしは救われていた。

 ──誰かとわかりあうこと。誰かを理解すること。誰かに理解してもらうこと。それがきっと、笑顔を届けられるってこと。こころはそれが無自覚にできてるんだなーってこともなんとなくわかった。

 

「私もライブ行きたいな。美咲ちゃんのカッコいいDJさばき、見てみたいな~」

「あはは、あたしキグルミですけどね」

 

 傷だらけだったあたしが見つけた居場所は、思わぬところで新しい縁を繋いでいたみたいだ。美幸さんは、もうあたしにとってただのバイトの先輩じゃなくなってた。

 でも、だからこそ少しだけヤキモチもあります。幹人さんが美幸さんには弱ってるところを見せたってこと。美幸さんの方が幹人さんと働いてる期間が長いからそうなのかもしれないけど、これからも幹人さんにおかえりって言うのはあたしなのに、って思っちゃうんだよね。

 ──寝る前に重い嫉妬を漏らしたあたしに、美幸さんは美咲ちゃんはかわいいな~、とまたあたしを抱き寄せて、頭を撫でてくれた。美幸さんの香りは甘くて、優しくて、ここしばらく寝るのが怖かったはずなのに、あたしはいつの間にか眠っていた。

 その日見た夢は悪夢なんかじゃなくて、約束したデートをする夢だったから、あたしは次の日の朝、すっかりその夢の内容を忘れたんだけど。まぁ幸せだってことは覚えてたから、それがうれしくてあたしは溜息をついた。

 

 

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