ことの始まりは、美幸さんが泊まってから少しした頃、GWが過ぎたくらいの話だった。あたしはGW中は本業のキグルミバイトにハロハピと忙しく過ごしていて、その途中にも一度花音さんに話をしたことだった。
宮坂幹人さんという人物について。花音さんは少しだけ心配そうにあたしの話を聞いていたような気がする。そしてGWが明けて、すぐに花音さんはあたしと
「……やっぱり、私、心配だよ」
「それって……あたしのことですか?」
「うん……」
箸で器用に一粒一粒豆をつまんで口に運びながら、花音さんはポツリとそう零した。正直、あたしにはその花音さんの心配、がよくわからない。確かにバイトに部活にハロハピで忙しいけど、あたしはそれをどれも楽しくてやってる。忙しいってよりは充実してる気がする。勉強は時々幹人さんや美幸さんに教えてもらえるからむしろ成績はちょっとだけ伸びたくらいだ。
「……だからあんまりピンとこないです。花音さんの心配が」
「えっとね……そうじゃなくてね、その、相手の宮坂さんってヒト、26歳なんだよね?」
「今年でそうですね、26です」
「……九歳差、なんだよね?」
あー、えっと、なんとなく花音さんの言いたいことがわかった気がする。あたしは17歳の女子高生で、向こうは26歳の社会人。価値観も社会的責任もなにもかもがかけ離れてる9歳差において、向こうがあたしを部屋に招いているということが、花音さんには怖いことなんだ。たぶんそれ以上に女子高生と夫婦ごっこなんていう特別な関係を築けてしまう20代後半の男、ってところに怖さを持ってるんだ。
「大丈夫ですよ。幹人さんは
「……そう?」
「なんなら花音さんにご飯、作りますよ?」
それは遠回しに自分の目で確かめてほしいって言葉だった。あたしがいくら擁護してても、騙されてるって言われたらそれまでだし、それこそ身体の関係とかそういうのじゃないって言っても、その真実を知ることができるのはあたしと幹人さんだけだから。
「あたしもおすすめするわよ、花音」
「ふぇ?」
「こころ」
「あたしも行くもの、安心して!」
こころ、あのさ、一ついい? あたしと花音さんを見つけて駆け寄ってきてくれたのもいいし、難しい花音さんの背中を押すような言葉をかけてくれたのも嬉しい。嬉しんだけどなんで? なんでこころが付いてくることになるの?
「あたし、まだ美咲のご飯は食べれてないわ!」
「いや昼に時々あたしの弁当食べるじゃん」
「そうじゃないの!」
知ってる知ってる。あの時こころは用事があったから抜けただけで、本人としてはあのままあたしのご飯食べる気満々だったもんね。でもそんなこころのおかげで迷ってた花音さんは、うん、そうだよね、と頷いてくれた。
「こころちゃんもいるなら……自分の目で確かめてみるね」
「はい、それじゃあ今日の部活後でもいいですか? バイトとかは……」
「大丈夫、私も今日は部活だけだから」
「あたしは家に帰ってこの間のお礼に何か渡せないか探してくるわ!」
「それじゃあチョコ系かな、あのヒト結構好きだし」
「わかったわ!」
こうして、こころは2度目の、そして花音さんは初めての幹人さんの家へ訪問することになった。しょーじき、ヤキモチを妬いてる自分もいるけど、腹立たしいことに、あたしと同じく九歳差のこころと、八歳差の花音さんは対象外だろうから、まだいいけど。それより最近美幸さんと幹人さんが話してるのをよく見かける方が気になるから今度美幸さんに問い詰めて……もとい何かあったのか訊いておこう。
連絡を受けた幹人さんは休みなのに、とぼやいていた。まぁまぁ、花音さんもかわいいから目の保養にはなるよと返すと、女子高生だろーがばかと返事が来た。うっさい、どーせかわいくないし女子高生ですよばーか!
接客業で、俺が店長代理である以上、休みの最中であっても連絡が来ることはある。まぁ絶対に社員が俺ともう一人、もしくは時々店長のどっちかがラストまでいるからいいんだけど、それでも事務作業中でいなかったり、俺が預かってた案件だったりすると電話は来る。
「ああ、うん。悪いな喜多見」
「ホントですよ、マジで焦りましたから。こっちは新人研修中なんですよ?」
「悪かったって」
今回はお客さんの個別注文の商品に関連するものを俺が他のメンバーにフィードバックできてなかったために、予定より早くやってきたお客さんに手間取ったという文句つきで喜多見からの電話に応えていた。お客さんは全然怒ってなかったのが幸いだったな。危なかった。
「もう今日もそっち行って美咲ちゃんに癒してもらおっかな~」
「今日は美咲の友達が来るんだ、悪いな」
「うへ、じゃあまた今度ですね」
「美咲に言えよ、それは」
それで機嫌が回復した、というか満足したらしい喜多見はそれじゃあ失礼します、と電話を切った。一応美咲に連絡しておこう。最近新人バイトの話をよく聞くが、俺より一応同性の声を聞いたほうがいいだろうからな。
──そういや、美咲も先輩か。ちょっと前まで、四月のバイトが入ってくるまで美咲が一番後輩だったんだよなと思いながら俺は最近賑やかになったバイト先を思い浮かべた。合計で新人が三人。これで美咲が店に出てまで残業することも減らせるわけだ、安心安心。
「ただいまー」
「え、み、美咲ちゃん?」
と、噂をすればなんとやら美咲の声と、何やら戸惑う声が聞こえてきた。やっぱり美咲のただいまは俺を元気にしてくれる魔力みたいなのがあるな、丁度喜多見の愚痴に付き合わされて溜息でもつきたかった気分だが、そんなのも吹き飛んだよ。
「お、おじゃま……します……」
「おじゃまするわね!」
「いらっしゃい、弦巻さんに……キミが松原さん?」
「あ、はい……松原、花音……です」
確かに美咲の言った通りかわいい子だなとは思うけど、相手は女子高生なんで対象外です。十八歳未満じゃなくても彼女は紛れもない花咲川の制服で、見慣れてるけどまた美咲が身にまとってるのとは違って緊張感がある。なにせ一歩間違えれば警察に通報されてマストダイ、だから。
「花音! 緊張することはないわよ」
「いやいや、それは無茶でしょ……まぁ、花音さんはテキトーに座って。お茶出しますから」
「そうだわ! チョコを持ってきたの! この間のお礼よ!」
「お、サンキュー」
チョコってのは美咲のチョイスだな、ナイスだ美咲。疲れた頭にはチョコが落ち着くんだよ。糖類だし疲れにはいいカフェインも入ってるしで俺は好きなんだよ。もちろん味もな。特にお高い、今こころが持ってるみたいなチョコをつまみながらってのは仕事の効率もよくなるから最高だな。
「松原さんもどうぞ? 紅茶にも合っておいしいよ」
「あ、ありがとうございます……ん、おいしい」
そしてその甘さは女の子を虜にする。特に松原さんは美咲によると喫茶店巡りが趣味らしく、同時に紅茶党だ。紅茶党ってことはチョコレートは大体合うんだよな。そう思って甘味と一緒に飲むとおいしいって勧められた種類のヤツを買ってきただけはある。
「あんまり食べないでよ、今作ってるんだから」
「わかってるよ、これはゆっくり食べるんだから」
弦巻さんはわくわくといった様子で美咲の料理を眺めてて、俺はその間に松原さんと向き直った。おどおどしていて、でも後輩であり仲間である美咲のことが心配で勇気をもってこんなところまでやってきた。その勇気には報いなきゃな。
「美咲は、安定してるよ」
「……え?」
「ああやっていつもごはん作ってくれて、世話を焼いてくれて、笑ってる」
「笑って……」
「めっちゃくちゃ素直に笑ってくれるようになった、あんなふうにさ」
俺の指の方向に松原さんの顔が向く。弦巻さんに見られてすごいわ、なんてキラキラした瞳をぶつけられた美咲は、はいはいとか言いながら口許が緩んでいたし目尻が下がってた。弦巻さんもきっとそれがわかっているから余計にキラキラした目で見てるんだろうと思う。
──俺が美咲の笑顔のもとになってる。それだけは誇ろうって、ついこの間から決めてるからな。
「そう……ですか」
「美咲を知ってる松原さんが疑う気持ちは十分にわかるし、なんならつい最近まで俺自身も疑ってたくらいだけど……俺は、松原さんが心配になるようなことはしない」
「……信じてもいいですか? 美咲ちゃんを任せても……大丈夫ですか?」
「もちろん」
まったく、美咲は愛されてんな。ちょっと妬けるよ。こんなに美咲を見てくれる先輩がいるんなら俺なんかいらなかったんじゃねーかとすら思えるくらいだ。
でも、理想はどうあれ現実はこうしてそんな美咲を見守って心配してくれる松原さんから、美咲を託される結果になった。夫婦ごっこなんて誰にも理解なんかされねーはずのこの関係を松原さんはわかりました、って言ってくれた。それに俺は応えていかなきゃな。
「そろそろできるから幹人さんお皿出して」
「りょーかい」
「あ、私も」
「お客さんなんだから大人しくしといてください、こころもね?」
「わかったわ!」
こうしてまた一つ、食卓が賑やかになった記憶が刻まれた。また喜多見も来るだろうし、帰りがけに送ってった時も松原さんも弦巻さんもまた来る、と言葉を残していった。特に弦巻さんは無用なお世辞とか社交辞令は使わねータイプだろうからな、また来るって言ったらまた来るんだよな。そん時はまた松原さんもよろしくと伝えておいたから、松原さんも。前の弦巻さんの時とは違って二人とも沢山話せたし、俺は満足した。
美咲は何故か妙にソファで座ってたらくっついてきたけど、はて、俺は何かミスをしたのか。聞いてもたぶんばーかと言われるのでやめとこ、ちゃんと理由いえっつーのばーか。