幹人さんが勤めてる会社はそれなりの大きさの会社だ。同業界は需要が高まっていく中で業務提携や吸収を進めていってる、戦国時代だって言ってた。あたしがバイトしてるお店は業界の中でも売り上げがよく、幹人さん自身も安定してるからバイトをから入ってることを聞いた。
──でも、その急激に伸びていく会社にありがちなのが、人材不足。特に接客業である上に社員として最低限活躍するには資格が必要ってことで、店長さんが二店舗兼任してる時点でわかってるけど、著しい人材不足だと思う。
「あ、奥沢さんおはよう」
「
「久しぶり、奥沢ちゃん!」
昨日シフトを出し忘れたこともあり、あたしは一旦幹人さんの家で服を着替えてからバイト先へとやってきていた。すると事務所には珍しい社員さん、噂の店長さんがここにいた。久しぶりに顔を見た気がする。というか何か問題でも起きたんですか?
「ああいや、今度のレイアウト変更は流石に僕がやんないとと思ってさ」
「なるほどです」
店長、
もう一人の少し落ち着いた雰囲気の社員さんは深沢さん。幹人さんと交代で鍵閉めをしてる幹人さんより二つ年下の社員さん。深沢さんは今日のシフトにいたはず。駒沢さんもいるはずだし、社員三人ってのは人事的にどうなんだとか幹人さんがぼやいてたけど、今日はそれをするだけの意味はあったっぽいことを店長がいるということで察知していた。
「奥沢ちゃんは今日入ってる?」
「いえ、シフト提出しに来たんですけど」
「だったら、宮坂待ちってこと?」
「そうですね」
その言葉に深沢さんが今日は喜多見さんもいないからいてくれたら嬉しいんだけど、と銀縁の眼鏡の橋をくいっと指で直した。すいません、あたしとしては貴重な休みで、しかもその喜多見さんと予定があるんで。
この店の店長代理は幹人さんだから、シフトを作ってるのも幹人さん。次いで
「あれ、美咲ちゃん」
「美幸さん」
「シフト?」
「もしかして美幸さんもですか?」
「うん」
流石に店長と深沢さんがいる空間に長居をする趣味はないのであたしは化粧品コーナーで駒沢さんと雑談をしていたら、ひょこっと大学帰りらしい美幸さんが顔を出してきた。いやぁ、ギリギリまで予定がわかんなくてさー、と愚痴をこぼしながらシフトの紙をヒラヒラとあたしに見せてくる。
「こんなギリギリになっちゃったよ」
「確かにいつももうちょっと余裕めに出しますよね」
「私、結構こういうのは忘れっぽいし、もらったら出すくらいの勢いだよ」
「ですよね」
そんな風に一緒にしゃべっていると、駒沢さん、と幹人さんの声が聞こえた。さっきのレイアウト変更の書類のようなものを片手に化粧品売り場にやってきた幹人さんはあたしと美幸さんの顔を見ると少し怪訝な顔をした。なにその顔、はームカっとする。
「シフト?」
「そうですよ」
「なんで二人で示し合わせるように」
「たまたまです」
ん? あーこれはあれかな? 疲れてるからあたしがいてくれてちょっと話がしたいけど駒沢さんや美幸さんがいるから話せなくてそんな顔なのかな? 幹人さんの顔を伺うとぷいっと顔を逸らされた。じゃあ後でいじって……じゃなくて相手してあげようかな。
その様子を見ていた美幸さんも気付いてるから、おそらくいじられることになるだろうけど。
「そういえばさ、よかったの?」
「なにがですか?」
「好きなんでしょ? 宮坂さんのこと」
幹人さんにシフトを手渡し、去っていったところで駒沢さんがあたしに向かって爆弾を放り投げてきた。なんでバレて……るのも当たり前か。美幸さんにもバレてたわけだし、そもそもあたしがここで働いてる理由でもあるし。それでも突然言われてしまったら顔が熱を帯びるわけで。そもそも恋愛話は苦手なんです。
だからあたしは苦笑いをしながら逃げることにした。駒沢さんも美幸さんも恋バナすきだからなぁ。
「あたしは苦手だけど」
「だろうな」
「……幹人さん」
ジュースでも買って帰ろうとしたところに、今度は手ぶらの幹人さんが話しかけてきた。ひょいっとペットボトルのコーヒーを選んであたしにはい、と手渡してくる。お金は後でやるからって。
「先に買っとけばいいのに」
「持ってたんだよ、飲んじゃったけど」
「ばーか」
「おい、すぐ」
「だって今日は否定できなくない?」
まったく、あたしが来なかったら補給できなかったじゃん。その辺も考えてよね、という意味をこめる。あとあたしは別にもらわなくたって買うよ。幹人さんが困ってるなら、あたしがなんとかしてあげる。
──だって、あたしは幹人さんが好きだから。
「あ、そうだ幹人さん」
「ん?」
「今日はちょっと重めだから覚悟しといてね」
「カツとかそのへん?」
「せーかい♪」
幹人さんはマジか、と呟いてお腹をさすった。まぁ無理だったら明日でもいいよとは言っとく。あたしも美幸さんと妙なテンションになって作ろうと思ったけど流石に幹人さんを待ってたらお腹を壊しそうなので先に美幸さんと食べる予定なので。
「すっかり喜多見は常連になったな」
「嫌だった?」
「いや、俺は賑やかなのは好きだからな」
やっぱり、まだまだあたしのことは保護対象くらいにしか見てない。そのおかげであたしは幹人さんの傍にいられるんだけど、それでもやっぱりあたしはごっこじゃ嫌だってはっきり自覚できたから。
言葉でただ好きって言うだけじゃなくて、幹人さんに意識を変えてほしい。九歳差がキツいのはわかってるけどさ。
「そんなことより、さっき疲れてたでしょ」
「今も疲れてるよ」
「あんまりあたしに甘えてたら美幸さんにいじられるからね?」
「うるせーはよ買いにいけ」
はいはいとため息をついてあたしはレジに並ぶ。そういえばレジの新人さんとはまだあんまりしゃべったことがないからしょーじき苦手だけど、美幸さんが多少話してくれたから助かった。流石、もう仲良くなってるんですね。
「そりゃ、夜の時間帯の指導は私がしてるからね」
「お疲れ様です」
あたしの時もすごくわかりやすく教えてくれたし、高校生の頃からいるってだけはある。そうだよね、そういえば幹人さんも大学生からここでバイト四年して、だからそこで出会ってるから、長い付き合いなんだよね。
「あーそそ、私の指導係は宮坂さんだからね」
「……ですよね」
「ヤキモチ?」
「ちょっと」
ちょっとだけです。ちょっとだけだけど、ヤキモチなんだよね。あたしは幹人さんと知り合えたのはまだ半年にも満たないくらい前だから。
そう言うと、それじゃあ今日は私の話をしようか、と妖しく笑ってきた。それは個人的にとっても気になる。でも美幸さんの過去も十分気になる。それ以上に美幸さんから見た幹人さんが気になる。
──あ、でも、あれも話に入ってくるかな。
「実は、その話、私は全然詳しくないんだよね~」
「そうなんですか?」
「だからたぶん、面白くない話になると思うよ」
「いや、大丈夫ですよ」
あたしは幹人さんのことを知りたいし、美幸さんから見た幹人さんが知りたい。だからあたしは今日、美幸さんから語られる話が楽しみすぎて仕方がない。どうしようかな、もう一品増やそうかな。
「それじゃあレッツゴーってことで」
「はい、わかりました」
美幸さんは鼻歌を歌いながら、いつもとは違う方向に、あたしと同じ方向に帰っていく。暗くなってから一人で帰るのは正直怖かったから、こうやって、同性だけど美幸さんがいてくれると安心する。ホント、美幸さんはあたしのお姉ちゃんみたいだ。
だから思わず、あたしは美幸さんに甘えちゃうんだけど、美幸さんはそんなあたしを嫌な顔ひとつせずに甘やかしてくれる。抱きしめてくれる時に香るほっとする甘さのある匂いが、あたしを余計にそんな気分にさせていた。