恋人未満な九歳差   作:黒マメファナ

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塞がらない傷跡

 そんなに面白い話じゃないよ、と前置きをしてから美幸さんはあたしに自分が入ってきた時のことを話し始めた。高校二年生の夏にお小遣いを稼ぐ目的で入ったこと。最初はコンビニでもしようかと思ってたけど、募集をしてないと断られて、しぶしぶながら今の店を受けたこと。そしてその研修で幹人さんに出逢ったことを。

 

「じゃあよろしく、喜多見さん」

「はい、よろしくお願いします」

「そんなかしこまらなくてもいいよ、俺なんてテキトーさの塊だからな」

 

 当時、美幸さんは16歳、丁度あたしと同じ高校二年生で、幹人さんはその五つ上の21歳、大学四年生だった。幹人さんは資格試験に向けて勉強中で、だから美幸さんはその後、大学生になってから資格を取ったんだと言った。

 ──かくいうあたしも、少し興味が出ちゃったから、落ち着いたら挑戦しようかななんて思ってる。それはさておき、今よりもまだ気楽そうに働いていた幹人さんは初めてのバイトに緊張する喜多見さんに対して、仕事を教える合間にたくさん雑談をしてくれたみたい。今も確かにそういうところあるよね。

 

「いいんだよ。全部100パーセントやろうと思ったら疲れるから、適度に、サボることだって大事だな」

「いいんですか?」

「もちろんサボっちゃダメなとこもあるけどな?」

 

 その価値観は、あたしにとっては意外だった。あの幹人さんが、誰よりも100パーセントを目指す幹人さんが、そんなことを言っていたなんて。そんな驚きを美幸さんはそりゃそうだよと笑った。

 

「だってさ? 責任者が適度にサボってもいいなんて、それは監督不十分だよ、クビ確定」

「……そういうもんですかね」

「そーゆーもん。でも、宮坂さんは自分で頑張って頑張って、それでもその頑張りを私や美咲ちゃんに押し付けようとはしないでしょ?」

 

 宮坂さんはめっちゃヒトに頼るの苦手だからね、と美幸さんはほんの少しの寂しさをのぞかせた。あたしは家事とかそういうの頼ってもらえるけど、美幸さんは、頼ってもらったことはないんだ。そっか。

 

「なに、嬉しそうな顔してるの?」

「あ、いや……あたしのことは頼ってくれるから」

「惚気だねぇ」

「美幸さんには、負けたくないですから」

 

 それは本心だ。幹人さんが信頼してるバイトの一人で、もう四年も付き合いがある異性で、かつ幹人さんがやけに具体的に示してきた最低限の年齢、五歳差の美幸さん。あたしにとっては負けたくないって思う要素ばっかりだ。美幸さんにその気がなくても、幹人さんが心変わりすれば、あたしの存在価値は、あっという間になくなってしまうから。

 

「それはないでしょ、第一私が興味ないし」

「美幸さんになくても……」

「宮坂さんの元カノのこと、知ってるんでしょ?」

 

 身体が強張った。この話はいつも苦手だ。あたしは肺の酸素が一気になくなったような感覚に陥った。

 確かに、直接は見たことなかったけど、美幸さんと似たタイプだった気がする。だからって確定するのはよくないけど、似たタイプを好きになりそうじゃないですか。そう言った瞬間、美幸さんはそっか、と悲しい顔で言いながら、あたしが知らない事実を口にした。

 

「……え?」

「やっぱりそこまで知らなかったか」

「はい……幹人さんは、教えてはくれませんから」

「そーだよね、じゃなきゃ真っ先に私に聞くべき案件だもんね」

 

 そんなところで繋がっていたなんてと驚きが大きかった。でもよく考えてみると色々腑に落ちる点は多かった。幹人さんが美幸さんと仲が良かった理由も、幹人さんの家を知っている口ぶりだった理由も、でも幹人さんが美幸さんを恋愛対象にできない理由も、その一言で片づけられる。そんな衝撃的な前置きを受けて、そうそうとあたしが興味を示す話だと語り始めた。

 

「なぁ、美幸」

「宮坂さん? 仕事中にそれはナシって言いましたよ?」

「あ、悪い……」

「それで、何か恋愛相談ですか?」

「恋愛相談に、何かはつかねーだろ」

 

 暇だった時に事務作業中の幹人さんと休憩中の美幸さんの会話、休憩中だった美幸さんはポテトをかじりながら画面に集中していた幹人さんの言葉に、それで? と耳を傾けた。当時からよく元カノさんに関する相談を受けていたらしい。

 

「それで? おにーさまは何が知りたいのでしょう?」

「その呼び方やめろ……いや、俺はアイツと歳の差はそう変わらないじゃないか」

「そうだなぁ、確かに二つだもんねぇ」

 

 今よりも随分砕けた会話を繰り返していく美幸さんと幹人さん。これがつい一年前の話らしく、店長代理をやらされ始めた頃は美幸さんがサポートをしていたみたい。だから美幸さんはできることが多いんだな、という今更な気付きはあたしの中だけにとどまった。問題はその先だった。

 

「──年の差って、そこまで重要なことかな」

「うーん、どうなんだろうね。私は別に幹人さんくらい離れてても気にしないかな」

「俺もだな」

 

 懐かしそうに教えてくれる美幸さんが楽しそうな顔をする。どうやらあたしが思わずむっとしてしまったらしい。わかってる、この二人がそこまで発展できない理由もわかってるけど、あたしとしてモヤっとしてしまうから。

 ああもう、重要なことはそっちじゃなくて、幹人さんの言葉だ。そのセリフは、今の幹人さんからは考えられないほどにかけ離れている。

 

「そーだよ、宮坂さんは、前は年の差じゃなくて想いの強さが大事だろ、なんて言ってた」

「……そう、ですか」

「もしかしたら……じゃなくてほぼ確実に、宮坂さんは美咲ちゃんを遠ざけるためにその言葉を使ってるんじゃないかな?」

 

 ──九歳差の女子高生に手を出すほど、落ちぶれちゃいねーよ。幹人さんの言葉があたしの脳裏で反響した。

 もし、そうだとしたら、あたしがとるべき行動はもっと、もっと大きな意味を持ったものじゃなくちゃいけない。そんな気がした。手遅れになる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美咲と喜多見がいなくなってからしばらくして、俺は接客中にとある顔見知りに出逢っていた。

 水色の髪をパンジーの飾りのついたヘアゴムでサイドテールにしたかわいらしい女子高生、松原花音さん。松原さんは俺を見て、あれ、ときょとんとした顔をした。

 

「──ここは、宮坂さんのお店、美咲ちゃんのバイト先?」

「そうだけど、美咲に用事か?」

 

 そんな風に、なるべく周囲にはお客さんの接客を装うように問いかけてみると、松原さんは困ったように首を横に振った。

 ──そして、苦笑いをしながら実は、と真実を明らかにしてくれた。

 

「……迷子に、なっちゃって」

「迷子」

「はい……迷子」

 

 バイト先に行きたかったらしい。バイト先ってどこから歩いてるんだキミは。どうやら極度の方向音痴らしい松原さんは迷いに迷った末にたまたまここにたどり着き、道を訊ねようとしたみたいだ。そこは賢いけど迷子になる前にできないのかそれは。

 

「……ここから駅までの道は?」

「え、えっと……わかりません……」

 

 だよね、それなら仕方ないと俺は店長と深沢に事情を説明し、道案内をすることにした。駅まで連れていけば、二つ先の電車で降りて事情を教えた美咲が後を引き継いでくれるだろうと。正直制服少女と一緒にこの夕暮れの時間帯に歩くのは気が引けるが、致し方ない。そう思って歩いていると、松原さん、というふわりとした声が聞こえた。

 

「ここで何をしているのですか? そちらの人は?」

「……あ、えと、先生」

 

 怪しいものじゃありません、と俺は事情を説明しようとして振り返り、その顔に驚いた。いや驚くのは本来おかしいんだ。

 その先生はここの周辺に住んでいた。その先生は松原さんや美咲が通う花咲川の教師だ。

 ──俺が出会わねーなんて思うほど、そいつは手の届かないところへ行ったわけじゃない。なにせ喜多見が……美幸がまだ店にいるんだからな。

 

「……久しぶりじゃねーか、杠葉(ゆずりは)、もう先輩ってつけた方がいいか?」

「なんだ、幹人くんだったのね、好きにして。松原さんは迷子?」

「あ……はい、え、えっと知り合いですか?」

 

 そいつは杠葉。俺の高校・大学での二つ年上の先輩で、今は花咲川の生物教師をしていらしゃる方だ。

 松原に先輩だと告げるとそうね、と杠葉もふわりと肯定した。苦手だな、このヒトのなに考えてんだかわかんないミステリアスな笑顔も、少し背が高めなところも、相変わらずまるでアロマみたいな優しい匂いがするところも。

 

「杠葉……先輩がよければ松原さんを駅まで連れてってやってほしいんだけど」

「ええ、行きましょうか」

「はい」

 

 最後まで()()()()()()()()()()()、杠葉は去っていった。胸が痛い。ずきずきする。棘がまだ抜けてねーことだけはわかってたけど、実際に会うとまた辛さが違うな。

 ──なんで? なんでそういうことを言うの? 幹人くんは、どうして……? 

 最後の言葉が未だに俺の頭からは消えねーんだよ。そんな何事もなかったような顔をされんのは、キツイな。

 

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