恋人未満な九歳差   作:黒マメファナ

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語る必要のない幕間

 それは、語る必要がないはずの物語。俺がいて、美咲がいて、美幸がいて……杠葉がいる。それだけの物語。だから、これは俺が語る必要のない……物語には不要の閑話だ。けどどうか、知ってほしい。

 ──俺以外にも、美咲以外にも、幸せになりたいと叫んでいるヤツは沢山いることを。

 

「いらっしゃいませ……って美咲……それに松原さん」

「こんにちは」

「どーも」

 

 とある梅雨入り前のこと。そうは思えない湿度の低い快晴の休日の真昼間にもなって麗しき女子高生二人が店にやってきた。一人は現在俺と半同棲状態の……まだ一応は恋人未満な九歳差、奥沢美咲。ここのバイトでもある彼女は片手に小さな保冷バッグを持っていた。

 

「それは?」

「お昼。今週はコンビニ弁当禁止だから」

「厳しいのか優しいのか」

「優しいに決まってるでしょ? わざわざ作ってきたんだから」

 

 美咲の弁当、その破壊力に俺は思わずぐうっと腹を鳴らしてしまった。休憩まであと一時間、この我慢ができるかどうかってところだな。

 そんな俺に美咲はため息をついてくる。呆れた、なんて言いそうだなと思ったら本当に言われた。

 

「全く……これ、事務所の冷蔵庫に入れとくから」

「おう、ありがとな」

「……うん」

 

 ──そうだな、変わったところと言えば、この表情かな。前よりもストレートにわかりやすい表情をしてくれるようになった。今のは嬉しい、って感情だ。好きなヒトのことを考えて作った弁当が喜ばれてるってことへの、幸せの表情だった。

 自分で言っててすげー恥ずかしいけど。でもやっぱ、美咲はちゃんと……って言い方はおかしいかもしれねーけど、俺を想ってくれてるんだな。

 

「えと……それで? 松原さんはどうして?」

「あの……迷子に……なってて、たまたま宮坂さんのおうちに着いて……成り行きで」

「あ、そう」

 

 松原さんは相変わらずだ。そこでいるかもと思って美咲に連絡して、ここまで付いてきたらしい。迷子でここまで成り行き、という割には松原さんはなんだかにこにこしている。彼女はかわいらしくて放っておけない雰囲気は確かにあるけど、美咲よりも年上なんだなと感じるフシがある。美幸なんかでも感じるな。笑い方とか、仕草とか。美咲も十分大人びてるとは思うけど、この子はそれ以上だ。

 

「いつも美咲が世話になってるな、ありがとう」

「……でも、美咲ちゃんのためだけじゃないんですよ?」

「ん?」

「私は、そんなにイイコじゃないですから」

 

 ほらな、こういうとこなんだよ。時折、ものすっごく大人になるんだよ。八歳の差があるのにこんな顔されたらなんて言ったらいいのかわかんねーよ。俺はモテない男なんでね。経験が浅くてどうしようもねーんだけど。

 

「あの、また時々来てもいいですか?」

「それはどっちに?」

 

 家か店か。店側としては是非いらしてください、だけど。

 まぁ、家って選択肢はねーだろ、もしそうなら俺じゃなくて美咲に聞いてくれたらその日行くか行かないかって言ってくれるだろ。

 

「……どっちも、です……よ?」

「そっか」

「はい」

 

 と、丁度話が切れたタイミングで美咲がお待たせ花音さんと倉庫から出てきた。それから俺がいるのを確認するなり俺の方を見て、今日の晩は? と問いかけてきた。

 なんでもいい。俺は美咲のメシならなんでも好きだからな。

 

「わかった、行きましょう花音さん?」

「……うん」

「じゃあまたね、松原さん」

「花音です」

「え……っと?」

「──花音ですよ、()()()()?」

 

 美咲がぎょっとした顔をして、俺もえっ、と声を上げた。振り返って、スカートをふわりとひらめかせて微笑み交じりにそう言い放つもんだから、俺も美咲も二の句が継げぬ、といった状態だった。

 呼べ、という意味だろうか。松原さんはその場でにこにこと俺を見つめていた。

 

「……花音、さん」

「さんもいりませんよ?」

「花音」

「はい……それじゃあ、また会いましょうね」

 

 隣でまた美咲が驚きと、不満を顔に出した。けど俺は松原さん……えっと、花音の呼び方への心境の変化がなんなのかも、美咲のそのヤキモチにもついていけない。いや美咲が嫉妬してるのが辛うじて分かってる時点で俺は成長してる。

 

「ほほう」

「……どっから湧いて出てきた、喜多見」

「美幸」

「いいだろ、今仕事中だし」

「まぁいいけど」

「つか逆に敬語使え、お客さんに不審がられる」

「はーい、宮坂さん? これでいいです?」

 

 文句なしだ。美幸的には文句あるっぽいけどな。けど公私は分ける。俺だってちゃんと美咲のことも奥沢って呼んでるし、美咲も宮坂さんで固定されてるからな。

 んで、そんな話しに来たんじゃねーだろお前。

 

「そう、松原ちゃん」

「花音?」

「──気を付けた方がいいよ」

「は?」

「言い方悪いかな、気にかけた方がいいよ」

 

 気にかける、でも悪いけど意味がわからないとこあるんだけどな。返事は苦笑い交じりにおにーさまは妙に感情に対して反応が鈍いからね、とのこと。感情に対して鈍い……ううん、心当たりがありすぎて辛いんだけど。杠葉のこととかその典型だし。

 

「もう、今は私としてもあんまり手伝えないんだから、頑張ってよ……幹人さん?」

「わかってるよ」

 

 心配症な義妹に言われちゃ仕方ねーなと言ったら、そういうのは敏感じゃなくていいの! と何故か言われた。は? いや俺お前の隠してる感情とかなんにも掘り起こせてねーんだけど、どうやら良い返しをしてしまったらしい。ううん、辛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら幹人さん(おにーさま)の物語が動き出そうとしているみたい。お姉ちゃんがもの凄く焦った表情で帰ってきて、美咲ちゃんのことを訊かれた。私は美咲ちゃんの味方しちゃったから、教えらんないんだと言ったら、またすごく焦った顔をして部屋に引きこもっちゃった。

 相変わらずモテモテなのに恋愛下手だ。この間も男性教師にお食事に誘われたけど断ったんだって。まぁそれは私もだけど。しょっちゅうゼミの男の子に誘われるけど、全然行かない。バイトしてた方が楽しいし、お食事相手ならお兄ちゃ……んんっ、幹人さんや美咲ちゃんがいるしね。

 

「あ、お、おはようございます、喜多見先輩!」

「おはよう」

 

 ぼーっと考え事をしていた休憩中に、五月に入ったばっかりの新人君、その中で一番やる気のある子が私に元気よく挨拶をしてくれた。

 ──彼は私の二つの意味で後輩にあたる人物だ。幹人さんにとっての私と同じ、大学とバイト、二つの後輩だ。そして、更に彼に限って言えば、高校でも一緒だったということがつい最近分かったところだった。

 

「そろそろレジ覚えたぁ?」

「まだ、自信はありません……けど」

「それじゃあ今日もわかんないことあったら呼んでね」

「はい!」

 

 これまた元気よく返事をして、幹人さんに連れられていった。

 ──やっぱり、あの子なんだなぁって思う。高校の時は名前も知らなかった彼に、私は少し、今まで感じたことのない胸の高鳴りを感じた。なんでかわからないけど、なんだか見つけたって気分になった。

 

「おい」

「あらおにーさま」

「何キャラだそれ」

「似合わない?」

「かなり」

 

 ひどいことを言うお兄ちゃんだ、あ、幹人さんだ。わざわざ義妹に会いに来てくれたのかと思ったらもう休憩終わりだろってただの上司からの勧告だった。つまんない。もっと私を甘やかせー横暴だーと喚いてみると、幹人さんは溜息をついて表情を崩してくれた。

 

「ほら、帰りに甘いもんでも買ってやるよ、美幸」

「辛いものがいい」

「……お前な」

 

 私は美咲ちゃんじゃないので甘いものより辛いものがいい。おかしも甘いのより辛味のあるチップスとかの方が好きだし。

 でも態度は甘い方がいいよ。私は優しくされたい! だから頑張って化粧とかファッションとか駒沢さんに教えてもらったし、素材はいいからってキレイになる努力を怠ったわけじゃない。私は私に対して優しい世界であってほしいから。

 

「……ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだその呼び方」

「いいから、もしさ……私が恋煩いをしてる……って言ったら、どうする?」

 

 特に幹人さんには、お兄ちゃんにはあんまり辛くされたくない。

 家族は少し、なんていうか家族としての繋がりが薄い。お姉ちゃんと姉妹らしい話をしたこともないし、なんならお姉ちゃんがカレシと同棲するってなっても、嫁に行くかもってなっても、別れたって帰ってきても、あんまり関心がなかった。私も、あったらいけないみたいな雰囲気だった。だからこそ、お姉ちゃんは私が幹人さんと仲良くしてたことに苛立ちみたいなのを感じてたみたい。

 ──人間は死ぬ時は独りなんだ。そうやっていつも教えられてきた。

 

「人間は独りか」

「うん」

「……なんか合理主義の杠葉が生まれたとこって感じだな」

「イヤミですかぁ?」

 

 昔、そんな愚痴をこぼしたこともある。だけど、幹人さん(おにいちゃん)は笑い飛ばしてくれた。そんなわけねーだろって。私がその合理主義に嫌な気持ちを持ってることに、彼は笑っていてくれたんだ。

 

「死ぬときは独りでもさ……人間って独りじゃ生きていけねーんじゃねーの?」

「え……?」

「美幸や杠葉の父さんや母さんだって繋がりを持ったわけだろ? そんで、生まれた美幸は、杠葉って姉を通じて俺と繋がってる。これって、独りじゃねーって証拠じゃんか」

「……そうだね」

 

 優しくて甘い言葉。私にはなかった言葉。この人がお兄ちゃんだったらいいのにと

 強く思った。この人のように、誰かにとってお姉ちゃんみたいな人になりたいと思った。だから私は、新人教育には積極的にしてきたし、恋バナを沢山聞くようになった。

 ──高校三年生にはもう、そんな地位は確立してた気がする。背も高めだし、言いたいことはハッキリしてきたつもりだし、頼られたつもりだ。

 

「……話だけなら聞いてやるよ」

「ホント?」

「どうせあれだろ? 今来てる新人が気になるとかそういうんだろ?」

 

 あら、お兄ちゃんにしては鋭いなぁと思った。けど、このタイミングじゃ流石の鈍感な幹人さんでもわかっちゃうか。

 ──そう、あの子は特別。誰かのお姉ちゃんでいたいってだけじゃない。彼なら私の弱いところも受け止めてくれるかなって思ったんだ。

 

「私の理想の人って誰か知ってる?」

「知らん、どっかのアイドルか?」

「ううん」

 

 それは、もっと身近にいる人だよ。独りじゃない世界で、独りでいるんじゃなくて、誰かに寄りかかって、寄りかかってるから優しくなれる、そんな人。

 それでいて、時々酷くて泣いちゃいそうなくらい、優しい人。九歳差とかそんなの本当は関係ないって言いきりたいくせに、言い切れないところがある弱い人。

 頼るだけじゃなくて、頼られるだけじゃなくて、私はそのどっちもがほしいから。だから、とりあえずあの子にはその私の頼りたいって気持ちを察してくれることに期待することにするんだ。

 ──そのために、頼らせてもらうね、お兄ちゃん? 

 

 

 

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