恋人未満な九歳差   作:黒マメファナ

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揺るがない愛情

 雨が降り続く季節の貴重な晴れ間、ううん、と唸る幹人さんを隣に置いて、あたしは470mlの紙パックのミルクティーをストローで飲んでいた。こんなのんきな状態だけど正直幹人さんにとってはあんまり良い状況じゃない。お店のスマホが鳴って、エリアマネージャーの声が僅かに聞こえた。んー、様子見に来た……という建前の元、恋人未満の大好きな彼に甘えに来たわけですが今日は構ってくれる雰囲気じゃないよね。

 

「ちょっと外行ってくるね」

「ん、わかった」

 

 電話が切れたタイミングであたしはお店の外に出た。丁度そこで美幸さんがスカートの私服姿で入店したところだった。あれ、スカートってことはバイトないのに、どうかしたのかな? と首を傾げていると美幸さんはお兄ちゃんは? と問いかけてきた。

 

「幹人さんなら今対応に追われてくるところ」

「対応?」

「アレですよ、アレ」

「あー」

 

 いつも盗難や不審者があった時の店員間でのみ使われる番号を指で示す。それで美幸さんはわかってくれたようで、それはまずい時に遊びに来たなぁって苦笑いをした。どうやら美幸さんの目的は()のようで、きょろきょろと辺りを見渡していた。

 

「さっきすれ違ったから納品だと思う」

「そっか……んんっ……別に探してないってぇ」

 

 なんでこのヒトはこんなに自分の恋愛のことになるとポンコツになるんだろう。恋愛下手なお姉ちゃんはかわいいんだよって自慢したいくらいにかわいい。ホント、あたしが落ち着いたら全力で手伝ってあげたいくらいにかわいい。なにより自分よりヒトの恋の方に興味が向いちゃうところもね。

 

「最近、美咲ちゃんに対してお姉さんできてない気がする……」

「できてますよ」

 

 よしよしとすると美咲ちゃ~ん、と抱き着いてくる。やめてここ店内だからと言うとしぶしぶ離れてくれた。美幸さんはホントに人懐っこいし、なんだかんだで末っ子だから根っこの部分で甘え属性あるんだよね。

 

「なにやってるんですか……?」

「あ、榊原(さかきばら)さん」

「おつかれさまー」

 

 四月に入ってきたバイトの榊原さんがちょっと戸惑ったような表情で近づいてきた。バイト歴的にはほんのちょっとあたしが先輩だけど年上だからお互いがお互いに敬語を使ってる。そんな彼は銀縁の眼鏡を人差し指であげながら、高めの身長で溜息交じりにあたしに向かって宮坂さんからの伝言です、と前置きをした。

 

「コーヒー買ってきてほしい、とのことです」

「わかりました」

「えー私もー」

「いいですよ、美幸さんも行きましょう」

 

 コーヒーを買ってこいってことはひと段落ついてたってことでしょう、とあたしと美幸さんは事務所に向かった。美幸さんが幹人さんと明るく名前を呼んだのに対して、彼は重苦しい溜息の後に、なんでいるんだよとだけ呟いた。

 

「美幸さんは恋する乙女だから」

「だから違うってば~」

 

 とかなんとか言いつつの目的は彼なんだから、しかも幹人さんにバレてるくらいわかりやすいんだからもう素直になればいいのに。

 幹人さんはなるほどなと言いながら伸びをした。大分お疲れなようであたしは甘さ控えめの缶コーヒーを手渡した。

 

「ありがとな」

「いいえ、大丈夫そう?」

「おう、なんとか……まぁ、始末書あるけどな」

「あらドンマイ」

 

 美幸さんがにへら~とにやけながら幹人さんの隣に座った。あ、あたしの場所、と思う間もなく、美幸さんはあろうことか幹人さんの肩に顎をのっけて柿の種をどこからか出してきて食べる? と幹人さんの唇に押し付けていた。

 

「あーん」

「なんだよ……」

「あーん」

「今辛いものは勘弁してくれ」

 

 そっか、と美幸さんは幹人さんにくっつけていた柿の種を戻し、あろうことか口に放り込んだ。咀嚼して、こんなに美味しいのに、ともう一つ口に放り込んだ。

 ちょっと、ちょっと待って、今サラっと……関節キスした。あたしが焦っていると、美幸さんと幹人さんがほぼ同時にん~? とあたしの方を向いた。すごくそっくりな仕草は本物の兄妹みたい、じゃなくてさ、二人ともなんとも思ってないの? 

 

「え、いや……えっと、間接キス……」

「ん? ああ、気にしてなかった」

「美咲ちゃんは気にするタイプか~、ウブだ~」

「かっ、からかわないでよ……もう」

 

 ヤキモチ妬かせてごめんねぇ、とそこでようやく美幸さんは幹人さんの傍から離れていった。もしかしてさっきからかった仕返しかと思ったらホントに仕返しだったみたいで、美幸さんはとってもいい笑顔でどーぞと幹人さんの隣を指した。

 

「それは納得できるものじゃないんだけど……」

「ってか二人とももうちゅーしたんでしょ?」

「えっ」

「……美咲」

 

 カマをかけられた……ということに気づいたのは幹人さんがパソコンに向かいあいながらあたしの名前を呼んだ時だった。しまったと思った頃にはさておき、美幸さんの恋バナスイッチがオンになったようで、ほうほうほうほう、とあたしに詰め寄ってきた。

 

「ちゅーしたの? いつ?」

「美幸」

「気になるんだもん」

「もん、じゃねーよ落ち着け」

 

 幹人さんがあしらってくれてるけど、この手の話は苦手だ。顔が赤くなってるのがよくわかった。

 確かに、あたしと幹人さんの仲は進展した。進展はしたけど、未だに二人の間には九歳差って壁があって、お互いの傷という触れられたくない壁があって、それでなんとかそこまで漕ぎつけたけど、どうしたらいいのかわかんない。

 ──お前の好きはなんでそんなに重いんだよって、言われてしまう気がして。

 

「美咲ちゃん?」

「……あ、えっと」

「ごめん……調子に乗っちゃった」

 

 しゅんと美幸さんは項垂れてしまった。あ、悲しませたかったわけじゃない。美幸さんの追及が嫌だったわけでもない。純粋な興味だけじゃなくて、あたしを応援してくれてるのが伝わってるから、だから嬉しいって気持ちすらあるのに。

 ──好きでどうしてそこまで悲しませられるの? と頭の中で声が響いた気がした。傷ついてるのはあたしじゃない、なのにどうして傷ついたフリをするんだ、そんな風に過ぎ去ったものがあたしの胸をナイフで抉ってくる。

 

「美咲」

「……あ、み、みきと……さん?」

「大丈夫だ美咲」

「……美咲ちゃん」

 

 フラッシュバック。最近はなくなってきてたのに、またあたしはありもしない言葉のナイフに傷ついていた。正しくないと詰られ、全部を失って……いっそ死んだ方がマシだとすら感じた。あたしが世界を笑顔にするなんておこがましいにも程があるとすら思った。

 

「美咲ちゃん、私がいるしお兄ちゃんがいる。美咲ちゃんはもう、()()()()()()()()()()

「間違って……ない」

「うん」

 

 ああ、やっぱり美幸さんはお姉ちゃんみたいだ。さっきまでの態度がなんだったのってくらい、美幸さんは優しくて、ほっとする匂いと声であたしを包んでくれた。

 杠葉先生も、近づくとこんな匂いしてたっけ。家もそんな匂いもしてたしアロマの匂いなのかな、と考えていたらいつの間にか不安や怖い気持ちが落ち着いた。

 

「ありがと……美幸さん(おねえちゃん)

「どういたしまして」

 

 にっこりと微笑んで、美幸さんがあたしの頭を撫でてくれた。幹人さんも心配そうな顔をしてくれる。

 当たり前のようなことが今更胸の中に湧き出てきた。あたしは今、満たされてるんだ。好きな人に好きでいてもらえて、あたしを理解してくれる頼れるヒトがいる。あたしにとって今が一番幸せなんだ。

 それならあたしができることは一つだ。この場所を守る。幹人さんがいて、美幸さんがいるこの前は夫婦ごっこだった家族ごっこを守ることが

 

「ねぇ、美幸さんも幹人さんのウチにおいでよ」

「ん?」

「あたしは美幸さんのこと、お姉ちゃんだと思ってるから」

「美咲ちゃん……でも」

 

 幹人さんがふっふ、と笑顔を浮かべた。そんな遠慮しなくていいのにな。

 美幸さんがあたしや幹人さんにとって安らげる相手だっていうなら、美幸さんにとっての安らぎでありたいよ。こころの理論だけど、世界を笑顔にするってのは、誰かが笑顔になって、その笑顔を誰かにあげる。そうやって世界は笑顔になっていくのよ、ってさ。

 あたしもそう思う。誰かに優しくしてもらったなら、誰かにとって優しい存在でありたいんだ。

 

「いいじゃん。つか美咲も」

「え?」

「そろそろ、誤魔化さなくていーんじゃねーの?」

「……うん」

 

 ぽん、と頭に手を置かれる。子ども扱いはちょっとむかっとしたけど、確かにそうだ。両親にはいいよって言ってもらってる。前までは誤魔化してたけど、あたしとしてはもう遠慮することがないんだから。

 

「親に話してくる」

「時期は?」

「一学期終わってからかな?」

「じゃあ私も前期終わったら準備する」

 

 そんなのんびりした当たり前のような感じで、あたしと美幸さんは幹人さんに一旦の別れを告げて、店を後にした。

 これからたくさん用意するものがあるよね、まずは空き部屋になってるところを美幸さんの部屋にしないと。そのために必要なものを買いに行こう。そのためのリストを、二人で作ることにしよう。

 ──来月が楽しみだな。三人で毎日を過ごせるようになる、その日があたしはめちゃくちゃ、楽しみでしょうがない。

 

 

 

 

 

 

 

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