恋人未満な九歳差   作:黒マメファナ

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語られない始点

「喜多見さんと奥沢さんって、最初姉妹かと思った」

 

 始まりは新しくバイトに入ってきた男子三人組の一人、酒井くんがこぼした呟きからだった。

 私はそだねぇ、と相槌を打ちながら幹人さんに頼まれた事務作業をしているところで、早めにやってきた二人がそんなことを言って、確かに、ともう一人の本田くんが返した。

 

「んー、まぁ美咲ちゃんと私は今や姉妹と言っても過言じゃないからねぇ」

「仲いいっすよね」

「前から知り合いだったんですか?」

「どーしたキミたち? 私のことが気になるのかな?」

 

 それとも美咲ちゃんの方かな? と笑うと少なくとも奥沢さんはないですねと二人が顔を見合わせた。まぁそうだよね。美咲ちゃんかわいいし愛想も割といいし仕事ができるで最強の優良物件だとは思うけど、狙うおバカさんがここにはいなくてほっとした。

 

「宮坂さんなぁ」

「羨ましいですよ、正直」

 

 そうなんだよね、美咲ちゃんは見ればわかるしなんなら幹人さんが仕事中以外は二人そろって隠す気ないんだよね。あの二人が一緒で閉店まで残ってれば明らかにデキてることが伺える雰囲気出すからプライベートの二人は。

 

「でも僕、最初は喜多見さんと宮坂さんが付き合ってるのかと思ってました」

「それ! めっちゃ距離ちけーしこれは、って思ってました!」

「そう? んー私と宮坂さんは長く一緒にいるからかも」

 

 高校生になって、他者とのかかわりに無関心というよりも他者とのつながりを持つことが弱いと考える自分の両親の方針に嫌気が差したのがきっかけだったんだよね。だから接客業にしたんだ。そこで、私は家族のように思える相手に出逢った。ちょうど美咲ちゃんと同じ年に、私はお兄ちゃんに出逢ったんだ。

 

「二年からだからー、もう四年? そのくらい」

「四年っすか」

 

 本田くんがそんな風に感心していた。なんだか、初々しさがあっていいよねぇ。そしてなにより元気が良い。本田くんも酒井くんも、榊原くんはちょっと落ち着いた感じするけどそれでもカノジョさんラブでかわいいとこあるんだよねぇ。あとは……手塚くんかな。

 そんな話をしていたせいか、私はふと、美咲ちゃんと初めて会ったときのことを思い出した。大学二年生、成人式が終わってすぐのことだった。幹人さんに中途半端な時期だけど、とちょっと明るい顔で言われて紹介されたのが美咲ちゃんだった。

 

「奥沢……美咲です」

「……喜多見美幸です、よろしくね?」

「はい」

 

 第一印象は、大丈夫かなぁって感じだった。何せ暗い。せっかくのかわいい顔が台無しってくらいに顔には影が付きまとっていた。まるで自分を痛めつけているような顔、私は教育係に任命されたことでどう接すればいいんだろうと、幹人さんに相談したくらいだった。

 

「……ねぇ、幹人さん」

「なんだよ、みゆ……喜多見」

「呼び方……それ本気で言ってたの?」

「当たり前だろ……じゃなくて、なんだよ」

「奥沢さんとどう接してあげればいい? なんか暗くて、抱え込んでる感じするから」

「そうだなぁ」

 

 直観的に、幹人さんは知ってるんだってことはわかった。けどお姉ちゃんと別れたせいで距離を置かれて、私はそれ以上聞くことはできずに、答えを待った。うーんと腕を組んだ幹人さんは、ほんの一瞬だけ柔らかい笑みを浮かべて一言だけアドバイスをくれた。

 

「お前が思う通りでいいんだよ、少なくとも俺は喜多見の教育をやった時にはそう思った」

「……そっか」

「はい、タメ語禁止。少なくとも仕事中はな」

「わかりました……宮坂さん」

「ごめんな」

 

 謝るなら線を引かないでほしかったけど、そうでもしないと幹人さんは泣いちゃうんだと思ったら、何にも言えなかった。やっぱり家族にはなれないのかな、なんて失望も少しした。だからかな、私と美咲ちゃんの初対面は決していいようにはならなかった。

 

「ほらほら、スマイル! 接客業なんだから」

「……すいません」

「怒ってるわけじゃないよぉ、ね?」

 

 空回りしていた私は、美咲ちゃんに歩み寄ることができなくて、表面的で薄っぺらな言葉しか掛けられなかった。だから歩み寄ろうとして、その実どんどん溝が深まっていくのが日に日に明らかになっていった。

 

「奥沢さん?」

「……どうも」

「どうしたの?」

 

 そんな溝から二週間くらい経ったある日、私は半に上がったはずの美咲ちゃんが閉店後まで事務所に残っているのに遭遇した。

 最初は何かトラブルがあって帰れないのかと心配になって幹人さんを見上げたら、幹人さんははぁ、とため息をついた。

 

「残るなって言っただろ」

「別に……いいじゃ、ないですか」

「よくねーよ」

 

 おや、と思った。何やら上司とバイトの枠を越えた匂いに私はここでようやく、溝を埋めるものを見つけた気がした。やっぱり気を遣うのって私らしくないんだなってことにようやく気付けた。

 

「宮坂さんと奥沢さんって、そういう関係なんですか?」

「なんのことだ」

「お泊り、もしくは送ってくような関係?」

「違います」

 

 呆れたように否定する美咲ちゃんが、そこで初めて私を見てくれた。きっと上辺だけの言葉じゃない私を認識してくれたんだという喜びが私の胸の中にあった。同時に幹人さんが別に踏み込んでやればいいさ、みたいな顔をした。そんな表情したら増々私は怪しんじゃうからね。

 

「じゃあじゃあ、恋バナしよ美咲ちゃん」

「……え」

「喜多見……コイツは恋バナに食いつくヤツなんだ」

「そう……なんですか」

「うん、喜多見美幸は恋する乙女の味方なんだぁ」

 

 なんだその言い方、と幹人さんが笑い、くすりと美咲ちゃんが笑った。おお、初めて素直に笑った顔を見たけど、やっぱりかわいい。

 ──私はこの子と仲良くなりたいな。業務とか関係なく、幹人さんが大切にしているらしきこの子と、私はただの先輩後輩じゃない関係がほしいんだ。

 それは私がかつて幹人さんと結んだ関係のように、温かくて優しいもの。それを目指していた。

 

「みーゆーきさん」

「わ、美咲ちゃん、お疲れ様。練習終わったの?」

「ん、だから弁当持ってきたんだ」

「ありがとー! 流石美咲ちゃん!」

 

 それから数ヶ月経って、私はすっかり美咲ちゃんと仲良しになりました。今じゃかわいいかわいい妹ですよ。お弁当を机に置いて、今日は美幸さんの好物だよ、と楽しそうに中身の解説してくれる。

 

「どうしたの?」

「昔のことを思い出してたんだ」

「そっか」

「あの頃の美咲ちゃんはとんがってたよねぇ」

「とんがってたんじゃなくて、ちょっと人間不信気味だったんだけどね」

 

 事情を知らなかったとは言え、私は美咲ちゃんにちゃんと接してあげられてなかったんだよね、少なくとも最初の二週間はね。でもあの関わりがあるから、今私は美咲ちゃんと姉妹でいられるんだなって思うと後悔はしないで済んでるかな。

 

「今日は幹人さんのとこ」

「うん、今日からまた連勤あるから」

「じゃあ私も泊まろうかな」

「それがいいよ、あたしもそっちのが楽しいし」

 

 ほら、こんな感じ。微笑んでくれるとこれがまたキュートなんだよね。こうやって許してくれるんだよね、私のことをお姉ちゃんだと思ってくれるところあたりはホントにそう思うんだ。思わずにやけちゃうくらいに。

 

「ねぇねぇ、美咲ちゃん」

「んー?」

「ここなんだけど……修正した方がいいよね?」

「あ、うん。これヤバいよ」

 

 そしてなんと事務作業に至ってはキャリアのある私より優秀なのです、なんて出来た妹なんだろう。お姉ちゃん感激してると同時に戦慄してるよ。おにーさまはどんだけ美咲ちゃんに頼り切りなんだろう。

 

「流石美咲ちゃんだとは思うけど、私ココで働こうかな~って思ってるのに負けた気がしてるんだけど」

「頑張って、あたしのは幹人さんが楽をするための技術だから」

「でも私に教えてほしいくらいなんだけど」

「教えてあげるよ」

 

 流石すぎるよ美咲ちゃん。こうして甘えて甘えられて、私と美咲ちゃんは家族のような繋がりを強くしていく。

 いつか私は、幹人さんと美咲ちゃんの壁の間にある九歳差の壁を壊して、手を差し伸べてあげるからね。その日まで私は、こうして家族でい続けるんだ。

 

 

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