恋人未満な九歳差   作:黒マメファナ

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救えない過去

 なんだかんだありながら旅行も終わり、美咲と美幸は夏休みに入った。

 夏休みっていい響きだよなぁ、と思う。夏に一ヶ月超の休みがあるんだもんな、こっちとしても嬉しいことにバイト勢が沢山入ってくれるからいいんだけど。

 そんなことよりも大きな問題が待っていた。俺は今、休みをもらってとあるところへと来ていた。そもそも家からそんなに離れているわけじゃないけど、心の距離はどうしても離れていた場所へと。

 

「えーっと、コーヒーでいい?」

「あ、ええ、コーヒーでお願いします」

 

 ──奥沢家客間。俺は今奥沢美咲のご両親と対面していた。こういうの、一回やっても慣れないもんだよな。しかも相手は九歳差。より胃が痛い。杠葉の時は、両親の反応としてもああそうみたいなところもあったしな。

 

「そんな畏まらなくていいのよ」

「けれど」

「そんなに知らない仲でも、ないじゃない?」

 

 んん、何か誤解のある言い方ですね。美咲と美咲の父親が物凄い顔をされてるんですけど。いやいや確かに知り合いではある。何せ美咲の母親はよくウチに買い物に来てくれる。美咲のことがあってからは俺に薬のことや世間話を振ることもあるくらいだ。それくらい()()()()()()()()()良好な関係を結べていると言えるだろう。

 

「それで、宮坂さんまでわざわざ呼んで……話というのは?」

 

 父親の方もよくついてきて買い物をするし、俺が接客をすることもレジを打つこともある。こちらも同じように良好な関係を結べてる常連の方だ。

 ──とはいえそれは店の中での話。外に出たなら、俺は娘をたぶらかし、あまつさえ家に連泊させていた張本人だ。なんも言ってねーとはいえ、そうなったら余計に()()()()()()をしてると思うのがフツーの反応だろう。

 

「あの、さ……父さん、母さん。あたし、夏休み中か、二学期前には幹人さんと、一緒に暮らしたいんだ」

「あら」

「……なに?」

 

 切り出してくれたのは美咲の方だった。流石にそれがどういう意味なのか、どれだけヤバいことを言っているのかわかっているようで、美咲の顔は俯き気味だった。

 その証拠に両親ともピタリと固まった。沈黙が恐怖を運んでくる。背中に嫌な汗を掻いてる気がする。

 

「宮坂、いや、幹人さん」

「は、はい」

「娘とは、お付き合いを?」

「えーっと、それをどう説明したらよいのか、まだまとまっていなくて」

 

 そう。一番の問題はまだ俺と美咲は付き合いをしてないということ。どうしようかわからないままここまで来てしまった。とりあえず、恋人ではないこと、恋人とするようなアヤマチは一切ないことを事前に決めていったのでそれを説明した。

 

「なるほど」

「なのにどうして?」

「……恥ずかしい話なのですが、私は一人じゃ何もできない男でして、途方に暮れていたところで、お互いの傷を埋め合うようにして彼女と出会いました」

 

 彼女の両親には一度だって話してこなかった。俺の身の上話。そして美咲との出逢いの話。特に悲しくも楽しくもない。

 単なる下らない感傷だ。でもその感傷は、九歳差という壁を越えて、俺と美咲の指に、切れない縁を結んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒い冬の日だった。俺は息を切らして走っていた。

 いるはずのヤツがいなかった。帰ってきたら、杠葉がいなかった。たったそれだけ、それだけだけど、喧嘩をしてしまっただけに、どうしたらいいのかわからなくて、ただ探すことしかできなかった。

 

「くそ……! どこ行ったんだよ……杠葉」

 

 世間はクリスマスという空気の中、俺はいなくなってしまった恋人を探していた。スマホに連絡しても全く応答がない。相当怒ってんなということもわかって、俺はどうしたらいいのかわかんなくなっていた。

 アテがないわけじゃねぇ。けど、向こうの実家なんて連絡行っても知らんで済まされるだろうしな。悪態をついてもまったく意味がない。

 

「……アテもねーのに、なにやってるんだろうな俺は……ん?」

 

 それならいっそこんなに待ってやる意味はない。俺も出ていこうか、そんなことまで考え始めた時、俺は道路の片隅にうずくまる影を見た。雪でも降るんじゃないのかというほどの冷えた空気の中で俺は、黒髪を垂れ下がらせ、涙に顔を濡らした少女がいた。なんでこんなとこに、そう思ったらバッチリ目が合っちまった。

 

「……なぁ、お前……もう夜中だけど、大丈夫か」

「……っ、ほっといて、ください」

 

 いや放っておけるかと内心でツッコミを入れた。今日はマジで寒いんだからな。そんなカッコでこの夜中に座ってたら命の危険だってある。

 事情はさておくとして、これは良識ある大人として通報するしかねーよな、と頭を掻き、スマホを構えたところだった。

 

「……かえりたくない」

「家出か?」

「違う、けど……いまは、そっとしておいてください」

「いやそんなこと言われても、このままじゃ凍死コースなんだけどな?」

「それなら……それでいい」

 

 袖を引っ張られ、俺は少女に懇願された。家に帰れねー理由があって、でもどこにも行く場所がなくて、人差し指でおもちゃみたいな安物の指輪を触る弱々しい少女。

 凍死体が見つかったとか聞きたくもなかった。正義感とかじゃなくて、コイツも俺と同じ迷子なら放っておきたくないって感傷だった。

 ──それだけの理由で、俺はだったら、と彼女の腕を引っ張った。

 

「え、ちょっと」

「死なれちゃ気分悪いんだよ、つかめちゃくちゃ冷えてんじゃねーか! いつからそこにいたんだよ」

「……しらない」

「なら来いよ。別に子ども興味ねーけど、風呂くれーは貸してやる」

「なんで……?」

 

 なんで、なんて理由を問われても俺もわかってねーし、そんなこと訊くのはやめてほしい。こんなの、所謂家出神待ちってやつだし。その報酬にそういう少女たちが何をするのかも知ってる。たぶん、コイツもそれを知ってて強張ってるんだ。

 でも俺はやっぱり、たぶん女子高生くらいだと思われる少女と身体を対価に、って言う気にはならなかった。そしてなにより。

 

「こんな独りぼっちで死んじまうなんて、つまんねーよ」

「……うん」

 

 だから泊めるつもりは正直そこまでなかった。風呂を貸してメシでも食わせて、それからなんか事情があんならネカフェでも行けよって金を渡すつもりだった。

 それが崩れたのは、単に俺も弱ってたからだった。やっぱり俺一人じゃなんにもできねーことを思い知らされた。ただ肉を焼いただけ、んで風呂に入ってる最中に炊いてたご飯をよそって、少し焦げ臭い匂いのするそれを風呂上りのソイツの前に出した。

 

「ありがとう……ございます」

「つってもヘタクソだけどな……」

「うん、まずい」

「……うるさいな」

 

 素直な感想を言い出す少女に俺は唇を尖らせた。杠葉がいたら、ちゃんと美味い料理でも作ったんだろうか。

 いや、杠葉はそういうのに興味を示さない。料理の一つも振る舞うこともなく、風呂に入れることの一つもしなかっただろうな。杠葉は、きっと実家に帰ったんだろうなということはわかった。荷物も何もなくなっていた。いつの間にか。きっと俺が気付かなかっただけで、仕事に行ってる間に、なんだろうな。

 

「なにがあった?」

「……カレシに、捨てられた」

「は? このクリスマスに?」

「うん」

 

 食べ終わった彼女の口からはポツリポツリと言葉が紡がれていった。

 カレシの家に招待されたこと、行為を迫られ、それが怖くて突っぱねたら()()()()()()()()()、まるでそれまでの優しさが嘘だったように暴力に訴えかけてきたこと。

 

「……マジかよ」

「ん……」

「つか傷見せてみろ」

「……え、うん」

 

 肩に青あざ、それが灰皿が当たった部分らしい。そして唇を切った跡、脚の打撲、結構な傷だった。それをてきぱきと湿布やガーゼ、包帯を持ってくる。

 それを彼女はポカンとした様子でそれを見守っていた。

 

「なんか……手際、いいですね。ものも、沢山」

「一応、そういうのを取り扱ってる店で働いてるからな」

「あ……近くの」

「知ってるのか」

「母さんが、偶に買い物に行くから」

 

 投げやりな会話を繰り返し、俺は気が変わった、なんて適当なことを言って泊めることにした。対価は必要ない。いや一つだけ対価を要求したか。

 ──別に居場所がねーんならここを家だと思っていい。お前はここでただいまって言っていいし、おかえりって言っていい場所なんだって。

 

「変なヒト。ホントに何にもしないの?」

「女子高生に手を出すほど、俺は落ちぶれてないもんで」

「そ……じゃあ、信用する」

「は?」

「こっち」

 

 ベッドに寝転がり、俺に向かって手を広げてきやがった。信用するにしても無防備すぎない? と思ったけど、そっか。本来はコイツはカレシの傍にいるはずだったんだ。そう思うと、俺もそうなんだよなって思いが増した。本当だったら、杠葉と一緒に寝てるはずだったのに、そう思うと拒否できなかった。そのまま甘い誘いに乗せられ、俺たちはまるで恋人同士のように、お互いの欠けたものを埋めるように抱きしめ合って寝てしまった。

 

「……おはよう、ございます」

「おはよ……えっと、そういや名前聞いてなかった」

「確かに……あたしも」

 

 順序がおかしいよな。こうして意味は違うけど一夜を共に過ごしたってのに名前も知らない。少し、笑えた。つられたように彼女も微笑みを浮かべた。まだまだお互い傷だらけで、特に相手は凍傷気味で、傷跡とかもあってマジの傷だらけだったけど、それでも救われた表情をしてくれた。

 

「今更かもしれねーけど俺は宮坂幹人、キミの名前は?」

「……みさき、奥沢、美咲」

 

 こうして、宮坂幹人は奥沢美咲としばらく共同生活を過ごすことになった。

 お互いの傷が癒えるまで、そんな感じの約束をした。それからもう、実に半年以上の時間が経っていた。

 いつの間にか感傷はお互いを想う気持ちに発展し、夫婦ごっこは家族ごっこになっている。その始まりだった。

 

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