恋人未満な九歳差   作:黒マメファナ

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苦味のない幸福

「……どうだった?」

「開口一番それか」

 

 俺が帰ってきたら、パタパタと駆けてくる足音があった。美咲はアイツんちに置いてきたから、家に入れるのは後一人だけ。

 やっぱこうして見ると若干似てるんだよな……なんてことを考えたのはコイツに、ましてや美咲のやつには内緒だ。

 

「み、美咲ちゃんいないじゃん」

「……おいてきた」

「え……じゃあ」

 

 美幸の顔が曇る。そりゃそうだろ置いてくに決まってる。

 本格的にこの家に住むんだったら色々必要だろう? そういうと美幸ははっとした表情をしてから漸く俺に謀られたことを察したらしい。

 

「わざとでしょ」

「せっかちなだけだろ」

「気持ちが急くに決まってるでしょ! 大事なことなんだから」

 

 大事だな、確かに大事だ。ここで失敗したら美咲が大いに拗ねることになるから。そして俺としても美幸と二人暮らしは避けたいところ。

 ──正直、俺としては覚悟が足りてない。まだ杠葉の傷が癒えてないってのもそうだし、美咲を、傷ついた美咲を傷つけずに愛する方法も……まだ。けどその二人の隙間を埋めてくれた存在がいるからこそ、俺はここまでたどり着けたんだと思う。

 

「美咲の両親も言ってたよ。美幸がいるならってな」

「……そっか」

 

 早速義妹の力になれて美幸はとてもうれしそうにはにかんだ。

 ところで、美幸? お前は許可もらってきたのか? 前期はもうとっくに終わったからどんどん私物は増えてってるけど。

 

「私の家のこと、知ってるでしょ?」

「だからって」

「そっか、なんか一応、話はしに来てたっけ」

 

 まぁ確かに勝手にすればいいみてーな反応だった。美幸にもそうなのか。杠葉も? そういうとお姉ちゃんはまた怒ったような顔してたよとため息をついた。怒ったような、か。そりゃ、今でも自分の家だと思ってればそうなるか。

 

「美咲ちゃん、明日には来る?」

「その予定だな」

「楽しみだなぁ、あ、荷ほどきとか手伝ってあげなきゃね」

 

 すごいうきうきしてるな。彼女にとってはやっと得た理想の家族みてーなもんだからな。それも仕方ないのか。

 つか明日は休みだな。美幸も美咲も合わせてくれてるが、なんか食いに行くくらいはできそうだ。

 

「辛いもの!」

「却下、お前しか食えねーだろ」

「おにーさまのケチ」

「カレシとでも食いに行ってこい」

「……カレシじゃないもん」

 

 じゃねーのかとツッコミを入れたらカウンターでいつ美咲ちゃんと付き合うのとか言われそうだから黙っておこう。

 とりあえず今日はテキトーになんか……頼むか。

 

「私が作ります~」

「美幸が、料理?」

「できるに決まってるじゃん」

 

 決まってないと思うが。いつも美咲のメシをつまみ食いするタイプじゃなかったか? 能ある鷹にしてはバカを晒し過ぎだと思うんだよな。なにおうとおどける美幸だったが、作ってくれたペペロンチーノはめちゃくちゃおいしかった。本当に料理できたんだな。

 

「まぁ、ほら喜多見家の流儀は独りで生きるだから」

「なるほどな。ただ」

「ただ?」

「……辛い」

 

 そう? とか首を傾げてるがむちゃくちゃ辛いからなこれ! 唐辛子どんくらい入れたんだと思うくれー辛いけど、と思ったら美幸はそこに更にタバスコを掛けていた。味音痴のすることだろそれ。

 

「なんか、辛味って味覚じゃなくて痛覚らしいよ」

「へ~、つまり私って痛みに強い!?」

「ううん、鈍感なんじゃないかな、美幸さんの場合」

 

 翌日、その時の話をすると美咲が苦笑い気味にツッコミを入れていた。

 鈍感って言われて不満そうに俺の顔を見んな。鈍感代表みたいなそういう反応はやめような。

 

「……間違ってないと、思います」

「花音まで」

 

 今日は引っ越し祝いってことで花音も来てくれていた。あと一人やってくると思うんだけど。そんなことを考えていると、呼び鈴が鳴り美咲が俺よりも素早くはい、と応答した。

 ──瞬間、大音量でみさきー! と声がした。今日も変わらず元気な子だな。

 

「今開ける……ったく、近所メーワクだっての」

「ふふ、かわいいなぁ」

「そう言える美幸は豪胆すぎるんだよ」

「ホント、あたしじゃ無理だよ」

「あはは、こころちゃんはいっつも元気だから」

 

 そういう美咲もふふ、とほほ笑んでるしさ。弦巻こころのことが好きな証拠なんだよ。というかあの人間性が嫌いになれる人間はよっぽど性根が腐ってるとしか言い様がないと思うんだよな。

 

「いらっしゃい」

「おじゃまするわね!」

 

 眩しい。キラキラ金髪が太陽を反射してるだけじゃなくて、もうオーラみたいなのがキラキラだ。

 美咲が入って入ってと促し、こころは靴をきちんと揃えてからまだ完全には部屋に入り切ってない荷物を見て嬉しそうに笑みをこぼした。

 

「ここが美咲の新しいおうちになるのね」

「うん」

「幹人、ちゃーんと、美咲と仲良くしないとダメよ?」

「わかってるよ」

 

 知らないはずなのに、こう的確にクリティカルを抉ってくるんだろうねこころって子は。美咲に確認したけど首を横に振っていた。でしょうね、そう簡単にしゃべっていいことじゃないししゃべれねーよな。花音にも言ってないはずだし。

 

「わわ、ほんとにキラキラだ……私は喜多見美幸! 初めまして」

「ええ、美幸ね! 素敵な名前だわ! あたしは弦巻こころ!」

「うんよろしくこころちゃん」

 

 なんか心なしか美幸もキラキラしてる。こういう踏み込んでくるタイプが好きだってことは知っていたけど、まさかここまで波長が合うとは……ところで義妹さんが若干拗ねてるけどどうする? 

 

「お姉ちゃん、浮気?」

「美咲ちゃん? 浮気じゃないよ? ホントだってホント! 私のかわいいかわいい義妹は美咲ちゃんだけだよ~!」

「ふうん、その割には……」

 

 この義姉妹コントにもだんだん慣れてきたな。花音も同じようで苦笑いをしている。

 こころはというと首を傾げてからケンカかしらと言っていた素直でよろしいことですね。それを花音が補足する……と。そういう感じでいつも過ごしてるんだなぁというくらいに自然な流れだ。

 

「おにーさまはなんで他人側なの?」

「なんでだろうな」

 

 そういう流れだからなんじゃないかな。

 ──それにしても、こういうのが前よりももっと日常になるのか。騒がしくて、もうきっとしんとした、無駄に広い部屋だなんて思うこともねーんだろうな。

 

「幹人さん、嬉しそう……ですね」

「もう、独りじゃないから」

 

 傷を埋め合うように始まった夫婦ごっこは、こうやって切れない繋がりを生んでくれた。杠葉との関係がなくなってもいつだって俺のことを家族のように接してくれていた美幸と、いつだって傍にいてくれる美咲。

 そんな美咲がくれた新しいつながりである、花音やこころも。

 

「私も……」

「うん、花音も」

「いいんですか?」

 

 何が、と問い返すとちょっと呆れたような顔をされた。なにか思うところがあったっぽいけど察せてはないな。

 けれど彼女はその呆れたような表情を崩して、それじゃあ私もと手を握ってきた。

 

「か、花音……さん?」

「私も幹人さんの傷、癒してあげたいから」

 

 まるで雨を受けた蕾が朝日を浴びてしっとりと花開くような、女性的な艶やかさのある表情でそんなことを言われると、不覚にもドキっと反応してしまう。

 すかさずこころが反対側にやってきてあたしもよ! と太陽みたいな笑顔で言ってくれなかったらしどろもどろになるところだった。

 そうだよな、世界を笑顔にするのがキミたちだもんな。

 

「……花音さん」

「私も、高校卒業したらおじゃましちゃおうかなあ……♪」

「いやいやダメに決まってるじゃん」

「そもそも四人住むにはちょっと狭いな」

「それならお隣の部屋を繋げちゃえばいいんじゃないかしらっ」

 

 無茶苦茶言ってるけどやめてよねと美咲が本気で止めてるところを見るとどうやら不可能ではないらしい……いや、不可能でしょ現実的に考えて。しかし花音もまだ大丈夫だからと必死で止めていた。

 

「……そんなことってできるの?」

「知らねーよ」

「こころちゃんって、もしかしてすごい?」

「知らねーって」

 

 俺にとってはいつも元気いっぱいの美咲の友達ってこと以外なにも知らねーんだから。あとなんか黒い服のお姉さんたちがいつもついて回ってるってことくらいかな。お嬢様なのかなーとは薄々感じていたけど、もしや超裕福? 

 

「物理的に無理じゃなきゃこころは大抵なんでもできるよ」

「そうなんだ」

 

 それを機に美咲に同じバンドの仲間たちや学校のことをたくさん訊いた。先輩も同輩も後輩もいい子ばっかりなんだなぁってことがわかって俺は少し安心したよ。

 二人の引っ越し祝いにこころが大きなケーキを持ってきて、まるで誕生日かってくらいに楽しい時間を過ごしていった。

 花音は最後まで泊まりたそうにしていたが翌日は用事があるらしくこころと一緒に黒服さんが運転する車で帰っていき、美幸ははしゃぎつかれたのか既に眠っていた。残るは片づけを終えた俺と美咲だけ。

 

「あのさ」

「ん?」

「これから……よろしくお願いします」

「なんだよ改まって」

「ほら、これからは……同居人なわけだから」

 

 アイスコーヒーを飲みながら頭を下げてくる美咲は、幸せそうに笑ってくれる。同居人、これからは美咲がこの家にいてくれる。

 そんな気分の高まりが、俺にアイスコーヒーの苦味をくれた。

 

「……幹人さん」

「よろしくね、美咲」

「……うん」

 

 苦いはずなのに、その味は蕩けるようなはちみつのような甘味があって、俺と美咲はその甘さとコーヒーの苦さをお互いで共有し続けた。

 幸せの味を、唇に乗せて。

 

 

 

 

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