「おっはよー」
「おはよ」
美咲と美幸がこの家に来てから、朝はとんでもなく賑やかになった。
まず俺が起きてリビングにやってくると二人の声が部屋に優しく響いた。その日々が今日だけでないことに俺はついつい笑みを零してしまう。
「なにニヤニヤしてんの?」
「してねーよ」
「してたよ、ねぇ美幸さん?」
「してたー」
してたじゃねーよ見えてねーだろとツッコミを入れつつ、俺は美咲の作ってくれた朝食を三人で食べる。
夏休みの間は三人で出勤することも多くなりまた噂は広まるんだろうなぁという気がしている。俺は先に出勤するって言ってんのにコイツら基本的についてくるんだもんな。今日は休みだからのんびりしてるけど。
「だってしょうがないじゃん。心配だし」
「夏休みの間だけにしとけよそれ」
学校が始まってもその扱いはやめろよな。俺はお前らの、特に美咲の両親ほどお前らを見てやれるわけじゃねーし、養っていけるわけでもない。美咲は既に半年以上ここで半同棲状態で泊まってを繰り返してるから百も承知だろうけど。
「じゃあ私は友達と遊びに行ってくるからー」
「いってらっしゃい美幸さん、夕飯は?」
「食べてくる!」
「わかった」
朝食を摂り終わった後、美幸が慌ただしく出かけていった。最近とみに美幸のやつは明るくなった気がするな。昔なんて割とミステリアス的で近寄りがたいと思われてたって自己申告受けてたし、なに考えてるのかよくわからんのは事実だからな。
「確かに、仕事の教え方とか雰囲気とかいいんですけど、壁はあったかも」
「けど最近はどんどん明るくなるってきてる。友達なんかできて、俺たちが知ってる美幸にどんどん近づいてる」
「……嬉しそう」
そりゃ嬉しい。俺の義妹はかわいくて頼りになるってことをみんなが知ってくれるんだからな。
お義兄ちゃんだねホントにと言われて俺はそりゃそうだって返すしかない。それが俺にとってアイツにしてやれる家族ごっこだからな。
「美咲」
「はーい……って、なに?」
「なに……って、なに?」
「なんですかこの手はって言ってるの」
洗い物をしている美咲の後ろから腰に手を回すとちょっとトゲトゲしい言葉が返ってきた。
──なんとなくだよなんとなく。ダメだったかなと離れようとすると、くるりと頭が上がって頬にキスをされてしまった。
「……最近、幹人さんは甘えんぼになった」
「そうかな」
「うん。ヤじゃないから……ううん、すき」
その言葉はまるではちみつのように甘く胸の中に蕩けていった。
なんだかんだ言いながら受け入れてくれるどころか、俺が欲しかったものよりずっとずっと甘いものくれるんだな、と思うことが、嬉しかった。
「あのね、でも二つだけ文句言っていい?」
「なんの?」
「一つはあたし、洗い物してるから甘えるよりか手伝ってほしいなってこと。もう一つは……いちおーあたしら、付き合ってないよね?」
「……そうだな」
「ああもうそんなしゅんとしないでよ……ほら、手伝ってくれたらいいから」
なんだかどっちが年上かわかったもんじゃないな。俺のこと、優しく受け入れてくれる美咲になんだか年上のような甘さを感じてしまった。
──俺が求めていたのは、そういう甘さなのかな。恋人に求めてるのはそういう感じの甘さだったのかも。
「ん、手伝ってくれてありがと」
「どういたしまして」
やがて終わりがやってきて、俺の隣に美咲がやってくる。これからどうしようか……そんなことを言うと美咲はさぁ? と首を傾げながらさっきと同じような態勢を今度はソファに座ったままする。テレビを見ながらのんびりとしていると、美咲がもぞもぞと居心地が悪そうに提案してくる。
「あの……さ」
「ん?」
「……このまま、のんびりするの?」
「え、おう。お昼くらいに買い物行こうとは思ってるけど」
俺の提案に、美咲はんー、と考えるような仕草の後、するりと俺の腕の中から飛び出てどっか行こうよと提案してきた。
どっか、か。なんでまた美咲はそんな提案してくるんだろう。家でのんびりじゃ何か不都合だったか?
「あーもうばか鈍感」
「は?」
「いいから、出かける!」
なんか怒られたのでしぶしぶ出掛けることになった。行先はショッピングモール、これはさてはデート気分だなと思わなくなかった。今まで美咲と二人で出かけることなんてそうそうなかったんだけど、その中でも特に……
「美咲?」
「このくらい……いいでしょ。デートなんだから」
「デート」
「……反芻すんな、ばーか」
理不尽だろそれは。デートって言われたらデートって感慨深い感じになるでしょ。反芻するでしょ普通は。
ただ、手は離さずに美咲は恥ずかしそうに買い物、と俺を引っ張ってくる。今日は本当になんで急に一緒に出掛ける気になったんだよ。
「秘密」
「秘密にしておくほどの理由があるのか?」
「うっさいばか」
耳まで真っ赤になるほどの秘密があるらしいと俺はそれ以上の追及を諦めた。折角美咲とのんびりした休日だったのに。どうやら美咲にはそれが不満だったらしい。あれか、甘えられるのがやっぱ嫌だったって感じかな?
「それは……ヤじゃないけど」
「じゃあどうして」
「なんでわかんないかなぁこの鈍感さんは」
美咲は唇を尖らせてしまう。なんで拗ねてるんだよと言っても知らない、とそっぽを向かれた。ひどくねーか?
まぁでもコイツはあんまり表情を見せてくれねーからな。ただ繋いだ手を離さないことから怒ってるってわけじゃなさそうだ。
「……ホントにわかんないの?」
「まったく」
「……はぁ」
溜息ついたな? 今溜息ついただろ。言葉にしてないのに俺がわかるようになってるわけなくないか?
わかるの、と美咲はそれでも譲るつもりはないらしい。なんなら美幸さんにでも聴いてみたらと言うくらいに譲らないらしい。
「どっか寄り道しないの?」
「……どこがいい?」
「いや美咲の好きなとこでいいよ」
好きなところかぁ、と美咲は考えてから俺の方を漸く見た。どうやら鈍感なことは無罪放免になったらしいな。
美咲は顔をじっと見てからおずおずとここ、と指さした。カカオ豆がたくさん置いてあるお店、ログハウスのような内装とほんのりとコーヒーの香りがした。
「ほら、美幸さんも幹人さんもあたしもコーヒー派でしょ? こういうのあったら嬉しくない?」
「……確かにな」
コーヒーは俺も香りが好きだからな。美幸もコーヒー派だし、美咲だって寝起きはよくコーヒー飲んでるからな。というか色々種類あるんだなって思った。キリマンジャロとかブルーマウンテンとか。
「挽き方とか豆の種類でも味が変わるらしいよ」
「ふーん。普段使ってるのは?」
「美幸さんが持ち込んだやつだから……知らない」
結局美幸が詳しかったから色々訊くとして、俺たちはまた歩いているとアクセサリーショップを見つけた。
ヘアゴム……はあんまり美咲は髪が短いからなぁ。そうすると……ネックレスとかリング?
「……そんなの、見てどーするのさ」
「ど、どうするんだろうな」
俺ができることと言えば想い人へのプレゼント、的なやつかな。いや俺にいるのは隣で手を繋いだままの九歳下の……美咲くらいだけど。
美咲は俺がぽつりとつぶやいたことに過剰反応しだした。
「なっ、なな……」
「付き合ってるわけじゃないけどさ……ほら、だからこそカタチにしたいなぁって」
「……ばーか」
なんでここでばーかって言われた? 俺が今日一番の理不尽を感じていると、美咲は顔を真っ赤にしながら今日は最初から幹人さん変だよと言われてしまった。
──そんなこと言われても、美幸もいるし、これから花音やこころが頻繁に来る以上、伝えておかなきゃって思ったんだから。
「あたし、ずっと意識してるんだよ?」
「……なにが」
「幹人さんが甘えてくれて、キスをしてくれてる日々でさ、一つ屋根の下だもん……その先を意識、しちゃうでしょ」
「……意識」
それは……キスのその先とかってことだよな。
だから今日ずっと、不機嫌だったのか。抱きしめて俺は安心しきってたけど、美咲はその先を認識していたのか。
「あたしは……幹人さんが好きだよ」
「……俺だって」
「じゃあ、あたしを……抱ける?」
抱ける……ってな。俺にとってまだ美咲に手を出すってのはハードルが高い。
というかこの質問があるっていうのは……美咲は俺に抱かれる覚悟があるってことだよな。ホントに、俺と美咲の年の差はあるのかどうかわからなねーレベルだよな。
「あたしは、幹人さんとその先に進みたい」
「……美咲」
「わかってる、正直あたしもまだ怖いし……幹人さんだって怖いのはわかるけど」
そうだ。美咲は襲われかけて捨てられた。俺はまだアイツとの棘が刺さってて、伝えきれなかったって悔しさを引きずってる。
ここで一歩を踏み出せば、俺は傷つくのかもしれない。美咲を傷つけるかもしれない。
「……その覚悟だって言うなら、あたしにネックレス、買ってよ」
なんかとんでもない藪をつついて蛇を出してしまった気がする。
でも美咲は真剣な目をしていて、俺も覚悟を決めなきゃいけないんだな。美咲に出逢ってから僅かに半年、けど、密度の濃かった半年に俺は、試練に遭遇してしまった。