あたしは幹人さんのことが好き。だから一緒に住み始めてからのスキンシップは正直幸せをくれる。抱きしめてくれて、ふわりと優しい匂いがしたり……その、キス、とかもねしてくれたり。恋人って名前じゃないだけでここ数日はまるっきり恋人みたいな生活を送っていた。
でも、だからこそ困ってることが一つだけあった。美幸さんにはもう相談してあったことなんだけど。
「いいことじゃないの?」
「それがよくないから」
「うん? でもおにーさまは甘え下手なんだからそれは美咲ちゃんにとって嬉しくないの?」
嬉しい。でもだからこそなんだよ。幹人さんがスキンシップを取ってくれるからこその問題があるんだよ。美幸さんはん~? と首を傾げてわからないようだった。
ドキドキするし、好きって気持ちが伝わる幸せがある一方で私は、どうしても
「その先……って、あ」
「うん……そ」
男女が好き合ったその先にあるもの。あたしが失敗しちゃったもの。
いやまぁね、あたしがそれでヒドい目に遭ってるから幹人さんもソレを頭の中から除外してるんだと思う。あと幹人さんの中にまだ杠葉さんがいるから……って言うのも理由かな。
「もしかして、怖い?」
慌てたように美幸さんはあたしを抱きしめてくれる。怖くないよ……平気。きっという雰囲気になって二人が裸になって、ってところまで来たら怖くなっちゃうのかもしれないけど。幹人さんは優しくて甘えんぼだから、あたしに合わせてくれるだろうしさ。
「じゃあ……なに?」
「覚悟を持ってほしい。部屋に二人きりで、密着するなら。愛してるって言ってくれるなら……あたしをすぐに抱けるくらいの覚悟を持ってほしい」
「……抱く」
もちろん幹人さんにその覚悟があるはずがない。あの人はただ単純に触れ合いを求めてるだけだ。両親に関係を話して吹っ切れたのか、九歳差を意識することが減ったってだけ。
ある意味じゃ子どもの恋愛だ。でもあたしはそんな子どもの恋愛ごっこじゃ嫌だ。触れられて、繋がりたい。
「待って」
「ん? どうしたの……って美幸さん顔真っ赤だけど?」
「美咲ちゃん自分が何言ってるか自覚ないの?」
あーえっと、なんていうかこの義姉は全くもって初心だなぁ……と実感してしまった。ミステリアスで大人っぽくなりすぎるとこうなるのか。そんなんじゃカレとお付き合いした時に苦労するよ?
「うぐっ……美咲ちゃんだって、苦労してるじゃん」
「あたしはまた別方面だからね」
その相談はまた後で訊くことにしておいて。とにかくあたしとしては後ろから抱きしめたり、耳とか唇とかにキスしてくるなら、そういう覚悟をしてほしいってこと。
好きだから、好きだからこそ大切にされすぎるのも嫌なんだからさ。だからあたしは幹人さんに覚悟を突き付けた。これからもこの関係を進めていくという覚悟を、中途半端じゃ嫌だってあたしの気持ちを、受け止めてほしい。
「……その覚悟だって言うなら、あたしそのネックレス、買ってよ」
不満が爆発した、のかな。その日は美幸さんが出かけてて……幹人さんはいつも以上にくっついてくるからなんだか……その、悶々としちゃうところもあってこのままじゃ、勢いに任せて襲ってしまいそうだと思ったあたしは幹人さんを連れ出してデートをした。デートって言われるとまたさっきのを引きずっちゃうからヤなんだけど。
──でも結局、幹人さんは鈍感でそんなこと気付くことなく暢気にデート気分で……アクセサリーなんか見てるんだもん。
「俺は、美咲にとって負担には」
「大丈夫だよ」
「でも」
「覚悟がないなら……いいよ」
それならそれでいい。あたしだって正直ここで急にじゃあってネックレスを買われても困るし、帰ってからどうなるかを考えると……ちょっとだけ怖い。幹人さんと元カレは全然違うってこともわかってるけど、急にくっつかれるだけでも一瞬だけビクっと反応してしまうくらいだから。
「ただいまー」
結局、それから先はその話を一切せずに、買い物をして帰ってきた。帰ってくる頃には夕方になっていて、あたしはご飯の準備を始めて、幹人さんがお風呂を洗い始めた。
──はぁ、やっちゃったなぁ。幹人さん、落ち込んでるよね。どうしたらよかったのかなぁ、こんなんだから、好きになるくらいいいよねって花音さんに言われちゃうんだ。
「み、幹人さん?」
もし、俺は美咲を抱く覚悟なんてないから、先には進めないとか言われたらどうしよう。というか幹人さんなら言いかねないとあたしは火を止めてソファに座った彼の隣にいく。
またなんでも一人で頑張ろうとする幹人さんなんて見たくない。あたしはホントは、弱いところを見せてくれるのが、そのままの幹人さんの傍にいられるのが幸せだったのに。
「あの、ね……あの質問、意地悪だったと思う。でも、あたしは本気で幹人さんといられて幸せだから……幹人さんのこと、ホントに大好きで……くっつかれるのもヤじゃないし──っ!?」
手を握って縋るように言い訳を並べていたら、腰に腕が回ってきてキスをされてしまう。
いつもの甘えるようなものじゃなくて、ぞわぞわしてしまうほど激しいもの。触れるというより吸われるような勢いにあたしは何がなんだか理解できないまま受け入れてしまう。
「……な、なっ、なにして……っ!」
「美咲の」
「ん?」
「美咲の言う覚悟って……こういうことをする覚悟、だよな」
「そ、そだけど……」
ドキっとするほど、透き通った瞳で幹人さんはあたしを見つめてきた。透き通ってるのに、その中には今まで見たことがないくらいに、男性としての欲を感じる。手つきも唇も、今までと全然違う。
「み、みきと……さん」
「ごめん俺さ、美咲に言ってなかったことあるんだけど……あと先に言っておくべきだったこと」
手を離され、ちょっとだけ息を整えてからそれは? と問い返す。それはあたしも、それどころか美幸さんも知らない……杠葉さんだけが知ってる。幹人さんの真の男性としての顔がそこには眠っていた。
「俺、どうやら性欲強いらしくて……アイツに、杠葉によく文句言われてんだよ」
「……幹人さんが」
「やっぱりイメージないよな。まぁ美咲のことそういう目じゃ見てこなかったし」
でも、今のは紛れもない、誘ってる触り方だった。甘く痺れるような手つきも、熱い吐息の混じる唇も、今までとは全然違う……くらくらしてしまうくらいに男女の関係を匂わせるようなものだった。
「忙しいとそういうことする気にもならなくてアレなんだけどな」
「……じゃあ、今は?」
そんなこと言ったら、どうなるか。あたしだってそのくらいわかる。でも確かめてみたくなった。怖さよりも好奇心が上回ってしまった。幹人さんに覚悟がないのはそうだとして、それ以上に実は……彼はあたしをそういう目で見ないようにセーブしていた可能性を、そしてキスをするのは実は、あたしのリアクションを見て徐々にそのセーブしていたものを解放していたんじゃないかって仮説を、証明したくなった。
「メシ、作ってたんじゃないの?」
「お腹減ってる?」
「……まぁ、それなりに」
じゃあ、とあたしは幹人さんの方に倒れ込んだ。抱き着いた、って言った方が正しいかな。すぐさま腰に回ってくる手、首元にキスをされる愛おしさ。
──怖くない。全然怖くない。なんでだろう、目の前であたしという欲に負けそうな幹人さんが、トラウマなんて全部吹き飛ばすくらいに……大好きだ。
「知ってる? 人間の性欲と食欲って……似た感覚らしいよ」
「……へぇ」
「もう一回訊くけど……お腹、減ってる?」
最後のひと押しをしたら、あたしはそのままソファに寝転がされてしまう。あ、そういえば元カレに押し倒されて抵抗しちゃったのもソファだったなぁ。ちょうどこんな感じで、覆いかぶさってきて、あたしのシャツをゆっくりめくって……ふふ、こんなこと思い出してるのに、嫌じゃないなんてあたしも変なヤツだ。
でもそうやってあたしを変えたのは幹人さん、目の前にカレだ。あたしはあの日幹人さんに拾われて……全部を変えられてたんだ。
「──めちゃくちゃ腹減ってるな……食ってもいいか?」
「どうぞお好きに」
あたし初めてだからね? と問いかけるけど美幸帰ってくるの遅いだろと返されてしまう。えっといやそうじゃなくてね、ご飯が……まぁいっか。親子丼、もうできてるようなもんだから後であっためなおせば。
痛くはなかった。全然、これっぽっちも。幸せで、大好きで大好きって気持ちにおぼれて、あたしと幹人さんは……やっと、ごっこ遊びじゃなくなったんだなぁって思うことが、幸せだった。
ただウチにはお義姉ちゃんいるから、次からはホテルにしようね。後、シない時にああいう触り方したら殴るから。とりあえず、そんなところ。あと次のデートではネックレスを買ってくれること、ちゃんと期待してるからね?