幹人さんや美咲ちゃんと一緒に暮らすようになって、だんだんと日常に慣れてきた頃。二人が正式に付き合い始めたことを報告してもらった。
嬉しいな。だって家族より家族みたいな温かさのあるお兄ちゃんと、そんなお兄ちゃんのことが大好きな義妹だよ? そんな二人が幸せになるために、お互いの気持ちをぶつけあえるっていうのは私の心も温かくなった。
でも、その日から私はふと溜息を吐くことが多くなっていった。
「なんで?」
「……なんでだろ」
「まさか、ホントはその幹人さんのことが好きだった、とか?」
違う違う。もちろん嫉妬とかじゃない。幹人さんのことは本当に恋愛感情じゃなくて、欲しかったのは恋人としての愛情じゃなくて、家族としての愛情だった。お姉ちゃんにもらいたかったものを、両親にもらいたかったものを、幹人さんに求めていた。
それ以上の気持ちはないんだけど……どうしてかな。
「それよりさ美幸」
「ん?」
「その……声とか、大丈夫なの?」
「んん?」
コソっと友達がそんなことを訊いてくる? 声?
ああ、なるほど。あの二人がね……美咲ちゃんはすっかり幹人さんの部屋で寝るようになっちゃったし、そうだよね。好き同士なんだもんえっちくらいしてるよね。
「全然。美咲ちゃんが知り合いになにやら相談して工事してたっぽいから防音してるかも?」
「妹ちゃんの知り合い……ってリフォーム会社かなにか?」
「うーん、違うとは思うけど」
多分こころちゃんのビックリ度合いなんて言ってもわからないだろうから省くけど、私たちがバイト行ってる間に全部解決させちゃうんだから、ホントにすごいんだよねぇ。
こころちゃんのお金持ちっぷりにはびっくりすることが多いんだよ。旅行先の紹介とかもしてくれるし、なんか無人島とかの土地をプライベートリゾートにしてるところもあるらしくて、色々ぶっとんでる。今はなんか数日くらい知り合いを連れてそっちでバカンスしてるみたいだし、住んでる世界が違うよ。
「……はぁ」
「また溜息だ」
「うーん」
ふと溜息はついちゃうけど不満はない。私の中にある感情はいつだって二人の幸せを応援できる幸せと、家族のような暖かさに包まれる幸せの二つ。
三人で食べるご飯も、同じところに帰ることも、おはようって言ってくれて、おかえりって言ってくれることが、幸せだ。
「じゃあなんなの」
「私にわかったら苦労はしないな~?」
そんなくだらない話をしていると、美幸先輩、と声を掛けられる。その元気でまっすぐな声に、私はちょっとだけ話しかけてきてくれて嬉しいという気持ちを込めて手を振った。
バイト先にもやってきた大学の、そして高校の後輩。
「それじゃ、サークルに顔出してくるから」
「あ、もう行くの?」
「ごゆっくり~」
あ、あからさまに私と彼を二人きりにしてくれる友達に感謝しかないけどちょっと強引すぎない? とツッコミを入れたくなった。
あーもう、そんな気をつかわなくたっていいのにさぁ、後彼の前で溜息を吐きたくないんだけど。原因を突き止める話を忘れ去るのやめない?
「どうかしたんですか?」
「ああえっとね……」
訊かれちゃったか~。訊かれたら答えるしかないよね、なんでもないって言ったら彼がめちゃくちゃへこむことくらいは関わってきてわかったことだからさ。まぁ当然幹人さんのことも知ってるし美咲ちゃんのことも知ってるし、二人が男女の仲だって言うのくらいは察してるもんね。
「一緒に? 暮らしてる?」
「うん。ほら……私の家族の話、ちょっとだけしたでしょ?」
「は、はい……」
それで私はすごく満たされてるのに、なんか心にわだかまりが残ってるのか溜息ついちゃうんだよね。
彼は、少しだけどうなんでしょう、と首を傾げてから嫉妬、ってわけじゃないんですよね? って確認してきた。
「違うね」
「それじゃあ……二人が恋人になって気まずい、とか?」
「気まずくもない」
気まずい、かぁ。それもないなぁ、二人ともきょうだいみたいな関わりしてきたし、そんな二人に挟まれればそれだけ三人できょうだいみたいな……あ!
──そういうことか。確かにそれは私の気持ちにある。
「罪悪感だ」
「罪悪感……ですか?」
「うん」
簡単すぎる動機だったよ。私は二人の邪魔になってるんじゃないかなって思ってたんだ。
恋人になって、恋人としての時間がほしいってなった時に私がいると、なんかイチャイチャできないなぁなんて思ってたら悪いなって。
でも、ホントのところはどうなんだろう。幹人さんや美咲ちゃんは、どう思ってるんだろう。
「はぁ……」
「でも、美幸先輩に一緒に暮らそうって言ってくれたのは、奥沢さんなんですよね?」
「うん、だけどほら……その時はまだ、そういう雰囲気なかったから」
「あー」
美咲ちゃんは、幹人さんや私のために温かさをくれる役割を持ってくれてる。でもそれはあくまで夫婦ごっこをしていたから。本物の恋人になった以上、その繋がりは邪魔なのかな。結局、家族ごっこは……どこまでいってもごっこ遊びみたいなものだったのかな。
「……あ、ごめん電話だ」
「どうぞ」
ちょっと暗い思考を巡らせていたら、電話がかかってきた。美咲ちゃんから? またちょっと胸がモヤモヤとするのを抑えながら私はなるべくいつものテンションを保ったままもしもし? と電話に出る。
『もしもし』
「うん、どうしたの?」
『あのさ、今日はどのくらいに帰ってくる?』
それがまるでどれくらいに帰ってくるか気を遣いながら幹人さんとイチャイチャするかの作戦立てのように感じて、胸がチリっと痛んだ。
最初はあんなに幸せだった美咲ちゃんからの電話が、今は頭が重くなるくらいに、辛い。
「どのくらいだろー。もしかしたらご飯行くかも」
『もしかしてデート?』
「さぁて、どーでしょう?」
でも電話の向こうで今日バイトだろあの子と声がする。やっぱり、傍にいるんだ。表面上は取り繕ってバレたか、と大きく笑う。
じゃあちゃんと帰ってくる? と美咲ちゃんはちょっと怒ったように言ってきた。帰ってこない方が嬉しいんじゃないの?
「順当にいけば六時には着くよ」
『そっか、あたし今お店にいるから。そっからご飯行こうよ』
「幹人さんは?」
『今事務作業中だよ?』
だから一緒においでよ、と美咲ちゃんは明るく言ってくれる。その声が、そのあとでちゃんと美幸さん来るまでに終わる? という声に手伝ってくれたらすぐ終わる、というじゃれあいが聴こえてきて、私は……自分が今まで抱えていたモヤモヤが晴れていくのを感じた。
「二人は……デートしなくていいの?」
『デートじゃん。あたしとお姉ちゃんの』
は? 俺もいるんだけど? と幹人さん……お兄ちゃんの声がする。ああ、あったかいなぁ。変わんないんだ。幹人さんと美咲ちゃんの関係は、全然変化してない。いくら二人が恋人になっても、私を含めて三人で過ごしていることが、当たり前なんだ。
何を勘違いしてたんだろう。考えすぎてたんだろう……私がいることなんてとっくに、二人は考えてくれてたのに。
「それじゃあ、すぐ向かうね~」
『……うん、じゃあ待ってるから』
それから私は彼を引っ張るようにしてバイト先の薬局に向かっていった。
美咲ちゃんはどうやら私の様子がちょっとだけおかしかったことに気付いていて、それがまた嬉しかった。誰かに気付いてもらえるっていうのは、こんなにも嬉しいものなんだなぁって。
やっぱり私は二人のことが大好きだ。お兄ちゃんのことも、美咲ちゃんのことも、どっちも大好き。