結局また、美咲のヤツに助けられた。納品だけじゃなくて事務作業とか売り上げ計算まで、何から何まで頼りになった。つかどこでそんなスキル身につけたんだよってくらい計算も早いし、事務作業も早い。コイツ経理の事務員になれんじゃねーのと本気で思った。
「帰ろー」
「は、お前今日は家に帰れよ」
「やだよ」
同じ電車の、けど違う車両に乗り込んで、同じ最寄り駅で降りる。明日はライブ本番だってのに、美咲のやつは俺の隣に来て合鍵を取り出した。お前んちじゃないんだけど。そして夜飯はコンビニで済ませようと思ってたのに、美咲はばーかとキーホルダーを指で引っ掛けて合鍵を回し始めた。
「あたしがラストまでいて、それでコンビニで済ませるなんて許すわけないじゃん。はーもうホント考えなよばーか」
「そうじゃねーよ、明日ライブ……」
「いい、明日の六時からだし」
それは朝家に帰って支度すれば間に合う、という意味か。なんだってそんなに自分よりも俺を優先しようとするんだよ。
今日くらい、俺はお前がいなくたって……と言いたいところだが、言えない。さっき助けてもらったばっかりでそれは、あまりに説得力なさすぎる。
「何がいい?」
「簡単なヤツ」
「ふーん、じゃあパスタでいいね?」
「おう」
簡単なものリストにサラっとパスタが入ってるのかと思ったけど、この間トマト缶買ってたな、あれか。トマトソースのパスタ。さっさと時短で済ませようとするのに美味いんだよな。なんか女子に興味なさそうな顔しといて美咲の女子力ってかなり高めなのは不思議なくらいだ。
「ふふ」
「なんだよ」
「いやぁ? あたしのこと女子力あるっていうの、み、宮坂さんだけだから」
「そうなのか?」
どうやら美咲クラスがゴロゴロいるってことなんだろうか。え、それはねーだろ流石にさ。
こんな家事完璧な女子高生がイマドキ大量にいたら世界はもっと優しくなってるよ。俺はそう思うんだが。
「まぁ、こうやって料理作るの、宮坂さんだけだからね」
「……それは」
俺はその言葉にはっとした。
なるほど、それにはマジで俺から伝えなきゃいけないことがあるんだった。いつも思ってたこと、感謝の中にある、もう一つの気持ち。想い。
「なに?」
息を大きく吸って、扉に手をかけた美咲が背中越しに振り返った。
控えめなボブカットが揺れる。大きな瞳が俺を捉えた。月明りの下で、俺はどうしても伝えたかったことをここで伝えることにした。
「すっげぇ、勿体ないよな」
「……は?」
なに言ってんのって顔をされた。いやだってそうだろ、そんな料理美味いのに俺にしか食べさせたことないなんてさ。あんなのもう金が取れるレベルだから、なんなら料理店なり定食屋なり開いたら毎日通っちゃうレベルだからな。
「ばーか」
熱弁したら半眼で、なんか本気で拗ねたようにそうやって言われた。お前はすぐに俺をばか、ばかって言いやがるなばーか!
──と女子高生と同じ目線でケンカをするわけにはいかない。俺はコイツの九歳上だからな。
「はぁ……ホントばかなんだから」
「またそういう」
「事実」
下味のついていた鶏肉をトマトソースの中に落とし、コンソメを入れて味を見ながら、俺に視線を向けずにそうやって俺のことをばかって言いやがった。なんだよ、なんも変なこと言ってないと思うんだけどな。
「……ちょっとでも期待したあたしがバカだった」
「なんの話?」
「なんでもない」
これまた視線向けずに一言、どうやら味付けは美味しいようだ。いいことなんだけど、素直に喜ぶことができない。明らかにバカにされてる。
でも味が気になって隣に来たら来たで、なんだか口許を緩ませてもうちょい待っててと、そこでようやく俺を見た。
「テレビでも見てたら?」
「それは……申し訳なさすぎるだろ」
だからといって、手際のいい美咲の手伝いができるかと言ったらできない。俺はこういう状況においてまるっきり何もできないんだよな。やっぱ自炊とかできないのは致命的ってわけだ。反省しよう。
「あたしは気にしないから」
「俺が気にする」
けど、女子高生をパタパタと走らせて頼って、俺が座して待つってのは我慢できない。手伝えるだけでも手伝いたいし、なんなら美咲に頼らないでいられたら本当は理想的だ。
──相手は九歳下だからな。
「ばか……意地っぱり」
「なんだよ」
「すぐそれ……じゃあお皿出して」
「それくらいなら」
そう言って食器棚を開けて取り出す。この食器棚がキレイに整頓されてるのも、実は美咲のおかげで、家主としてなんだかまずいなという気分にさせられる。仕事では店長代理として客、アルバイトやパートの力になっているのかもしれないけど、こう家に着いた途端に、ただの女子高生に頼り切る。情けないとは思うけど、どこかで俺は美咲ならいいかと思ってるんだろうな。
「ごちそうさま」
「おそまつさま」
「今日も美味しかった」
「そ」
そうやっていつものように向かい合ってご飯を食べて、先に風呂入ってきなよと言われた。既に美咲は食器を洗おうとしてる状態で、それを少しだけ背に見てから、俺は湯船に浸かることにした。
──先に入って、先に寝ていてほしかった。俺のために自分の時間を使い過ぎるな、って言いたい。言えない自分の弱さに溜息を吐いた。
「……ばーか」
浴室に響いた俺の声は、なんとなく歪んで聞こえた。もうとっくに日付は変わってるってのに、美咲は食器を洗ってきっとソファに寝転んでスマホでもいじってるんだろう。そう思うともう一度だけ、ばーかと言いたい気分になった。
翌日の朝、美咲はわざわざ朝ごはんを作って、それを食べて掃除をしてからパタパタと家に帰っていった。集まりは昼からだからいいの、の一点張りで俺は結局、ロクに手伝うこともできずに美咲の家事を見てることしかできなかった。
「昼は……テキトーでいいか」
でも一番ダメなのは、なんやかんや言いながら美咲がいなくなった途端にコレなこと。こりゃ美咲が放っておけないって言うのもわかるなと客観的に見ながらも、それを改善する気がない自分だ。
「……あ、そうだ。来週の会議の資料纏めないと……どこまでやったっけ」
ノートパソコンを持ってきて、リビングで作業をする。店長に、会議の出席はどっちでもいいと言われたが俺としては行く以外の選択肢がない。俺だっていずれは店長になってキャリアを積んでかなきゃならないんだからな。
時間はあと二時間。アラームをかけて、サイレントにしてたなんて古典的ミスはしないようにして、俺はパソコンに向き合う。
やっぱり朝ごはんを食べてると集中力が違う。できるところまで進めて早二時間、アラームの音を合図に俺はキリをつけて伸びをした。
「でかけるか」
駅で昼飯を食べてからローカル線でのんびり向かっても余裕がある時間に家を出て、思わず行ってきますと言って、左右に誰もいないことを確認してから溜息をついた。
──幸せ、なんだろうな。こんな犯罪ギリギリ踏み越えてるような関係で幸せって責任ある社会人としてどうなんだって話なんだけどな。
「懐かしいな」
ローカル線を乗ると、美咲と初めて会った時のことを思い出す。俺は美咲を助けた……なんて言ってるけどそんな大層なものじゃなくて、ただ逃げ場のなかった美咲の逃げ場になっただけ。それ以来、俺は美咲に助けられっぱなしだけど。
家事や料理をしてくれた。バイトに来てくれた。何より独りぼっちだった俺と、繋がりをくれた。
「なーんか、人間ってさ、正しくなきゃ生きてけないと考えちゃうかなーって、思うんだよねぇ」
「なんでキミは、そう思ったの?」
「ここにいて、あたしは生きてるって思うから」
なんてね、と膝を抱えて笑った顔と会話を、俺はたぶん忘れない。忘れられない。
忘れてる時はいつも、美咲が傍にいる時だけだ。離れたらいつも、そのことを考えてる。今日もそれを考えてるうちに、ライブハウスの最寄までついた。小さな川沿いの、でも練習スタジオも併設してるから決して小さくはないライブハウス。美咲にタダで貰ったチケットを片手に、並び始めているその熱気の一部になっていった。
「バイトのヤツが言ってたけど、流行り、なんだっけ」
ガールズバンドは空前絶後の流行らしい。玉石混交とはいえ粒の大きなアマチュアのグループがいくつもいて、ライブハウスなんかで日夜音楽技術を磨いてる……とそれは受け売りの言葉。玉石混交ってフツー大学生言わねーだろ。俺だって使わねーよ。その熱く語られた言葉通り、ライブハウス前の熱気はすごい。これアマチュアなんだよなってくらいに開演を待ち望んでる人の多さに、俺は改めて美咲の本来の姿はすごいんだなと思わされる。
「さぁ、今日もみんなの笑顔を見せてちょうだい!」
わぁ、と歓声が上がる。金髪の子が手を振りながら袖からやってきてくるりと前方宙返り。初見の俺にとってはいきなりのビックリパフォーマンスを披露した。
そしてクッションもないのにキレイに着地したら、行くわよ、と瞳を輝かせ、ライトが消える。
「ハロー、ハッピーワールド!」
再びライトが着いた時には、楽器の前にそれぞれのメンバーが立っていた。まるでマジックショーのような始まり。美咲の言葉を借りるならイリュージョンこそが、第一の魔法ってことなんだな。
美咲、ミッシェルのDJパフォーマンスはものすごいな。というかあのキグルミでどうやって演奏してんだよと思った。
夢のような時間、自然と笑顔になれるような時間だった。魔法にかけられたように熱気と楽しさに満ちた時間でも、一番印象に残ったのは、かわいい顔をしてえげつないパフォーマンスをするドラムの子でも、ギターが物凄く様になってる長身のイケメン女子でも、元気に跳ねる短髪のベースの子でも、一番目立つ金髪のボーカルでもなくて、ピンク色のクマのキグルミがほんの一瞬、俺の方に小さく手を振った時だった。
――終わったらお疲れ様ってメッセージを送っておこう。んで、明日はバイトに来てくれるから、なんか甘いもんでも買ってきてやろう。それが、俺が返しきれないものをもらってるせめてものお礼だ。