ライブから数日経ち、春満開のこの季節、寒々しい冬に出逢った美咲が高校二年生になった。こころ、ハロー、ハッピーワールド! のボーカルの弦巻こころとクラス離れちゃったな、なんて少しだけ寂しそうに笑った美咲に、俺はどーせ構ってほしくて飛んでくるって言っておいた。会いたいって思う気持ちがありゃ面倒なはずでも来るだろってな。そうしたら、よくわかってんじゃんばーかって言われた。なんで?
俺の方は、人事が変わるかと思ってたけど、そんなことはなく、俺は店長代理のまま、店長は二店舗店長のまま。当然研修とかできる状況じゃないから新入社員が入ってくる可能性はゼロ。俺はほぼ孤立無援状態な一年が始まっていた。
「学校終わったらそっち行くから」
「今日は六時からだからのんびり来いよ」
「すぐ行くから」
ヒトの話を聞けと言うのに、朝っぱらから電話してきた内容がこれ。孤立無援状態云々を知っているせいなのか、絶対に譲ろうとしない。バンドの練習も、キグルミで商店街のイベントにも出なきゃならないのに、そんなに働いたら扶養から外れるから気を付けろよと返してやった。
──返事は、キグルミバイトは手渡しだから大丈夫、だそうで。それは大丈夫とは言わねーから、脱法って言うんだからな。バレたら脱税でバカみたいに払わされるからな。それは親を困らせるってことだからなお前。
「……わかってるよ、うるさいばーか」
「またそれか」
「うるさい、もう切るから、じゃね」
最後の一言がこれ。全然わかってない反応だったなありゃと思いながらニュースをBGMにトーストにかじりついた。美咲が春休みの一週間は散々どっちに長くいたのかわからんくらいにいたからな、なんとなく家が寂しい雰囲気だ。それがあるべき姿、ってヤツなんだけど。
「……行ってきます」
自然に言葉に出て、俺はなんとなく気分がしゃきっとした。美咲が学業に専念できるように、俺は俺のやることをやるだけだ。
取り敢えず、まずはネットのアルバイト募集要項を更新しよう。新生活始めたてのこの一ヶ月が勝負だからな。
今日もさっそく、それを見越したアルバイト募集の男子大学生の応募があったもんで、俺は頭に入れたプロフィールを思い浮かべた。履歴に怪しいところはなかったから、後は人柄かな、五時からの面接のためにいつもより制服をきちんと整えてきたしな。
「さーて、頑張りますかね」
面接のことを伝えた以上、まぁ美咲が五時より前に来ることはねーだろと高をくくっての仕事だった。接客をして、いつも絡まれる……もとい散歩の途中だというのにわざわざ俺みたいな若輩者のためにご高説を垂れていただく爺さんの相手をして、たまにはなんか買ってけよと悪態をつき、昼飯にサンドイッチを食べて、あっという間に四時過ぎになり、そして。
「おはよーございます、宮坂さん?」
「は? 帰ればーか」
嘘だろホントに。家にも帰らずに一直線に来るやつがいるかってんだばーかと言いたいのを我慢して、それだけで我慢しておく。美咲は練習帰りだし、と俺の揚げ足を取ってきた。ああそう、入学式だから午前で終わったのね、なるほどね。やっぱバカじゃねーかばーかばーか。
「ばか、面接までの事務作業手伝いにきただけだし」
「はぁ……」
「溜息はひどいと思うんだけど……」
溜息もつきたくなる。俺の立場もわかってほしい。なにせ美咲が来ると一部のバイトやパートが嬉しそうに俺に報告に来るんだから、マジでなんにも隠しきれてない。この間主婦の方にありがたい年の差の話されたんだからなコッチはさ。
「それで? 今日来るのどんなヒト?」
「……理系大学生、バイト経験なしで週三12時間ほどを希望らしい」
「うーん、人柄だね、そーすると」
そんなことお前に言われんでも把握してますー。
──花咲川女学園制服姿の美咲は近くのコンビニで買ったらしい470ml紙パックのミルクティーをストローで飲みながら事務所のパソコンで事務作業をしてる。コイツマジで社員としての俺より長く働いてる遅番パートよりできること多いよな。俺がバイトん時はできて精々発注とかそんなもんだったんだけど。つかその格好で社員ばりのことやんのやめてほしい。ギャップがすごい。
「あ、そーだよね。このカッコだと面接で怪しまれるよね」
「……そっちじゃねーよ」
「宮坂さんのプライドどうこうは知らない」
どーせプライドなんて一ミリもないですとも。つーかさぁ、仕事中なら敬語を使っておくれ礼儀の正しい女子高生さん?
イヤミっぽくそう言うと美咲はミルクティーを飲みながらのまま、は? と心底バカにしたような顔をしてきやがった。コイツ……
「あたし今給料発生してないし」
「あのな……」
「だったら働くな、もなしね。あたしは知り合いのよしみでみ、宮坂さんを手伝ってるだけだから、今は敬語は使わない」
そこ、こだわるところかよとツッコミたくなった。大丈夫面接の時はちゃんと敬語使うから、って面接ん時は出てけよ女子高生。
明らかにこの光景を見たヤツ全員が全員、痴話げんかと言うだろう会話を繰り広げていると、業務連絡で俺の名前を呼ばれた。たぶん、来たな。
「せめてエプロンつけてくれ」
「はいはい。着替えるからゆっくり目に歩いてきといて」
「あいよ」
なんだかんだで、作業はめちゃくちゃ捗るんだから悔しい。なんなら接客やトラブルで時間食われてもアイツが代わりにやってるってのがもっと悔しい。
──どうせ、採用不採用にも口出してくるんだろうな、と思いながら緊張気味の新大学生くんを迎えにいった。
面接が終わり、あたしは息を吐いてから時計を見た。丁度六時前だったからあたしはタイムカードを切る。
トントン、と机で履歴書と書類を整えた
「採用でいいんじゃないですか?」
「そうか?」
あたしの言葉に、宮坂さんは確認をするように、一応の意見を取り入れようとあたしに問い返してきた。
ちょっと前まで帰れだとか、いらないだとか言ってたくせにガッツリ頼るつもりなんだから、なんというか、宮坂さんらしい。
「受け答えは緊張の範囲だと思いますし、そもそも業種に興味があるってことはそれなりにモチベーションもあるってことじゃないですか」
「……そうだな、よし」
正直、あたしが口を挟んでいいことなのか、って言われたらよくないんじゃないって思う。仮にもあたしはなんの責任もない学生バイトなわけで、面接とか採用とかの人事には社員としての責任が必要で、冷静に考えれば、あたしが口を出すこと事態がおかしいことで。
──宮坂さんは採用を決めた。あたしの口添えがなくても決めてたかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。チリっと胸が焦げるような痛みを感じた。
「んじゃあ美咲はまずレジだな、販促は?」
「大丈夫」
「ならよし、接客行ってくる……ってどうした?」
その痛みが嫌で、思わずあたしは宮坂さんの手を掴んでいた。チリチリする、胸が痛い。最近のあたしは、出過ぎてる気がする。
世界を笑顔に、そんな夢に当てられたあたしの気の迷い? こころが、みんながいないと、あたしはまだまだ、こんな弱い人間なんだ。
「今日」
「ん?」
「やっぱり……泊まっても、いい?」
弱いから、あたしはこの九歳年上の幹人さんに依存する。こころたちがいる時のあたしと、幹人さんを助けてるあたしの奥底に眠る、こころたちに、幹人さんに必要としてほしいと泣きじゃくるあたしがいる。
──自分の存在意義がわからなくて助けてと叫ぶあたしの頭を、幹人さんは一つの溜息と共にちょっとだけ乱暴に撫でてきた。
「前に言わなかったか?」
「でも……」
「好きにしろ。お前はあそこで、ただいまって言っていいし、おかえりって言っていいんだよ」
ばーか、と言われてあたしは少しだけむっとした。ばーかって言いたいのはあたしだし、ばーか。
なんて言いたいけど、その前の言葉に胸がほわんと温かくなったから何にも言わないでおく。ただいまって言ってくれて、おかえりって言っていい。あたしもただいまって言える場所。あたしの居場所だ。
「ごめん……あたし」
「オムライス」
「へ?」
「今日のメシはオムライス、今俺が決めた」
「……作るの、あたしなんだけどね?」
そりゃそうだ、俺はキレイに包めねーもん、と子どもみたいに幹人さんが笑った。それと同時に、好きにしろって言葉より深く、あたしの胸に安堵が広がっていった。それじゃあ、今日はちゃんと時間通りに上がるとしよう。
先に作って、お風呂沸かして、おかえりって言いたいから。
「ほら、もう出勤時間とっくに過ぎてる。行ってこい」
「……はいっ」
あたしのアイデンティティは、それだけですっかり元通りになってた。ちょうど接客に
──まさか、聞いてたの? そう思って慌てたように振り返ると、彼女はさぁね、と笑って事務所に入っていった。え、なにそれ怖いんだけど。
「……まぁ、いいけど」
あたしとの仲を幹人さんは絶対に否定するし、たぶん事実としてあたしに女としての興味なんてこれっぽっちもないんだろうけど。
いつも言うその九歳差は、あたしの中でそれほど重要なものじゃないってことに気づくのは……いつなんだろ。あたしがちゃんと言わないと気付かなさそうなのは、なんか好意にニブい幹人さんらしいけど。ばーか。