恋人未満な九歳差   作:黒マメファナ

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変わらない彼女

「通報する」

「待て待て、落ち着け美咲」

「落ち着いてる。これ以上ないくらい冷静だから」

 

 ──そして、何故かこうなった。なんで美咲のやつこういう時に限ってスマホ見てねーんだよ。というわけで美咲の顔から表情が消えたブリザード状態。そんでスマホの緊急電話番号をわざわざ俺に見せるように110にしてグレイシャルなアタックをしようとしてくる。それフィニッシュしちゃうから。マジでヤバいからやめてね。

 

「なんでこころがここにいるの!?」

「成り行き?」

「ふーん」

「あ、待って通話ボタンは押さないでくださいお願いします美咲さん!」

 

 これが怒りに染まった九つ年下に縋りつく二十代後半男の泣き叫ぶ図です。残念ながら警察は弱いものの味方なはずなのに容赦なく俺を断罪しようとするでしょう。これで女子高生の方から家に来てくれたんだって言ったら精神鑑定RTAが始まる恐れまである。あると思います。

 

「……ったく、あたしが油断するとあんたはいつもいつも」

「いつも女子高生連れ込んでない」

「通報する」

「なんで?」

 

 なんで今日こんな怒ってるの? なんかあった? 電車で嫌な先輩に絡まれでもしたか。えらく不機嫌な様子なんだけど。そう思っていたら弦巻さんが、美咲はどうしてそんなに怒っているの? と命知らずな爆弾を放り投げた。おいおいおい死んだわアイツ。

 

「別に……怒ってないけど」

「怒ってるわ! ココがきゅーってなってるもの」

 

 弦巻さんは眉間の皺を指した。その金色の太陽さんの言葉に美咲はむっとしたような顔の後に困った顔をして、それから全てをため込んでため込んで、それをはぁ~、と長い長い溜息と共に吐き出してみせた。

 

「……ごめん、美咲」

「別に、み、宮坂さんのせいじゃない、こころが来るって言い出したんでしょ?」

「そうよ!」

「じゃ、宮坂さんのごめんは意味わかんない」

「……だよな」

 

 それでも何か思うところはあるようで唇を尖らせて美咲は着替えてくると部屋に引っ込んでいった。リビングに残された俺と弦巻さんは、しばらく顔を見合わせていたが、弦巻さんがふふふっとまた春の日差しのような優しい笑みを見せた。なにこのちょいちょい見せてくる慈愛の瞳は。元気っ子だと思ってたのにお嬢様みたいな上品さもあるんだな。

 

「美咲は、とっても心配性なの」

「……痛感してる」

 

 そうやって苦笑いをすると弦巻さんは違うわと首を横に振った。何が違うんだよ、と返すと弦巻さんは美咲の向かった部屋のほうを見て、美咲は変わるのが怖いのよ、とっても怖がりなんだわって言葉を足してくれた。

 

「美咲はあなたと一緒にいられる時間がなにより大切なの。なかったら美咲じゃないくらいに、大切にしているのよ」

「……そんなにか?」

「ええ、だから、それが崩れちゃうかもって思うと、ああやって泣いてしまうんだわ」

 

 弦巻さんはすごくやさしい顔をする。ホントに美咲のことを見ているんだなって顔。俺なんかよりずっと、一年間もの間、美咲に向き合ってきたって表情で弦巻さんはだから、あなたはあなたでいなくちゃダメなのよ? と俺に視線を合わせた。

 

「俺じゃなきゃ」

「そうあなたがいなくちゃ、美咲を笑顔にはできないわ」

「言い過ぎだろ」

「そんなことないわ、あなたは……そうね! もっと単純に考えてもいいと思うの! あなたがどうしたいか、美咲に、どうしてほしいのか、まっすぐそれを伝えられたら、きっともっと笑顔になれるわ」

 

 もっと、ね。俺は今でも美咲のおかげで笑っていられてるって弦巻さんに判断されたってことか。

 間違ってない。俺が笑っていられるのは美咲のおかげだ。美咲がおかえりって言ってくれるからだ。

 

「……ったく」

「美咲」

「ん?」

 

 まだ唇を尖らせながら出てきたラフな部屋着姿の美咲を、呼んで、弦巻さんに、ごめんと謝っておく。

 ──ここからは、俺と美咲がなんとかする番だから。

 

「ちょっと」

「いいから」

 

 俺の寝室に通して、弦巻さんには聞こえないようにする。聞き耳を立てられたら無意味だけど、そういうことはしないだろうし。

 なにより、たぶん、美咲はあの子がいると怒れない。自分が大人でなくちゃいけないと思ってる。そんな気がしていたから。

 

「なに?」

「おかえり」

「……は?」

「だから、おかえりって。言ってなかったから」

 

 取り敢えず言いたかったこと。くだらないこと言って、いつもみたいに怒ってほしかった。そういう意味で言ったんだけど、美咲はぽかんと口を開けて、その顔がにやけ顔に変わった。噴き出すのを堪えるように、でも堪えきれなくて、美咲は口許を手で押さえて笑い出した。

 

「ふっ……ふふ、あんた、ホントさ、ばかだよね……ふふ」

「は、はぁ? 笑うとこじゃねーから」

 

 文句を言ってみたけどツボに入った美咲はしばらく笑い続けた。まるで安心して、堰を切ったように。

 美咲は一通り笑い、そして笑い疲れたのか、ベッドに寝ころんではぁ~、と俺を見た。

 

「ふふ……ただいま……」

「美咲……」

「まだ言いたいことあるなら言えば?」

「いやそれ俺のセリフなんだけど」

 

 あたしはないよと美咲はすっきりしたような顔でそう言ってから、けれど不安そうに俺の腕を掴んでくる。

 ──美咲は一緒にいられる時間を大切にしてる、か。そうだよな、いつまでもこうやってるわけにはいかねーし、俺だって転勤の可能性もないわけじゃねーもんな。

 

「なぁ美咲」

「ん?」

「俺、有給溜まってるんだけど」

「うん、それで?」

 

 美咲はそう問い返してくる。まるで何かを期待しているような口調だった。

 女子高生相手にこんなことを言って、まるで俺が誘っているようだという恥ずかしさがあった。でもそれ以上に弦巻さんの言葉、単純に考えるというものが俺の背中を押していた。

 

「連休取って、どっかに出掛けたり……二人で」

「二人、って強調する必要、ある?」

「……ないな」

 

 からかい交じりの返しに俺はやっぱり気恥ずかしくなって苦笑いになった。それにあたし部活もハロハピもバイトもあるんですけどー、とまで言われてしまっては俺はごめん、としか言えなくなった。

 ここにいるのも恥ずかしくてベッドから立ち上がろうと腰を浮かせた瞬間、美咲は俺の左手の指の間に自分の指を絡めて、思いっきり手を引いてきた。

 

「うわ、ちょ、美咲……?」

「あはは」

 

 支えられるはずもなく、俺はベッドに逆戻り、無様に白いシーツに倒れこんだ。文句を言おうと左側を見たら、美咲は今までにないくらいに嬉しそうな顔をして笑っていた。いつもとは違う、無邪気な雰囲気があって、不覚にもドキっとしてしまう。

 

「どこ行く?」

「え、あ……」

「どうせの連休なら、遠出がいいな。どこかに連れてってよ」

 

 しっかりと絡まった指が少し動いた。甘えるような言葉は、やっぱりいつもの美咲らしくはないけど、でも、そうだよななんて納得するところはある。美咲は、まだまだ十代の女子高生だ。大人なんかじゃ、ないんだよな。

 

「行きてーとこある?」

「み、みき……宮坂さんとなら、どこでもいい」

 

 そんな言葉、俺じゃないやつにしろよな。あと思わせぶりな発言には気を付けた方がいいと思う。四年ほど歳が近かったらお前襲われてるからな、俺に。こういう美咲が少女じゃなくて女性の顔をするたびに、九歳差でよかったと思うことがある。

 

「んじゃあ行く場所決めるから、その間に美咲は」

「ん、ごはん作るね」

 

 そう言うと美咲はもぞもぞと、何故か更に俺の近くに転がってきた。懐かしい気分になるな。美咲は不安だったり不満だったり、そういうマイナスの感情があると俺に近づいてくるってクセがある。

 ──なにせ初めて会った日の美咲は最大値のマイナスからスタートして、このベッドで一緒に眠ってるんだからな。でも肝心な距離まで近づいてこないから、俺は溜息をついて美咲のことを抱き寄せた。

 

「わっ……もう、女子高生に欲情はしない、んじゃなかったんですかー?」

「してねーよ、ばーか」

「ホントかなー」

「ホントだから、今日は一緒に寝るか?」

「は?」

「は、ってお前……」

 

 思ったよりもひどい反応をされて傷ついた。だってこのベッド、宮坂さんの匂いするもんって、そんなに臭いか? ついに俺もオッサン臭がするように……いやそんなバカなことがあるか。接客業として、さらに美咲と会ってからそれは一番気を付けてることなのに。

 

「ばーか」

「……なんだよ」

「やっぱばかだなって思っただけだよ……みきとさんはホント」

「ん? なに?」

「ほら、やっぱりばーか」

 

 後半の言葉は俺の腕に吸い込まれて俺自身に届くことはなかった。でも美咲はここで、漸く素直でかわいらしい笑顔を浮かべてくれた。そしてこころ待たせてるから、行こってあっさり起き上がる。もうその顔はちょっと前までの不安とか心配をしているようには見えなかった。

 

「それより、忘れないでよ」

「なにを?」

「デ……えっと、旅行の話」

「覚えてるよ」

「信じたからね」

 

 ──部屋を出ると、こころはいなかった。机の上には置手紙があり、美咲が笑顔になってよかった、また来るわね、という彼女らしい伝言と、それとは別にものすごく丁寧な字で、突然の訪問への謝罪と、これからも()()()()をよろしくお願いいたしますという文言が書かれていた。誰? 弦巻さんの親……にしてはおかしな言い回しだな、と首を捻っていたらいつもこころと一緒にいて色々なことをしてくれる黒服さん、と美咲が説明してくれた。マジのお嬢様だったのかあの子。

 

「そうそう、明日さ、ハロハピの練習あるけど終わったら手伝いに行くからね」

「金曜だからか?」

「そ」

 

 金曜の夜は忙しいからな。素直に言うと美咲がいてくれるのはありがたい。そしてこの言葉は()()()()()()()()()()()()()()()()()。練習終わりに買い出しをしてくれて、俺んちに置いてから来てくれるってことだ。それを言ったら俺はいつもどっちかでいいって言うから、美咲は言わないだけ。でもどっちかじゃなくてどっちもってところが、美咲なんだよな。

 

「カンタンなのでいいよ」

「今日のはもう決まってるけど」

「明日」

「……そっか、わかった」

 

 俺の言葉に少しだけ驚きが混じりながらも、はにかんだその顔は、まるで一番最初に美咲の手料理を食べて絶賛した時に似ている気がした。

 あの時から美咲の感情は、たぶん変わらないままなんだろうな。エプロンをつけて作り始める美咲は、鼻歌でも歌いそうなくらいに口元が緩んでいた。

 

 

 

 

 

 

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