非存在の存在証明   作:トブト

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【前提条件】〜彼らとは〜

【プロローグ「それは誰が決めた価値観か」】

 

 

 

自分の存在意義について考えたことがある。

人とは何かしら意味があって生まれてきたのだと昔誰かは言った。

 

その意味がなんなのか解き明かそうとあらゆる思想から観点から憶測や推測が飛び交ったものだが未だハッキリとした答えまでには至れていない。

ある者は人とは文明を発展させ種の保存、保全のためだと。

ある者は人とは自然の理から外れ他の命を摘み取り、いずれは滅ぼすためだと。

対極にある意見が次から次へと生まれ、そして消えていく。

 

このやり取りを長い歴史の中で繰り返す。

 

結局人とはなんなのか?

 

それが今共通する認識。

 

 

ではこれを“個人”に置き換えればどうなるか?

 

 

個々には優劣というものが存在する。

目に見えての成果や結果がその全てを形成する。

容姿が良いの者、能力に優れた者、才能に恵まれた者、誰からにも愛される者など。

そういったものを個人の価値に付加する。

その逆の評価を受ける者もそれはそれで優劣を示すための存在意義を見出されている。

悲しいことに。

 

ではその中間は?

 

 

ただこれといって恵まれた環境に育った訳でも。

ましてや劣悪な環境に育った訳でもなく。

人より抜きん出た部分もなく、かといって誰よりも劣っているわけでもない。

ただ普通に生きて。

ただ誰にも影響を与えてなくて。

でも別に誰かに迷惑をかけてる訳でもなくて。

そして何も生み出さない。

 

 

そういった存在しないモノを世界はいらないと判断してしまう。

 

 

改めて自問自答してみる。自分の存在意義とはなんなのか?

ただ普通に生きて誰にも影響を与えてなくてでも誰にも迷惑をかけておらずそして何かを生み出していない者の存在意義。

 

 

 

 

 

 

 

何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「………消えてなくなりたいな」

 

 

そんなことを言ったからなのかは分からない。

ただその時その場で胸中に浮かんだものを発しただけの言葉。

それがキッカケだなんて思わない。

こうなることは分かってたし、そうなることは決まっていた。ただ早いか遅いかで理由を探していただけだ。自分が納得するための。

 

建物の屋上から飛び降りるだけの理由を。

 

超高層ビルからの落下は想定以上の圧に包まれる。

そこにすり抜けるように下からその圧を上回る力、重力の誘いが自身の体へと絡みついてくる。

それは己が元へと早く近づかせるために核となる部分に近づくごとに速く、強くなって。

あれだけ遠くに感じた地面も今はもう目の前にーーー。

 

 

 

 

瞬間、全てが暗闇に包まれた。

 

 

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

死にたかったんじゃない。

消えたかったんだ。

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

『承認。“ノン・エクシズテンス”[世界の消失]を獲得』

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

【第一説「彼等は確かにそこにいた」】

 

 

 

風に撫でられて草木が鳴く。

一面草原の丘に森とは切り離されたように一本の木。

孤独の木にみを寄せ合うようにして二人の人影がそこにはあった。

 

 

「んっ……」

 

 

木の根を枕がわりに寝そべっていた黒のコートに身を包む少年は顔に日が差し込むと小さな呻き声をあげ、目を覚ます。

少年はそのまま起き上がって大きく伸びをしたところで目線を自分の足元、先程自分が寝転がっていたところの隣にいる人物に目を向ける。

 

「…………すぅ」

 

 

そこにすうすうと眠りこける黒紫髪の肩から伸びるロングスカートに上から白のエプロンを着込んだような服装に全体的に目立つフリルと肘まで覆うアームウォーマーで露出は控えめでも前に起伏が激しい体つきに見え隠れする華奢な二の腕が妖艶さを醸し出す、黒を基調にしたメイド服の格好をしたような少女がいた。

 

起きた少年はその様子に一瞬の逡巡の後、腰を下ろし眠り姫である少女の耳元に顔を近づかせ。

 

 

「リリア。朝だよ起きな」

 

 

優しくフッ、と息を吹きかけるように声をかける。

しかし未だ夢の中に囚われているお姫様は目を覚ます様子はなく。

 

 

「ムニャムニャ……ご主人そこは……ダメ……激しい」

 

 

なにやら危険な内容を窺わせる寝言を呟き、再び夢の中へ。

 

 

「起きろ、リリア」

 

 

その発言を受けて少年は今度は先程とは打って変わって冷たい口調で起こしにかかる。

 

 

「ふにゃっ!?」

 

 

トドメとばかりに少年は少女の鼻頭を押さえる。するとなんとも間の抜けた声が草原を駆け巡る。

 

 

「ヒドイ……ご主人……痛くしないって言ったのに……優しくしてって言ったのに……」

 

 

起き抜けに鼻頭を押さえながら開口一番に含みのある言い方をしながら黒紫の少女リリアは恨めしそうにご主人様を見る。

一方、ご主人様こと少年はその様子に呆れながらに。

 

 

「さっさと起きないリリアが悪い。てか警護を頼んでいたハズなのになんで一緒になって寝てるんだ?」

 

 

本来の職務を放棄して惰眠を貪る使用人の怠惰の理由を問い質す。

 

「ご主人の寝顔を見ていましたら思わず欲じょ…私の中の庇護欲が駆り立てられてしまいどのようにして襲お…身を守ろうかと試行錯誤をしながらご主人の寝姿を視か…眺めていましたら思わず寝入ってしまったようです。誠に申し訳ありません」

 

「嘘が下手か」

 

 

トス、と頭の中がもれなくピンク一色の使用人の頭目掛けて手刀を繰り出す。

 

 

「ご安心ください。このリリア。命を懸けて全身全霊でご主人の貞操を死守いたします」

 

「僕はお前から身を守ってほしいよ…」

 

「そしてご主人の初めては私がいただきます」

 

「襲う側になってんじゃねーか」

 

肩を落とし、溜め息混じりに吐いたセリフは草原の奥へと吸い込まれるのだった。

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

木漏れ日が差し込む森の中。

遊歩道の真ん中でパカラパカラと小気味良い音に揺らされながら馬車の荷台に乗る男女が二人。

しかしそこに馬と馬主の姿はない。

代わりに前輪と座席のような物があてがわれており座席部分にはリアクターと言われる成人の腰元あたりまで伸びる杖の形をした魔力装置が設置されている。

そのリアクターに魔力を込めればその魔力を動力源にして動く魔動馬車。

座席があるようにリアクターには椅子に座りながら魔力を込めることが出来るのだが予め行ったことがある場所ならば必要分の魔力を込めるだけでその使用者の記憶を魔力を介して読み取り、自動運転も出来る優れもの。

運転速度も搭乗者の数に合わせて調整が出来る。

そのため移動中には余暇が生まれる。

 

 

「ご主人、小腹の方は空いていませんか?私お弁当なるものを持参してまして。よろしければこちらを」

 

 

スッ、と恭しくも差し出されたものは荷台に積まれていた木製のカゴから取り出した竹の皮に包まれたもの。

それを少年は無言で受け取り、中を開くと。

 

 

「………リリア。一応聞くけどこれは何?」

 

「おにぎりです」

 

 

そこには黒煙を立ちのぼらせ、ジュー、ジュー、と何かが焼き尽くされて原型を保てずに崩壊と形成を繰り返すような物質と呼ぶべきなのかも憚れるモノがあった。

とてもおにぎりというものには見えない。

少年はかつておにぎりだったのであろうものに目を落としながら。

 

 

「……何を入れたの?」

 

「愛情を少々」

 

 

平然と表情の読めない顔で言ってのける使用人。

 

 

「お前のさじ加減どうなってるの!?」

 

 

たまらず少年は声を荒げた。

 

 

「毎度言ってるよね!?料理はしなくていいって!リリアが込めた魔力は全部闇と毒の性質を持っちゃうから!なにこれ暗黒物質出来てるじゃん!?」

 

 

差し出されたものを突き返し物申す。

 

 

「そんな……せっかく丹精込めて作ったのに……朝八時に頑張って早起きしたのに……」

 

「対して早くないし!絶対これ間に合わせじゃん!そんなに込められてないよね!?愛情!」

 

「昨晩はご主人がなかなか寝かせてくれませんでしたので………」

 

「どこかの誰かさんが身辺警護と言う名の夜這いを掛けてきたからな!部屋に入れないようにカギ設置しておいて正解だったよ!」

 

「あのカギは破壊しておきました」

 

「なにしてくれてんの!?」

 

 

ガコガコ、と馬車が揺れる傍で。

森の茂みで複数の影が忍び寄る。

 

 

「人のプライベート空間に無闇に入ってこないで!」

 

「良いではありませんか。あの場所はご主人と私だけの言わば愛のs…聖地。誰にも害される心配はございません」

 

「一番の懸念材料が唯一の同居人にあるんだよ!」

 

 

カサササッ、と影は馬車を静かに取り囲む。

 

 

「それに今は恥ずかしがっているのか分かりませんがご主人は控えめに言っても異性にはおモテにはなられない様子。なればいずれ私を選ぶのは必然かと」

 

「何その嫌な方程式!?てか誰が非モテだテメェ!!いいだろう今日という今日はその引導渡してやる!表に出ろ!」

 

「お客様のようです」

 

 

突然スッ、と。

それまでの空気が一変するように少女の目は物語る。

その鋭い視線は馬車の外へと向けられる。

 

 

「三……いや四十くらいか?」

 

 

少年の方も雰囲気を一変させ外に視線を向ける。

先程までの喧騒もすっかりなりを潜め、歴戦の猛者のような雰囲気を漂わせている。

 

 

「いえ、正確には四十八です。索敵の方はまだまだですね」

 

「うっせ」

 

 

横槍の小言を入れる召使いに悪態をつくも二人とも警戒だけは怠らない。

 

 

「四十八……多いな」

 

「いかがいたします?」

 

 

馬車の中から身を隠すようにして帳(とばり)の袖から覗き込む召使いは主人の命を待つ。

しばし考え込み。

 

 

「……いや、僕一人で行く。リリアはここで待機してて」

 

 

少年は外の様子を伺い、そう判断する。

 

 

「かしこまりました。くれぐれも無茶などはしないように。せっかくの私たちの濡れ…イチャイチャシーンの邪魔をこれ以上されたくありませんから」

 

「そんな絡みはない」

 

 

捨て置き悶える召使いを横目に少年は黒のコートを翻して外へ赴いた。

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

少年が外に出ると周囲から一斉に自分に向けての視線を感じた。

値踏みをするような、価値観を一方的に押し付けられるような視線。

姿は見えないが時折聞こえる獣のような息遣いと舌なめずりする音が不快感をいや増しさせる。

しかしそれ以上に少年が気がかりに思えたのは一向に襲ってくる気配を見せないということだった。

 

数は圧倒的に有利なのに……何かを待ってるのか?

 

怪訝に思っている内に森の茂みの奥からガサゴソと音を立ててなにかが向かってくるのが聞こえる。

周囲への警戒は続けたまま少年は意識をそちらに向ける。

そこに現れたのはやや小柄ながらに毛皮のような服からは隠しきれないほどのガッチリとした体つきをした緑の肌と額の傷が印象的な生物だった。

二足歩行ではあるがどう見ても人種の類ではない。

 

 

「ゴブリン………?」

 

「ギッヒッヒ………」

 

 

少年の問いにまるで嘲るような笑みを浮かべるゴブリン。

 

体躯から見ても一回り大きいゴブリン……こいつが親玉か。

大将自らがお出まし、ということは一騎討ちの申し込みか?

 

一匹だけで現れたゴブリンの意図を察するように少年は腰に携えた軍刀に手をかけようとした時。

 

 

突然目の前にいたゴブリンが甲高い声で笑い出した。

最初はその行為の意味が分からなかった少年だがふと本で見たゴブリンの生態について記していたことを思い出す。

 

群れをなすゴブリンは狩りなどで仲間と連携を取るときに独特な笑い声のような鳴き声で意思疎通を図るーーーと。

 

つまりこれは何かの合図を送っている。

そこまで分かりより一層警戒を強めたところで。

ガコンッ!

 

と、少年の後方から大きな物音がした。

 

 

「!?」

 

 

見るとそこには複数の小ゴブリンが馬車に乗り込んでおり、そのうちの一匹が中にいたリリアを捕らえて人質かのように首元にナイフを突きつけていた。

 

 

「ーーーっ!!」

 

 

捕まった召使いの少女に何かを少年は言いかけたが。

 

 

「ギヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!」

 

 

再び大ゴブリンからの甲高い笑い声がその声をかき消す。

同時にそれまで様子を見るだけだった姿を隠していた小ゴブリン達が待ってましたと言わんばかりに我先にと一斉に飛び出し少年に襲いかかってくる。

四方八方からの責め苦になすすべなく少年はあっという間に小ゴブリン達で埋め尽くされる。

 

肉が潰れる音、刃物で千切れる音、苦渋の声、悲鳴。

その場はたちまち血だまりが形成されていく。

その光景を眺めていた大ゴブリンはまるでそれら全てが自らの快楽に通ずるものであるかのように口端を釣り上げ。

 

 

「ギッ、ヒヒヒ………ヒーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャーーーーーーッ!!!!」

 

 

次第にその愉悦が抑えきれないとばかりに今度は本当の笑い声を勝ち誇ったかのように甲高く森中に響き渡らせるのだった。

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

異変はすぐに起きた。

 

まずそれに気づいたのは大ゴブリン。

 

 

「ヒッヒ……ヒ?」

 

 

あれだけ森中に響かせていた笑い声が止まり、大ゴブリンはある違和感に気づく。

肉が潰れる音も刃物で千切れる音も飛び散る血も悲鳴もなにもかも。

人間のものではないと。

全て仲間の、小ゴブリン達のものであると。

 

異変は小ゴブリン達にも伝わった。

自分たちは確かに目の前の人間に攻撃をした。そのハズ。

なのになぜかその矛先は爪痕は人間ではなく仲間の方に向けられていた。

その場の多くの小ゴブリンが混迷を極める中、ただ一人動く者は。

 

 

「次はこちらの番だ」

 

 

その反応を待っていたとばかりに少年が動き出す。

少年はまず懐から短刀を取り出したかと思えば目の前にいた小ゴブリンの目に突き刺した。

動揺と興奮が入り混じった声をあげた小ゴブリンは怒り任せに持っていた狩猟刀を振り回すもそれは少年の体を掠めることなく、いずれも仲間を斬りつける形で終わる。

そのまま暴れる小ゴブリンを蹴飛ばすと次に懐から取り出したのは柄部分がワイヤーで繋がれた短刀を二つ。

それを両手で持ちピンッとワイヤーを張らせるとそのまま小ゴブリンの集団に突っ込む。

そこに応戦するかのようにサビ割れた刀を持った小ゴブリンが少年目掛けて振りかぶるも、ダンッ!と少年が地面を強く踏みつけると目の前の小ゴブリンをひと息に飛び越えた。

標的を見失った小ゴブリンは頭上にいると知るや目だけで追おうとした瞬間。

 

小ゴブリンの首が落ちた。

 

着地点では待ち構えていた複数の小ゴブリン達が一斉に襲いかかるも。

 

 

「遅い」

 

 

気づけば背後に少年は立っていた。

小ゴブリン達の眼前にはたわんだワイヤー線が迫っておりーーー。

 

シャィインッ!

と小気味良い音と共に小ゴブリン達の首が次々と吹き飛んでいった。

 

一連の流れを離れたところから見ていた大ゴブリンはその時不可解な現象を目にしていた。

小ゴブリン達の首が吹き飛ぶ前。

人間が着地と同時に張っていた短刀のワイヤーを引き延ばした。

その長さは切り飛ばされた小ゴブリン達を優に囲える程であり、人間はそのワイヤー線を自分ごと含めて大きな輪の中に小ゴブリン達を閉じ込めた。

人間が小ゴブリン達の背後を取った瞬間風になびくだけだったワイヤー線が途端に目にも止まらぬ速さで人間の元へ、元の長さに戻った。

それと同時に小ゴブリン達の首が吹き飛んだのだ。通常あのまま行けば人間の胴体も真っ二つになるハズなのに、だ。

 

あの短刀、もしくはワイヤーに何か仕掛けがあるのではと直感で感じ取る大ゴブリンだったが相手がそのネタが割れるまで待ってくれるわけでもなく、気づけば大ゴブリンの正面に少年が迫っていた。

 

 

「ヌッ……オァアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

もはや頼れるのは己の膂力のみとばかりに大ゴブリンは渾身の一撃を少年目掛けて真っ向からお見舞いする。

 

ガキィインッ!!

 

あれだけ止まらなかった猛追を止めることに成功した大ゴブリンはすかさず仲間の小ゴブリン達に呼びかける。

 

 

「コロセ!ニンゲン!コロセ!」

 

 

それはまさに真に迫った表情で鬼気迫るものであった。

言うが早いか大ゴブリンとは向かい合うように、つまり少年の背後側にいた槍持ちの小ゴブリン達が間髪入れずにそのガラ空きな無防備の背中目掛けて槍を突き刺した。

 

 

「ゴフッ……」

 

 

吐血。

少年と大ゴブリンの間に鮮血が滴り落ちる。

少年の体は後ろから槍が貫通していた。

しかし少年は血を一滴も流していなかった。

 

 

「ナ………デ………」

 

 

呻くように声を漏らしたのは大ゴブリン。

その顔、体には少年の体を貫通させた槍がそのまま突き刺さっていた。

裏切られたわけではない。勢いがつきすぎたわけでも。

ゴブリンという種族は武器や道具、言葉を発する個体もいるがその知能は決して高くはない。

例え武器道具類を扱えても、言葉が話せたとしてもそれは所詮人間の真似事に過ぎないのだ。

言葉を話せてもその意味を理解出来ないし。

金品を得てもその価値は分からず。

武器や道具を扱えても本来の用途から外れたりはしない。

もし、ゴブリンの知能がもう少しだけ発達していれば。

槍の扱い方を「相手に刺さったと確認出来るまで突進すること」だと学習していなければ。

少なくとも大ゴブリンが仲間の小ゴブリンの槍の餌食になることはなかっただろう。

もっと言えば。

 

よろよろと槍が刺さったまま大ゴブリンは後ずさる。

対して体を貫通させられていた少年はまるですり抜けるかのように槍から抜け出し、そのまま大ゴブリンの元へ歩み寄る。

 

 

「オ……マエ」

 

 

息も絶え絶えに弱々しくも発せられた言葉以上に。

大ゴブリンの目には恐怖の色が映っていた。

 

 

「ニン………ゲ……ン?」

 

「さぁな。少なくともお前がそれを知ることはない」

 

 

命乞いに代わる問いかけに無情なる一言を添えて。

ズンッ、と重量感ある音と共に大ゴブリンの首が地面に落ちた。

 

それまでいつのまにか様子を見守っていた小ゴブリン達も自分達の親玉を討たれたからかそれともその空間の緊張から解き放たれた解放感からか。

 

 

「キッ……ギ、ギィヤァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

 

 

まるで恐怖が伝播するように次から次に絶叫に似た雄叫びを小ゴブリン達は上げ始める。

 

 

「うるさい」

 

 

短く一言。

人間が発したたった一言でその場の小ゴブリン達は一斉に静かになる。

 

 

「そんなに騒がなくてもすぐ同じところに送ってやるよ」

 

 

それが手向けになるとでも言うように言い放つと少年は再び短刀を持ち構えーーー。

 

 

「マテ!」

 

 

そこに小ゴブリンの中から待ったをかける声が一つ。

見るとそこには先程捕らえられていた召使いの少女もナイフを突きつけられたまま立っていた。

 

 

「ウゴクナ!ウゴク!コロス!ウゴクナ!」

 

 

見せつけるように少女の細い首にナイフを突きつける。少しでも刺激を与えれば本当にやりかねない勢いだった。

少年は観念したように構えていた短刀を下に下ろしーーーそして。

 

 

「リリア。いつまでそうしてるつもりなんだ?」

 

 

なんとも場違いな言葉を投げかけた。

 

 

「申し訳ありません。私、現在ご主人の命により“待機”の命を仰せつかっておりますので」

 

 

返事をしたのはもちろん現在絶賛人質中のハズの召使いリリア。

自分が人質であることなど忘れたかのようにベラベラと喋る。

 

 

「変なところ真面目だよな……メンドクサ」

 

 

ややため息混じりに少年が呟くと。

 

 

「やれ。命令だ」

 

 

「仰せのままに」

 

 

主人からの許可を得た途端、少女の服は突如原型を失い黒いモヤがかったガス状のものがうねりを見せ。

 

 

「ギッ、ギ!ギィヤァアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

ナイフを突きつけていた小ゴブリンを含め、少女の周りにいたもの全てを誘い取り込むように伸び、飲み込んだ。

後には何も残らない。召使いの少女が佇むだけで。

身体の自由を得られた少女はそのまま重力の鎖からも解き放たれたかのように宙に浮かぶ。

 

 

「この私に、ご主人様の所有物である肢体にあろうことか身の程を弁えぬ下賤で野蛮で汚らしいゴブリン風情がその手と魂で私を穢そうとしたこと、万死に値する」

 

 

その目はまさに下等な存在を蔑むそれで、少女は宙空に浮かんだまま両手を掲げる。

すると少女の手元に怨嗟の怨念めいたものが渦を巻くようにして集まっていき、それはやがて自身の怒りを表しているかのようにどんどん肥大していく。

 

 

「あれ、ちょっー」

 

少年が何か不穏な気配を感じたのか声をかけるも少女の耳には届いていなかった。

空一面まで覆い尽くすほどの大きさにまでなると。

 

 

「永遠(とこしえ)の闇に飲まれて消えろ」

 

 

掲げていた両手を前面に押し出すと。

 

 

「【リフレンス】[回帰せよ]“メテオインパクト”[神の一撃]」

 

 

闇の穴から、巨大な隕石が出現した。

 

 

「バッーーー」

 

 

少年が何かを言いかけたところで。

 

ズガドォオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!!!

 

と、大陸中を響かせる程の轟音が森の中で生じた。

 

 

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