【第一説「そこにいるモノたち」】
何も見えない。
上も下も。
右も左も。
真っ暗だ。
僕は死んだのだろうか。
でも不思議と不安はない。
恐怖もない。
浮かぶような沈むような安定感。
あらゆるわだかまりに解放されたような心地良さ。
このまま飲み込まれるような一体感。
自分が消えていくような感覚。
世界から“自分”という存在が消えていく。
世界と一つになる。
世界となる。
僕という存在は無かったことになり、霧散する。
最初からいなかったことになる。
もうそこに“僕”という存在はない。
“僕”という概念もない。
あるのは無。
この意識も音の残響のようなものでそのうち消える。
これが死ぬということだろう。
◎◉◎◉◎◉
そもそもどうして僕は死んだんだ?
◎◉◎◉◎◉
「あら、起きたのね。オービット」
◎◉◎◉◎◉
「!?」
目を覚ます。
パカラパカラ、と小気味よいリズムと共に揺れる馬車の荷台に横たわる黒コートの少年。
なにやらひどく懐かしく長い夢を見ていた気がするもその内容がなんだったのかについて思い出せない。
別に何か重要だったような気もしないのでそれほど気にも留めなかった。
ーーーそれより優先すべきことが眼前にまさに迫っていたのだから。
「なにしてる」
「あんっ」
ガシッ、とそれこそ鼻と鼻が触れそうなところまで近づけてきていた召使いの少女の顔を鷲掴みにする。
一方、それでもなお顔を近づけようと迫る少女はあたふたとしながらも一体どこにそんな力がその華奢な体にあったのかと思うほどに主人の抵抗を押しのけてくる。
グギギ、となにやら不穏な音も聞こえそうなほどに二人の少年少女の攻防は続くも少女の方が上ということもあり優勢なのは召使いの方で、ついにはばたつかせていた手を主人である少年の肩にガッチリ固定するように摑みかかる。
「うふふふふ……大丈夫痛くしません怖くもありません全てはこのリリアにお任せしてご主人は楽にしていてくだされば後はリリアが……じゅるり」
「舌なめずりする時点で任せられるか。そもそもガッチリホールドされてる肩が軋んでるからな?もう痛いからな?その必死さが怖いからな?」
「これは必要なことなのですなかなか目を覚まさないご主人に日頃の鬱憤を晴らすチャンスなのですリリアを止めないでくださいこれもご主人のためを思ってのことなのですどうかご容赦を」
「本音と建前混ざってるじゃねーか。そもそも目を覚ました時点でこの行為必要ないよな!?」
「チッ」
二人の口論戦は分が悪いと感じた少女が身を引くことでようやく幕を閉じた。
およそ主人に対する召使いの行いと思えない行動に辟易としながらも。
「一体あれからどうなった?」
と聞く。
「僕はどれくらい寝てたの?」
「森は消失しました。小一時間ほど寝ておりましたよ」
「そうか……」
少年は髪をかき乱し、身を起こしてーーー。
「え、消失?」
「はい」
聞き直した。
そして召使いは短く答えた。
少年は慌てた様子で飛び起き、外の様子を見る。
そこには緑豊かな森など無く、あれだけ自然に満ちていた場所は巨大なクレーターを形成し、跡形もなく荒地のようになっている光景であった。
そのあまりの変わりようには少年も絶句するしかなかった。
「ご主人。それより小腹は空いておりませんか?私、実はおにぎり以外にもサンドウィッチなるものも作っておりまして…」
そんなご主人様を余所にこの召使いはまたもカゴから食への冒涜の大罪を犯した妖しげな雰囲気を漂わす物質を取り出す。
「はい、あーん」
「だからお前は!さじ加減が下手なの!?」
たまらず絶叫した。
「うふふ、ご主人に対する想いを込めすぎたかしら?」
「そっちじゃねーよ!こっちだよ!」
頰を手に赤く染める召使いに業を煮やし、少年は外に広がる惨劇を指摘する。
「うふふ、ご主人に対する想いを込めすぎたかしら?」
「まさかの同じ答え!!」
森を一瞬にして消滅させる程の想いを胸に秘めている目の前の召使いに若干引きながらも(それでなくても常に引いているのだが)もはやこのやり取り自体が不毛なのだと知るや少年は力なくその場でへたり込むのであった。
「はぁ…もうクビにしたい。この召使い」
「ッ!?……ご主人!…それは!?」
つい口に出た言葉にさすがの召使いも衝撃を受けたようでーーー。
「つまりついに私を正妻に迎えると!?」
「お前のそのポジティブさは見習いたい」
そんなことはなかった。
◎◉◎◉◎◉
ポッカ村。
木の家並ぶ自然に囲まれたのどかな村は人口こそ少ないがここで採れる作物は近隣では有名な特産品であるーーーと言われていた。
そのポッカ村は現在。
「誰もいないな…」
村に立ち寄った少年は開口一番にそう呟く。
村は廃村となり沈黙していた。
家の中は荒らされたように家具やら食器やらが散乱しており、それは外の道の真ん中にまで及ぶ。しばらく人がいないか見て回る際にも日用品や畑仕事に使う道具も度々落ちているのを見かけた。
また、畑は人の手が入っていないのか作物は枯れ、雑草がしっかりと根付いており木までーーー。
「…これもしかしてさっきリリアが吹き飛ばした森の木じゃない?」
見るとその木は本来の生え方とは逆さまに地面から天に向かってそり立っていた。
「うふふ、ご主人に対する想」
「それはもういい」
三度も同じ答えは聞きたくないと無理矢理少年は言葉を割り込む。
存外、先の隕石衝突が天変地異か何かと思い込んだ村の住人たちがパニックになって慌てて避難をしたというのも否めなかったが。
畑の様子から見るにこの村にしばらく人がいたという痕跡が見て取れなかった。
「やっぱ無人か……依頼内容にもあった通りだな」
言うと少年は懐から質の良い紙を取り出し、紙にこの世界の言語で書かれた内容を見る。
近隣ノ廃村ニテ人影アリ。調査求ム。
前に訪れた町で引き受けた依頼。なんでもその町はかつて村とも交流があったそうで今は廃村となっている村に住人が戻ってきたのかどうかを確認を取りたいようだった。
しかし、村に行くには先の森(消滅した)を抜ける必要があったため距離から考えて町から人を送り込むのも難しく、町のギルドにて要請を出したとのこと。
そのため少年たちが村に訪れた理由であるーーのだが。
この依頼には一つ問題がある。
「参ったなぁ……。村に人がいないってことをどう証明したものか」
少年は依頼内容が記された紙をしまい込み考え込む。
通常ならば町での公式依頼であっても口頭で伝えれば済む話であるのだが今回のように物的証拠が必要となる場合はそういうわけには行かなくなる。
例えばその廃村に村人ないしどこからか移り住んだ者だとしてもその者がその村にいたという証拠として書状を書いてもらい、これを町のギルドに提出。後日依頼人を直接連れての現地確認までしてようやく依頼完了となる。
しかし“いない”ことの証明は思いの外難しい。先述のように依頼人を連れてきたとしても「たまたま今日はいなかったのでは」「もしかしておまえたちが村人たちを追い出したのでは」など難癖つける者が多くなかなか依頼完了の印を押してくれないのだ。
「だから言ったではありませんか。こういった仕事は安易に引き受けるべきでないと。言い値以上に得をするのは向こうなだけでこちらは無駄な労力を割かれるだけなのですから」
打開策が見つからず頭を抱えて悩む主人を聞き分けのない子どもを嗜めるように告げる召使いの少女。
それに不貞腐れるようにして。
「分かったよ……。もうひと回りしてから引き揚げるとしようか」
やや落ち込み気味に告げる少年。
「それともいっそこの村に私たちが住んで私とご主人の子をーーー」
「さぁて、報告内容はどう言いくるめるかな、と」
召使いの助言も無視して(というか論外である)二人は再度村の見回りを続けようとした時。
カタッ。
と、建物から物音がした。
「……ご主人」
「分かってる」
静かに語る二人。
その目線は必然音がした方、建物に集まり。
それまでの空気が一変するように張り詰めたものに変わる。
最初はただジッとその家の壁を見つめていた少年の眼はそれまでの黒い眼とは打って変わり、血のように真っ赤な眼をしていた。
魔眼・真円の瞳。
その最たる特徴は赤い瞳に浮かぶ三つの輪。
その目で見るものは真実が映し出されていると言われ、魔眼の中でも希少な特異眼。
さらには瞳に浮かぶ三つの輪が重なる時は超常を超えた力を垣間見るとされている。
魔眼を通し、少年は物音がした家屋を見据える。
すると壁は透かされたようにその実体が消え失せ、中の様子が分かるようになる。
そしてそこに生き物の形をした魔力の塊も。
この魔法の世界で魔力というのは言わば生命力とも言われ、あらゆる動力の源ともなる。
つまりは。
「誰か、いる」
「いかがいたします?」
「生かして捕らえろ」
「承知致しました」
短いやり取りの中で命を下された召使いの少女はお辞儀をしたかと思うといつのまにかその手に持っていた大きさ大の黒布をバサァ、と何もないところで覆い尽くすようにして広げたかと思えば。
もう一度バサァ!と今度は勢い良く布を広げると。
そこに小ゴブリンが現れた。
「捕まえました」
「……相変わらず意味不明な魔法だよな」
もはや手品の一種とも言える召使いの魔法を目の当たりにして辟易とする少年とは裏腹に。
「エ?」
当の小ゴブリンは目を丸くしたままだった。
そんな小ゴブリンの胸中など知る由もなく二人の少年少女はジロジロと容赦ない視線を向ける。
「……これが言ってた人影、の正体?」
「どうでしょう。いささか見間違えるにしてもこのゴブリンでは小さすぎると思われますが」
「とすると他にもいるってことか?」
二人の視線は未だ状況が掴めずにいる小ゴブリンを捉えていた。
その視線を浴び続けた小ゴブリンは次第に肩が震え出し、涙目になる。
「アッ……アッ……」
「あら泣いてしまわれましたよ」
「落ち着いて。僕たちは別に」
嗚咽のような声は次第に大きくなると。
「ダレカタスケテー!!」
「!?」
途端、少年たちの背後、いやその周囲を囲むように気配が感じ取れた。
「ご主人!」
「リリアは小ゴブリンを!ここは僕が!」
言うと少年は黒コートをたなびかせて召使いの少女と小ゴブリンを背にその気配たちに立ちはだかる。
しかし。
姿が……見えない!?
気配は確かにそこにあれど、その姿を視認するには至れなかった。
「ご主人!どうやら“インビジブル”[姿隠し]を使っています。私の魔法で解除いたしますか?」
“インビジブル”[姿隠し]は発動対象(自分を含む)を一定時間その周りだけ光を屈折させることで周囲の風景に溶け込み、文字通り透明となれる光魔法の一種。
通常この魔法の使用をされれば相手の視認が不可能なために戦闘に使われれば即窮地にも追い込まれるものであるが。
「いや、そこにいるなら問題ない」
だが少年の目、魔眼の前にそれは無意味に等しく、姿は見えなくてもその生命力たる魔力はしっかりと映っていた。
相手がこちらに向かってくるのを確認するやそのまま近くにいた魔力体を蹴り飛ばす。
次に頭上から掛かってくる者も軽くいなし手で受け止めると、それを未だ宙空にいた他の魔力体目掛けて投げつける。
すると上空四方から矢が射られる音がし、やがて使用者から離れ視認化された矢が少年目掛けて降ってくる。
それを短い挙動で防ぎ、うち一本を掴むとそれを地面に打ち付ける。
「ブギャッ!?」
打ち付けられた矢は声と共に何かを縫い付けるようにして刺さり、そこに魔法の効力が消え、服を地面ごと打ち付けられた小ゴブリンの姿が視認されるようになった。
「ゴブリン?」
少年は姿を現した小ゴブリンを怪訝そうに眺めているとその隙を逃すまいと他の姿見えぬ襲撃者は背後を取るようにして蹴りや殴打をお見舞いする。
「!!?」
しかしそのいずれの攻撃も少年には当たらず、空かされていく。
何が起きたのか小ゴブリン達が理解する間も無く。
ドガァッ!
と横殴りするように回し蹴りを炸裂するのであった。
「ゲギャッ!?」
「ゲピャッ!」
蹴り飛ばされた襲撃者達は悲鳴を上げながら地に落ちる。
そしてその姿が露わになると。
「またゴブリン……」
少年はまたも怪訝な雲行きを見せる。
ゴブリンという種族は知能が低い。それでも魔法を扱えるゴブリンも存在するにはするがそれでも第五級魔法が精々であり、“インビジブル”[姿隠し]のような第二級魔法は扱えないはず。
少年の思考が核心に迫りつつあるところでそれを邪魔するものが、真っ直ぐと、少年の元へ接近する。
それは最初ただの矢であると思った少年は先程のように受け止めようとするもーーー。
カッ!
突如その矢は眩い光となってその場を強く照らした。
「!?」
目も開けられない程の光量に堪らず目を手で覆う。次第に光が落ち着き、視界が回復した頃には先程までいた小ゴブリン達の姿が無かった。
「今のは…?」
小ゴブリン達の支援をするような一矢。その狙撃手の姿は少年がいる場所からはかなり離れたところであり、正体不明のまま行方を眩ますのだった。
「リリア!無事か!?」
ふと、少年は後方にいた召使いの少女の安否を確認する。
しかしそこにはうな垂れるように地面に伏す召使いの姿があり、大きな怪我はなくともその表情は暗い。
見ると最初に捕まえていた小ゴブリンの姿がどこにもなかった。
「申し訳…ありません。……光に当てられ……虚を突かれました」
普段は完璧超人(性格以外は)並のポテンシャルを秘めているリリアであるが彼女の対を成す光魔法の前ではその限りではなくなる。
光と闇は互いを食い合う性質があるようで今みたいに光の魔力を浴びただけでも力が弱まり相当な大打撃となってしまう。
「いや、こっちも油断した。立てるか?」
「はい。あ、でも少々目眩が。これは一刻も早くご主人のマウストゥーマウスでのリカバリーを要求したいと」
「よし、大丈夫そうだな」
人の親切を邪な事に使おうと企てる召使いの計画を一蹴し、少年は光の矢が飛来してきた方角を見据える。
いくら魔眼の力があれども見えない範囲まで見通すことは出来ない。
それでもその瞳には何かが映し出されているようでーーー。
「あいつらを追う。行くぞ」
そのままむくれ顔になっている召使いを横目に走り出すのだった。
◎◉◎◉◎◉
「ハァ、ハァ」
少年たちとは別。村の湖畔から森にかけて走る人影。
その顔は全身を覆うやや薄汚れたフードにより目深に被っているため容姿の確認は出来ない。
ガチャガチャと騒ぐ背中に背負っている矢筒と手に持つ弓から狩人と思われる。
目深の狩人はそのまま森の木に一息で飛び乗ると木から木へ移り変わるように移動を始める。
「早く……早くしないと……」
その声から明らかな焦燥感は滲み出ており。
「みんな、滅ぼされちゃう……!!」
それはまるで予言であるかのように呟かれるのだった。