非存在の存在証明   作:トブト

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【日常】~つかの間の休息~その2

 

 

 

 オークとの戦いから数日が経過した。

 

 予期せぬ敵の襲来に魔力の消耗が激しかった少年、オービットは養生も兼ねてしばらくポッカ村に滞在することにした。

 幸い、生活に必要なものは廃村となった村の家々から拝借することで最低限の暮らしは出来るようにはなっていた。

 やってることは山賊そのものだが今は目を瞑ることにする。

 

 

 「ふわ~あ…」

 

 

 廃村の一宅。

 湖の近くに建てられた木製の家からのんきな声と共にあくびをする寝間着のままの少年が現れ出る。

 少年は寝ぼけた顔のまま持ってきた桶に湖の水を汲むとそのままその水で洗顔を行う。

 まだ時期的にも温暖な気候ではあるが、汲んできた水は冷たく、まどろみの中にいた少年の頭を起こすには充分な効果があった。

 完全に目を覚ました少年はそのまま桶に水を入れたままに持ち帰る。

 

 

 「…………」

 

 

 ふと、少年の視界に人の手がしばらく入っていない田畑が映る。

 本来、この村が廃村となっていなければ、この畑には今もみずみずしい作物などが実り多くあったのだろう。

 ポッカ村の肥沃な大地で育った作物は栄養満点で近隣の町や村からもそれなりの支持を得ていただけに、現在の有様に落胆する声は多い。

 現在は枯れた作物などを肥料に雑草が生い茂っている。

 この状態からかつての形に戻すにはそれなりの時間を要することになるだろう。

 

 憂いを帯びた目でかつての栄華が廃れた村を見つめ、少年は物思いに耽りながらも根城とした家屋に一人戻るのだった。

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

 「ほら、早く座りなさい」

 

 

 少年が帰宅して早々、甲斐甲斐しくも慌ただしいどう見てもサイズが合っていない服に胸元を隠すためだけに前掛けを付けたことでより一層扇情的な服装になったエルフ、アレカが出迎える。

 

 少年がこの村で養生すると聞き、助けてもらったお礼ということで自分から世話係を買って出たアレカ。

 最初は人族が扱う物などが扱えるのかと懸念していた少年であったが、逃亡生活が長かったアレカは度々こういう廃屋から物色することが多かったらしく、最低限には扱えるほどにはなっていた。

 そのためここ数日の少年の身の回りのことはほとんどアレカに任せることにしていた。

 ただ、元々の姉気質というかオカン気質があったアレカは少々、いや、多大に世話焼きな部分があり、本当に全部やろうと(例えば風呂事情まで)してきたために程々にするようにとかなり説得もした。

 

 

 「今器にそそぐから待ってて」

 

 

 朝から台所で忙しなく動くアレカを尻目に少年オービットは切り出した丸太のような椅子に座り込む。

 そのまま窓から外の景色を眺めているところで、ふと、あることに思い当たる。

 

 

 「そういえばリリアはどうした?まだ寝てるのか?」

 

 

 少年の従者であり召使でもある黒のドレスに身を包んだような少女、リリア。

 彼女はここ数日はどこかに赴いていた様子でしばらく姿を現さなかったのだが、今朝、明朝頃に帰還するや、いのいちに主人の寝屋に押しかけ、あえなく撃沈された。

 その際彼女と対を成す光の魔力をモロに浴びたためにただの目眩まし程度の光魔法でも十分なダメージとなってしまい、連日の遠出の疲労も相まってか彼女は気を失ってしまったのだ。

 自業自得とはいえそれでも一応少年は自分のために尽くしてくれている召使の少女を気に掛けていた。

 

 

 「あの黒女ならあなたより先に起きたわよ。今洗濯物をやってくれてるわ。目が覚めた時はまだ酷く弱っていた状態だったわけなんだけど『主人が弱っている時に召使である私が怠惰をむさぼるわけにはいきません』って言って聞かなくてね。そのまま朝ごはんの準備までしてくれたのよ」

 

 

 アレカの呆れるような声にその時のリリアの姿がありありと想像出来てしまう少年。

 なんにせよあの召使は先に目覚めていたらしい。

 その精神には正直に面映ゆいものを感じなくもない少年ではあったのだが、よく考えたらその弱ってる主人をこれ好機と襲い掛かってきたのは誰であろうその召使であることに思い当たり、そう考えるとその台詞も別の意味に捉えられてしまうのも致し方ないのであった。

 召使としての自覚があったことを素直に喜ぶべきかそれとも別の思惑に頭を悩ませるべきか複雑な心境の中で少年は外界の空に想いを投影させるのだった。

 

 

 …………ん?

 

 今、何て言った?

 

 

 そこで少年はある重大なことに気づく。

 

 

 「な、なぁ。アレカ。今日の朝食って」

 

 

 と、少年が言葉を紡ぐよりも先に。

 

 

 「それにしてもあなたたち人族の料理って奥深いわね。あたしもいくらか機会があって食べたことはあるけどこんな料理は初めてよ」

 

 

 と、鼻歌混じりにエルフは言う。

 それは悪魔の宣告とも知らず。

 そして少年は気づいたのだ。本当に。どうして今の今まで気づかなかったのか自分でも分からないくらいに。

 台所が黒の瘴気のようななにかに包まれていることに。

 その充満した瘴気が開いた窓から漏れ出るとその瘴気に晒された鳥は飛ぶ勢いのまま地に落ち、湖には魚が浮かび上がり、植物は枯れるどころか黒いすすのようになり塵と化した。

 その黒い瘴気の発生源はどう考えてもサイズの合わない服を着たエルフがせっせと煮込んでいる鍋からであることは明白である。

 古い文献でこういった類の黒魔術があったことを唐突に少年は思い出した。

 

 

 「なんでもそのあまりの味に卒倒するほどだって言うじゃない?ぜひとも人族の料理の一端に触れてみたいものだわ」

 

 

 その意味合いも自分が今作っているものが何なのかも分かっていないこのエルフはのんきにその鍋の中身を注いだ器を持ちながら食卓まで運び込む。

 おそるおそる少年はその器の中を覗き込んだ。

 

 そこに広がっていた光景は例えるならば。

 

 この世の裏側に通じているのではと錯覚を起こす程に地の底、そこよりさらに深いところから響く阿鼻叫喚がひしめき合い、混ざり合い、新たな別の何かに成ろうと互いが互いを食い合うような地獄絵図を繰り広げているナニカがそのどす黒い黒紫色のどろどろとしたものがそこから這い出ようと手を伸ばすも伸ばした端から朽ち果てもう一度構築を繰り返しては器からの脱出を試みようと何度も亜良wれ出手イルトコ炉出あっ多。

 

 …………もうこれ以上書き表わすのも限界なので許してほしい。

 

 ともかくこの世のものとは思えないものに少年は絶句した。

 

 

 「さて、アイツも呼びますか。黒女ー!ごはんにするわよー!」

 

 

 しかし、そんな少年の心境など露知らずに挑発的な服を着たエルフは諸悪の根源を呼びつける。

 その後、少年の座る席と向かい合うように座る。その際そのたわわな胸が木製のテーブルに乗っかるわけなのだが今少年オービットはそんなことに意識を向ける余裕は無かった。

 

 

 「まままままままままままままままま待って!!!待とう!!待つんだアレカ!!!!!!とととととととととにかく一旦落ち着こう!!!」

 

 「いや、あなたが落ち着きなさいよ」

 

 

 まさしくその通りなのだが少年にとっては今まさに奇行に及ぼうとしているのはアレカであり、今まさに常識人たり得るのは少年だけなのであった。

 エルフであるアレカにこんなものが人族の料理なのだという妙な偏見は持たれたくはないと思った少年。せっかくかの伝説の種族であるエルフ族と友好的になれたのにこんなことでまた隔たりを生みたくはなかった。ここは異文化交流で間違った文化を伝えないように努めるのが少年の最重要任務である。

 というかそもそも料理ですらないのだが。 

 

 「その、あの、えっと。コレを食べるのはや、やめないか?」

 

 「なんでよ?」

 

 

 訝しむエルフに少年は必死に正当な理由を考えつくために頭を働かす。

 

 

 「その、えっと、そ、そう!朝からこんな重いものを食べるのは胃に悪いからさ!これは夜までに取っておいて朝は軽く済ませようぜ!」

 

 「え?でもあの黒女からはこの料理は完成後一刻が過ぎる頃には気化してしまうから早めに食べるように言われてるんだけど……」

 

 

 そんな料理があってたまるか!

 

 

 と、心の中で叫ぶ少年であった。

 だがそんな心の叫びが目の前のエルフに通じるわけもなく。

 

 

 「さっきからどうしたのよ?もしかしてどこか調子とか悪いの?だったら後で寝室に運んどいてあげるから無理しないでいいわよ」

 

 「え、いや、その」

 

 

 むしろ少年の挙動不審ぶりにかえって心配をかけてしまう始末。

 その優しさにつけ込みたいと思いつつもこれ以上彼女に隠し事は出来ないと罪悪感に苛まれた少年は決心がついたように口を開く。

 

 

 「じ、実はリリアは料理が」

 

 「お呼びでしょうか?」

 

 

 少年が口を開いたところで召使の少女が居間に訪れた。

 頭に頭巾を被り、前掛けを着けて。

 なぜかそれ以外の一切を身に着けず。

 もうどこからツッコめばいいのか少年のキャパを優に超えていた。

 

 

 「あなたたち人族は家事するときはこの格好をするものだって聞いたけど………さすがにあたしがその格好をしたら…その………色々出ちゃうから」

 

 

 もうなんか色々手遅れらしかった。

 どこの文化に裸エプロンを推奨させる文化があるものか。

 あるなら行ってみたいけども。

 

 なんにせよもうすでにアレカには間違った異文化交流が為されていたらしい。 

 

 

 「仕方がありません。私たち人族の文化ですから。無理にこちらに合わせる必要もありませんよ」

 

 

 と、平然と間違った文化を伝えていく腹黒裸エプロンの少女。

 

 

 「おいリリア!いい加減に…!」

 

 「おやご主人。まだ本調子ではないと思われましたがあちらの方はお元気のようでなによりです。今日は精のつくものばかりを使っておりますので今夜はお楽しみですね」

 

 「いらん世話だよ!ていうかお前料理はするなと…そもそもその格好なに!?」

 

 「お色気担当の務めを果たしているだけです」

 

 「なにその役割!?」

 

 

 裸エプロンの召使に詰め寄り、問い詰めていく間、そんな二人をよそにアレカは一人手を合わせ祈るように目を瞑る。

 

 

 「…生命の母に感謝を」

 

 

 なにやら呟くとおもむろに器を手に取る。

 そして器を仰ぐようにして口をつけ。

 

 言い争いをしていた少年はそのことに気づくのに遅れてしまった。

 

 

 「ア、アレカ!それを食べるのはやめ―――」

 

 

 しかし時すでに遅く。

 少年が制止に掛かる頃には中身を口内に流し込んだところで。

 そして――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、アレカは二日程寝込んだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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