悲しい終幕で閉じた朝食後。
少年、オービットは悲劇の立役者になってしまったアレカを寝室に運び終えると使い終わった調理器具と食器を台所にて洗浄していた。
特に調理に使われた鍋は念入りに。
「ご主人…そういった雑事は私の仕事ですのでご主人はまだ快調とは言えないお身体なのですからご自愛ください」
「この数日間ずっと寝たきりで身体がなまって仕方ないんだよ。これくらいのことは任せてくれよ。あとさりげなく後ろから抱き着いてくるな」
そう言って手が離せない状態となっているのをいいことに主人の背中に自らのその起伏がけして小さくはない双丘を押し付けてくる召使を言葉のみで引きはがす。
「やれやれ……ご主人にはほとほと困り果てたものです」
「お前にだけは言われたくない」
この世ならざる形成物の生成に容れ物として使われた鍋を入念に洗い流しながら悪態をつく。
「それでは私はご主人の寝室のニオイを堪能すr…掃除に参りますのでご用がありましたらお呼びください」
「うん、分かった。じゃあ、お願いするよって言う訳ねーだろーが。リリア、掃除はまずこの部屋からだ。間違っても許可なく僕の寝室には入るな」
主人からの命令に召使は。
「チッ、かしこまりました」
「今舌打ちしたよな?」
と、追及を逃れるようにしてそのまま居間の掃除から取り掛かるのだった。
そんな召使の通常運転に呆れるも、ふと、少年は思い出したかのように話しかける。
「なぁ、リリア」
「今日の下着の色でしたら黒です。ガーターの」
「誰も聞いてねーよ。そうじゃなくて」
思わぬ情報入手にオービットは頭の中でその情報を反芻しながらも。
「頼んでいた件はどうなった?」
と、黒ガーターの召使に再度問う。
「はい、概ねご主人の推測通りでした。後でソレに関連する資料をお持ちしましょうか?」
「頼む。それと例の物は?」
「お求めの数ほど。いつでも出せます」
「分かった。それじゃあ後で向こうに行くからその時に出してくれ」
「かしこまりました」
いくつかのやり取りの後、二人はそれぞれ己の業務に戻るのだった。
「さて、忙しくなる…な」
まるで、今後の事態を予見するように。
◎◉◎◉◎◉
ポッカ村の近くの町。
近くと言ってもポッカ村は森に隔離されるような形であるため、往復するにはそれなりの時間が要するほどの距離もある。
その町と隣接する森にて。
「ここか?報告にあった場所は……?」
一人の軽装ながらも鎧に身を包み、剣を帯刀する男性が傍の同じような格好をした人物に確認するように話しかける。
「あぁ、間違いない。ギルドの報告にあったポイントはこの辺りだ」
もう一人の鎧の男性も手元に紙を持ちながら答える。
「しかし、俺たち騎士がギルドの仕事に駆り出されるとはな……。団長の意向で引き受けてはいるけどそもそも国を守る誉れ高き騎士がこんな雑事をするなんておかしいと思わないか?」
先頭を歩く騎士の男が不満を漏らしながら周囲の警戒にあたる。
「まぁ、そう言うな。幸い俺たちが担当する駐屯地では争いや諍いも小さなものばかりなんだ。たまには書類の山と戦うよりも正体不明の魔獣と戦うのも悪くないだろう?」
紙を持ちながら歩く騎士の男は宥めるように同僚の騎士に語りかける。
同僚の騎士も肩を竦めながらもしっかりと任された仕事はこなそうとする姿勢を見せる。
「だが本当なのか?こんな辺境に正体不明の大型の魔獣がいるなんて。ここらじゃ空気中にある魔素の含有量もそんなにだからうっかり迷い込むにしてもここに来ることはないだろ?」
「だとしても現に町の住民からいくつかの目撃報告が上がっているんだ。気のせいだって言って放置しておくわけにも行かないだろ?」
そう言うと同僚の騎士も了解の意を示すように手をひらひらと宙で漂わせて警戒を続ける。
ガサッ。
「!!?」
茂みから何かが動く音。
それまで温和だった空気も一変して緊張が場を占める。
「報告にあったヤツか……?」
「分からん……姿までは……」
先程まで気が緩んでいた騎士たちも表情を引き締め、接敵に備える。
ガササッ。
「来るぞ!」
そして茂みの主が現れ、ついに二人の騎士と対峙するーーー。
「キュルッ?」
「…………………」
「…………………」
二人の前に現れたそれは長い耳が羽のような形をしており、一時鳥なのかそうじゃないかで揉めるほどに分類が難しかったとされる、血のように赤い目は純心を映しその羽を主張するが如く飛び跳ねる生物。
リンプリンーーーというウサギだった。
「……なぁ、もしかしてだけど」
「いやコレではないだろ」
大型の魔獣に備えていた二人は一気に緊張の糸が解けるのを感じる。
その原因となった小動物はそんな二人の意を介さず無邪気に飛び跳ねる。
「あはは……」
それを微笑ましく見送る騎士二人。
「あんな小さなヤツが元気に飛び回ってるんだ。ここいらには少なくともいないだろう」
「だな、一応この辺りを巡回してみて何もなかったら戻ろう」
そう言って二人の騎士はその場を後にするのだった。
先程まで小動物がいたところが血溜まりを形成していることに気づかずに。