非存在の存在証明   作:トブト

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【不穏】~迫りくる脅威~その2

 

 

 

 一方、家屋にて。

 

 アレカが一人沐浴を行っている頃。

 空き家となった家で養生していたオービットとその看病にあたっていた召使いのリリアは現在二人きりとなっていた。

 普段と違った環境。状況。

 主人と召使い、立場はあれどそこは男と女――何もないはずがなく――。

 

 「ご主人は私の色香に当てられてしまいおもむろに私の服に手をかけ、抵抗するも主人という立場を利用して私は――!!」

 

 「何言ってんだお前」

 

 突然身を悶えだした召使に冷めた視線を投げかける主人ことオービット。

 

 「いえ、少し間が開いてしまいましたのでここでサービスシーンをと…」

 

 「マジで何言ってんだお前?」

 

 淫乱メイドのある意味危ない発言に辟易としながらも流し、少年は癖っ毛のままにテーブルの上に置かれた地図を見やる。

 

 「それで?状況は?」

 

 主人に促されるとそれまで妄想に耽っていた淫乱さはなりを潜め、いつもの調子に戻るリリア。

 

 「はい。では報告を致します」

 

 そう言うとテーブルに広げられた地図の上に手を置き、それをなぞるようにして横にスライドしていく。

 すると地図上にいくつかの「×」印が現れた。

 

 

「現在近隣の……この村から一番近くの町付近にある森でオークの群れが潜んでいます」

 

 「もうそこまで来ているのか……」

 

 少年は神妙な面持ちで思案する。

 

 「ただこれだけ近いなら町の人たちも気付くだろ?駐屯地の騎士たちもいるはずだし。とっくに討伐隊が組まれていてもおかしくないはずだ。なのになぜまだそういった動きがない?」

 

 とんとんと地図上にある町の駐屯地がある付近を指で示す。

 しかし、それをふるふると召使は首を横に振る。

 

 「はい。どうもオーク全体で“インビジブル”[姿隠し]を掛けているようでして、それによりその存在の確認はされてはおりません。町の者たちもせいぜい噂程度のものとしか捉えていない様子でした」

 

 「“インビジブル”[姿隠し]?」

 

 その言葉に少年は眉をひそめる。

 

 「ご主人、ご存知とは思われますが一応オークも“インビジブル”[姿隠し]は使えますよ?」

 

 「そうじゃない。『全体に』というところだ」

 

 通常オークとゴブリンは体格の差はあれど魔力量に大差はない。

 それは亜人でも変わらない。

 ただ、オークは捕食した対象の魔力を自分のものにする特異な体質を持つために一線を画してきた。

 だがどれだけ己の魔力量が増えたとしても魔法を使うための知識、知能が無ければ宝の持ち腐れだ。

 もしも亜人誕生から五百年の歳月の中で、オーク族が人族と同じ知能を発達させていれば、今頃地上はオーク族で溢れていることだろう。

 それほどまでに他者の魔力食いは脅威なのである。

 だが、現にそうなっていないのはそれ故なのである。

 もしも少年が――人族が及ばぬところでオークたちの知能が劇的に発達したのであれば懸念は現実のものとなる。中には突然変異で思わぬ進化を果たす種族だって珍しくはない。

 しかし。

 

 オークが“インビジブル”[姿隠し]を…全員が使えるだと?

 

 その変化はあまりに異常である。

 一度にすべての個体が同一のものに変質するなど自然界ではまず、あり得ない。

 そう、自然界ならば。

 

 「協力者がいる」

 

 少年はそう断定してみせた。

 

 「協力者ですか…?」

 

 主人の言葉にリリアは首を傾げた。

 少年は続ける。

 

 「“インビジブル”[姿隠し]を使える程にオークたちの知能が発達しているならば町を襲撃せずに隠れ潜む理由がない。第二級魔法が使えるなら回復系統も使えるはずだからたとえ町で負傷してしまってもすぐ治せるはずだし、そもそもそんなオークに人族は勝ち目がない。だが襲わず隠れてるってことは今は人族と正面切って戦えない事情があるわけだ」

 

 「はぁ…」

 

 少年の憶測の域を出ない推測に召使は主人である少年に対して懐疑的な視線を向けていた。

 オービットとリリアは互いに向き合う形で席に着いているため、当然その視線を少年は真正面から受け止める形になる。

 

 「……なんだよ?何か言いたいなら言ってくれ」

 

 「…では」

 

 と、一つ咳払いをしてから。

 

 「確かに…それでしたらご主人が思う疑問を解消するには至りますが…町を襲わない理由に関しましては異論を申し上げます」

 

 するとその細い指を一つ立てた。

 

 「一つ、町を襲わないのは警戒のためかと。亜人のオークが知能を身に着けたと言ってもそれだけで人族が敗れるという道理はありません。『オーク族が賢ければ人族は滅びる』はそう言った意味合いも兼ねた皮肉なのです。また、知能があるが故に警戒心が強まったとも考えられます。いくら魔力総量に上限のないオーク族といえども頭をやられれば死にますから。それに、食べられなければそれほど脅威にもなり得ませんし」

 

 「うぐ…」

 

 正論に次ぐ正論に少年が打ちひしがれながらもリリアの抗弁は続く。

 

 「二つ、襲えないのではなく襲わないのではと。亜人のオークの群れが仮にも今すぐにでも人族の村や町に襲撃を掛けるにしてもそれでは近隣の村、諸国にもそのことが知れ渡ることでしょう。そうなればいずれは人族との全面的な争いになり、かつては猛威を振るっていたとされる亜人のオーク族といえども数が減った今それを行うは追い詰められた鼠に同じ。ひとたまりもないでしょう。それはオーク共も避けたいところ」

 

 言い終えるとリリアは指を立てていた手を開き、次はあなたの番ですよと言わんばかりに手を差し向ける。

 

 「……………………」

 

 癖っ毛の少年は黙ったままだった。

 

 「もう少し慧眼を磨いてから弁を唱えることを推奨いたします」

 

 トドメの言葉にはぐうの音も出なかった。

 もうこの時点で少年は不貞腐れて寝ようとも考えていた。

 

 「ですが着眼点は素晴らしいです。ご主人」

 

 しかし話の方向は一変する。

 

 「私もオーク共が全員“インビジブル”[姿隠し]を使えることに疑問を抱いておりましたので。てっきりそれほどまでに知能が発達したものと考察しておりましたがなるほど第三者の存在……オークはその特性上どの種族からも忌み嫌われておりましたのでこれは失念しておりました」

 

 さっきとは打って変わっての賛辞と賛意の表明。

 この鞭から来た飴の到来は少年の心に沁みわたり、普段は(その奇怪な行動故に)素っ気ない態度を取ることも多いオービットだったがこの時ばかりは内心素直に喜んでいた。

 

 「ま、まぁ?それほどでも…」

 

 「ですがそれだと疑問が残ります」

 

 と、嬉しさがにじみ出たようにテーブル上の地図に指先をトントンとしていた少年だったがゴスロリ召使の言葉を聞いてその指の動きを止める。

 

 「先程も申し上げました通り、オークとは他種族に忌み嫌われているもの。それも構わずオークに協力するその者は一体何を目的に…?」

 

その言葉を受けてくせっ毛頭の少年もしばし考え込む

 

ゴスロリ召使の指摘は最もで他種族の者がオークと協力体制を敷くというのは考えにくい。

その理由はオークが求めるものが力のみであることに起因する。

いくら亜人としての知能が備わったとしてもその本質までは変えられることは容易ではない。その獣としての本能が彼らの原動力となるのだ。

力を求め、他者を貪り、糧とする。

それがオークである種族の宿命であり目的でもある。

そんなオークに背中を任せるということは自らを差し出すに等しいのである。

それをして得をする者が果たしているのだろうか?

もしくは別の目的が──。

 

 

「………先日のアレ、だな」

 

 

オービットは熟考の後に一つ、思い当たる節があることに気付く。

 

 

「アレと申しますと……アレですか?」

 

 

リリアも何かを察するように合わせる。

 

 

「そうアレ」

 

 

二人が言う「アレ」

 

それは先日コートの少年と弓使いのエルフが遭遇した正体不明の手の形をした生き物と形容がし難い存在。

そのあまりの異様な形容もさることながら生物の範疇を超えた異常行動の数々とその狂暴性には少年も苦戦を強いられた。

その後、オービットとアレカの奮闘により奇しくも勝利を収めるに至るが、「アレ」が何なのかについては依然不明のままである。

 

 

「回収の方はどうだった?」

 

 

少年の言葉を受けてゴスロリ召使のふるふると首を横に振る。

 

 

「やはり……あれだけ大規模な広域魔法の影響を考えますと塵一つ残さずに消滅したと考えるのが妥当かと。……痕跡のようなものも見当たりませんでした」

 

「そうか……」

 

 

報告結果を聞いてオービットは卓上に頬杖をつく。

 

 

「つきましてはこの無能な召使をどうかこの身をもってご主人の情欲のはけ口とならんことを」

 

「まぁ、いい。まだ『アレ』がオーク側のものだったという確証もない訳だし今は目先のことから対処していくとしよう」

 

 

淫乱召使の謎の提案は軽く流し、改めて卓上に広げられた地図を睨む。

軽く流されたリリアは不服そうに頬を膨らませながらも地図上に表記されている「×」をなぞるようにして何やら考え込む。

 

 

「どうした?」

 

「いえ……しかしこの数となりますと……大丈夫でしょうか?」

 

「?」

 

 

言われてくせっ毛の少年はゴスロリ召使が指でなぞる部分を見る。

表記されている「×」の数を考えると確かにこれは一つの軍隊の規模に匹敵する数でさらにはそれがオークのものであると考えると並みのものならばひとたまりもない。

だがこちらにいる戦力はというと魔眼使いの少年と森を一瞬で更地に変えるほどの魔力を有する召使、さらには100年前に姿を消したエルフまでいる。

明らかなイレギュラー揃いのところに挑もうとするオークたちの方が可哀想とも思えるラインナップに心配する要素があるようにはオービットには思えなかった。

 

 

「ですがご主人の体調はまだ万全とは言えません。先の戦闘で過剰なまでに消費した魔力を回復しないことにはこのリリア、ご主人を戦場へ立たせることを承服致しかねます」

 

「いやでもお前がいれば問題ないんじゃないか?」

 

「ご主人を守りながらの戦闘となりますと……神の五本指たる由縁の力の片鱗をお見せすることになりますが?」

 

「絶対やめて」

 

 

ゴスロリ召使の不敵な笑みに慄きながら強めの語調で制止に掛かる。

 

ここだけの話、リリアが毎度本気を出すと洒落にならない程の天変地異が起きるために変化した地形を国土地理院などに報告をしなくてはならなかったりする。

地図の書き換えは通常住居や建造物ならば問題ないのだが山が消え、地盤が抉られる程の規模となると管理する側としては堪ったものではない。

ちなみにそういうこともあるため毎度報告にいくオービットは国土地理院の者に白い目で見られている。

そして今回も森が二つも消えたので少年の苦難は終わりを知らない。

 

 

「左様ですか」

 

 

そのことを知ってか(というか当事者なのだが)破壊の召使は涼しい顔してそれ以上の言及はしなかった。

 

 

「確かに本調子ではないが全く戦えないというわけでもないからな……それにアレカもいるからな」

 

「あの乳袋ですか…………?」

 

 

途端にゴスロリ召使から魔力とは違う何かドス黒いものが滲み出る。

 

 

「リ、リリアさん………?」

 

「ご主人は余程あの乳…エルフの女にご執心のご様子ですが……私が不在の間一体何を……ナニをしていたのです?」

 

 

何やら含みのある言い方にオービットも思わず圧されるように仰け反るのだった。

 

 

「な、何って……別に特にしてもらったことはないよ。料理とか洗濯とかしてもらっただけで」

 

「お風呂は?」

 

「風呂………は」

 

 

そこで少年は言い淀んでしまう。

それがメンヘラ召使の何かに触れてしまったようで。

 

 

「やはり…やはりナニかあったのですね!?何があったのですか!?ナニをしていたのですか!?どこまでいったのですか!?もしやまさか………!!!?」

 

「待てまてまてまてまて!」

 

 

どんどん肥大化していくゴスロリ召使の暴走もとい妄想に歯止めをかける。

 

 

「アレカとは別に何も無かったって!ただ風呂の際も背中を流しに来てくれたりはしていたけども本当にそれだけだ!それ以外何も起きてない!」

 

「エルフは容姿端麗ばかりの種族であるとは聞き及んでいましたが、まさかあのような肉感的なスタイルの持ち主だとは……!まさかあの胸でご主人のアレをあれしてこうして骨抜きに………!?」

 

「わぁああああああああああ!!!!!!だから違うってば!!」

 

 

本格的にヤバい発言を始めたのでかき消すように声を荒げる。

 

 

「単純な能力の評価だよ!アレカの光魔法は並みいる魔法師や魔導師でも引けを取らないし特にあの弓の技術は重宝ものだ!国のお抱え魔法師団でも欲しがるような逸材だし例えアレカがエルフじゃなくたって各国から引く手数多なんだよ!」

 

「重宝するほどの引く手数多な胸の技術ですと!?」

 

「お前は一度その話題から離れろ!!」

 

 

 

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