非存在の存在証明   作:トブト

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【冥闇】〜心に差し込む影〜その3

 

同時刻。

ポッカ村より少し離れた森の中。

 

「………見られてる、な」

 

 

黒い影、パンクなファッションに身を包む人物はその装飾とは裏腹に静かに颯爽と翔けるように昼前の暗がりの森の中を走っていた。

その肩には気を失ってうな垂れるように担がれているエルフの弓使いの姿が。

 

「まぁいい。このまま逃げ切ればこっちのもんだ」

 

 

そのままパンクなファッションの人物は肩に乗せたままであるにも関わらず、駆ける足の速さをさらに上げる。

次第にその姿を捉えるのも難しくなるほどに輪郭の形がぼやける程に速さを増し、次第には闇に差す暗影の如く森の奥へと溶け込んでいく。

まさしく自身が影そのものとなって動くその足元で。

突如黒い蔓が現れ出る。

 

 

「おっと?」

 

何の前触れもなく現れた黒い蔓は影を捉えんと伸ばすも、影はそれを路傍の石を避けるかのようにかわすのだった。

そのまま太い木の枝に飛び乗り、黒い蔓が現れ出た地面を睨む。

 

 

「何者だ?」

 

「それはこちらの台詞です」

 

 

見据える地面に話しかけると応える言葉が。

するとそこから生えてくるように地面から現われ出でるゴシック調な服装の女性が一人。

女性はパンクな人物の姿を捉えると、そのままスカートの裾を掴んで礼儀正しい挨拶の作法を取る。

 

 

「ほぉう…これはなかなか…」

 

 

その容姿の整った出で立ちであるゴシック調な女性、リリアを見据えて、パンクな人物はまるで品定めするかのようなねぶるような視線を向ける。

その視線を受けてさすがのリリアも少し顔をしかめるのであった。

 

 

「初対面の…淑女に対して向ける視線とは思えませんが」

「ははっ、おぉっと。すまないすまない。ついね」

 

 

ゴシック調な少女、自分で淑女と言うあたり彼女もなかなか豪胆である、の指摘にパンクな人物は飄々とした様子で非礼を詫びる。

 

 

「悪い悪い。つい美しいものには魅入ってしまうタチでね。サガってやつさ。ま、大目に見てくれよ?」

 

「……………」

 

 

どこか余裕を見せるパンクな人物とは対照的にリリアは一応の警戒をしていた。

 

 

先ほどの完全死角からの“リストライアント”[拘束]をものともせずにかわしたところ相当な実力者であるのは明白………見たところ人族ではあるのでしょうが……しかしこの気配は………それに私の感知から逃れたところも考えますと……。

 

「おいおい、そんな熱のこもった目で見ないでくれよ。淑女に見つめられていると思っただけで昂ぶっちまう」

 

 

様子を伺うリリアの視線にナニかが刺激でもされたかのようにパンクな人物は嘲笑するように笑みを浮かべる。

その動作のひとつひとつに不快感を感じるのか、もっとも彼女も普段は似たようなことをしているのだが、木の枝にとまる姿を見ながら眉間に一層のシワを寄せる。

 

 

敵は一人、周囲に他の気配もない、一方の手が乳お…アレカ様で塞がっている以上取り押さえるのは容易…。

 

「ん?どうしたんだい?黙り込んじまって?もしかして惚れたか?」

 

………そして依然相手はこちらを軽視している。

 

 

ゴシック調の女性はひとしきり状況分析を済ませると。

 

 

「これ以上は付き合っていられませんね」

 

 

ヒュンッ、と一気に距離を詰めに行く。

それはまさに自然で流れるような動作で熟達した者であれば思わず見惚れるほどに精錬された動き。

木の枝にとまるパンクな人物もそれは同じで──。

 

 

「おいおい、釣れないなぁ」

 

 

そして、リリアの手がその者の眼前まで迫った時。

 

ビシィッ。

 

 

「っ!?」

 

 

ゴシック調の彼女の身体は気づけば影で出来た蔓で縛るように絡みつかれていた

がんじがらめのように巻きつかれ、身動きひとつ取ることも難しくなる。

 

 

「これは………“リストライアント”[拘束]?それにこの魔力はやはり……」

 

「そっ、あんたと同じさ。俺もね」

 

 

影の蔓によって不自由となったリリアに対しパンクな人物は得意げな顔をして近づいていく。

そのまま指でゴシック調の女性の顔を拝むように顎を上げる。

 

 

「くくくっ、やはり極上だな。あんたも。コイツは堪らない。本当なら今すぐにでもおっ始めたいところではあるんだが…」

 

 

そこでチラリと肩に乗せるアレカの方に目を向ける。

 

 

「今日は先約があってね。君とはまた別の日に熱い時間を過ごそうじゃないか」

 

「一体その者をどうするというのです?」

 

 

身動きが取れないリリアは引き止めるように話しかける。

 

 

「おいおい、そんなこと聞いてどうするってんだ?野暮ってヤツだぜ、まったく。それとも混ざりたいのかい?俺としては大歓迎だが」

 

「………質問には答えたらどうなのです?」

 

 

彼女からしたら同族嫌悪からなのか、一層侮蔑の目を強くする。

 

 

「そんな目をしないでくれよ。分かった分かった。ちゃんと答えてやるよ」

 

 

それに観念するようにパンクな人物もヘラヘラと笑いながらも答えるのだった。

 

 

「ま、言ってしまえば仕事だよ。仕事。俺は雇われでね。ある人に頼まれたから仕方なーくしているってだけの話さ」

 

 

パンクな人物はやや芝居掛かったような所作をしながらに話す。

 

「そのある人とは?」

 

 

リリアも身動きが取れないまでもこちらに注意を向けさせるように質問を投げ続ける。

 

 

「さっきから質問ばかりじゃないか。なんだい?俺のことを引き止めたいのかい?もしかして俺に気がある?」

 

 

パンクな人物も彼女が身動きが取れない状態であるからなのか飄々とした姿勢を崩さない。

 

「……………」

 

「冗談だってば。そんな顔するもんじゃないぜ?せっかくの綺麗な顔が台無しだ」

 

 

やがてパンクな人物はズイッ、と自身の顔をリリアの顔へ近づける。

 

「特別だぜ?俺に依頼したヤツの名前は……」

 

 

そして、口元を召使の少女の耳元まで寄せ──。

 

 

 

 

「教えない♪」

 

 

 

 

 

 

シュバッ!

 

瞬間パンクな人物が立っていた場所に無数の影の蔓が伸びる。

しかし蔓が対象を絡め取るよりも先に、パンクな人物の姿は既にそこになく、代わりに闇で出来た黒い霧が周囲に立ち込め始める。

闇の中からどこからともなく嘲笑の声が聞こえる。

 

 

「ははははは!俺への意趣返しのつもりか?俺と同じことをヤリ返して優位に立てるとでも?そんな猿真似芸の技術じゃこの俺を逝かせられないなぁ」

 

 

リリアは姿を捉えようと身動きが出来ない状態で視線を巡らせるも姿はおろか気配さえも捉えることが出来ないでいた。

霧は一層濃くなっていく。

 

 

「逃しはしませんよ」

 

 

言って、ゴシック調の女性は自らを覆う影の蔓の拘束を解かんと己に秘める闇の魔力を解放しようとするも。

 

 

「やめとけやめとけ。その拘束はそう簡単に解ける代物じゃないし仮に解けたとしてもその後はどうする?俺と戦うってのかい?肩に人質を担がせたまま?俺は一向に構わないがね」

 

「………………!」

 

 

闇から響くパンクな人物の声に一瞬の動揺を見せたリリア。

 

 

「………私にとってその者は人質の価値がないと言えば?」

 

「嘘だな。だとしたらわざわざ追いかけたりしてこないだろう?」

 

 

その言葉にリリアは反論することも出来ずただ黙るのみであった。

 

 

「いい加減に気づけよ。同じ闇に身を置く者なら。闇の戦いは騙し合い、騙りあいが基本だろう?勝負は始まる前からついてたんだ。つまり最初から負けてるんだよ。あんたは」

 

「………………」

 

 

思えば対面した時から今に至る言動の全てがこの時のための布石だったのだとゴシック調の女性は思い知る。

否、あるいは今もそれに付随するブラフなのか。

気づけばリリアはすっかり相手のペースに乗せられていた。

それに気づくのが遅過ぎたことへの己の至らなさと不甲斐なさに普段は見せないような若干の悔しさを顔に滲ませる。

 

 

「じゃ、また。今度は二人だけの濃密な時間を過ごそう」

 

 

そう言い残し、声の主は闇の中へと完全に消えていく。

 

 

「生きていれば、だが」

 

 

最後に、闇の中で、そんな言葉が、聞こえた気がした。

 

そのまま、影の蔓は少女を木乃伊のように巻きつき、闇の霧は押しつぶさんとその範囲を徐々に狭めていき──。

 

バシュウッ!!

 

途端、黒点の中から生じる衝撃波。

その波は闇の霧を晴らすどころか身体に巻き付いていた影の蔓を散らし、さらにはその周囲にあった木々までも薙ぎ倒していくほどに力の波動が伝播していく。

その爆心地には当然とでも言わんばかりに召使の少女が一人悠然と佇む。

 

実際、リリアの実力であればあの程度の拘束はいつでも解けた。

 

パンクの実力差も単純なものであればリリアが格上であろう。

 

その気になればいつでも制圧だって出来た。相手の生死を問わないのであれば、だが。

 

だがそこにはアレカがいた。

 

リリアが受けた命はたった一つ。

 

 

『アレカを取り返してこい』

 

 

火急時のものだったので怪我の有無などの詳しい指示はされてはいないが──。

 

 

「……私も大分ご主人に感化されてきましたね」

 

 

日が傾きかけた空模様。

木々が薙ぎ倒されて拓けた森の中で一人、少女は憂うようにいつかの情景を思い浮かべてはため息をつくのだった。

そこに秘められた想いは果たして。

 

 

 

 

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