【The bell rang 〜動き出す事態〜】
ポッカ村。
そこよりさらに離れた森。
薄暗い森の中。
木々の葉により光が遮られてしまい、日が傾きかけた夕刻ごろには一寸先も目視が難しくなる時間頃。
昼間活発に動いていた森の住民たちもそれは同じで辺りが暗くなった頃には自分の棲家に身を潜め、夜を明かす。
一方、夜の住民はこの時間頃にその姿を現し、速やかに、迅速に、そして静かに狩りを行う。
静寂が夜の森を包む。
そこに風が吹き込まれる。
風は木と木の間を縫うように駆け抜け、そしてその足跡を知らせるように木の葉同士が揺れて擦れる音が静寂の森に響く。
今この瞬間だけは昼とは違った別世界が繰り広げられる夜の世界。
そこにはまるで生物が存在しないとでも言うように──。
「首尾ノ方ハドウダ?」
静寂を破る鈍重な声。
かすれがかったように消え入りそうではありつつも確かな存在感を放つその声はまさに他を圧倒する威厳の持ち主から発せられていた。
その声の主からの問いかけに応えるたどたどしくもハッキリとした声がひとつ。
「ハッ。未、ダ人、族ドモ、ニ、ハ気ヅ、カレテハイナ、イ様子。コノ、ママ、行ケ、バ明日、ノ明朝ニハタド、リ着ク、カト」
その返答を聞いて威厳の持ち主はさらに聞き返す。
「“永久(とこしえ)ノ湧光水”ハ今ドコニアル?」
「マ、ダ、村ニ留、マッ、テイルヨ、ウ、デス。オ、ソラク、ハコチ、ラニ討ッテ迎、エルツ、モリカト…」
「フン……舐メラレタモノダナ」
たどたどしい声が言いかけたところで鈍重な声がそれを気に食わないとでも言わんばかりに声を上げる。
同胞をやられたことへの恨みか、もしくは己の評価を下に見られていることへの苛立ちからか、気づけば鈍重な声の主からは殺気めいた威圧を周囲に撒いていた。
その圧に充てられたように他も沈黙してしまい、再び夜の森に生物のいない世界が訪れる。
それを破る新たな声が割って入る。
「報告デス」
「ナンダ?」
睨みを利かすような鈍重な声に少し臆しつつも報告に来た声の主は応える。
「………例ノ者カラ………『標的ハ捕エタ』ト………」
その報告を聞いて。
「……………………ホウ?」
薄暗い森の中。
昼とは真逆の静寂が包む夜の闇の中で。
内に秘める野心を灯すようにふたつの獰猛な光が怪しく紅く姿を現わす。
そこは生物のいない世界。
いつもの夜の住民の姿はどこにもない。
この森にも。この世界にも──。
◎◉◎◉◎◉
ポッカ村。
夜も深まり長らく人がいない廃村となっていた村の静けさもひとしおに。
住人のいない屋内に隙間風が入り込む音が遠く聞こえる。
その村にある湖畔近くの一軒家。
窓から見えるランタンの灯りが中にある影を揺らめかせる。
「そうか………」
ランタンの火が灯る居間にてテーブル上に広げられた地図を睨む黒コートの少年、オービットは何事かを考え込むように呟く。
「はい。申し訳ありません。私の力が及ばず……」
その側でしおらしく(本人はそのつもりらしい)淡々と事の顛末を報告し終えたゴスロリ少女、リリアは悠然とした佇まいでいた。
召使の少女の謝罪の言葉を受けて少年は首を横に振る。
「いや、状況的に考えて検討した方だろう。むしろよく忠告通りに対処してくれた。助かるよ」
リリアの実力を鑑みれば手段を選ばなければアレカを取り返すことも人攫いのひとりやふたりを追跡後に制圧も、なんなら目下迫ってきている問題である亜人のオークの群れを殲滅することも造作無いことである。
ただそれは手段を選ばない──つまり彼女本来の力を振るえられればの話に限る。
リリアの本来の力、魔法力は例え一国の王国魔法師団が束になっても拮抗しうるほどにその華奢な見た目からは想像出来ない力を秘めている。
しかし、その強力すぎる力故に加減が難しいらしく、本人はちょっとしたクレーターが出来る程度の威力のつもりが森や山が消滅したなんてことも一回や二回ではない。
その後始末に毎回追われている身としては堪ったものではないオービットは戦闘面でのリリアにはいくつかの制限を設けるようにしていた。
それでも当初は加減を間違えたり、一応召使であるにも関わらず言われた通りにしなかったりと一向に問題が解決される兆しは見えてこなかった訳ではあるのだが。
どうやらリリアも少しずつではあるけども成長してるんだな。
主人と従者という立場であるも普段はそんな関係性が微塵も感じられない二人の間にも彼らなりの信頼と絆が築かれ──。
「おや?よろしいので?ここは主人の命にまともに応えられない無能の女従者に折檻という名目で日頃の鬱憤とその他諸々のものを私にぶつける言わばご褒b」
「それで今後についてなんだが」
なんだかヤバイことを言い出しそうだったので自身の身体をくねらせ始めたゴスロリ少女の言葉を遮って少年は無理矢理次の話題を切り出した。
訂正、コイツ全然成長してないわ。
少年が目指す理想の主人と従者の関係までに至る道筋は依然、前途多難なのであった。
色々切り替えて机上の広げた地図に黒コートの少年は目を向ける。
その地図の上を指を這わせるように指を置くとトン、と叩き、何かの採決を取るかのように口を開く。
「攻める。今から」
「…………ほう?」
その判断に召使の少女はさぞ意外そうな声を出した。
「随分と性急が過ぎると思われますが………まずは相手側の戦力の把握されてからにしてはいかがです?」
いつもは慎重な行動を心がけ、入念な準備をしてから動く少年らしからぬ発言に訝しげな表情を浮かべながらリリアは自らの意見を述べた。
しかし、召使の意見に主人は首を横に振ってから答える。
「もうほとんどその猶予もないと考えた方がいいだろう」
「と、言いますと?」
すると少しの間を置いて。
「亜人のオークはすでにアレカを手に入れてしまっている。もしここで僕たちが二の足を踏んで様子見なんて慎重な選択をしている間にオーク達がアレカの魔力を取り込んでしまうかもしれない」
オービットの当初の予定ではアレカを狙って村に攻めてくるオーク達を迎え撃つというもので、戦力的にも断然有利な少年たちからすれば相手側が来るのを待つだけで良かった。
だが、肝心のアレカが連れ去られてしまったことで事態は一変してしまい、いくら戦力差が歴然であろうともアレカの魔力がオークに取り込まれた時点で少年たちの敗北に変わりない。
故にオービットたちは時間との勝負に迫られているということになる。
オーク達の手にアレカが行き渡る前に取り返すか。もしくは。
「そうなった時は……」
「リリア」
そこでオービットはリリアの口から続くはずだった言葉を制す。
その目を見る黒コートの少年の目はリリアを召使としてではなく、一人の人間を見る目をしており。
「今回はそれをさせないための戦いだ。もちろんその時が来たら僕も全力でやる。リリアも状況に合わせて動いてくれ」
それは主人としの命令ではなく、個人の願いのように少年は言い渡す。
「かしこまりました」
召使の少女もそれ以上は余計なことを言わず、ただその言葉に従うことにしたのだった。
「問題は今現在オーク達がどのような動きをするかだ。町の近くに潜伏してるということだから万が一にでもアレカという力を得たということで昂揚した勢いでその力の矛先を町の方に向けないとも限らない。そうなってしまったら町はひとたまりもないだろう。最悪壊滅だ」
「なるほど…」
また黒コートの少年が危惧しているのはその先。
自分たちの敗北の末に予想される惨劇。
それまで隠れることでしか身を守れなかった者がある日力を手に入れ、隠れる必要も無くなったことでの解放感に取り憑かれてしまった者が次に動く行動は。
そして標的を目前にそれを目の前で取られてしまった獣が怒り狂い、衝動的に動く行動。
そのどちらをもオービットはよく知っている。
そしてそれを防ぐにはどのようにすべきかなのかも。
「だから今回の僕たちの目的はアレカを奪還することだけじゃない」
少年は立ち上がり、そして告げた。
全てを見通すとされる魔眼を宿した双眸に確固たる意思を宿らせて。
「オークの討伐。殲滅だ」