非存在の存在証明   作:トブト

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【命題】〜求めるために〜その2

 

 

 夜の森。

 

 いつもよりしん、と静まり返った宵闇の中を颯爽と駆ける二つの影。

 黒コートに身を包む少年、オービットとゴスロリ調の服を見に纏う少女、リリアの二人はその常人離れした脚力を活かし普通ならば三刻は掛かる距離を僅かな時間で駆け抜ける。

 真夜中の視野が悪い中の木々の間を縫うようにして掻い潜る。

 向かうはオークたちの潜伏する町付近の森。根城。

 

 

 「ご主人。少し遅れていますよ」

 

 「っ。分かってる」

 

 

 先頭を召使の少女に、その後ろを追いかけるようにして黒コートの少年が走る。

 先の異形な生物との戦闘により魔力の回復がまだ万全とは言えない状態の少年。

 しかし、事態は一刻を争うために少年は己を奮い立たせるように歯がみしながら駆けていく。

 

 

 「!ご主人!」

 

 「!?」

 

 走ることにのみ意識を向けていた。

 そのため一瞬少年の反応が遅れた。油断していたのだ。

 自分の眼前に巨大な斧が迫ってきていることにも気づかぬほどに──。

 

 ドゴォンッ!!

 

 夜の森に突如こだまする轟音。

 その衝撃はたちまち森全体に広がり、木々や草むらに隠れていた住民たちも慌てふためいて逃げ出す。

 

 

 「ヤッダガ?」

 

 

 音が遠く鎮まった頃に、訛りの強い声が聞こえる。

 

 

 「グフフ。オデノ斧バ、マドモ、食ラッダ。ヒドダマリモネェベ」

 

 

 そう言いながら嬉しそうに自らが仕留めたであろう獲物の元へと向かう姿が雲から顔を出した月光に照らし出される。

 そこにはオークの姿が映し出されていた。

 

 

 「フン、油断スルナ。マダモウ一匹イタハズダ。早クソッチモ片付ケルゾ」

 

 

 嬉しそうな声を上げるオークとは対照的に気難しい雰囲気を漂わせるオークがその後ろから現れる。

 気難しいオークは周囲を警戒しながら歩みを進める。

 

 

 「ヘヘッ、ゾンナゴド言ッデ。本当バ悔ジインダロ?オラバ先ニ“イーク”ヲ仕留メダガラ」

 

 

 しかし狩りへの昂揚からか訛りの強いオークの耳には仲間からの進言が届いていないようだった。

 それに気難しいオークは首を横に振り嘆くようにため息をつく。

 

 

 「……イイカラ早ク斧ヲ取ッテコイ」

 

 「ヘヘヘッ♪コレデオラモヅイニ一兵卒ガラ部隊長ニナレル訳ダ〜♪」

 

 

 訛りの強いオークは浮き足立った様子でスキップをする様に自分が仕留めた獲物の元へ向かう。

 その様子に再びため息を吐きながらも辺りの警戒を怠らない気難しいオーク。

 

 

 「エヘヘッ♪獲物♪獲物♪オラガ仕留メダ獲物〜♪」

 

 

 土煙も晴れ、訛りの強いオークは斧が突き刺さっていた場所へと辿り着く。

 

 

 「アデ───」

 

 

 そして何事かを言いかけたところで突如沈黙する。

 その様子に訝しんだ気難しいオークは仲間へと声を掛ける。

 

 

 「?ドウシタ?早ク斧ト“イーク”ヲ回収シロ」

 

 

 気難しいオークが呼びかけるも返事はない。

 

 

 「オイ──」

 

 

 そして再度呼びかけた時。

 

 ズルゥ。

 ドサッ。

 

 何か重量あるものが落ちる音がした。

 そして気難しいオークは、見た。

 

 仲間の首を。

 

 地面に落ちているのを。

 

 

 「ーーーーーーー!!!?」

 

 

 何が起きたのかも分からず思わず声を上げようとした気難しいオークであったが。

 

 

 「……………ッ!!?……………ッ!!!?」

 

 

 しかし口から発せられるはずの音は空を切るばかりで音として認識されず。

 

 

 「失礼。声を上げられると少々面倒ですので体の自由を奪わさせていただきました」

 

 

 どこからか聞こえる声。

 視認したくとも体の自由は眼球運動まで奪われているために気難しいオークにはその声の主の姿を捉えることが出来ないでいた。

 空に浮かぶ月が雲に隠れたのか辺りが再び闇に包まれていく。

 

 

 否、違ウ。

 闇ガ──自分へ纏ワリツイテイル。

 

 

 「ご安心を。怖れることはありません。万物を飲み込む闇があなたを苦しむ間も無くその身を還すことでしょう。さぁ、その身を闇へと委ねるのです。眠るように。意識を闇奥深くへ」

 

 

 まるで聖母の導きかのようにその者は囁いた。

 

 

 「永遠に」

 

 

 それを聞いて最後に。

 オークの意識は暗い水の中へと沈んでいく。

 底が無いようにも思える程に深みに飲まれていく。

 やがては自身との境界も曖昧になっていき──。

 

 その場には何も残る事はなかった。

 まるで、最初から何も、誰もいなかったとでも言うように。

 何もない場所を召使の少女は見つめる。

 

 

 「……油断のしすぎですよ」

 

 

 一人となった少女はどこかの誰かへと声を掛ける。

 

 

 「……悪かったよ」

 

 

 その声に返す言葉が。

 首が落ち、物言わぬオークのいる場所からバツの悪そうな顔をした少年がひょっこりと姿を現す。

 

 

 「あの一瞬で魔眼を開眼させて斧を透過させた事はさすがと言わせていただきますが………そもそもいつものご主人でしたら斧が投げつけられる前から敵の存在に気づけたはずなのでは?」

 

 

 召使の少女からの痛い指摘にますます肩身の狭さを感じるオービット。

 自然と視線をリリアに合わせようとしない。

 その様子に溜め息を吐く召使の少女。

 

 

 「しかしなぜここにオークが?まだこの付近は町よりも離れた場所のはず……もしや先日の先遣オークたちの調査に新たに来たのでしょうか?」

 

 「その事なんだが」

 

 

 そこで、先程まで親に怒られて拗ねていた子どもかのようになっていた黒コートの少年が口を開く。

 ちら、と首が落ちたオークを見やりながら。

 

 

 「さっき魔眼を使ってアイツの記憶も覗いてみたんだが……少々厄介なことになってるみたいだ」

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

 町近くの森。

 

 そこに潜む亜人のオークの群れの元に伝令役が持ってきた吉報。

 これによりオークたちの士気は上がり、自身が身を隠さねばならない立場であることも一時忘れるほどに歓喜の雄叫びを上げそうになるオークの兵もしばしば見受けられる程に熱気が高まっていた。

 だが、その後に告げられる伝令役の言葉を受けてオークたちの熱は急速に奪われていくこととなる。

 

 

 「ナゼ“湧光泉”ヲ持ッテコナイ!?」

 

 

 ドゴォンッ!

 

 ビキッ、バキバキバキバキ!

 

 怒りに任せた拳の一撃が側にあった木へとぶつけられる。

 へし折れた木は自重を支えるに至れずそのまま倒れて夜の森に轟音を響かせる。

 それにより先程まで熱狂していたオークたちは完全に沈黙することになる。

 一方、怒りが収まらない様子のオークたちの長はそれを滲み出すかのように息を荒くさせる。

 明らかに冷静ではない様子に側に仕えていたオークが恐る恐ると話しかける。

 

 

 「オ、王ヨ……。ドウカ怒リヲ抑エテクダサレ“イーク”ドモニ気取ラレマス……」

 

 「黙レ!!」

 

 

 側仕えのオークの忠言も今の王の耳には届かない。

 その様はまるで手に入るはずだった玩具を取り上げられた子どもが癇癪を上げるかのようで、内側から溢れる情動があらわとなっていく。

 怒りのオークの王はその眼光をそのまま伝令役のオークに向ける。

 その視線だけで射殺されるのでは錯覚しながらも伝令役のオークは声を震わせながらにその責務を果たさんとす。

 

 

 「レ、例ノ者ガ言ウニハ……『俺ノ仕事ハえるふヲ捕ラエルノニ協力スルコトダガコレヲソチラニ持ッテ行クニハチト厄介ナ奴ラノ追ッ手ヲドウニカスル必要ガアル。抗戦シヨウニモえるふヲ抱エナガラジャ分ガ悪イ。仮ニ追ッ手ヲ振リ切ッテソチラニ送リ届ケラレタトシテモソノ間ニ町ノぎるどニ告ゲ口デモシテ討伐隊デモ寄越サレタラ困ルノハ寧ロソチラナンジャナイカ?』ト………」

 

 

 伝令役のオークを通じて伝えられる内容には明らかな悪意と作為を感じられた。

 しかし、それが分かっていたとしてもオークの王がその言葉を無視する訳にはいかなかった。

 彼等オークの目的がエルフそのものである以上、その存在が人族に伝わることはなんとしても避けたいところでもあり、今人族の兵と衝突することは下手をすればオークの存続に左右されかねない。

 エルフがオークたちの手元にあればその限りではないのだが現在エルフの所在は不明。

 仮にいたとしてもその手段を取れば兼ねてよりの悲願であったオーク族の永久の繁栄はつゆの滴となって散りゆく。

 

 

 「グヌヌヌヌヌ………」

 

 

 怒りに身を震わせる。

 要は、こう言われているのだ。

 

 

 

 

 

 エルフが欲しいならば村にいる人族を葬れ、と。

 

 

 

 

 

 王である自分が、他人の、しかも他種族の者の掌の上で踊らされている感覚。

 

 亜人であることに、オークの事情を鑑みての弱味を握られ、そこにつけ込むかのような行いに憤りを覚える。

 そして、それに自分達は従うしかないことにも。

 屈辱。

 

 ゆっくりと、その重い腰を上げる。

 オークの王はそのままある方向を見据えたままに告げる。

 

 

 「今夜中ニ、村ニイル“イーク”ヲ始末シロ。最初ニ仕留メタヤツニハ昇級ノ褒賞ヲ与エテヤル」

 

 

 その言葉を聞いて、その場にいたオーク達の目には野心めいた眼光が一つ、また一つと夜の森の中で一際強く灯り始め──。

 

 

「狩リノ時間ダ」

 

 

 それは、静かに動き出す。

 

 森が、ざわめく。

 

 

 

 

 

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