100年も続いた戦争が終結したのもつい最近のこと。
大戦の爪痕を深く残しながらも人族は平和となった世を生き抜くために手を取り合い、立て直していく方向に進み出した。
だが、亜人はそうもいかなかった。
亜人戦争で、あまりにも多くのものを失いすぎた彼らは元は少なかった数がさらに減ったこともあり、中には絶滅した亜人の種族もあるほどで彼等亜人側は存亡の危機に瀕していた。
それでも彼等も人族のように手を取り合って立て直すということも出来た筈ではあった。生き残った亜人同士で協力し合うことも人族と共に生きることだって出来た筈。
だが結果は現在の境遇から鑑みてそれが行われなかったことが窺える。それはなぜなのか?
その理由の一つは彼等、亜人間の中で明らかな確執が生まれてしまったことにある。
元は同じ亜人という共通の仲間意識によって形成されたグループ。
しかし、根底にある種族の誇りと血が隔絶してしまい、亜人同士が再び手を取り合うということはついぞなかった。
そして、もう一つはというと。
亜人が厄災を呼ぶ凶兆であると世間に出回ったことにある。
人族が、亜人たちこそが100年も続いた亜人戦争の戦犯者であると吹聴するようになったことが起因にある。
亜人戦争では人族側にも多大な被害が生じた。そのため当時の政治の上役たちが国家間が手を取り合うためにこの被害をどこの責任にするかと議題に上がった。
亜人戦争で生じた被害は想定を遥かに超えたもので、一国家ではとても賄えるものではなく、かといってこの問題を棚上げにするという訳にもいかなかった。
人々の心は荒んでおり、行き場のない怒りと悲壮感は新たな争いの火種になりかねない。
故に、今回の戦犯者。つまりは亜人戦争によって生まれた人々の負の感情のぶつけどころを当時の者たちは探していた。
そして、見つけてしまったのだ。彼ら人族は。
格好の対象を。
これが、亜人が今も人里離れた奥地にて今も息を潜めるように隠れ住んでいる理由である。
元は己の威信を懸けて行われていた戦い。
それが終わってみれば存亡の危機に立たされる始末。
人族の都合で巻き込まれた亜人は。
人族の都合で今もなお苦しめられ続けている。
これが、人族と亜人の歴史である。
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現代。
人族と亜人の歴史は根深い。
厄災を呼ぶ者として再び忌み嫌われる存在となった亜人は迫害の対象とされ、中には過激派の者が彼等を殲滅せんと何もしていない無実の亜人たちを見かけ次第に討伐する俗に言う『亜人狩り』のようなものも行われていた。
そのため、現代の亜人たちはそのほとんどが表舞台に立つことがない。
それは亜人のオーク達も同じで。
オーク族は元々有している『捕食したものの内包する魔力を自分のものとすることが出来る』という特異な体質のおかげでどの種族からも嫌煙されることが多かった。
そのため『亜人狩り』の対象とされることも多く、その長であるオークの王は人族から逃げるために戦ったこともしばしば。
目の前で同胞たちが討たれるのをただ見ていることしか出来ないことに憤りを覚えながらもそれでも自分ではどうすることも出来ない無力感にも苛まれていた。
オークの王の本当の願いはただ一つ。
なんの憂いもなく、同胞たちと酔い潰れるまで酒の席を交わしたい。
ただ、それだけ。
たった、それだけ。
オークの王は力など求めてはいなかった。
ただ、安穏とした生活を同胞たちと送りたかっただけ。
それだけでよかった。
それで十分だった。
でも。
自分は亜人にしてオークの王。
生まれが、血が、宿命が、因果が。
彼に力を求めさせる。
そこに舞い込んできた千載一遇の機会。
今の自分たちの境遇を打開してくれる存在、エルフ。
この力を手に入れれば、人族に復讐出来る。
受けた屈辱を。
舐めさせられた辛酸を。
飲まされてきた苦汁を。
今度はやり返すことが出来る。
野心は野望となり、そして悲願へと。
エルフヲ。
エルフサエ手ニ入レレバ。
エルフヲ手ニ入レラレレバ!!!!!
そこからオークの王は動き出す。
それまでの鬱屈とした感情を解き放たれたかのように。
エルフの追跡から始まり。
それに伴う大移動。
慣れた土地を離れ、未知の土地へ。
人族に見つかるということもあった。
それでも、エルフを求めてその歩を止めるということはなかった。
時に慎重に。
時に大胆に。
あらゆる手法を用いて徐々に、ゆっくりと、真綿で締めつけるようにして。
そして、ようやく、ついに。
宿願は手中へと。
その手で抱けるというところで最後の最後に邪魔が入る。
それも人族の。
最後の障害もまた人族であることに、オークの王はもはやこれは宿命なのだろうと不敵に笑う。
エルフであるアレカを手に入れればいよいよもってオークの王の野望は動き出す。
まずエルフを苗床にオークの数を増やして勢力の増強を図り、その後近隣の村や町を襲撃し、そこにいる人族の者たちを喰らってさらに力をつけていく。
襲った村や町を根城とし、そこを起点に勢力と居住区を拡大。着々と規模を増やしていく。
戦力を増やせば今度は人族の国へと攻め入り、落とした時にこそ、そこでオークの王の夢は叶うであろう。
かつて、皮肉の意味も込めて言われていた『オーク族が賢ければ人族は滅びる』という言葉。
これは単純にオークがどれだけ莫大な魔力を有していてもそれを使う知識が無ければ意味がないということであったのだが。
だが、オークの王が考える計画がもしも実行に移されれば。
もし、亜人のオークの数が増えれば。
そのいずれもが高い魔力総量を有していれば。
さしもの人族といえども数による暴力には苦戦を強いられる。
それが高個体のものならばなおさら。
さらには相手はオーク。喰ったものを己が力とするわけなのだから下手をすればあっという間に壊滅もしかねない。
皮肉とされていた言葉は今現在、現実となろうと水面下で動き出しつつあった。
オマエ達ハソノタメノ足ガカリトナレ………。
理想郷まで目前となってきたオークの王の口元は自然と口角を吊り上げてニタリ、と不気味な笑みを浮かべているのだった。
その時。
「王ヨ」
傍らにいた側近のオークに呼ばれていることに気づく。
「ナンダ?」
オークの王はなるべく自分が考えに耽っていたこと悟られぬように毅然とした態度を示す。
「イ、イエ………ソノ…………」
しかし、問いかけてきた側である筈なのになぜか歯切れの悪い言葉でしか返ってこないことに訝しむオークの王。
ふと、前方を向くと。
「!?」
オークの王の眼前に広がったのは。
遊歩道の途中でそれまで続いていた森がまるで何かに食いえぐられたかのようにそこら一帯の森が巨大なクレーターを形成して消滅していた。
草木一本跡形もなく。
何か余程大きな力でもぶつかったのかクレーターである地面にはところどころ亀裂が走っている。
「ココデ………何ガ起キタトイウノダ?」
先日、まだ町の近くの森まで移動している頃に天地がひっくり返るのではと錯覚するほどの大地の鳴動と爆発が近くに起きていたことは知っていた。
てっきり、それはオークの先遣隊がエルフと戦闘をする際の戦いの余波が伝わってきたのだとオークの王は思っていた。
だがその爆心地と思われる森の様相は明らかにオークの王の想定を遥かに超えている。
明ラカニ個ノ力ヲ超エテイル………湧光水デアッテモコレダケノ力ヲ引キ出セルモノナノカ?
明らかな規格外の力にさすがのオークの王も動揺を隠せないでいた。
しかし、どれだけ憶測を積み重ねてもいずれも答えには辿り着けないと悟るとすぐさま思考を切り替える。
「ココニ陣ヲ敷ケ」
「ハ?」
オークの王の言葉に、思わず側近のオークは聞き返してしまう。
それでも構わず言葉を続ける。
「ココヲ陣トシ………“イーク”共ノ墓場トスル」
赤褐色の眼に獰猛の色が宿る。
そこに加えて不敵な笑みがこれからの展開を示唆するように不気味に夜闇の中で輝くのだった。