非存在の存在証明   作:トブト

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【証明】~求めるものは~その1

最初は気まぐれみたいなものだった。

あたしたちエルフ族が滅んで、あたしだけが生き残って、一人になることを強いられて、誰とも馴れ合わずに過ごした。

だからオークに襲われているあの子たちを見た時、自分と重ねてしまった。

 

あの日、あたしたちの一族を、仲間を、家族を襲った悲惨な目に遭っている自分に。

気づけば体は動いていた。

あたしはあの子たちを助けていた。

オークに見つかることも分かっていた上で。

 

寂しかったんたんだと、思う。

 

永く、一人でいた時間が多すぎて孤独に耐え切れなかったんだと思う。

 

あの子たちを隠れ蓑に、とか。

あの子たちを守るため、とか。

理由ばかりを見つけてはそれを自分に言い聞かせるようにして。

 

あたしは誰かと一緒にいたかったんだと思う。

でもそのせいであの子たちは傷つけられてしまった。

オークに目をつけられてしまった。あたしの取り巻きとして巻き込まれるように。

あたしの自分勝手の理由で。

 

いつしか胸が苦しくなる時があった。

それは最初、気のせいとも思えるような棘が刺さっていたような痛みで。

でもあの子たちが傷ついていく様を思い浮かべただけで胸が締め付けられるような痛みになって。

その痛みに耐えられなくて泣くこともあった。

 

だから思った。

 

あたしはみんなと会わなきゃよかった、って。

みんなと一緒にいちゃいけない、って。

あたしは最初から。

 

 

 

 

存在しちゃいけないんだって。

 

 

 

 

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

ポッカ村・湖畔。

そこに続く森にて。

 

ズシッ、ズシッ、と重量ある足音を鳴らしながら巨大な斧を肩に持つ人あらざる異形の者は森の中を進む。

途中立ち止まっては何かを嗅ぎとるように鼻をひくつかせ、何かの匂いを見つけてはそれを辿って進む。

 

 

「!」

 

 

幾度目かの匂いの嗅ぎ分けで異形の者は何かを感じ取る。

そこからはまるで何かに導かれるようにして草木をかき分けながら慎重に進む。

しばらくすると異形の者は森の中で拓けた場所に出た。

 

 

「………コノ匂イ…」

 

「こうして会うのは初めてね。オーク」

 

 

そこにいたのは拓けた森の中央で待ち構えていたかのように厚手のローブを着込んだ弓使いが一人。

アレカが立っていた。

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

数刻前。

 

「あの子たちを安全で笑えるところに連れて行ってあげて」

 

 

エルフの弓使い、アレカは人族、黒コートの少年に頭を下げながらに言った。

 

 

「あたしは……この長い因縁を終わらせる」

 

 

その輝く翠玉のような色の目には決意を宿らせて。

 

 

「連れて行って、って………あの亜人のゴブリンたちを?」

 

 

少年は突然の申し入れにやや困惑しつつも頭を掻きながらに聞く。

 

 

「一体どこに?亜人を受け入れてくれるところなんてそうないし………ましてやゴブリンともなると……」

 

「どこでもいいの!」

 

 

うんうんと難色を示す少年に詰め寄る形でアレカはその必死の想いを声に出す。

その声は半ば絶叫じみたものになってしまい、それまで談笑などでくつろいでいた亜人のゴブリンたちも何事かと途端に静かになる。

 

 

「あいつらが……オークがいないところなら!人里離れたところだっていい!あの子たちが安心して過ごせるところなら!」

 

その気迫は差し迫るものを感じた少年は思わずたじろいでしまう。

 

 

「んー……まぁ、無くもないけど」

 

 

顎に手を置き思案する黒コートの少年は空のない天井を見上げる。

 

 

「報酬は?」

 

 

少年のその言葉を聞いたエルフの弓使いはまるで言葉の意味が分からないというような面持ちで顔を上げる。

 

 

「流石にこの人数の移動ともなればそれなりの出費が、ね。だからそれに応じた報酬があれば依頼として引き受けられるんだけど」

 

「そ……それは………」

 

 

そう言うとエルフの弓使いは先程の威勢が嘘のように縮こまり、少年の目から逃れるようにその視線を逸らす。

しかし何かに踏ん切りついたのか頭をぶんぶんと左右に振ると再び少年の方に向かう。

 

 

「あ、あたしが持ってるものならなんでもあげる!……と言ってもそれほど持ってもいないんだけど……そ、それでも足りない分は体で返す!」

 

「身体で?」

 

 

この時アレカはしまった、と思った。

その言葉を聞いた途端少年の目は真剣そのものの目つきに変わる。

そしてエルフの弓使いの身体つきをまるで品定めするような目で上から下へと眺めるのだった。

 

 

「あ、いや、その。身体で返すってのは、その………」

 

 

その視線に気づいたエルフの弓使いの顔は徐々に紅潮していき、品定めするような目から逃れるように自身の身体を抱く。

しかしエルフの弓使いは気づかない。その行為は自分のその豊満な身体つきを強調させるだけに過ぎないことに。

一通り眺めた少年は頭の中で何かしらの決済を終えると途端に不敵に笑いだすと。

 

 

「うん。いいよ。引き受けてあげる」

 

「ほ、本当!?本当に!?」

 

 

エルフの弓使いはその言葉を心待ちにしていたかのように声が高くなるのを感じた。

 

「うん、ま、でもそれなりのモノはしっかりいただくから覚悟はしておきなよ?」

 

「え?」

 

 

一抹の不安がよぎるも、その言葉の真意が分からぬままに、エルフの弓使いは一人仲間の小ゴブリンたちを説得の末に現実世界に戻るのだった。

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

「……オ前一人カ?」

 

 

人あらざる異形の者、斧持ちのオークはひしゃがれたような声を出しながら辺りを警戒しながらも目の前にいるエルフの弓使い、アレカと対峙する。

 

 

「えぇ」

 

 

対するアレカもオークと対峙する。

そのまま両者は睨み合うように相手の出方を伺う。

 

 

「………一人?」

 

 

エルフの弓使いの応対に斧持ちのオークは疑問を持っていた。

それまで姿すら確認できなかったエルフの生き残りが取り巻きの亜人のゴブリンも連れずにいきなり目の前に現れたのだ。まず間違いなく何かの罠だと勘繰るだろう。

斧持ちのオークは目の前の敵への警戒を緩めることなく周囲のどこかの伏兵が潜んでいないか辺りの方へ意識を向ける。

 

事実、ここにいるのはアレカ一人だけであった。

 

それ以外の者たちは今現在こことは異なる世界にいるため斧持ちのオークがどれだけ探しても探せる訳もなく、またそのことを知りようもない。

故に、斧持ちのオークのこの行為は警戒心から生まれる猜疑心からのもので戦闘に身を置くものとしては当然のものであると言えるのだが。

しかしオークという種族は魔力を匂いとして感知が出来るのだ。

それは生体のものからその場に満ちたものまで分け隔てなく。

つまりは。

 

 

「………幻惑カ」

 

 

人あらざる異形の者はその巨躯に見合う厳つい顔に付いている鼻を数度ヒクつかせると、何かに得心すると。

ブゥウンッ!

と。

突如肩に担いでいた巨大な斧を目の前のエルフに目掛けて思い切り振り落とすのだった。

ゴォオオンッ!

質量のある金属が大地に打ちつけられる音は森中を騒めき立たせる程に高く響かせ、その地響きから斧持ちのオークから放たれた一撃の威力の大きさが物語られる。

しかしそれだけの威力を秘めているにも関わらず、目の前のエルフには傷一つ付けられていなかった。否、まず当たってすらいなかった。

避けた訳でもない。エルフの弓使いは依然としてそこにいる。いるように見えている。

その身体が切り裂かれているにも関わらずエルフの弓使いは毅然とした姿で立っていた。

途端、その姿が炎のように揺らめきだし、形を保てないとばかりに空気に溶け込むようにして消えた。

 

 

「チッ!こんなに早く見破られるなんて!」

 

 

斧持ちのオークがいるところから離れた場所。

そこの密集した草木に身を隠すようにして潜んでいたアレカは遠くから斧持ちのオークの様子を見ていた。

想定よりも早く光魔法の幻覚が破られたことにより、すぐさま次の行動に移る。

 

 

「……………」

 

 

一方、スンスン、と辺りに充満していた光魔法の匂いが霧散したことを確認した斧持ちのオークは、隠れたエルフの位置を特定するために今一度鼻に意識を集中させる。

ヒュンッ。

 

 

「!?」

 

 

すると遠方から風を切るような音が聞こえ、反射的に斧持ちのオークは左腕を盾にして身を守る。

しかし飛来したものはオークの厚く硬い皮膚を通すことはなく、当たり弾かれては落ちるのみであった。

 

 

「………矢?」

 

 

ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュンッ!

 

その一本が予兆であったかのように斧持ちのオークの元へ集うかのようにして無数の矢が四方より差し迫り襲う。

 

 

「!!」

 

 

オークの皮膚をもってすればどれだけの矢が迫ろうとも致命傷にはなり得ない。

それでも煩わしくは思い斧持ちのオークは自身の両腕でもって防ぐのだった。

矢の雨はとどまることを知らず、その勢いは増していく一方で斧持ちのオークの防戦一方かに思えた。

だが、その豪腕に隠された顔に付いた鼻は何かを探るようにヒクつかせーー。

 

 

「ソコカ」

 

 

途端、斧持ちのオークは降り止まぬ矢の雨の中をお構い無しに地面に刺さったままの巨大な斧を軽々引き抜くと。

 

 

「ヌォンッ!!」

 

 

一つの雄叫びと共に斧持ちのオークはその斧をある方向目掛けて投げ飛ばす。

斧は巨大な円を描き、途中降ってくる矢を弾きながらに進む。

その先にはーー。

 

 

「っ!?」

 

 

木の幹から移るようにして矢を放っていたエルフの弓使いがちょうどその木に着地するところであった。

斧はそのまま勢いよく迫り。

 

 

「くっ!」

 

 

斧が差し迫る寸前、アレカは木を壁に見立てて壁蹴りするように跳躍する。

ズバンッ!!

アレカが跳躍した瞬間、エルフの金色の長い髪をかすめるようにして斧は先程まで立っていた場所を通過して後ろの木を両断していく。

 

 

「ぐはっ!」

 

 

咄嗟の判断による跳躍の回避は先の黒コートの少年との戦闘の時の身体の傷も相まって態勢を崩し、落下の際受け身を取るも少なからずのダメージを負ってしまう。

そのまま転がるようにして地面に這いつくばっていると、頭の方からヌルリと生暖かい感触があり、手で触って確認すると自分が血を流しているのだと気付く。

それと同時にズンズンズンズンッ、と何かがこちらに向かう地響きのようなものが聞こえ、見ると先程斧をぶん投げたオークがエルフの弓使いに向かって走っている姿があった。

このまま寝たままではいられないとすぐさま立ち上がろうとするも。

 

 

「ぐっ!………ガハッ!ゲホッ!」

 

 

落下の際内臓まで傷つけてしまったらしく、吐血してしまう。

それでも傷ついた体に鞭打つようにして立ち上がると、口の中に自身の血の味を感じつつも、アレカは迫ってくるオークに向かって矢を構えるーー所作をする。

 

 

「………?」

 

 

一瞬、遠くから見ていてその行為の意味が分からないオークは訝しんでいた、が。

ピシュウッ!

直後、射られた音と共に目にも止まらぬ速さで光の矢が眼前まで迫った時、オークは直感的に悟った。

 

ヤラレル。

 

カッ!

 

光の矢は瞬く閃光に変わり、目も開けられない光量を発する。

それを至近距離、眼前で起こされたオークは酩酊したかのようによろめくのだった。

その隙を逃すことなくエルフの弓使いは懐に忍ばせていた短刀を取り出すとそれをオークの足元、行く手を阻むかのように張られているロープに目掛けて投げ込む。

ピンッ、と張られたロープが切られると

 

ゴォッ!

 

オークに目掛けて大木の丸太が差し迫る。

さらにアレカは他の罠であるロープも複数切り。

四方から丸太が迫るようにした。

 

ドゴォンッ!!

 

土埃が舞う中、鈍い音と共に確かな感触。

 

 

「グッ………ウゥッ………ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

しかしその頑強な鎧とも言える皮膚はオークを容易にはやらせはしない。

それでもダメージはあったのか苦痛による怒りの咆哮が土埃の中から轟き、まだ生きているのだという証明になった。

 

そんなことは百も承知と言うようにエルフの弓使いは傷だらけの体のまま向かい合うようにして両腕を広げながら立っていた。

 

目を閉じ、意識を集中させる。

すると大気の流れが止まったかのように世界が静かになる。

森のさざめきは止み、大地の鼓動はアレカに合わせたようになる。

まるで自然の全てがアレカと一体化したようになる。

エルフの弓使いの身体は薄く発光するように輝き出し、自身の内に魔力が集まっていくのを感じる。

そして始まる詠唱。

 

 

『森羅万象……世の理に反する者……』

 

 

広げた両の腕の先、指先までをピンッ、と張りつめるように伸ばす。

 

 

『悠久の時の中で己が役割を忘れ、逸脱した者よ』

 

 

そして手と共に両腕を上下に、天と地へと指し向け。

 

 

『生命の還元より己が身が在るその意味をとくと知れ!』

 

 

パンッ、と手を自身の前、オークに向けて合わせる。

 

 

「光の裁きに魂を焦がせ!“ホーリー・ジャッジメント”[因果応報]!!」

 

 

手を合わせるのとほぼ同時に。

 

カッ!!!

 

と、オークがいる場所に特大量の光が空から地面を穿つようにして射し込む。

それはまるで光のエネルギーを凝縮させたかのような物量を有しており、その光に照らされている草木もその影響で燃えるように発火すると炭と化した。

 

 

「グッ!?グァアアアアああアアアあああアアああアッッッッ!!!!?!???」

 

 

その驚異的な光源に晒されているオークももちろん例外ではなく。

厚く硬い皮膚もこの光の前には意味を為さず、まるでこの世の穢れを落とすかのように無慈悲な光はその身を、そこにあるものを全て焼き焦がしていく。

 

 

「はぁああああああああああっっっっ!!!!」

 

 

己の魔力を最大出力の光子熱線にする特一級に匹敵するこの魔法は計り知れない威力の代わりにその魔力の消耗が激しい。

いかに魔力総量が潤沢なエルフであっても一〇秒までしか持続出来ない。

よって、これがアレカにとって正真正銘の全てを懸けた一撃となる。

 

 

「滅びろぉおお!!オォオオクゥウウウウウウ!!!!」

 

 

もはや出し惜しみなどしないとエルフの弓使いはその有り余る己の全魔力を光の柱に注ぎ込む。

 

カッッッ!!

 

一際強く輝いた光の柱は森全体をその恐ろしい熱量と共に照らす。

そして光が収まり、光の柱は元いた場所へ戻るように空へと上り、消えた。

 

ドサッ。

 

全魔力を消費したエルフの弓使いはその場に崩れるようにして倒れこむ。

指先一つ動かせない程の消耗はしているものの命に別状はない。内臓をやられてはいるがエルフ持ち前の生命力であれば自力の回復も見込める。

アレカの胸中は満たされたものとなっていた。

 

やっと、終わった。

これで、これでもうあの子たちを傷つけられずに済む。

もう悲劇はあの子たちには降りかからない。

長く続いた悲劇を自分の手で終わらせられた。

その嬉しさに思わず笑みがこぼれてしまっていた。

 

万が一のことも考えてあの子たちをあの人族の少年に託したけどそれも取り越し苦労に終わった。……まぁ、一つ懸念があるとすれば報酬の方なんだけど。どうしよう。

みんなは今頃どこまで行ったのだろう。まだそれほど遠くには行っていないとは思うけど今の体のままじゃあ、しばらくは動けない。これは仕方ない。

すぐに追いかけて合流したいけどそれは叶わない。まずは身体を休めないと。

身体を休めて、動けるようになったらみんなのところに………。

……………。

 

みんなのところに戻っていいのだろうか。

あたしのせいで巻き込まれたのにまた戻ったら………。

 

違う。

 

もうあの子たちに悲劇なんて遭わせはしない。

今度の今度こそあたしがみんなを守るんだ。

例え嫌われたって良い。憎まれたって良い。

もう取り返しのつかないことをしてしまったけれど、それでも謝ろう。

そして言うんだ。あたしを仲間にしてって。

そして、そして許されるなら。

みんなと、穏やかな日々をーー。

 

これからの明るい未来を夢見て、エルフの弓使いは一人密かに微笑むのだった。

 

 

 

◎◉◎◉◎◉

 

 

 

そんな彼女の前にオークが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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