非存在の存在証明   作:トブト

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【証明】~証明開始~その1

 

 

 

 「アレカ様ヲ離セ!オーク!」

 

 

 弓を構え、亜人のオークと相対するは同じく亜人の小ゴブリン。

 

 オークとゴブリンは元は同じ種族とされており、その違いは体の大きさだけとも言われていた。

 事実二種間を隔てるものは体躯の違いのみでそれ以外の体の構造はほとんど同じ。

 

 体が大きく筋力はまさに怪物並の力を保有する個体。

 体が小さく素早く小回りが利く個体。

 

 オークとゴブリンはそのようにして派生して生まれたとされる。

 

 故に、二種の違いは体の大きさだけでも示せるようなものだった。

 無論どちらが強いかなど言うまでもない。

 

 大柄のオークが三体に対し、ゴブリンの、しかもさらに小さい小ゴブリンが一体。

 万に一つも勝てる見込みなどない。

 それを分かったうえで、その行動を起こした目の前の敵にすらならない弓構える小ゴブリンの思考が刀傷のオークには分からなかった。

 

 

 「……ナンノツモリダ」

 

 

 手前の地面に突き刺さったままの矢を一瞥してから刀傷のオークは問い掛けた。

 

 

 「アレカ様ヲ離セ!オーク!」

 

 

 しかし返ってきたのは先刻も聞いた言葉。

 

 

 「……ヤレ」

 

 

 もはやこれ以上のやり取りは無意味だと、刀傷のオークは両脇に控えていたオークにため息混じりに指示を出す。

 一体のオークが前に出、弓構える小ゴブリンの前に歩み寄る。

 

 

 「--ッ」

 

 

 体躯の差など歴然だ。小ゴブリンの前にオークが立つことでそれが優に分かる。

 そのままオークは拳を、それだけでも小ゴブリンと同じくらいの大きさのものを振り上げーー。

 

 ドゴォッ!

 

 

 そのまま小ゴブリンの立つ場所目掛けて非情な一撃を振り下ろす。

 あまりに一瞬。

 抵抗の余地なし。

 避ける間さえ与えず。

 ただの犬死に。

 

 悲鳴すらあげることなく小ゴブリンは跡形もなく潰れーー。

 

 

 「…………?」

 

 

 刀傷のオークはそこで気づいた。

 

 跡形もなく?

 そこに残骸や血の一滴すらなく?

 ならば。

 ならばあの小ゴブリンはどこへ消えた?

 

 そこまで思考が追いついたところで。

 

 ズンッ。

 

 刀傷のオークの耳に重量ある音が届く。

 そこでようやく。

 自分の左腕が切り落ちたことに気づいた。

 

 

 

 ◎◉◎◉◎◉

 

 

 

 「ア」

 

 

 最初は呆気に取られていた。

 あまりに馬鹿げた光景であると。

 まだ自分は幻惑に囚われているのだと。

 

 

 「アア」

 

 

 しかし痛覚が神経を伝って頭に伝令されることでその感覚が現実のものであると知る。

 

 

 「アアアアア」

 

 

 いつも感じていた左の腕の感覚。

 それがない違和感、身軽さがそれを如実に語っていた。

 血が噴き出す。

 

 

 「アアあアアぁアああアアアアあアぁあアアアアああアアアアアアあああアアあああああああああアアぁアアああアアアアぁアアアああアアアアアああああアアアァアアアあアアアアあああァアアアアあアあアアアアアアあアアアあああアアアアぁアアアああああアああああアアああああぁああああアアアあああァあああああァァぁァぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!?!???」

 

 

 絶叫。

 残った左の腕のキレイな断面から噴き出す血を止めようと右の手で押さえるもその勢いは止まらない。

 もはや痛みよるものか怒りから来るものなのかも判然しない咆哮。

 

 ナニヲサレタ。

 

 感情の整理が追いつかない中で刀傷のオークの冷静な部分が疑問に埋め尽くされる。

 

 アノ、一瞬、デ、何ヲ、シタ。

 ソモ、ソモヤツ、ハ、ドコへ、消エタ。

 コノ腕ハ、ヤツ、ガ?

 ダメ、ダ、マズ、ハ、止血、セネバ。

 捕ラエ、タ、エルフ、モ逃ガサヌ、ヨウーー。

 

 

 「!!?」

 

 

 そこで刀傷のオークは目を見開く。

 視線は自分の足元。

 切り落とされた自分の左腕。

 その先。手。

 開かれた手。

 

 

 「……………ッッッッ!!!?」

 

 

 いない。

 エルフがいない。

 影も形もない。

 辺りを見回してもどこにもいない。

 これが何を意味するのか。刀傷のオークは考えた。

 

 謀られた。

 いかにオークとはいえ尽きることがないと言える魔力総量を保有するエルフには敵わない。

 故に彼らがエルフを捕らえるにはその魔力の消耗が激しい時を狙うしかないと考えた。実際アレカは己の全魔力を消費してまであの一撃を放ったのだ。オークたちの目論見は成功している。

 だが同時に彼らもまたエルフという種族がどういったものなのかは知る由もなかった。なにせ百年前の絶滅されたとされる実在したのかも怪しい存在。伝承くらいでしか聞いたこともない。

 だから、だ。実際目の当たりにするまではエルフのことは「尽きることがない魔力を持ち、魔法の扱いに長けた種族」としか知らない。

 つまり。

 実際は違うのかもしれない。

 通常魔力が切れれば生物は種族関係なく動けなくなるのだが、エルフだけは違うのかもしれない。

 そもそも全魔力を消費したと思われるあの一撃も実はまだ余裕があるうちであったとしたら?

 あの動けない素振りも全てブラフだったとしたら?

 エルフというのは元から他種族との交流があまりなかった種族。

 そのために未知な部分もまた多い。

 様々な憶測が刀傷のオークの身に起きたことを結び付けていく。

 

 弓構えの小ゴブリン。

 

 光の幻惑魔法を使うエルフ。

 

 そして切り落ちた左腕。

 

 消えた小ゴブリンとエルフ。

 

 狙っていたのだ。隙を。

 完全にこちらが油断していたところを。

 刀傷のオークはそう確信に至る。

 

 

 「探セッ!エルフ、ヲ!マダ、近ク、ニ、イルハズ、ダ!」

 

 

 半ば激昂するように切り落とされた左腕の断面を押さえながら傍にいたオーク達に指示を出す。

 それまで呆然と立ち尽くしていただけのオーク二体もその声で発破をかけられたように動き出す。

 

 オノレ………エルフ、メガ………。

 

 刀傷のオークは怨嗟の炎を目に宿しながら姿見えぬ怨敵を睨みつけるのだった。

 

 

 

 ◎◉◎◉◎◉

 

 

 

 森の中。

 誰かが駆ける音。

 

 足音からしてオークのものではない。

 軽快な足音と共にエルフの弓使い、アレカを抱えて走るその者の姿はーーーなにも見えない。

 何も知らずに目撃すれば森の中にエルフの女性が横たわったままに宙に移動しているという怪奇現象にしか見えないだろう。

 

 

 「……この辺りで十分か」

 

 

 ふと、声がする。

 声はどこからともなく聞こえると、横たわったまま空中移動していたエルフの弓使いの動きも止まり、ゆっくりと木の陰に降ろされるようにして落ちる。

 するとそれまでエルフの弓使いを抱えていた者の姿がスウッ、と空気にでも溶け込んでいたかのように現す。

 そこに現れたのは黒のコートに身を包み、まだあどけなさも残るような容姿。

 両目に血のように真っ赤な三つの輪が浮かぶ瞳をした少年が立っていた。

 

 魔眼・真円の瞳。

 この目に映した対象の魔力の流れを見ることが出来る魔眼。

 この目をもってすれば魔力の残存量なども把握することが出来る。

 

 

 「…ひどい魔力欠乏だ…」

 

 

 魔眼を通してのアレカの状態は重症そのものであった。

 見た目の外傷は無けれどもその体内に残存する魔力量が圧倒的に少ない。

 通常、魔力総量は生命力に使われるものとは別に自然界から供給した魔素が蓄積したものに分かれる。

 そのため術者がもしも魔力量を超える程の魔力を浪費した場合、生命維持のために必要最低限の生命力となる魔力を押さえて魔法が発現しないようにセーフティが掛かるようになるのだがアレカはそのセーフティを外していた。

 つまり、自分の生命力に回す分の魔力までをも魔法にあてたのだ。

 この世界の魔力とはそのまま生命力に直結する。

 魔力を持たない生物はみるみるうちに衰弱するのだ。

 加えてアレカはエルフである。魔力欠乏はその魔力総量が多いほどにその症状は悪化の一途をたどる。

 おそらく自分の全魔力を消耗した経験などないであろうアレカにとって今は酷い疲労感に襲われていると錯覚しているだろうが実際は命の危機だ。

 このままであればまず間違いなく死ぬ。

 

 

 「…………」

 

 

 黒コートの少年はエルフの弓使いの顔色を窺うように覗き込む。

 見れば見る程その容姿は整っており、絵画から飛び出したと見紛う程に美麗衆目と謳われるエルフの美しさが顕現している。

 一瞬、見惚れてしまいすぐさま少年は首を左右に振る。

 今は気を失っているだけのようで端から見れば眠っているようにしか見えない。

 処置をすぐに施せば大事には至らないだろう。

 一通りの診断が終わると少年は懐から小瓶のようなものを取り出す。

 中には赤く澄み切った液体が入っており、蓋を開けた少年はそれをエルフの弓使いの口元にまで近づける。

 

 

 「アレカ、これを飲んでくれ」

 

 

 だが、意識を失い体も満足に動かせない彼女にそれは無理な話だった。

 一度アレカを物質世界に送り届けてから処置をすることも少年は考慮した。

 しかし連戦続きで自身の魔力の回復も十分でなかった少年にとってこの後のことを考えると無闇に消費することは避けておきたかった。

 事態は一刻を争う。アレカをこのままにしておく訳にもいかない。

 無理やり口の中に流し込もうにも飲み込む力があるかも分からない状態でそれをするのはかえって危険だ。追い打ちをかけることにもなるやもしれない。

 さらにはアレカを探して追手も迫ってきている。猶予もそれほどない。

 数ある選択に迫られるなか少年が取った手は。

 

 

 「…仕方ない」

 

 

 少年は呟くとまず開けた小瓶の中身を一息に自分の口に含み。

 そして自身の顔をエルフの弓使いの顔に近づけ、そのまま口と口を合わせるようにしてーーー。

 

 

 

 ◎◉◎◉◎◉

 

 

 

 その時、物質世界にて。

 

 

 「………………っっ!!?」

 

 

 召使いのリリアはなにか大事なものを横取りされたような感覚に襲われたという。

 

 

 

 

 

 

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