「…………」
黒コートの少年は森の木陰に隠れながら移動の最中、追手のオークを目撃していた。
まだオークは少年のことを捕捉してはいないようで必死に嗅覚による追跡を行っているところをみると、どうも嗅ぎ分けられるニオイとそうでないものがある可能性に少年は気づいた。
それを幸いと少年は木の陰から顔を出すと、ちょうど追手のオークがこちらに振り向くところであり。
少年の赤い目と合いーー。
◎◉◎◉◎◉
「見ツケタ……!」
追手のオークは息を切らせながらに思わず歓喜の声を漏らす。
その眼前には標的であるエルフがまるで森の眠り姫であるかのような佇まいで木陰に眠りこける姿が。
オークはそのまますぐに近づこうとはせずに周囲を警戒しながら確認するようにしてエルフに近づいていく。
先の刀傷のオーク同様、未曽有の危機に晒されないかを危惧してのことだった。
「………」
しかし特に何が起きるということもなく、オークはエルフの元まで安易に近づけてしまった。
何も起きなかったことに拍子抜けしたような緊張が解けた安堵の息を漏らすと、オークはそのままエルフに手を伸ばしーー。
「まずは一体目、っと」
その時、世界は逆さまになった。
「いやー、どうやらこちらの考察通りみたいで単純な罠に掛かってくれて助かったよ」
どこからか声が響く。
その声の主がこちらに近づく足音をオークは感じる。
するとオークの逆さまの視界で目の前にいたエルフの姿がまるで風に吹かれた木の葉のようにその姿が消えていく。
「お前達オークは体内の魔力ではなくそこから放出された魔力のみを嗅ぎ取れるんだろう?だからアレカの光魔法で出来た幻覚は見破れても僕の見せた幻は見破れない。なにせこれは魔法と言うより錯覚にものだからな」
声の主が何を言っているのかオークには理解出来ないでいた。
その声がどんどんと遠くに行くように感じる。
「よいしょ、っと」
体が浮く感覚。
自分の体が無くなったかのような身軽さ。
相も変わらず逆さまな視界に自分が持ち上げられる光景。
そこには見知らぬ人族の顔がオークの目線に並ぶ。
人族もオークと比べればその体格差は歴然である。そんなオークである自分を持ち上げることが出来る目の前の人族にただ驚くことしか出来ないでいた。
「ナ……二…モノ……ダ?」
「へぇ、まだ喋られるのか」
人族の少年は飄々とした調子で話しかける。
「でも残念。お前がそれを知ることはこの先無い」
もう死んでるからな。
途端、オークの耳から音が消える。
逆さまの世界もさらに反転し始め、暗闇に包まれたように狭まる。
そして気づくのだ。
自分が死んでいることに。
◎◉◎◉◎◉
「死んだか」
黒コートの少年は呟くと、おもむろにオークの首をその場に落とす。
その近くには未だ自らの首が切り落とされたことに気づいてないように巨像のように立ち尽くしたまま動かなくなった骸があった。
もはや用済み、と言わんばかりに少年はそれに関心を向けることなく歩き出す。
「さて、早めに終わらせるとするか」
言葉だけを残して少年は森の奥に消える。
その場に残った骸はようやく自身の首が無いことに気づいたのかその断面から血が噴水の如く噴き出し、まるで嘆くように辺り一面を己の血で染め上げていくのだった。