体育祭の中盤戦、Aクラスの競技は女子が綱引きで圧倒的敗退をして障害物競走へと進んでいました。
そして神室さんの出番。
「伊吹じゃないみたいね……」
神室さんの相手、Dクラスは伊吹さんではなく陸上部の木下さんでした。
スタートの合図でレースが始まり、障害物を一つ一つと越えていきます。そして最後の直線50メートル、2番手争いは神室さんと木下さん。
その距離にほとんど差はなく、神室さんが少しリードしている状況で急に後ろから声がしました。
「神室さん、後ろっ!?」
その声に一瞬後ろを振り返った神室さん……
その一瞬に木下さんはすぐ横に並び神室さんに足を絡ませました。後ろを振り返った状態で足を絡ませられた神室さんは、そのまま体制を崩し大きく地面に激突します。
「ぐっ、うっ……」
神室さんは声が出ず足を押さえて倒れ込んでいます。木下さんも同じようにうずくまって倒れています。暫しの時間が経ち、なんとか二人がゴールしました。
「真澄さん大丈夫ですか?」
有栖が気持ちの込もっていない声で聞いています。
「かなり痛いんだけど、棄権させてくれるの?」
「ふふっ、ご冗談を」
神室さんは知っていたようにため息を吐き、次の競技への準備を始めます。そして二人三脚を乗り越えて次の競技は騎馬戦、神室さんは大将での参加。
開始して早々のこと……
「Aクラスに突撃!!」
BCの連合軍から月野さんの声が響き渡ります。
「なにあいつら、全員でこっちにくるよ!?」
「落ちついて、とりあえずここで待機。Dクラスが助けに来たら挟み撃ちにするから」
「神室さんわかったよ!」
神室さんの予想通り、Dクラスが助けに来ました。
「はぁ、助けに来るのか。邪魔しに来るのか……」
神室さんは近づいてくるDクラスの騎馬を見て警戒します。そして伊吹さんの騎馬が一番に到着しました。
「助けにきた、Dクラスもここで戦う」
伊吹さんはそう言ってDクラス全員でBC連合軍に相対しました。そしてAクラスの一騎が月野さんとの勝負を始めて場が混沌としてきたとき、Dクラスの騎馬が神室さんを囲み始めました。
「あんたに恨みはないけどここで潰れてもらうよ」
伊吹さんはそう言うと神室さんの騎馬に事故を装い接触し相討ちで地面へと突き飛ばしました。
神室さんは何度も地面へと倒されてジャージもボロボロの状態で騎馬戦を後にしました。
そんな神室さんを伊吹さんはつまらなそうな目で見ていました。
「神室大丈夫か?」
騎馬戦を終えて戻ってきた神室さんに橋本くんが声をかけます。
「うん、平気……」
「けどリーダーの神室がこんなに負けてたらAクラスとしてはどうなんだろうな!」
急に発せられたその声にAクラスの空気が悪くなりました。「確かにな」「いや、神室のせいではないだろ」意見は割れて、坂柳派は神室さんを庇い、葛城派は非難しているようにも見えます。
そんな時……
「ねえ、あんた。さっき障害物競走で接触した木下が大怪我して保健室にいるんだけど、ちょっと保健室まで来てもらえる?」
伊吹さんの言葉にAクラスが静まり返り神室さんを見ました。
「わかった、今いく」
Aクラスの視線を切り抜けて、神室さんは伊吹さんと保健室へ向かいました。保健室に到着すると木下さんがベッドで横になっています。
足には治療をした後がありました。
そしてそこには……
「ククク、よお神室。やってくれるじゃねえか?」
龍園くんが笑いながら椅子に腰かけていました。
「……なんのこと?」
「とぼけんなよ、お前が木下をわざと転倒させたんだろ?」
「なにそれ、そっちがわざとぶつかってきたんでしょ?」
「フッ、てめえが木下と接触する前に後ろへ振り返ってタイミングを図ったこと、そしてうちの木下はあの接触以降すぐに他の競技は棄権し、このあり様だ。のうのうと騎馬戦に出てたてめえと、どっちに信憑性があるかは一目瞭然だな」
龍園くんは木下さんの治療した足を見ながら言います。
「知らないし、関係ない……」
「関係ないことはねえぜ、神室。木下は今回の事を学校に訴えると言ってるからな。これでお前は少なくとも停学、最悪退学だ」
「……脅してるつもり?」
「ククク、好きに捉えたらいい。だが俺は優しいからな。お前がこれから先、Aクラスを裏切りDクラスに情報を渡すなら今回の話は終わらせてやる。どうせ今頃、お前がいなくなってAクラスは責任の擦り付け合いでも始めてるだろうしな」
神室さんは黙って聞いています。
「よく考えるんだな、体育祭終了後に答えを聞きに行く。じゃあな 神室」
龍園くんと伊吹さんは保健室を出ていきました。
そして神室さんも少ししてから保健室を退室しました。
「はぁ、めんどくさい……」
保健室を出て校舎からグラウンドに戻る道の途中、神室さんは立ち止まって呟きました。
今思えばあの時からだ……
坂柳に万引きを見つかった日、そこからめんどくさい日々が始まった───
私が坂柳に声をかけられたのは入学式から数日たった日のことだった。
「待ってください」
コンビニを出て、寮に向かう途中の私を坂柳が引き留めた。
「一緒に帰っても構いませんか?」
「……勝手にすれば」
「ありがとうございます。ところで、先程はコンビニで何を?」
「何をって……」
「見たところ何も買われてないようでしたので」
「別にいいでしょ、あんたには関係ない」
話を切りあげようとした時、私の腕を坂柳が掴んできた。
「万引きしましたよね? あなたの手際は見事でした。お酒も万引きしていたようですが飲酒もされるんですか?」
「は? しない、お酒に興味ないし」
「つまり、あなたにとって万引きとは日々の生活を楽にするための行動ではなく、あくまでもそのスリルを味わうための行動でしかない、ということですね?」
坂柳は勝手に人の分析をしてきた。
「あんたが冷静に分析できるのはわかったから、さっさと学校側に突き出せば?」
「よろしいのですか? 万引きとなれば停学は免れないでしょうね」
「だから? あんたが連絡しないなら、私からする」
私が携帯を取り出そうとするとその手を止められた。
「気に入りました。神室真澄さん、あなたには私の友達になってもらいます」
「は? 何言ってんの?」
「あなたの秘密を守る代わりに、私に色々と協力してください」
「それ、友達って言わない」
「ですが、私についてくれば退屈しないと思いますよ。万引きすることでしか満たされないあなたの心を、別のもので埋めることができるかもしれません」
あれから数ヶ月間、一度も万引きしてない……
する暇もないくらいこき使われてたし。
私は出てきた校舎を向きながら、ボロボロになった自分の姿をみて言葉を漏らした……
「……バカみたい」
薄々気がついてた……
何が起こるかわからない、理解もできない、そんな坂柳といる日々が楽しかった。
私は今の生活が嫌いじゃなかった。
それなのに……
「お久しぶりですね、神室さん。お一人ですか?」
坂柳……?
一瞬、私はその声が坂柳のように聞こえて振り返った。
「月野、栞……」
そうだ、もう一人いた。
理解できないヤツ、何が起こるかわからないやつ。
「そろそろ200メートル走が始まりますよ、こんなところにいていいんですか?」
「……あんたには関係ないでしょ」
私がなんとか絞り出した声を聞いて、あいつは悲しそうな顔をして私を見てきた……
「今日は神室さんらしくないですね。神室さんには、めんどくさそうな顔をしていて欲しいです」
「……なによそれ」
あぁ、そうか……
悲しそうな顔をしていたのは私のほうだった。
私は拳に力を入れて握った。
めんどくさい、だけどめんどくさくなかった。そんな日常を失うことが悔しくて……
「神室さん、あなたにはあなたの成すべきことがあるのではないですか?」
「……でも、私は」
私が話終える前に、あいつはまるで坂柳のような笑みを浮かべて私の背中をそっと押した。
「こちらは私にお任せ下さい。どうぞ、神室さんは神室さんの戦いを……」
何も話してないのに全てを知られている気がした。理解できない、何が起こるかもわからない、だけどこいつになら任せられる。そう思った。
「ごめん、ありがとう……」
だから私は走り出した……
Aクラスへ、私の成すべき事を成すために……
こうして私たちはそれぞれの戦いへと向かうのです