「おい、橋本。神室はまだ帰ってこないのか?」
「このままだと神室は棄権になるぞ、リーダーとして神室はどう責任を取るつもりなんだ!」
200メートル走をすぐ目の前に控えて、Aクラスは混沌とした状況に陥っていました。
「まだ時間はあるんだ、もう少し待て」
「もうないから言ってんだろ!」
葛城派から厳しい声があがります。
体育祭のリーダーである神室さんが不在な事と、その神室さんが体育祭で結果を出せていない現状に、葛城派はここぞとばかりに攻勢を仕掛けていました。
ただその勢いも、一人の少女の声で一瞬にして収まります。
「みなさんお静かに。真澄さんは来ますよ?」
椅子に座りながら全く動じることのない有栖の声は、逆らう余地さえ与えない不思議な説得力がありました。
そして程なくして……
「ごめん、遅れた……」
ボロボロの神室さんがAクラスへ戻ってきました。
坂柳派のメンバーがほっとしています。
そんな神室さんを見た有栖が声をかけました。
「真澄さん大丈夫ですか?」
有栖は嬉しそうに笑みを浮かべて聞きます。
そして神室さんも……
「大丈夫、棄権もしない」
「ふふっ、期待していますね」
そして神室さんは200メートルリレーへと向かい始めました。
時は少し遡り体育祭開幕前、Dクラスでは龍園くんの作戦が伝えられていました。
「いいか、お前ら 今回の体育祭はAクラスを狙う、特に神室は徹底的に叩け」
「龍園、あんた……本気?」
伊吹さんが龍園くんの作戦を聞いて呆れた声を出します。
「ああ、坂柳を叩くにはまず周りを削らねえと無理だ。あいつは知能こそ厄介だが、体には大きなハンデを抱えてやがる。まずはあいつの手足を奪う。特に女の側近である神室だ、あいつを消せば坂柳の行動範囲も制限されるからな。そして坂柳が一人になったところを攻撃してAクラスを潰す。ククク、自分の駒を奪われたと知ったときのあいつの顔が見物だぜ」
「あっそ、好きにしたら? 私は降りる」
「伊吹、これは命令だ。やれ」
伊吹さんは舌打ちをして出ていきました。
伊吹さんは龍園くんを嫌ってこそいますが、その才能を高く評価しています。そして龍園くんがDクラスのために必要な存在であることも……
「……神室か、せめて張り合いのあるやつだといいけど」
そして伊吹さんは今、200メートルリレーのスタート位置で待機していました。
「つまんな……」
龍園の作戦はくそだ、納得もしてない……
それにあいつの指示で何度か神室に接触したけど、文句一つ言わないし全然張り合いもない。
その上、木下の話を聞いて戦意喪失で棄権?
「つまんな……」
私がつまらなそうに靴紐を結んで準備していると、誰かの影が私の体を覆った。
「待たせたね、借は返すよ」
見上げるとさっきまでとは別人の佇まいで凛とした神室が私を見下ろしてた。
「ハハッ」
私は笑ってた、こいつのボロボロの格好を見て笑ったんじゃない。その姿勢に、その闘志に、私は嬉しくて笑った。
「随分といい顔つきになってんじゃん」
全員参加種目の最終種目である200メートル走が、今スタートしようとしていました。
神室さんと伊吹さんは隣り合わせのレーン。
『バンッ』
スタートの合図が鳴り響き、二人は瞬く間に先頭に立ちます。伊吹さんの方が少しリードして残りの100メートル、伊吹さんの速度がどんどん上がって行きます。
少し出遅れて神室さんも必死に追いすがります。
「グッ……」
怪我した足が痛む……
ゴールまであと100メートル、負けるわけには行かない……
私は今までのAクラスでの日々を走馬灯のように思い出していた。坂柳有栖に出会い、派閥の争いをし、坂柳有栖の側近と呼ばれ、体育祭のリーダーになっていたこと……
けど私は、Aクラスで卒業したいとか、派閥争いに勝ちたいとか、体育祭のリーダーになりたいとか、そんなこと興味もない。いらないよ……
坂柳についていきたい、その一つだけ。たったそれだけでいい……
だからそれだけは、誰にも邪魔させない。
訴える? 退学になるかもしれない?
『舐めるなよ?』
私はAクラスの神室真澄、私の道は邪魔させない。
今だけは「絶対に負けない!!!」
「ウオオオオオオオオオオ!!!」
女子200メートル走。
白熱した戦いに大きな歓声が上がりました。
一番最初にゴールテープを切ったのは、何度も倒され、何度も傷つき、ようやく辿り着いたボロボロのジャージ。
彼女は静かに自分のクラスの場所へと歩き出します。「神室よくやったな」「お疲れ様リーダー」多くのAクラスのメンバーが神室さんを出迎えてくれます。
そして……
彼女の辿り着いた先には杖を持った少女が椅子から立ち上がり、笑みを浮かべて待っていました。
「真澄さんご苦労様です」
「人使いが荒いんだよ、あんたは」
少女は片手に杖を持ち、もう片方の手を上にあげて言います。
小さな手に少し大きくなった手が重なり合います。その音はとても小さく、すぐにグラウンドの中へと消えてしまいますが……
彼女の心の中に、これからも消えることなく響き続けるのでしょう。
こうしてAクラスは更に強く成長していくのです