その日は唐突に訪れました。まさに昨日の今日。たった一人の突然な提案に次々と人は集い始め、気がつけば総勢7人。総額6万プライベートポイントをかけた女の戦いが幕を開けたのです。
『だ~るまさんが~ころんだ!』
「はいっ、堀北さんアウトー!」
「なっ、待ってちょうだい軽井沢さん。今のは櫛田さんが……」
「堀北さん、言い訳はよくないと思うなぁ。動いたら負けなんだよ? ルールはちゃんと守ろうよっ」
「ぐっ、櫛田さん。あなたは……」
みんな思ったよりも本気モードです。私も頑張らなくてはいけませんね!
日曜日の昼。私たちは少し傾斜のある丘で、だるまさんが転んだをしていました。事の発端は一日前。愛里との撮影会が終わり部屋に戻った私の携帯に、3通のメールが届きました。
『栞さん、明日お会いできませんか?』
『栞、明日は暇?』
『栞ちゃん、遊びたいです!』
有栖、鈴音、千尋ちゃんからのメール。
……遊びですか。ずっとテスト勉強だったので少し体を動かしたい気もしますね。軽く運動が出来て少ない人数でも遊べるものといえば……
私は3人にメールを返しました。
『みんなでだるまさんがころんだしない?』
そして今日。何処から途もなく噂は広がり、気がつけばAクラスから有栖と神室さん。Cクラスから千尋ちゃん。Bクラスから鈴音と桔梗ちゃんと軽井沢さん。そして私の総勢7名。ちなみに、ひよりちゃんは運動がしたくないらしく座って本を読んでいます。
そんなこんなで始めただるまさんが転んだですが、早くも桔梗ちゃんが鈴音と揉めています……
どうやら桔梗ちゃんが鈴音の真後ろに止まって、鬼の軽井沢さんに見えないように鈴音を押したみたいですね。それで動いた鈴音だけがアウト……
今回のだるまさんが転んだですが、ルールは至って簡単。鬼の軽井沢さんが振り向いた時に動いたらアウト、そして軽井沢まで辿り着きタッチしたら勝ち。
タッチした人には全員から1万プライベートポイントを渡して総額6万ポイント。鬼の軽井沢さんが全員をアウトにしたら軽井沢さんに6万ポイントです。じゃんけんで負けて鬼に決まった軽井沢さんですが、場所はやや傾斜のある丘。『だるまさんがころんだ』のタイミングも全て軽井沢さんの自由ですし、勝ち目は十分にあります。さっそく一人アウトになりましたし……
ちなみに有栖だけは足が不自由な事を考慮して少しだけ前の位置からスタートとなっています。
『だ~るまさんが~』
私が今に至った経緯を思い出していると、軽井沢さんが丘の木に顔を向けて掛け声を始めました。私たちは急いで丘を登ります。
『ころんだ!』
急停止する私たち。振り向いた軽井沢さんがその様子をじっと見つめます……
誰も動くことなく緊迫した時間が流れて、諦めた軽井沢さんが再度掛け声を出します。
『だるまさんがころんだ!!!』
さっきよりも早めの掛け声。緩急をつけてくる軽井沢さんですが、誰も動く事なく沈黙を保ちます。気がつけば目の前に有栖の姿が見えます。やはりハンデがあっても丘を歩くのは大変みたいですね。きっと次の掛け声で追い越すでしょう。
『だ~る~ま~さんが』
軽井沢さんの掛け声が始まり、走り出します。私が有栖の横を通り過ぎた直後、後ろから小さな声が耳に届きました。
「あっ……」
後ろを振り返ると有栖が前のめりに倒れそうになっています。まるで時が止まったようにゆっくりと前へ倒れそうになる有栖。私は反射的に有栖の前に立つと、目を瞑り片ひざをつきながら両手を斜め上に出して有栖の体を支えます。そしてすぐに軽井沢さんの掛け声が終わりました。
『ころんだ!!』
「……ふぅ、間に合った」
後ろを向いているので軽井沢さんから私の口の動きは死角で見えません。なんとか有栖を支えた私は片ひざを付きながら目を開けて、ドヤ顔で有栖を見上げます。有栖は動くことも声を出すことも出来ず、ぷるぷると震えながら私を睨み付けてきます。
「……えっ、なんで?」
私は睨み付けてくる有栖を見ながら、なぜか柔らかい手の感触に気がつきます。私の両手は有栖の胸を押さえつけていて、有栖はその状態のまま動けず、声も出せずに私を睨みつけていました。
「ま、待って有栖! 事故、事故なの! わざとじゃないの!!」
小声で有栖に訴えますが、睨みつける顔が少しずつ泣きそうな顔に変わっていきます。しばらくして再び軽井沢さんの掛け声が始まります。
『だ~るまさんが』
「栞さん! 今度という今度はもう許しません。先日も朝起きたら下着が部屋に干されてますし、今日は胸を触るしもう怒りました。絶対に許しません」
「ち、違うの、今のは事故なの! 有栖が倒れそうだったから支えようとしたら胸だったの!!」
「なんでも事故で済むなら警察はいりません。栞さんには私が裁きを与えます。人の体をもてあそんだ罰を受けるべきです」
とりあえず逃げようかなぁ。走って逃げたら追いかけてこれないでしょうし。あっ、服を捕まれました……
「逃がしませんよ?」
どうしてバレたんでしょう……
このまま走り出すと有栖が引きずられてしまいます。逃げられなくなりました……
私は諦めて有栖に捕まることにします。
『ころんだ!』
軽井沢が振り向きますが誰も動きません。神室さんはもう軽井沢さんの目の前。このまま終わってしまいそうです……
「……それで、私はどうしたらいいの?」
軽井沢さんの死角である有栖の方を向きながら、私は小声で尋ねます。有栖は答えませんが、黒い笑みを浮かべながら私を見つめます。そして軽井沢さんの掛け声が始まります。
『だるまさんがころんだ!!!』
今までで最速の掛け声。軽井沢さんも神室さんが近くに来たことによって焦っているようです。有栖を見ると何か言おうとしたのか、口を開けた状態で固まっています……
なんか有栖にしては珍しい姿で可愛いですね……
『ププッ……』
あっ、睨まれました。
口を開けたまま睨んできます。全然怖くないし、むしろ可愛いです……
『だるまさんがころんだ!!!』
もう軽井沢さんはダメそうですね……
ゆっくりにすればタッチされてしまいますし、速くするのはバレてるので一歩ずつ距離を詰められていきます。有栖もその状況を見て、無理に話すのはやめて終わりを見守ることにしたようです。
このまま終わるのもつまらないですね……
私はちょっとしたイタズラ心で、掴んでくる有栖の手を軽井沢さんに見えないように体で隠しながらくすぐります。感度の高い有栖にはつらいようで、始めは我慢していましたが少しずつ顔が歪んでいきます。どちらにしても有栖に捕まるのなら、今のうちにたくさん攻撃しておきましょう。
『だるまさんがころんだ!!!』
ひたすら続く速い掛け声。ひたすら続く有栖いじり。そんな事が数回続いた後、有栖がついに手を離してくれました。その隙に私は離れる、のではなく有栖に近づきます。
「……なっ」
『だるまさんがころんだ!!!』
有栖も急に接近する私にびっくりします。そして私は、軽井沢さんの死角になる位置から有栖の右脇腹をくすぐりました。
「……んぁ」
さすがに耐えられず有栖が声をあげます。もはや窮地に追いやられている軽井沢さんが、高々と喜びの宣言をあげます。
『坂柳さんアウトー!!』
有栖に勝ててドヤ顔の私。私をジト目で睨む有栖。もうこの際、後のことは考えないことにしましょう……
終わったらすぐ逃げます!
だから手を離してください、有栖さん。有栖さんはもうアウトですよ? これは完全な妨害行為です!!
もうすぐ終わっちゃうから早く逃げないと……
『だるまさ「タッチ」』
あ、終わった……
私は神室さんが軽井沢にタッチしたところを確認して振り返り、有栖に目を戻します。
「有栖、話せばわかるとおも……」
「覚悟してください、栞さん」
「で、ですよねぇ……」
そしてその夜、有栖の部屋で起こった出来事は、3年間誰にも語られる事がありませんでした。
こうして私たちの体はタッチされていくのです