『いい天気のようですね』
目覚めた私は、寝ぼけまなこで上半身を起こします。カーテン越しに光が差し込み、室内に置いてある観葉植物が色鮮やかに微笑みます。
思えば、私の日常をみなさんにお見せするのは初めての事ですね。朝が得意か、と聞かれれば苦手と答えますが、せっかくですので簡単に自己紹介をしましょう。
『坂柳有栖。所属は1年Aクラス。趣味という趣味はありませんが、幼少の頃からチェスを嗜んでいます。最近ではお友達の神室さんと遊ぶのも、楽しみの一つです』
本日は大切な日。念願の、栞さんとデートができる日です。みなさんの協力のおかげで手に入れた権利ですし、十分な成果を収めることをここに約束いたします。
私は隣に寝ている熊のぬいぐるみを軽く撫でてからゆっくりと立ち上がり、出掛ける準備を始めます。
栞ポイントアンケート結果で得られるデート権では、完全な行動の自由が黙認される事になっております。
彼女達の普段の行動からでは信憑性が足りないかもしれませんが、本来栞さんとの関係についてはいくつかのルールが定められており、それを破る事は禁忌とされています。
例えば第一条の『栞さんの嫌がる行為の禁止』そして第二条の『一線を越えることの禁止』などがそれに当たります。
一線がどこの線を指しているのか定かではありませんが、少なくとも数人はルール違反をしていると感じています。先日その事について櫛田さんに注意したのですが……
「栞ちゃんの嫌がることはしてないよっ? 嫌がってる振りしてるだけで体は喜んでるからセーフじゃないかなっ」
なんてことを言われて逃げられてしまいました……。もはや何て返せばいいかわかりません。恋愛経験のない私にとって、栞さんの争奪戦は先の見えない戦いです。
ただ、負ける気は微塵もありません。彼女が幸せならばそれでいい、などと偽善的な事を言うつもりもありません。
経験があるや無いなどは些細な問題。私が付き合って私が幸せにすればいい、ただそれだけのことなんですから───
「下着は、白とピンクどちらがよろしいでしょうか?」
……今日は白にしましょう。
朝のシャワーを浴びた私は足を片方ずつ上げながら、純白のパンツをゆっくりと上にあげていきます。
そして白を基調とした清潔な服に身を包み長い靴下を履くと、それをガーターベルトで固定します。少しの風が吹けばパンツが見えてしまいそうな短いスカートと、柔らかな白い太ももを引き立てるガーターベルト。
いつの頃からか覚えてはいませんが、これが私のお気に入り。坂柳有栖という存在を際立たせるのに欠かせない戦闘服なんです。
今日は気合いを入れていきます。何をしても黙認される貴重な機会です。い、一線を越えることも想定しなくてはいけません……
もちろん、私がそんな破廉恥なことを考えることなどありませんが油断は大敵。栞さんといるときは、何が起こるかわかりませんので───
午前9時50分。長い1日の始まり。私は寮のロビーで座りながら栞さんを待ちます。
エレベーターのランプが下の階へと進んでいくのを眺めながら私はゆっくりと立ち上がり、中に乗っているであろう彼女を出迎えます。
能天気な彼女は、吹き出しがあれば『ふふふ~ん』なんて擬音が描かれそうな程の機嫌の良さで私の前へと姿を現しました。
少しだけ私よりも高い身長。今日もいい匂い。シャンプーの匂いか香水の香りなのかはわかりませんが、栞さんからはいつも私を惑わせるような魅惑の香りがします。
「有栖、お待たせぇ。待ったかな?」
「いいえ、私も今来たところです」
お待たせとは言いながら、いつも必ず5分前には到着する栞さん。そして私は10分前。これもいつもの光景。
「よかったぁ。じゃあ行こっか!」
「はい、栞さん。今日はエスコートよろしくお願いしますね」
「うんっ、まかせてよ!」
杖がなければ歩けない私に歩幅を合わせて、少しずつ寮の外へと進んでいきます。栞さんの向ける顔は、まるで妹を見守る姉のような微笑み。
嬉しくもありますが少しだけ複雑な気持ちを抱いて、私は光の中へと飛び出したのです。
***
『何処に向かっているのでしょうか?』
本日のデートプランについて私は何も知らされていません。栞さんを見ると、吹き出しがあれば『るるる~ん』なんて擬音が描かれそうな程の機嫌の良さで歩いています。せっかくのデートということで、デートコースは栞さんが全て決めてくれています。興味が湧かないはずありません。
「ついたっ!」
「ここは、カフェですか?」
「うんっ、新しく出来て人気あるんだぁ。来てみたかったの!」
カフェと言えば学園の校舎1Fにあるパレットというお店が人気で、よく私たちも利用しています。それにしても栞さんはカフェ好きですね。これは私のためと言うよりも、きっと栞さんが来たかっただけですね……
「有栖、早く中入ろっ」
「あっ、はい」
栞さんが私の手を握って中に連れていきます。ち、ちょっと手を握られたくらいで喜んだりはしません。私は、そんな安い女ではないんです。
「ねぇ、有栖。このメリーゴーランドって飲みものが飲みたいんだけど……。けど、ストロー2つでカップルが飲むやつなんだよねぇ。嫌かな? 」
「飲みます」
「ホント!? やった!!」
……私としたことが反射的に答えてしまいました。頼んですぐにストローが二本ついた、巷でカップルストローと呼ばれる代物が到着します。
「美味しそう!」
なんの躊躇もなくストローに口をつける栞さん。それを信じられないような目で見る私。栞さんに恥じらいとか、緊張という言葉はないのでしょうか?
「有栖も飲んでみてよっ、美味しいよ?」
「は、はい。いただきますね」
私は意を決してストローに口を近づけます。それを嬉しそうに眺める栞さん。見られていては恥ずかしいのですが……
私が飲んだことを確認すると、栞さんはイタズラっ子の顔をしてストローに口を近づけます。
私は驚いてストローから口を離そうとしますが、ここで離すのも負けた気がして癪なのでこのままの状態で栞さんを待ちます。
栞さんのストローに色がついて飲み物が口の中に運ばれていきます。私もちらちらと栞さんに視線を移しながら負けずに飲みものをいただきます。
もし、この口に含んだ飲み物をストローに戻したらどうなるのでしょう? 栞さんがそれを飲むことになるのでしょうか……
私は倫理に反するとは知っていながらも少しだけ、ほんの少しだけ、ストローに飲み物を戻します。
栞さんを見ると気づかなかったのか、そのまま飲み続けています。私はホッとしたような少し残念だったような、自分でもよくわからない感情のまま再び飲み物を飲み始めました。1時間ほどのんびりとした時間を過ごし、私はお手洗いに行くことを栞さんに伝えます。
「栞さん、ちょっとお手洗いに行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい。あっ、有栖!」
栞さんはお手洗いに行こうとする私を引き留めて耳元で囁きます。
「さっきね、少しだけストローの中に飲みもの戻しちゃった……。ごめんねっ」
それだけ囁いて栞さんは席に戻っていきます。私は栞さんの息がかかった耳を手で抑えながら、少しだけ頬をゆるめました。
「……困った人ですね」
こうして私の口の中は、栞さんの味で満たされていくのです
次回は有栖とデート(後編)です!