戦いの火蓋
某日のホームルーム前。クラス内は重たい空気に包まれていました。その空気は悲観するものではなく程よい緊張と興奮に包まれ、まだチャイムがなる前にも関わらず既に全員が席につき無言で茶柱先生の到着を待ちました。
『ガラガラガラガラ』
「ずいぶんと真剣な表情だな。とても元Dクラスとは思えん顔つきだ」
「だって今日は中間テストの結果発表の日っスよね?」
池くんの言葉に全員が確かめるように茶柱先生を見つめます。その視線に答えて茶柱先生がニヤリと笑いました。
「その通りだ。中間、期末試験で赤点を取れば即退学。以前お前たちに伝えたことは記憶にも新しい。だが、当時のお前たちはその当然の気構えすら出来ていなかった。成長した姿を見られた事は喜ばしく思う」
私たちは普段あまり褒めない茶柱先生の言葉に少しだけ緊張をほぐします。ただそれも束の間、先生の言葉を受けて再度緊張の空気が流れます。
「しかし結果は結果、赤点をとった場合には覚悟を決めてもらうぞ。ではこれから中間テストの結果を張り出す。自分の名前と点数を間違えないように確認しろ」
黒板に結果が張り出されると、私たちは我先にと動きだし自分の名前と点数を確認します。
「全教科平均して合格点は40点以上が目安と思っていて結構だ。それ未満の点数を取った生徒は必然的に退学処分となる。また、今張り出されている点数には体育祭での結果も反映されている。活躍した者の中には結果として点数が500点を越える者もいたが等しく満点扱いだ」
先に行われた体育祭のルールで、下位の10名には中間テストにおける10点の減点措置が取られます。Bクラスでいうと外村くんがワースト1位でそれに当たり、他の生徒よりもあらゆるテストで10点を多く取らなければなりません。
自分の点数を何度も見直し確認すると、少しずつ教室に声が聞こえ始めてきます。
「お、おお、嘘だろ?」
結果は点数の悪かった順に記載されており、トップバッターの名前は『山内春樹』と各項目の点数。次いで『池寛治』そのあとに沖谷くん、心ちゃん、佐藤さんと続いていきます。外村くんも佐藤さんの次に名前があります。普段はもう少し上にある名前ですが、体育祭のペナルティを受けた結果でしょう。
「危なッ! 俺が最下位かよ!?」
幸い最下位である山内くんの点数も全て40点は超えていましたが、英語は43点とかなりギリギリの結果。なんとか切り抜けたという印象です。どうやら赤点は一人もいないらしく、私と鈴音そして平田くんも安堵の表情を浮かべます。そんな中、女子から声があがりました。
「え、マジ?」
「これ、間違ってないよね?」
「えっ、私負けてんだけど……」
軽井沢さんたちが指差す先にある名前。点数上位陣の中で圧倒的な違和感を放つ一人の名前。
『社会 須藤健 89点』
今まで最下位が定位置だった須藤くんの大躍進。平均点でも75点をオーバーする快挙。
いつもなら騒ぎ立てる須藤くんは、声を出さずに拳を握りしめる事で喜びをあらわにします。体育祭で獲得した点数があるとはいえ、この結果にクラスの全員が驚愕します。
「お、おい。健、マジかよ……」
「あいつ、やりやがった……」
今まで同じ最下位組だった池くんと山内くんは信じられないものを見るような目で須藤くんとテストの点数を何度も確認します。
そして須藤くんはみんなの前を堂々と歩き、私の前まで歩み寄って来ました。
「月野!!」
「は、はい。なんですか?」
私は突然の須藤くんの来訪に少し戸惑いながらも返事を返しました。須藤くんは真剣な眼差しで私に言います。
「これから、栞と呼ばせてくれ!」
私に拒否権はない空気。クラスメイトが見守る中、体育祭に続き中間テストでも圧倒的な存在感を放った須藤くんからの唯一のお願い。
「お好きにどうぞ……」
これが精一杯の答え。ただそれだけの答えに満足した須藤くんは、テスト結果で高得点を見たときにさえ我慢していた声を、ようやく抑える事なく解き放ちました。
「よっしゃああああ!!」
ガッツポーズする須藤くん。それを暖かい目で見守る平田くん。そして冷たい目で見つめる鈴音。
こうしてそれぞれの思いと勉強の成果を十分に発揮した中間テストは、無事退学者を一人も出さない好成績に終わり、Bクラスは全員で次の試験へと向かっていくのです───
中間テストの結果を確認した私たちは、それぞれの席に戻りホームルームの続きを始めます。落ち着きを取り戻した私たちを見て茶柱先生が声をあげました。
「まずは見ての通り、中間テストによる退学者は0だ。それにしても、私がこの学校に着任してから3年間、過去Dクラスからこの時期までに退学者が出なかった事は一度もなかった。良くやった」
改めて実感する退学者が0という現実と、過去のDクラスと比較した自分たちの確かな実力に私たちは喜びの表情を見せます。
そんな私たちに先生は唐突に問いを投げかけてきます。
「改めてこの学校はどうだ? 評価を聞きたい」
「そりゃ、いい学校ですよ。上手くいけばお小遣いは沢山貰えるし、部屋は綺麗だし、飯も上手いし。あと女の子も可愛いし!」
池くんが答えます。途中までいい感じだったのに残念です……
茶柱先生は次々に生徒を当てていき、最後に平田くんを当てました。
「平田はどうだ? この学校には慣れたか?」
「はい。友達もたくさん出来ましたし、充実した学校生活を送れています」
「一度のミスで退学するかも知れないリスクを負っている事に、不安は感じないか?」
「その都度、全員で乗り越えていくつもりです」
まさにリーダーの模範解答。平田くんの目に迷いはなく、その答えを聞いた茶柱先生も満足するように頷き問いかけを終わらせます。
そして今後の話を私たちに告げました。
「お前たちもわかっていると思うが来週、二学期の期末テストに向けて8科目の問題が出題される小テストを実施する。既にテストに向けて勉強を始めている者もいるだろうが改めて伝えておく」
「げぇっ! 中間テスト終わったばっかなのに、またテスト!?」
テストという言葉に拒否反応を起こす池くんが、真っ先に突っ込みを入れます。それでも茶柱先生は淡々と説明を続けます。
「まず小テストだが全100問の100点満点となっているが、その内容は中学3年レベルのものになっている。言わば基礎を覚えているのか再確認を兼ねたテストだ。更に一学期の小テストと同様に成績には一切影響しない。0点だろうと100点だろうと構わない。あくまで現状の実力を見定めるためのものだ。だが、もちろんこの小テストの結果が無意味ではないことは先に伝えておく。なぜなら、この小テストの結果が次の期末テストに大きな影響を及ぼすからだ」
「先生、その影響とはどういったものなのでしょうか?」
平田くんがみんなを代表するように気になる点を質問してくれます。茶柱先生はそれに答えます。
「次回行われる小テストの結果を元にして、クラス内の誰かと2人1組のペアを作って貰うことが決まっている」
「……ペア、ですか」
「そうだ。そしてそのペアは一蓮托生で期末テストに挑むことになる。行う試験科目は8科目。各100点満点、各科目50問の計400問だ。そして取ってはならない赤点が今回は二種類存在する。1つ目は今まで通りに近いが、全科目で最低ボーダーに60点が設けられており、60点未満の科目が1つでもあれば2人とも退学が決定する。この60点とは2人の点数を足した合計点のことを指す。例えば池と平田のペアなら、池が0点でも平田が60点を取ればセーフということだ」
つまり成績の優秀な人とペアを組めればとても楽な試験、逆に成績の悪い人同士がペアになればかなり厳しい試験と言えます。
「そして今回新たに追加される退学基準は、総合点においても赤点の有無を判断されるという点だ。仮に8科目全てが60点以上であってもボーダーを下回れば不合格になる」
「それに関してもペアの総合点という事でしょうか?」
「その通りだ。総合点はペアの合計で定められる。求められるボーダーの正確な数字はまだ出ていないが、例年の必要総合点は700点前後となっている」
「ボーダーがまだ不明確なのはどうしてでしょうか?」
「総合点のボーダーについては後でしっかり説明しよう。期末テストは1日4科目の2日間で行われる。それぞれの科目の順番は追って通達する。万が一、体調不良で欠席する場合には学校側が欠席の正当性を問い、やむを得ない事情が確認できた場合には過去の試験から概算された見込み点が与えられる。だが、休みに該当しない理由であった場合には欠席したテスト全てが0点扱いとなるので注意するように」
絶対に避けることのできない期末テストのシステムに、私たちは改めて気持ちを切り替えます。その気持ちに追い討ちをかけるように先生は続けます。
「また、例年この試験。通称、ペーパーシャッフル試験では1組か2組の退学者を出している。決して脅しではなく、本当の話だ」
まだ退学者を出していない私たちの脳裏に退学の二文字が深く刻み込まれます。現時点で退学者を出していないからといって、次の試験も無事に乗り切れるという保証はどこにもないのです。
「最後に本番のペナルティについてだ。当たり前だが、テスト中のカンニングは禁止とする。カンニングした者は即失格と見なし、パートナー共々退学してもらう。これは今回の試験に限らず全ての中間、期末試験に該当することだがな。また、肝心のペアの決定方法だが小テストの結果が出た後で伝える」
「これってペアが誰になるかが一番重要じゃない?」
軽井沢さんの何気ない一言に、クラス全員が小声で話を始めます。軽井沢さんの言う通り、全てはペア次第。
小テストの後に伝えられるまでわからないペアに不安を覚えるのも無理はありません。ですが、そんなざわつく空気などお構い無しに重要な説明が始まります。
「それからもう1つ、この試験では別の側面からも課題に挑んでもらう」
「……もう1つ、何かあるんですか?」
「そうだ、平田。まず期末テストで出題される問題をお前たち自身に考え、作成してもらう。そしてその問題は所属するクラス以外の3クラスの何処か1つへと割り当てられる。他のクラスに対して攻撃を仕掛けるということだ。迎えうつクラスは防衛する形となる。自分たちのクラスの総合点と相手のクラスの総合点を比べ、勝ったクラスが負けたクラスからポイントを得る。クラスポイントにして50ポイントだ」
つまり、学校が用意する赤点ラインの60点以上をペアで維持しつつ、例年700点前後とされる総合点のボーダーラインを超えて、更にクラス全体の総合点で相手クラスの総合点を上回る必要のある試験と言うことですね。
「組み合わせによってはポイントに開きが出る可能性がありませんか? AクラスがBクラスを攻め、DクラスがAクラスを攻める。そしてAクラスが攻撃と防衛の両方に成功したと仮定した場合、合計100ポイントを得ます。ですが、AクラスがDクラスを攻め、DクラスがAクラスを攻めた場合は決着が一度についてしまいますよね?」
「その点に関しては明白なルールがある。直接対決になった場合は一度に100ポイントが変動することになっているから心配するな。また、滅多にないことだが総合点が同じだった場合は引き分けでポイントの変動は行われない」
「ですが、それは成立するんでしょうか? 生徒が答えられないような問題を作れば相当難易度の高いテストになってしまうと思いますが……」
「それについては問題ない。作り上げた問題は私たち教師が厳正かつ公平にチェックする。指導領域を越えていたり、出題内容から解答できない問題がある場合には都度修正してもらうことになるだろう。そのチェックを繰り返し、問題文と解答を完成させていく。平田が危惧しているような事態にはならないだろう」
「問題を400問作成ですか。なかなかタイトなスケジュールになりそうですね……」
期末テストまで残り約一ヶ月。みんなで作成すれば早く終わりますが、当然のように問題のクオリティにも差がでます。かといって誰か一人で行えばその負担は計り知れないです。
そして作成した問題を学校に提出して、訂正や変更が必要になれば更に時間がかかります。それを理解しているからこそ、鈴音や平田くんは既に焦りの表情を浮かべます。
「万が一、問題文と解答が完成しなかった場合は救済措置も残している。期限終了後、学校側が予め作っていた問題に全て差し替えることになる。だが気を付けておけ。学校側が用意している問題の難易度はかなり低めになると思った方がいい」
それは事実上の敗北宣言。なんとしても自分たちの力で問題を作らなければ勝利はありません。
「問題を作る際、教師に相談しようとインターネットで検索しようと自由だ。学校が容認できる問題ならば簡単だろうと難しかろうと内容は問わない。また、気になる肝心のクラスが何処になるかだがそれは単純明快だ。希望するクラスをお前たちが指名してそれを私が上へ報告する。その際に希望するクラスが他のクラスと被っていた場合は代表者を呼び出してクジ引きを行う。逆に被っていなかった場合はそれで確定となり、そのクラスに問題を出題することになる。どのクラスを指名するかは来週の小テストの前日に聞き取る。それまで慎重に考えておくように」
茶柱先生は説明を終えると、一度私たち全員を見渡し質問がないことを確認しました。
「以上が小テスト、期末テストの事前説明となる。後はお前たちで考え、行動することだ」
茶柱先生が出ていった教室に静かな沈黙と慌ただしい鼓動が鳴り響きます。ついに訪れたクラス対抗戦。試験の内容は学力。私たちBクラスの最も苦手とする試験……
一ヶ月後に控えるペーパーシャッフルに向けて、私たちの本格的な戦いの火蓋が今切られたのです。
こうして私たちのペーパーシャッフル試験が始まるのです
次回はあの女の子が久々に登場!!