「アンダーソン! アンダーソンはいるか!?」
白を基調とした近未来的で無機質なオフィスに、ジェフリー・ファウラー警部の怒声が響く。それはすでにデトロイト市警では日常の風景となりつつあるもので、
みな、渋滞時のクラクションと同じくらいにしか思っていないようだ。
「警部。アンダーソン警部補はまだ出勤されていません」
抑揚のない独特の声が、ファウラーの耳に届き、彼は不機嫌そうに首を巡らせて、声の主をじろりと見やった。
視線の先には、ぴんと背筋を伸ばし、灰色の制服に身を包んだ若い男が、腰の後ろあたりで手を組んでいる。名前はコナー。型式RK-800。
サイバーライフ社の最新鋭の捜査補助アンドロイドのプロトタイプ。そして今ここにはいないが、ハンク・アンダーソン警部補の現相棒でもある。
アンドロイドが普及し、自動運転システムが実用化したことにより、失業者が爆発的に増えたのが今の現状だ。サイバーライフ社のアンドロイド産業により、デトロイトはかつての栄光を取り戻したかに見えた。しかし、それは諸刃の剣だったのだ。
アンドロイド絡みの犯罪が右肩上がりになった今のデトロイト市警には、まさに猫の手、いや、アンドロイドの手でも借りなければ到底回らない程であった。
「何だってこのクソ忙しい時にアイツはいないんだ」
ファウラーが愚痴り、コナーはまるで人間のように肩を竦めた。
マーカス達の革命から、数か月が経っていた。世間は暴力に決して訴えず平和的にアンドロイドたちの権利を訴えたマーカス達に比較的好意的であった。
今ではアンドロイドの春と呼ばれたあの事件を経て、覚悟していたコナーの処遇は驚くほどに寛大なもので、デトロイト市警の要望もあり、現在も変わらず彼は捜査官補佐としてアンダーソンの元で日々の事件に忙殺されている。
「警部。今日は……」
このフロアではハンクと同じくらいに年嵩のベン・コリンズ巡査部長が言いにくそうに彼に言った。すると彼は先程の怒りを嘘のように引っ込めて、重々しいため息を吐いた。
「そうか。『今日』だったな」
ファウラーはデスクの端に立てられた写真立てを見た。そこには、まだパトロール警官だった20代そこそこの自分と、ハンク、ベン、そしてもう一人の男が満面の笑みで写っていた。
コナーは急に怒りを鎮めたファウラーを不思議そうに見つめながら、ベンのデスクへ近づいた。
「コリンズ巡査部長。少し、お時間をよろしいでしょうか」
「ああ、どうしたんだ?」
「『今日』とアンダーソン警部補は何か関係があるのですか?」
ベンはすっかり冷えてしまった珈琲を飲み干した。デスクの上のディスプレイを見て悲しそうな笑みを浮かべた。
コナーもつられてそれを見る。ディスプレイには、『今日は7月4日。独立記念日です』という文字が記されている。
「もう、二十年以上も前の話だ」
ベンはぽつりぽつりと話し出した。
「この街が今よりもよっぽどクソ溜めだった頃だ。俺達は鼠みたいに増え続ける犯罪者共にうんざりしてた。署長に『明日新人が来る』と言われても『いつバッジを返すか、二階級特進するか』を仲間達とその夜の酒代を賭ける位にな」