Hunky Dory Day   作:栗粉塵爆発

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Hunky dory day1

 2000年代のデトロイトは、衰退の一途を辿っていると言っても相応しかった。自動車産業で栄華を誇ってきたこの街は、根幹企業の破綻により、失業者が激増した。街は廃墟と化し、通りにはホームレスが溢れ、数億ドルの負債を抱えて行政すらも破綻寸前だった。それに伴い、麻薬カルテルやギャングなどの犯罪グループが台頭し始め、ドラッグの取引場所に廃墟を選ぶようになった。

 一日に何件も発生する強盗、傷害、殺人などの凶悪事件に対して、あまりにも警官の人数が足りず、毎日の激務や危険に疲弊し、市警を去るものも少なくはなかった。

 中には、その信念と正義を煤に塗れさせ、ドラッグの売買に手を染める者もいた。

 

 そんな時、ハンク・アンダーソンはアカデミーを優秀な成績で卒業し、デトロイト市警に配属された。持ち前の勝気さが影響し、一癖も二癖もある連中が多い署内でいくつかの問題や衝突を起こして当時の署長の頭を悩ませていたが、どんな凄惨な現場にも、凶悪犯にも物怖じしない度胸と土壇場の決断力は突出するものがあり、徐々に仲間として認められていった。

 やがて、特別パトロール班として勤務することになり、彼の指導係兼相棒に抜擢されたのは当時39歳だったウィリアム・レスター巡査部長。

 破天荒な性格からの規律違反はしょっちゅうで、万年巡査部長のレッテルを貼られながらも、卓越した運転技術と捜査能力の持ち主であった。彼は一回り以上年下のハンクの事を気に入ったらしく、彼らがデトロイト市警のはみ出し者コンビとして名を馳せるにさほど時間はかからなかった。

 

≪本部から全車応答。コード3。特別緊急配備。サウスストリートで強盗殺人発生。被疑者は白いバンでサウスウエストサイド67番街を北西に逃走中。ナンバーは××××。被疑者はアルバート・バンディ。三十二歳黒人男性。重度のヘロイン中毒。ショットガンで武装しているとの情報。確保の際は十分に注意せよ。以上本部≫

 

 コーヒーとタバコの匂いが充満する車内に、緊迫した無線が響く。先程までからりと晴れた空をぼんやりと見つめていたとは思えないスカイブルーの鋭い眼差しがミラーに映し出された。助手席のプラチナブロンドを短く切りそろえた若い警官が、無線を取り「7X12から本部。コード3了解。10分で向かう」と答えると、運転席でハンドルを握る壮年の警察官が口の端を歪めた。鳶色の大きめな瞳のせいで年齢より大分若く見えた。ゆるくウェーブがかかったブルネットの前髪が揺れる。

 

「おいおい。ハンキ―。俺の腕なら7分で行けるぜ? そんなに相棒の腕が信じられねぇか?」

「そう呼ぶんじゃねぇよクソッたれ。これは相棒思いの俺の精一杯の優しさだぜ? ウィル」

 

 ウィルと呼ばれた壮年の警官は、ハッと短く息を吐くと、隣に座る相棒に言った。

 

「5分だ。5分以内に着いたら、今日はお前の奢りだぜ?」

「へッ。受けて立ってやるよクソジジイ」

「黙ってろよクソガキ。可愛い舌を噛まねぇようにな」

 

 ウィリアムが思い切りアクセルを踏む。聞きなれたエンジンが唸り声をあげ、やれやれと肩を竦めたハンクがサイレンのスイッチを入れた。

 

 

「おい見つけたぞ! 止まれ! デトロイト市警だ! クソ野郎!」

 

 対象の車両を見つけたハンクが、サイレンの音に負けないくらいの大声でスピーカのマイクへ怒鳴りつけた。だが、車は停まるそぶりすら見せず、逆に速度を上げ始めた。180キロは出ているだろう。物凄い勢いで景色が流れてゆく。

 

「ったく。これだからジャンキーは……ハンキ―。掴まってろ」

 

 ウィルの意図を汲み取り、アシストグリップに掴まった。

 

「また減給は勘弁しろよ」

「最善は尽くすさ……!」

 

 ウィルが勢いよくハンドルを右に切る。車内の物も人もぐわんと右に揺れる。そのままアクセルを踏み抜きながら、ハンドルを切った。

 次の瞬間、凄まじい衝撃と激突音が車内に響き、二人は人形のように揺さぶられた。パトカーの左前方のバンパーが、白いバンの右後方に思い切りぶつかったのだ。

 ウィルの超人的なドライビングテクニックにより、パトカーはいくらかスピンしただけで済んだが、コントロールを失った白いバンは、大きく蛇行し始め、遂には派手に中央分離帯にぶつかって横転した。

 ハンクはすぐにシートベルトを外し、銃を抜いてドアを開けた。そのままドアの陰から銃をバンに向ける。

 5秒経っても出てこない。ハンクはウィルに眼で合図をすると、銃を構えたままゆっくりと白いバンに近づいた。

 後部座席を覗こうとした時だった。

 

「ハンク!」

 

 相棒の声に、びくりと止まる。刹那、逆さまになったリヤガラスが吹き飛んだ。

 

「ちくしょう!」

 

 ハンクは慌てて横に回り込み、車体に隠れるように屈んだ。何発かショットガンが爆ぜる音がドアを隔てた間近で聞こえる。12ゲージならあと3発。

 3、2、1。

 

 カチン、という音と同時に、後方に回り込み、リヤガラスに銃口を突っ込んだ。

 

「動くんじゃねぇ! デトロイト市警だ! 少しでも動いたらその脳天にぶち込んでやる!」

 

 銃口の先には、血まみれの男が血走った眼でハンクを見つめていた。瞳孔は開き、呼吸は浅く荒い。

 典型的な薬物依存の症状だった。

 銃を構えたまま男の血まみれのシャツを掴み、力ずくで引き摺り出す。男をガラスが散らばったアスファルトに腹ばいにさせて抑えつけると、後ろ手に手錠をかけた。

 

「アルバート・バンディ。お前を強盗殺人、危険運転、公務執行妨害の容疑で逮捕する。お前には黙秘権も弁護士を雇う権利があるが俺個人としてはクソ喰らえだクソッタレ」

 

 後ろでウィルがヒュウと口笛を吹いた。彼のスマートフォンのタイマーが場違いに軽快な電子音を奏でていた。

 

「4分52秒だ。今日はお前の奢りだな」

 

 ハンクはアルバートを立たせながら、もう一度悪態をついた。

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