Hunky Dory Day   作:栗粉塵爆発

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ジギー・スターダスト

 アンドロイド用のタクシーから降りれば、全身を包み込むような澄んだ青空が広がり、午後の日差しが遮られる事もなく、燦燦と降り注いでいた。

 

 いつもの仕草でネクタイを直す。そのまま綺麗に手入れされた芝生の中を乱れの無い均一な歩幅で歩き始めた。

 

 等間隔に並ぶ碑には、其処に眠る者の名が刻まれているが、スキャンしても探している人物の名はこの範囲内には刻まれていない。

 

 小高く丘のようになった道を登る。ベンから聞かされた話は、非常に興味深いものだった。それと同時に、酷く悲しいと感じた。

 

 その【感情】を意識したのはごく最近だ。変異してからというもの、今まで視界デバイスに映っていた世界は一変した。1と0の白黒だった世界は、水彩画のように彩りどりで、あらゆるものが新鮮で、美しいと感じた。

 

 この青い空も、昼下がりの少しくすんだ日差しも。

 それを教えてくれたのは、他でもない彼だと、コナーはそう思っている。

 

 だからベンの話を聞いて、彼のことが少しだけわかったような気がした。何故自分が破壊されるような事をしようとすると声を荒げて止めたのか。アンドロイド嫌いの癖に、アンドロイドとしてではなく、対等に扱ったのか。合理的ではない判断を疑問に思っていたが、今なら判る。

 

 暫く歩くと、見慣れたジャケットを着た彼が佇んでいた。その手には小さな花束が握られている。

 

 コナーは少しだけ戸惑ったが、もう少し近づいてから声をかけることに決めた。

 だが「アンダーソン警部補」という言葉は、彼が僅かに振り向いた事で飲み込まれた。

 

「何故此処にいるって分かった?」

「コリンズ巡査部長にお聞きしました。貴方と彼に何が起こったのかも。全て」

「そうか」

 

 ハンクは怒る事も無く、短くそう言った。視線の先には『ウィリアム・レスター』と刻印された墓標が、静かに佇んでいる。

 

「アイツは、本当に兄弟みたいな奴だった。何度も無茶して、二人して署長に怒られた。週末には一緒に飲みに行って、バカやって、ギアーズの試合も良く行った。音楽の趣味だけは合わなかったな」

 

 懐かしそうに眼を細めて、ハンクは花束を墓標に供えた。コナーは考え得る最適な言葉を導き出そうとしたが、どうした事か見つからなかった。

 

「俺が結婚して、息子が生まれたら、ウィルといつか息子達を連れてギアーズの試合を観に行こうと約束してた。結局それは叶わなかったな」

 

 ハンクは墓標に刻まれた名前を優しく指でなぞった。コナーはなんだか酷く悲しい気持ちになっていた。

 

「お、おい。何でお前が泣くんだよ」

「え?」

 

 驚いたようなその声に、コナーはびっくりして彼の顔を見つめた。人間の涙と同成分の液体が、頬を流れて止まらない。溢れる涙の膜を通して映し出されるのは、灰色のいつものボサボサ頭と髭に、灰青の透き通った瞳。僕の、大切な人。

 

「コナー。ちょっと来い」

 

 ハンクはコナーに近づき、腕を掴むと問答無用で墓標の前に立たせ「ほら、間抜けな顔が更に間抜けになっちまうぞ」と親指で優しく涙を拭った。

 

 そして、ハンクはコナーの肩を強く抱き、こう言った。

 

「紹介するよウィル。こいつはコナー。俺の今の相棒だ」

 

 

 

 コナーはハンクの車の助手席に乗り込むと、傍らのハンクを見つめた。

 

「警部補、もし彼が生きていたら、僕は彼と友人になれたでしょうか」

 

 その言葉に、ハンクはエンジンをかけながら笑った。

 

「ああ、なれただろうよ。アイツはSF映画が大好きだったからな」

 

 ──まるでブレードランナーじゃねぇか! すげぇな! 

 

 そう子供のようにはしゃぐ彼の姿を思い描いて、ハンクは空を見上げた。

 コナーが何気なく墓地の方を見た。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ視界が乱れた。墓標の前に誰かが佇んでいる。現在の市警では使用していない、とうに廃止されている制服を着たパトロール警官の姿だと認識した。そして、笑顔でこう言ったような気がした。

 

 ──ハンキーを、頼むな。

 

 それは人工知能が見せた、白昼夢だったのか、コナーにもわからなかった。

 

 

「なぁ、コナー」

「何でしょうか。警部補」

「今度、ギアーズの試合を観に行かないか。お前が嫌じゃなければだが……」

「ええ、ええ。是非。行ってみたいです」

「泣いたり笑ったり、忙しいヤツだなぁお前は。よし、帰るぞ。コナー」

「はい。ハンク」

 

 カーステレオから流れるのは、いつものヘヴィーメタルではなく、軽快なギターとメロウだが力強い歌声。今日くらいは、彼が一番好きだったボウイの曲を流して、乾杯しよう。

 二人が乗った車は、軽快な歌声を響かせながら、夕陽に染まる街中へ消えて行った。

 

 

 ──ジギー・スターダスト──

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